16話 羽ばたきたい孔雀 Ⅱ 2
「しばらくぶりだな」
「ルナ、ミシェル、久しぶり~!」
「ふたりとも、すこし綺麗になった!」
ミシェルとリサ、キラとロイドがやってきた。今日は、ひさびさにマタドール・カフェで八人そろって飲もうと、待ち合わせしていたのだ。
「ふたりとも?」
キラの言葉に、リサが首を傾げた。
「ミシェルは綺麗になった気がするけど、ルナはなにひとつ変わりがないわ」
「なんだと!」
ルナは憤慨したが、仕方のないことではあった。ルナはだれともつきあっていないのだから。
「やあ、今日はにぎやかだね」
バーテンダーのデレクが、注文を取りに来た。いつものように、ミシェルが全員分の注文を確認した。
「チキンソテープレートと、あと人数分ビールで」
「みんな一緒でいいの?」
「ああ。ロイドとアズラエルはチリトマトソース、かなり辛めで。ルナちゃんとミシェルはガーリック醤油かな。あとみんな、バジルチーズでいいんじゃないか」
「あ、あたしバジル抜きで!」
キラが手をあげ、「はいはい、バジル抜きね」とデレクが言った。
「じゃあ、チーズときのこは?」
「最高!」
「オーケー。ルナちゃんとミシェルちゃんとクラウドがライスで、あとはみんなパン――ところで、新作カクテル味見してみるひとー」
女子四人が、「はーい!!」と威勢よく手を上げた。
チキンソテーのプレートと一緒に、デレクが、新しいカクテル――まっしろなお酒の中に、ウサギの目のように真っ赤なソースが浮いている、不思議な食感のカクテルを運んできた。
「デレク、これなんのお酒?」
一口飲んだリサが眉をしかめた。
「不思議な味」
「ベースは、L4系でよく飲まれてる濁り酒」
「すごく甘いよ?」
「甘味料は入ってないよ。天然の甘さなんだ。フィグ・ウォッカで割ってる。きついから飲み過ぎないようにね」
「あたしは好きな味です!」
ルナは手を挙げた。
八人集まれば会話も弾む。ルナも憂鬱気分が少しほぐれてきたころだった。
その、事件が起こったのは。
表扉のベルを、カランカランと威勢よく鳴らして入って来たのは、背の高い三人の女性だった。彼女らは席を探して店内を見回し、いきなりこちらに焦点を合わせた。
ルナと目が合ったのは、長い黒髪の女性だ――彼女は驚いた顔でこちらを見ていた。
「アズラエル!」
アズラエルの名を真っ先に呼んだのは、アフロヘアの女性だ。一目散にこちらへ寄ってくる。そして、アズラエルの肩にしなだれかかった。――それはもう、大胆に。
恋人が、甘えるように。
ルナは思わず目をまあるくして、アフロヘアを見た。
ルナの方にも、むっとただよう酒のにおい。きつい香水と酒のミックスした体臭は、けっこうなものだった。アズラエルの正面にいたリサが、はっきり顔をしかめた。
「久しぶりね」
次いで、ルナと目が合った長い黒髪の女性もやってきて、アズラエルの肩を撫でた。それがもう、なんというか――ねっとりした感じの、どうにも色っぽい触り方で――そういうことに疎いルナやミシェルでさえ、「あれ?」と思うような。
絶対、アズラエルと関係があったな、とわかる態度だった。
「元気してた?」
アズラエルは、おう、と短く返した。
もうひとりの、男性にも見間違うような一番背の高い金髪の女性は、フンと鼻を鳴らしたまま、なにもいわず空いていた入り口近くの席にもどった。
彼女? もアズラエルと知り合いらしい。でも、あまり仲はよくなさそうだ。
「最近、顔を見ないから」
黒髪の女は、はっきりと――ものすごくしっかりと、たいそうな目力で、アズラエルの隣にいるルナを見ていた。
「この子だれ?」
(しゅらばです!!!!!)
ルナは内心冷や汗ものだったが、いやぁな汗はすでにかいていた。
(アズは何人女がいるのだ!?)
「俺のパートナーだ。地球に行く試験の」
さらりといったアズラエルに、女性の目力がひときわ強くなった気がした。美人の怖い顔は迫力がありすぎる。
「パートナー? この子が?」
「ああ」
黒髪は鼻で笑った。ルナではなく、リサのこめかみに激震が走った気がした。
「もう決めたの? 早すぎない? まだ遊んだ方がいいんじゃないの。まだ二年以上もあるのに。じっくり選んだ方がいいわよ」
黒髪のほうはあきらかに、アズラエルに未練がありそうだった。
アズラエルは苦笑だけでごまかした。
「かわいい子だねえ」
アフロヘアのほうがにっこり笑った。ルナに向かって。こっちは嫌みがないのだが、いかんせん、酒の臭いがすごすぎる。失礼だが――たぶん悪臭レベル。
「趣味変わったねえ、アズラエル」
アフロが爆弾発言をした。
「いや、意外と小悪魔でな。可愛い顔して焦らすのがうまい」
爆弾発言には爆弾が返った。目には目を。ルナはカクテルを噴射した。斜め向かいのロイドが浴びて、ルナはあわてて謝る羽目になった。
「えーウソ。けっこうしたたかなんだ!」
「おまえも負けるかもな」
アフロが目を輝かせて言った。
「かもね。こういう可愛めのコのほうが男落とすのうまいしね。むかしっからそうだったよ? でもあんたメロメロにするって、やっぱアッチのほうすごいんだ」
「ホゴッ!?」
ルナの代わりにキラがカクテルをぜんぶ吹いた。それはクラウドが浴びた。
(だれか否定してください!)
ルナはあやうく絶叫するところだった。
「エレナ! ジュリ! 注文取るよ!」
金髪がふたりを呼んだので、アフロは「はーい♪」と浮ついた足取りで、黒髪はしぶしぶといった感じで、「じゃあ、また」と去った。
ルナは金髪の女性をひそかに「救世主」と呼んだ。
しかし――ルナの見間違いではない。黒髪のほうが去り際、ルナをしっかりにらんでいった。
「あの黒髪の女、ルナのことすっごいにらんでいったけど」
キラがこぼしたカクテルを拭きながら言い、アズラエルの分厚い肩をすくめさせた。
「言っとくが、俺はアイツらとは寝てねえぞ」
「そう。ラガーで友人になったってだけで」
メンズのほうのミシェルも、アズラエルの肩を持った。クラウドも言った。
「ただの知り合いレベルだ」
「アズラエルだけじゃなくて、ふたりとも知り合いなの?」
キラの問いには、ロイドがうなずいた。どうやら、男性陣はみんな彼女たちのことを知っているらしい。ラガーの知り合いだとか。
「ただの知り合いが、あんなベタベタにくっつく? ふつう?」
リサの声にも棘がある。
アズラエルは、「まぁ、アイツらは……」といいかけてやめた。
めずらしく、席に沈黙が訪れた。なんだか、ミシェルやロイド、クラウドも口が重い。
あの人たちは、いったい何者?
ルナだけでなく、リサたちも思っただろう。
「……まさか、だれかの元恋人だった?」
リサの横目に、「まさか!」と男性全員が否定した。
全員がだ。口をそろえて。
「でも――たぶんエレナ、さん、は――アズラエルのことが好きかも――」
おそるおそる言ったロイドに、ミシェルの焦った声が飛んだ。
「ロイド、お願い空気読んで」
ロイドがはっとしてルナのほうを見たが、あきらかにウサギの目は座っていた。
ほっぺたはぷっくりもぷっくり。眉は気難しく引き絞られ、ウサ耳は毛羽だっていた。
「ルゥ」
アズラエルはまったく後悔していた。ものすごく――かなり――相当。
「悪かった。ちょっと、調子に乗った」
L18ジョークだ。ノリだった。ほんとうに、口が滑った。
「もしかして」
キラが信じられないといった顔で、突っ込んではいけないすきまに猫パンチを入れた。
「もしかして、まだ、寝てない、の……」
想像以上の事態に、フェードアウトしていくキラの声。
ルナもアズラエルも答えない。
それは、そのまま事実を表していた。
なにもない。アズラエルが、同棲していながら、まだルナに手を出していない。
恐るべき事態だった。
「ウソでしょ!?」
リサが思わず立ち上がった。
「リサ、いま、そこは突っ込まないであげて」
レディのほうのミシェルが、こめかみを押さえてリサを止めた。アンジェラのこともあるのに、これ以上状況をややこしくしたくない。
案の定、ルナのウサ耳アンテナは、アンジェラプラス、黒髪とアフロに毛羽立ち、大混乱、怒髪天状態だった。
「あたしとアズは、まだつきあっては……」
すさまじい顔をしたルナの口が最後通牒を突きつけようとするのを、アズラエルの大きな手と、次に大きなクラウドの手と、レディ・ミシェルの白魚の手が止めた。
「ちょ、待て」
「待つんだ、ルナちゃん」
「ルナ待って」
「もご! もごもごもご!!」
「さ、さあ、チキンソテーも来たし、どんどん飲もう!」
皆の意識を酒と食べ物に移行させたメンズ・ミシェルの手腕は見事だった。口を解放されたルナはさっそく、1リットルジョッキの生ビールをごびごびと飲み干した。その勢いに、ロイドは思わずキラの影にかくれたし、ミシェルもリサも、生唾を飲んだ。
「飲みますよ!!」
ルナの盛大な宣言がとどろいた。




