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キヴォトス  作者: ととこなつ
第四部 ~記憶の扉篇~
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134話 アズラエルとグレンの大ゲンカと、ベンという男について Ⅰ 1


「……すげえ。よだれまみれ」


 目をあけたら、めのまえはグレンのド・アップだった。


「うきゃあっ!!」


 ルナは悲鳴を上げて飛び起きようとしたが、褐色の腕が重しになっていて飛び上がれなかった。ウサギは筋肉に挟まれて、ぴょこん! と跳ねただけだ。


「いつものことだ」

 ルナの後ろから呆れ声がする。アズラエルの。

「いつも人の腕を(よだれ)まみれにしやがる。大方、食いモンの夢でも見てんだろ」

「見ろよコレ」グレンが先に起き上がり、自分の袖をつまんだ。「よだれでぐっしょり」

「色気のねえ目覚めだな」


 アズラエルが起き上がる。


「あ~あ、一億倍の色気のルナは、ついに現れなかったな」

「楽しみにしてたのにな……」


 グレンも、アズラエルが後ろを向いたのを見計らってルナの額にキスし、起き上がる。


「まあ、一億倍の色気のルナってのも見たかったが、ホンモノの寝顔が一番かわいいよ、ルナ」


 グレンの腕から、アズラエルがルナを奪い取る。


「てか、おまえ、いつの間にルナの隣に来てたんだ」

「てめーが寝てる間にだよ、うさちゃんに負けず劣らずキュートな寝顔だったぜ子ネコちゃん。……あ? てめえはライオンだったか」

「残りすくねえ髪の毛むしるぞ銀色ハゲ」


 ふたりの仲は、きのうから、まったく変わっていなかった。

 当然だ。




 

「――覚えてねえ」


 グレンは、ごはん三杯目を片付け、納豆を残したままで唸った。猛獣たちの食欲は、大きなお(ひつ)のごはんをすべて片付けるところだった。


「グレン納豆食べなさい!」


 ルナが勢いよく言うが、グレンは「これは悪魔のくいもんだ」と言って、味噌汁の椀のふたで、納豆の入った小鉢を封印した。


「アズも食べなさい!」

「イヤだ」


 アズラエルも四杯目に突入はしたが、納豆だけは封印してある。


「夢? なんか見たかな。覚えてねえな――あ~――なんか見た気はするが」

「ハッ! 早々に老人ボケか」

「ナットウ、そのへらず口に押し込んでやるぜ? 俺はいつでもやってやる」

「朝からケンカしたら、ふたりのバッグに納豆入れてやるからね!」


 猛獣二頭は、恐ろしいものを見るような目でルナを見た。ルナはどうやら、最強の武器を手にしたようだ。レベル100。

 仕方がないから、食後の歯磨きはいつもより念入りにしてあげた。まだ靴を買っていないから、買うまでアズラエルに抱っこされていなければならないし。


「グレン、ほんとに忘れちゃったの? ゆめ」


 ルナは身支度をしながら、グレンに話しかけた。グレンは納豆ショックのせいか、ルナに手を出さずにテレビの前に陣取り、ニュースチェックをしている。アズラエルも心なしかルナに距離を置き、新聞を開いている。めずらしいこともあるものだ。

 これから、ふたりに離れてほしいときは、納豆を食べようとルナは心に決めた。


「ああ。……思い出せねえ。なんの夢だったか忘れちまった」


 ほんとうに、きれいさっぱり忘れている。グレンは首を傾げた。記憶力はいい方だったのに。


「アズは、ツキヨおばーちゃんとユキトおじーちゃんのゆめだけ?」

「ああ」

「ユキトおじーちゃんの顔、初めて見たんだね! 男前だった?」


 アズラエルは少し笑い、

「いや、どっちかいうとガキみてえな感じだな。でもまあ、鼻がおふくろに似てた」


 そして、ふと、思いついたように顔を上げた。


「おい、そこの銀色ハゲ」

「そういうやつはいねえな」

「グレン、ドーソン一族の屋敷にも、ユキトの写真って残ってねえのか」


 グレンは呆れ顔で返事をした。


「残ってるわけねえだろ。バブロスカ革命の首謀者の写真なんて。たとえ残ってても、俺には見せてもらえねえよ」


 俺みたいな問題児には、と言って、ふたたび背を向けて寝そべる。

 アズラエルは片眉を上げて、後はなにも言わなかった。

 グレンはアズラエルに背を向けて寝そべったまま、ルナに聞いた。


「ルナはなんの夢を見た」

「うんとね。今回は昔の夢じゃなかったよ」

「昔の夢じゃない?」

「うん。あたし、夢の中でカレンダーちゃんとチェックしたもの。1415年の4月だった」


 アズラエルも話に加わってきた。「4月って、今じゃねえか」


「そう。あのね、バラディアさんってひとと、エーリヒさんってゆうひとがお話してたの。傭兵のこと」

「はあ?」


 グレンがテレビを消し、アズラエルも新聞を放り投げてルナのそばに来た。


「バラディアって――もしかしてオトゥールの親父か?」


 アズラエルの問いに、ルナは思い出したように叫んだ。


「あっそうだ! そうだよね、オトゥールさんのお父さん!!」

「エーリヒって?」

「えっとね、黒い髪の軍人さん。黒い軍服。でね、すっごいへんなひとだった」

「変な人?」

「うん。無表情でね、踊ってるの」


 それを聞いて、グレンとアズラエルは互いの顔を見合わせた。


「……多分、アイツだな」

「――アイツしかいねえだろ」


 黒い軍服は心理作戦部だ。しかも変人でエーリヒときたら、間違いなくひとりしかいない。

 エーリヒ・F・ゲルハルト。心理作戦部の隊長。クラウドの元上司。

 

「そのふたりが密談してたのか?」

「ううん? 密談ってかんじじゃなかったよ? ――えーっとね、エーリヒさんがね、書斎で調べ物をしてたの。なにかね、分厚い本がいっぱいあって。でね、椋鳥(むくどり)の紋章? ってゆうの探してた。そう、椋鳥はヴァスカビル家の紋章なんだって! でね、そこにバラディアさんが来て、バラディア様がお帰りになりましたってゆって、なにか計画してるみたいなことをしゃべってたの。椋鳥は白龍グループの紋章でー、」

「オオイ、待て。待てルナ」

「ゆっくりだ、落ち着いてしゃべるんだ」

「あたしおちついてるもん!」


 ルナはぷくっと頬をふくらませた。また、訳の分からないことをしゃべっていたのだろうか。


 アズラエルは眉間に皺をよせ、

「こうしよう。俺たちが質問する。その質問に答えてくれ」

「うん!」

「場所はどこだった?」


 アズラエルの質問に、ルナは首を傾げる。


「えーっとね、……ずっとまえ椿の宿の夢で見た、グレンのお屋敷くらいすごいお屋敷。……あ、でも、執事みたいな人が『バラディア様のお帰りです』ってゆってたから、バラディアさんのおうちかも!」


「なるほど。――L19のロナウド邸か」


 エーリヒのゲルハルト家は、ロナウド家と姻戚筋(いんせきすじ)だ。なにか用があって、ロナウド家に(おもむ)いていたと考えられる。グレンとアズラエルはそう見当をつけた。


「じゃあ次の質問だ。ルナ、バラディアさんとエーリヒは、なにを話してた」


 ルナは栗色の小さな頭を抱え込み、うーん、うーん、と少し唸ってから、口を開いた。


「――あたしもなんかよく分からないんだけど――、なにかの『計画』のこと」

「計画?」

「うん。……なんかね、傭兵グループを動かさなきゃならないってね、そういってた。でもね、なんかうまくいってないみたいでバラディアさん疲れてるみたいだったよ」

「傭兵グループの名は? バラディアさんの口から出たか?」

「うん。えとね、白龍グループでしょ、アズのいるメフラー商社でしょ、あとヤマトってゆうの。あの――えっと――そう。バグムントさんがいたところ、」

「ブラッディ・ベリー?」

「うんそうそれ! それもゆってた!!」

「白龍グループにメフラー商社にヤマトだと? 老舗グループ巻き込んで、なにを計画してやがる……」


「おい、グレン」

 アズラエルがグレンを睨んだ。

「おまえは席を外せ」


「なんだと?」


 グレンのこめかみが、今度は冗談でなくピクリと波打った。


「なんとなく、この計画の内容は見当がつく。おまえもだろ。……だったら、ドーソン一族に知られたらまずいだろうが」

「俺が? 俺が一族のだれに漏らすっていうんだ?」

「去年、ユージィンがおまえに電話してきたじゃねえか。まだ、おまえが一族と縁が切れたって保証はねえ」


 グレンは怒りを堪えるように、一度大きく息を吐いた。ルナが不安そうな目でふたりを見ている。


「……いいか。腐るほど言ったが、俺は軍法会議の途中で姿をくらました。もう二度と、L18にはもどれねえ。そんな俺が、どうやって一族に漏らす?」

「そんなこと知るか。てめえが漏らさなくても、接触してりゃ漏れる場合もある」

「ユージィン叔父との会話は一方的だった。俺は自分のことや宇宙船のことは、なにもアイツには言ってねえ!」

「てめえの意志はどうなんだ。俺は、てめえの意志が分からねえ。てめえの意志次第じゃ、なにかあったとき、計画が漏れる確率は上がる。てめえはドーソン一族が滅ぶのを望んでるのか? それとも、滅びてほしくないのか」


 グレンが詰まった。

 言葉を失って、――一瞬、激しい怒りが目に宿ったが、彼のその目の色のように、冷たい静けさがグレンを覆う。

 あきらめだ。何度も繰り返してきた、ひどく()めた感情。


「アズ、やめて」

 ルナがなぜか涙目で、アズラエルの腕にしがみついていた。

「アズだって家族がいるでしょう。グレンにだって、仲のいい家族がいるんだよ? そんなかんたんに、答えられないことだってあるでしょ?」


 グレンが苦笑した。


「――おまえは優しいな、ルナ」

「グレ、」

「タバコ吸ってくるよ」


 そういってグレンは立ち、部屋を出ていく。


 グレンの背中はすべてを拒絶していた。ルナは追いかけることもできずに、立ち尽くした。ルナはアズラエルの腕を振り払おうとしたが、すぐにアズラエルが、ルナをつかんでいた腕を離した。


「アズ」


 ルナはアズラエルを怒ろうとして、口を(つぐ)んだ。アズラエルもグレンと同じ目をしていたからだ。

 冷え切った目。すべてをあきらめたような――。


「……なんだ」


 アズラエルがこたえたので、ルナはスカートのはしっこを握りながら、おずおずと言った。


「……アズは、普段なら、あんなこと言わない」


 あれは、グレンには、なにがあってもしてはいけない質問だったはずだ。


「グレンが傷つくって分かってて言ったの? ひどいよ」


 アズラエルまで、めずらしくタバコを取り出したが、ぐしゃりとつぶして、ゴミ箱に放り投げた。


「アイツはドーソン一族だぞ」

「そ、それはそうだけどでも――、」

「――アイツの一族がユキトじいちゃんをだまし殺して、ツキヨばあちゃんの人生を狂わせて、俺の親父の家族を殺した。……おまえも分かってるだろ」


 でも――。

 ルナはぎゅっと、裾を握りしめた。

 でも、それをやったのは、グレンじゃない。


「……アズ、グレンも、グレンのお父さんも、たくさんの人を助けるために」

「ルゥ」


 アズラエルがルナの腕を引っ張ったので、ルナは座った。


「――おまえの夢は、意味がある」


 アズラエルの言葉に、ルナは目を見開いた。ルナの夢の話を聞いても、いつも疑っていて、あり得ねえとばかり言っていたのに。





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