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キヴォトス  作者: ととこなつ
第四部 ~記憶の扉篇~
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134話 アズラエルとグレンの大ゲンカと、ベンという男について Ⅰ 2


「クラウドもそれを認めてる。ミシェルはあれ以来、おかしな夢は見ないそうだ。ミシェルはな、たぶんおまえに誘発されてあの夢を見たんじゃないかって、クラウドは言う。おまえがそばにいないと、ミシェルはおかしな夢は見ない」


「あれ、あたしのせいだったの?」


「とにかく、今朝おまえが見た夢の内容もクラウドに知らせるし、裏付けも取るさ。エーリヒに、カマかけてもらう。ほんとうにそんな話し合いがあったかどうかをな。おまえは最近、そういった夢の見過ぎで、イマイチ現実感がねえのかもしれねえが、自分が一体、どれだけ重大なモノを見てるのか、分かってねえだろ」


「わ、分かってるよ……!」

「いや、分かってねえ」


 アズラエルは重々しく告げた。


「さっきの夢がドーソン一族に知られたら、オトゥールもミランダも……、ロナウド家は破滅だ。エーリヒだって、危ういかもしれないんだぞ」


 ルナは、背筋が冷やりとした。


「おまえが俺たちにペラペラとしゃべった内容は、ドーソン一族を破滅させる計画だ。――いいか? ロナウド家はな、ドーソン家ほどの力はない。だから協力者を必要としてるんだ。その協力者に傭兵グループを選ぼうとしてるなんざ、いくらドーソン一族でも想像できねえだろうが。だが、オトゥールと、マッケランのミラ大佐が、会合を続けてるのは周知のことだ。このことも、エーリヒとバラディアさんの話に関係あるんだろう」


「あたし――まずいこと言ったの?」


「おまえは、もう少し考えてから話せ。軍事惑星群のことはな。危険すぎるんだよ」

「……」

「グレンは、ドーソン一族だ。本人が望もうと望むまいとな。本人に漏らす気がなくても、なにかあったときに一番に疑われるのはヤツだぞ」 


「――アズは、グレンが嫌い?」


 アズラエルの目が、ひどく冷たくなった。ルナが怯むほど。


「嫌いだって何度も言ってるだろ」


 ――それはなぜ? グレンが、ドーソン一族だから? 

 気が合わないだけ? 

 なぜ。どうして。

 それは、さきほどアズラエルがグレンを問い詰めた質問同様、ひとことでは答えられないことのはずだ。


「……っ、そんな目で見るな」

 アズラエルは眉間に皺をよせ、短い髪をかき上げた。

「分かってるよ! おまえの言いたいことは。でもな、ふとした拍子にアイツがドーソン一族だってこと思い出すとな、(はらわた)が煮えくり返るんだよ!」


 繰り返す憎しみの連鎖。ルナにはどうにもできないことだ。

 グレンはドーソン一族の嫡男で、アズラエルの家族は、そのドーソン一族に運命をめちゃくちゃに狂わされてきた。


 さっきアズラエルが言ったように、ユキトおじいちゃんも殺され、アダムの両親も殺され、ツキヨおばあちゃんも大変な目に遭ってきた。アズラエルの家族も逃亡生活を余儀なくされ――アズラエルが言わないだけで、ほかにも辛いことがあったかもしれない。


 たとえグレンがやったことではなくても、ドーソン一族、と聞くだけで憎しみがこみ上げてしまうアズラエルの気持ちは、仕方のないことかもしれない。


 だけど――。

 ルナは頭がもやもやしてきた。急に、桃の香りが鼻腔(びくう)(くすぐ)る。


「――だいじょうぶだよ。グレンはもう、ドーソン一族には関わらない」

 ルナは悲しい顔で、アズラエルを見上げた。

「グレンはね、もうL18には帰れないよ……」


「……なに?」


 ルナは、口が勝手に動くのを止められなかった。頭の隅で、いい匂いがするなあと、ぼんやり考えていた。ルナの意志とは無関係に、口が勝手に喋りだす。


「バクスターパパにももう会えない。グレンは、地球に行くのよ。――“わたしをいくら欲しがっても、わたしは彼のものにはなれないの”」


 アズラエルは絶句した。ルナに透けて、もう一人のルナが見える。

 黒髪の、妖艶で、しかし愛らしさも失っていない、美しい娘。

 目を疑っている間に、「ルナ」はアズラエルの膝から離れて、出口の方へふわりと動いた。


 “だって、あなたもグレンも、これが最後のリハビリで、一番最初の罪を償うの。あなたはわたしを愛して愛される。――グレンは、おとうさんに残りの人生を捧げるのよ。つぐないのために”


 アズラエルは、ふらふらとルナのほうへ寄ろうとしたが、身体が固まって動かない。


 “わたしを愛してる?”


 ルナは微笑んだ。その途端、アズラエルは身体が燃えるような気がした。恋焦がれて、やまない女神がめのまえにいる。


 アズラエルは、やっとの思いでうなずいた。

 

 “そう? なら、弟と仲直りするのよ。苛めちゃダメよ。わたしはあなたのものなんだから――いい子ね”


 絹に口づけたような感触。女神の唇が、アズラエルの唇を掠めていった。アズラエルは無意識に掻き抱こうとしたが、本物のルナごと、妖艶な女神は消え失せた。

 濃厚な桃の移り香を残して。


「――っ!!」


 無呼吸状態から、急に酸素を送り込まれたようだ。アズラエルはぜえぜえと呼吸をし、尻もちをつくようにして座り込んだ。全身に嫌な汗をかいていた。


(――なんだ、今のは)

 もしかして、アレが、一億倍の色気のルナか?


「小悪魔にも、ほどがあるだろ……」

 捨て台詞を吐くのが、精いっぱいだった。





(――あれ?)


 ルナは、どこかの部屋の前に突っ立っていた。めのまえには障子がある。二、三歩、後ろに下がって部屋の名前を見ると、……花桃の部屋。


(はれ?)


 いつのまにこんなところに。さっきまで、アズラエルと話していたのに。

 廊下を振り返るが、ルナはどうやってここまで来たのか、覚えていない。


「だれだ!?」


 警戒した声とともに急に障子が開けられ、ルナは全身でビクついた。ぴーん! と直立不動ウサギになる。


「――なんだ、ルナか」


 怖い顔で障子をあけたグレンは、ルナだとわかって肩をすくめた。グレンのその手には大きな短銃があり、ルナは二度びっくりしてぴきーん、と固まった。グレンはあわてて銃を背後に隠し、言った。


「なんだよ。びっくりしただろ。入るならさっさと入ってこいよ」


 従業員なら、すぐノックでもして入ってくるのに、部屋に入っても来ず、ずっと障子の前に立ちすくんでいる人の気配が不気味で、グレンは銃を持ち出したのだった。

 グレンは、先ほどの硬質な表情はもうどこにもなく、ルナを拒絶している節もなかった。


「おまえひとりか? あのクソヒゲ野郎はどうした?」

「あ、えっと……」


 自分がなぜここにいるのか分かっていないルナは、説明できずにもごもごと口を尖らせた。


「……まあいいさ。入れ。俺はこれから電話しなきゃならねえんだ」

「でんわ?」

「ああ」


 グレンに促されてルナは「花桃の部屋」に入る。この部屋は(いちい)の部屋ほどではないが、結構な広さがあり、内庭があった。以前セルゲイが泊まった時に咲いていた桜は、葉桜になりかけている。


(さっきの桃の香りはどこからきたの?)


 グレンは携帯電話を手にしていたので、ほんとうに、だれかに電話をするところだったのだろう。


「……グレン、ひどいこと言ってごめんね」


 グレンが苦笑した。


「なんでおまえが謝るんだ」

「あたしがアズの代わりに謝るの。……グレンがその、泣いてるかと思って」


 グレンはその切れ長の目を面白いくらい見開き、沈黙し、それから爆笑した。


「ぶははははは!! 俺が?」


 よほどツボに入ったのか、涙目になって笑い転げている。


(グレンって、絶対笑いすぎだよね)


 二枚目イケメンが台無しだと、ルナはいつでも思うのだ。でも、グレンがひどく傷ついて、落ち込んでいなくて良かった。


「お、おまえ、俺が、俺が、アズラエルとケンカして、泣くっていうのか……!!」

「もう! 心配して損した!」


 グレンがあまりに笑い転げるので、ルナはふて腐れ、ぷうっと頬をふくらませた。たしかに、どうしてこの部屋の前に来ていたのかは分からないが、グレンが心配だったのは本当なのだ。


「い、いや、悪ィ……ぶふっ! おまえ、ほんとに可愛いなあ……、」


 ルナが()ねたので、グレンはようやく笑いを(こら)える意志を見せた。


『グレン?』


 聞き覚えのある声が横からする。グレンの携帯電話からだ。


「セルゲイ?」


 通信が繋がったのか。画面に映っているのは、セルゲイの不機嫌そうな顔だ。セルゲイとの電話だったのか。


『グレン。ルナちゃんになにもしてないだろうね?』

「どうだろうな」

『いいよ。今そこに雷落としてあげる。グレンだけに当たるようにね』


 グレンは慎重に、ルナから離れた。

 セルゲイはどうやら最近開き直ったようだ。雷ネタで弄られても動じないどころか、積極的に使おうとしている。


「いったいなんの用だよ。俺は今旅行中だぞ」


 このセリフによると、グレンは自分からセルゲイに連絡したのではないらしい。

 ルナを置きもののように座布団に配置したグレンは、別の座布団にどっかりと胡坐(あぐら)をかいた。携帯電話をテーブルに置く。

 画面向こうのセルゲイは、ルナに一度にっこりと微笑み、それから言った。


『ごめんね。昨夜から、君のpi=poがうるさいんだよ。夜中じゅう鳴りっぱなしだったんだ。今朝になってからも五回ぐらい鳴ったかな。急の用事かもしれない。まさか、勝手に立ち上げて、通信に出るわけにもいかないし――だから君に聞いてから対処しようと思って』


「俺のpi=poの電話が鳴りっぱなし?」


 グレンのpi=poとは、先日ルナがセッティングした「シャープナー」とはちがう。

 こちらは、L18に残した執事たちとの連絡専用のpi=poで、ふだんは部屋に置きっぱなしで、つかっていないものだった。


『そう。だから相手は船内の知り合いではないね。心当たりはある?』


 船内で知り合ったものならば、グレンの携帯電話か、シャープナーあてに連絡が来る。


「イヤな心当たりしかねえぜ。――とにかくわかった。俺のpi=po立ち上げてこっちにつないでくれ。こっちの番号は……、」


 グレンが、花桃の部屋のpi=poのパスワードを、セルゲイに告げている。


『じゃあ、すぐ送るよ』

「悪い、たのむ」

『オーケー。じゃあね、ルナちゃん、また』


 セルゲイがルナに向かってバイバイと手を振る。ルナもバイバイと手を振った。


「でんわなの?」

「ああ」


 グレンが、冷蔵庫からミネラルウォーターを二本取り出し、ルナに一本渡した。


「おまえらの部屋を出たあと、外に一服しに行こうと思ったら、セルゲイから携帯に電話があったのに気づいてな」

「そうだったんだ」

「ああ――」


 言いかけて、ふっとまたグレンが障子の方を見る。しばらくそっちを睨んでいたが、やがてルナに、「そっちに隠れていろ」と言って銃を持った。

 ルナは座布団の上で固まったまま、正座していた。

 この宇宙船の中では、危険はないはずなのに。……というわけにもいくまい。グレンはすでに一度、傭兵に襲われているのだ。


「オイ、クソヒゲ野郎。そこにいるのは分かってる」

 グレンは、障子をあけず、そちらに銃を向けたまま、脅すような声で言い放った。

「開けて入ってこい」


(アズ?)


 ルナは首を傾げたが、たしかに障子の向こうにいたのはアズラエルだった。彼はグレンのいうとおり障子をあけ、奥にいるルナの姿を認めた。ルナはアズラエルが怒りだすかと思って口を尖らせてうつむいていたが、アズラエルは、なにかを探るようにルナを見ているだけだ。


 アズラエルが躊躇(ためら)いがちに「ルゥ」と呼ぶと、ルナはぴょこん、とマヌケ面を向けた。


 長いウサ耳が見えている仕様である。いつものルナだ。さっきの美しい女神ではない。アズラエルはやっとグレンに視線をもどし、いきなり言った。


「俺が悪かった」

 青筋でも立っていそうな仏頂面で。

 

 グレンは首を傾げた。ルナも耳がぴーん、と立った。

 アズラエルが、グレンに謝っている?


「悪かったよ。大人げなかった。てめえが腐れドーソン一族なのは変わりがねえが、おまえをひっくるめて一族にまとめたのは悪かったよ。謝る。どっちにしろおまえはドーソンもクソも関係なく、ただの銀色ハゲだってことだ」

「てめえは謝ってんのかケンカ売ってんのかどっちだ」


 グレンのセリフも無理はない。だがルナは、アズラエルの耳たぶが真っ赤になっているのを発見し、正座のまま座布団から飛び上がりそうになった。アズラエルの顔はMAX凶悪顔だが、照れている。彼は照れているのだ。アズラエルはあまり表情も変わらないし、感情も分かりにくいが、ルナははじめてアズラエルが照れているのを見た。

 ルナに向かってどんなに恥ずかしいセリフを吐いても、赤面ひとつしない男が。


(……今日ルナは、もうひとつ大人になった気がします)


 ルナは正座したまま、ひとりでコクリとうなずいた。アズラエルの新たな一面を見た。アズラエルの真っ赤な耳たぶに気付けた自分にも驚きだ。


 ルナがマイペースに感動しているあいだ、グレンとアズラエルはしばらく睨みあっていたが、やがてグレンは、アズラエルに向けていた銃口を下ろした。




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