表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
キヴォトス  作者: ととこなつ
第四部 ~記憶の扉篇~
320/955

138話 再会 Ⅴ 2


 アズラエルたちが奥殿の庭に駆け込んだのとほぼ同時に、“天使”が空から降りてきた。ネコとウサギを、一匹ずつ両脇に抱えて。


「あれえ? 君たち、金網抜けてきちゃったの? ひとりずつなら運んであげたのに」


 ニックが、両腕のルナとミシェルを支えながら言った。ふたりとも、腰が抜けてうまく立てないようだった。ミシェルは「ジェットコースターみたいだった!」と大喜びしていたが、ルナはいまにも泡を吹きそうだった。目を回している。


「びっくり……びっくりしました……」

「あれ? ごめんね? 君たちくらいの年代ってジェットコースター好きかと思って、サービスしすぎちゃったかも」


 ニックは空中で三度ほど大回転をした。これぞよけいなサービスというものである。


「ほんとにすごいね! 俺、有翼人種ははじめて会うんだ。……気を悪くしないといいんだけど、羽根を触らせてくれる?」


 クラウドは、大興奮でニックに駆け寄る。


「かまわないよ」

「うわあ! すごいなあ、すべすべだ。やっぱり、この羽根、重いんだよね?」

「重いよ。両翼で体重と変わらないくらいあるから」

「そうなの!? そうだよね、これだけ大きかったら、……俺、小さいころ辞典でL02のことを知って、一度でいいからホンモノの天使に会ってみたかったんだ」


 クラウドがこんなに大はしゃぎしているのを、ルナたちは見たことがない。ニックの羽根に頬をすり寄せんばかりのクラウドを見て、アズラエルは呆れて言った。


「自分の興味ある分野だと、一気にガキにもどるよな、アイツ」

「クラウドがあんなにはしゃいでるの、あたしも初めて見たよ……」

 ミシェルもつぶやいた。


 クラウドの名残惜しそうな視線をよそに、ニックは翼をたたんだ。不思議だ。あれほど巨大な翼がどこに納まっているのか。ニックの背中に、吸い込まれるように消えていく。ニックの着ているTシャツは、ご丁寧にも羽根が出せるよう、背中に二か所、切れ目が入っていた。


「はい」魔法のように、ニックの手には一枚の羽根が残される。「今日の記念に」


 クラウドは、手渡された羽根に大喜びだった。


「ギャラリーは、あっちが入口だよ。見に行ってみたら?」


 ニックの翼ショックで、ほとんど全員が絵画のことを忘れていた。

 ニックが指さした先には、奥殿の大きな建物があり、廊下へ上がる小さな階段が。そして「順路」と書かれた立札があった。


「見てきなよ。古い順に、絵が並べられているはずだから、」


 グレンは一人、首を傾げていた。


(――昨日の夢で、この風景を見た気がするんだが)


 見回すが、やはり夢の内容は思い出せそうにない。断片的(だんぺんてき)には出てくるのだが。


 夢の中でさっきの長い階段を上り――ここへ来た。


 たしか夢の中でも、ここは立ち入り禁止になっていて、草ぼうぼうの荒れ放題だったはず――だが、めのまえのギャラリーは、綺麗に掃除されて(つた)など張っていないし、工事後というだけあって、廊下はつややかな白木。傷ひとつなく光り輝いて、陽を反射している。


 庭も整備され、花や植物は剪定(せんてい)されている。日々、人の手が入っているのは一目瞭然(いちもくりょうぜん)だ。


(ここで、なにがあったんだっけ……)


 思い出せそうで、思い出せない。


「あ、ミシェル、そっちじゃないよ」


 ルナの声に、グレンははっとそちらを見た。自分たちがいる庭の真正面の回廊だ。「順路」と書かれた立札がある方ではなく。


 この回廊はすべて外に面しているので、どこからでも入ることができる。


 ミシェルは真正面の回廊へ、ふらふらと寄っていく。一枚の絵に引きつけられて、そちらへ行ったのはあきらかだ。


 ミシェルが向かった絵は――。


(あの絵は)


 グレンも見た。夢の中に出てきた。


 ――たしか、二頭のライオンがお姫様を襲っている絵?


「ミシェル! どうしたの?」


 ルナが呼ぶが、ミシェルはまったくルナの声が聞こえていないかのように、その絵に歩み寄っていく。ミシェルの目は、その絵から一秒たりとも離れない。


「ミシェル……?」


 グレンも、ミシェルのほうへ足をすすめた。その絵をちゃんと見たかったのだ。その絵を回廊の外から眺め、グレンは自分の間違いに気づいた。


(二頭のライオンがお姫様を襲ってるんじゃなくて、守ってるのか。……白いライオンから?)


 廊下の外からでは光の加減で暗がりになり、良く見えないが、やっとその絵の全容が視界に入った。


 姫を白いライオンから守る、二頭のライオン。

 そして姫の背後で両手を広げる夜の神と昼の神。

 どこかを指さす、太陽の神。


 ということは、あれは姫じゃなく――月の女神か?


(不思議な絵だ)


「ミシェル、どうしたの?」


 さすがに不審に思ったクラウドが、ミシェルの後を追った。グレンも、ミシェルの様子がおかしいのにようやく気付いた。

 ミシェルはじっと絵を眺めつづけ、やがて、その両手をぺたりと絵に付けた。


「あ、ミシェル、触っちゃダメだよ!」


 ギャラリーの絵は、お触り禁止と立札がついている。ルナの言葉は届いていない。ふいに、ミシェルが振り向く。その目は、まっすぐにグレンを見た。


「“ごきげんよう。グレン君。――百三十年ぶりだね”」


 だれもが聞いた。ミシェルの口から出た、「男」の声を。


「“いよいよ、さだめは動き出す。百三十年の時を経て。――グレン君”」


 ミシェルはにっと笑った。


「“忘れてはいけない。君の役目は、終止符を打つことだ”」


 だれもが、呆気にとられてミシェルを見つめた。ミシェルの声とは似ても似つかない低い男の声が、彼女の口から出てくるのだ。


「“鍵を、大切にね”」


「ミシェル!!」


 クラウドが倒れ込んだミシェルを、あわてて抱きとめた。


 ゴロゴロ……、と地鳴りが響いたかと思うと、それに呼応するように、空が一気に曇りだす。


「これはひと雨来るな」


 ニックが言ったのと同時に、バケツをひっくり返したようなどしゃ降りになった。


「うきゃー!」


 ルナが大雨の中で、わたわた、ウロウロと動き回る。


「ミシェル! だいじょうぶ!? しっかりして!」


 クラウドがミシェルの頬を叩くが、ミシェルは気絶したまま目覚めない。


「クラウド君。ミシェルちゃんはだいじょうぶだから寝かせておきなさい。とにかく、雨宿りしよう」


 ニックが冷静に言った。


「この雨じゃ、この回廊にいても濡れるな。おい、さっきのジンジャまで走るぞ」

「――そうだね」


 クラウドはミシェルを抱きかかえ、アズラエルはウロウロウサギをとっ捕まえて、担ぎ上げた。


「おい! グレン、なにしてんだ」


 ニックとクラウドが走り出したが、グレンは絵を見つめたまま動かない。


「先に行ってろ」

「……? 分かった」


 ものすごい雨で、グレンのつぶやきは半分聞こえなかった。だがグレンは、この雨の中に二、三時間いたって、風邪を引くようなヤワな男ではない。

 アズラエルはルナを担ぎ、雨の中を走った。


 グレンは、口の中にも水が入ってくるようなどしゃ降りの中、絵を見つめ続けた。


(ちくしょう……、ぜんぜん思い出せねえ)


 自分は昨夜、夢を見たのだ。とても重要な内容の夢を。なのに、まるで思い出せないのだ。


 “鍵を、大切にね”


 夢のなかでも、それを言われた気がする。

 そうだ――。

 百三十年前のサルーディーバが言ったのだ。グレンの夢の中で。

 さっきミシェルの口から出た声は、あのサルーディーバの声だ。

 俺は、夢の中でなにをしていた? ここで、なにをしていた。

 鍵とはなんだ。

 その秘密は、この絵に隠されている。


(そうだ、俺は、夢の中でこの絵を見た)

 ――分からない。


「クッソ……! なんで忘れたんだ、このバカ!」


 怒鳴ってみたところで、思い出すわけもなかった。





 ……サルーディーバは、毎日必ず、この奥殿で祈る。


 今日はやけに騒がしかった。奥殿廊下のギャラリーに、だれか来ていたのだろうか。


 だがあそこは、ララが立ち入り禁止にしていたはずだ。もともと、ほとんどひとの来ないギャラリーではあったが、雷が落ちた日から、しばらく工事の人間が出入りして、とてもうるさかった。最近は落ち着いて、ひと気が途絶えたはずだったのに。


 日課の祈祷(きとう)をすませ、サルーディーバはいつもならすぐ帰るはずの足を、久方ぶりにギャラリーのほうへ延ばした。


 たまには、マ・アース・ジャ・ハーナの神話の絵を見るのも、気分転換になっていいだろう。


 百五十六代目のサルーディーバが描いた絵には、彼の魂が宿っている。サルーディーバは、最近特に、その古き先人の絵を尋ねて、おのれのあり方を問うことが多かった。


(……急に降り出して)


 雷鳴を連れた豪雨。ギャラリーの廊下は広いから、絵に雨がかかることはないが、廊下にまでびしゃびしゃと雨が打ち付けていた。


 ここの管理人はなにをしているのだろう。急の雨だったから仕方ないのかもしれないが、絵に雨がかかったら、ララが激怒することは分かっているのに。ただでさえ、ララはこれらの絵を、風雨の当たるこの廊下へ展示していることが不満なのだ。


 サルーディーバは自身が濡れるのもかまわずに、手早く廊下の扉を閉めはじめた。

 拝殿側のほうから、閉めきっていく。


 グレンは、だれかが奥の方からやってくるのを、ぼやけた視界で捕えた。だれかが、廊下の引き戸を順番に閉めている。


 サルーディーバも、庭にひとがいるのに気付いた。その男性は、この豪雨なのに、庭に(たたず)んで絵を見ているのだ。雨に濡れるのを(いと)いもせずに。


「あなた! そんなところにいては風邪を――」


 はっと、口を手で覆った。相手も気づいた。相手も、食い入るように――まるで、記憶の姿を、頭の中でめのまえの姿に合致(がっち)させようとするかのように、鋭い目を、サルーディーバから離さない。


「あんた、――」


 サルーディーバは、身をひるがえした。動きにくい衣装のすそを持ち上げて、逃げだした。


「おい、待て! 待ってくれ!」


 グレンは、思わず土足のまま、廊下に駆け上がった。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ