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キヴォトス  作者: ととこなつ
第四部 ~記憶の扉篇~
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131話 またまた旅行へ出発! 3


(――異文化過ぎて、言葉もねえな)


 グレンは深く吸い込んだ煙を吐きだし、短くなった吸殻を灰皿へ押し込んだ。めのまえにそびえたつ、大きくて真っ赤な鳥居への感想を漏らしながら。

 前回、タクシーで来たときは、ここは見事なまでの雪景色だった。


(椿の宿は――ここからすぐか)


 カーナビで位置をたしかめ、鳥居全体が視界に入る位置の道路わきに車を止め、グレンは降りて、夕日に照らされながら鳥居を眺め、またタバコに火をつけた。道路の真ん中にしゃがんだところで、後ろからも前からも、まったく車は来ない。

 

(ああ。俺の車……)


 グレンは、L18に残してきた愛車に切ない思いをはせた。彼は、自分の車を三台持っていた。高級車が三台。卒業祝いに親戚が買ってくれたもので、一度も乗っていない車もあった。戦争、戦争でロクに乗ることもなく、放置されていた高級車。


 執事が手入れはしてくれているだろうが、あの愛車たちとも、もう二度と会うことはないだろう。レオナあたりが聞いたら、「このお坊ちゃま!」と怒鳴りそうだが、この宇宙船には一台も持ってこられなかった。


 逃げるようにして、L18を出たのだから当然である。

 着の身着のままで、チャンに保護され、ルートヴィヒと一緒に彼の実家に逃げたのだから。


(俺って、けっこう波乱万丈な人生だよな)


 軍人だからしかたがないのか? ガルダ砂漠では死にかけるし、今も、自分の一族のせいで、気の休まる暇がない。


 今回はルートヴィヒの車を借りて乗ってきたが、車内を相当タバコ臭くしてしまったので、クリーニング代を請求されるかもしれない。あの大らかな幼馴染みは、普段なら気にもとめないだろうが、エレナのこともあって、最近タバコにうるさくなった。この車にはエレナも乗るから、やはりクリーニングして返したほうがいいだろうと、グレンは考えた。


 こんなとき、自分の車があればな、と思い、宇宙船内で購入することも考えたが、この先、ドーソン一族の運命次第では自分の口座の運命も危うい。無駄遣いはまずいな、とグレンはあきらめた。自分の車がなくても、セルゲイもカレンもルートヴィヒも、快く貸してくれる。


 やはりカレンの車を借りるべきだったか。カレンの車はもとからタバコ臭がすごいので、気にならなかっただろうに。

 

 俺の愛車……。


 グレンは、十分ほど前から考えていた、自分の愛車に対する想いを断ち切って、深く煙を吸い込んだ。

 長距離ドライブのタバコは旨い。


 さっき、山の中のコンビニで店長に絡まれ、一時間は時間を潰した。タクシーは前回、あのコンビニには寄らなかったが、あの店長のおしゃべりを予測してのことだったのだろうかと思うくらいだ。


 セルゲイが言っていた通り、あの店長のおしゃべりと言ったらなかった。L02出身らしいが、あの惑星群の人間にしては、ずいぶんとおしゃべりだ。L02は、L03と並んで、辺境の惑星群でも閉鎖的な星なのに。セルゲイなら付き合えそうだが、グレンはもともと、無駄話は苦手な方だ。帰りも寄ってくれと言われたが、どうするか。


(……なるべくなら、寄りたくねえな)


 大きなスカーフを盛大に振られて、コンビニからお見送りされたことを考えると。


 グレンは、運転席にもどった。かなり余裕をもって出てきたので、まだチェックインの時間まで三十分はある。この鳥居のずっと奥に見える階段の先が、真砂名神社、とやらだろう。


(あっちは、明日だな)


 まっすぐ、椿の宿へ向かうことに決めた。グレンは残りわずかな道を、ゆっくりと車でたどった。


(一億倍の色気のルナ、待ってろよ……♪)





 ルナたちが出発してまもなく。

 ミシェルは、自室の郵便受けになにかが投かんされた音を聞いた。部屋に入ったばかりだったが、あわててドアを開け、郵便受けを覗くと、そこには一通の封筒があった。通販の品物でなく、封書なんてめずらしい。

 ポストから取り出してよく見れば、自分あてである。


「あっ! ロビン先生……」


 差し出し人はミシェルのガラス工芸の先生だ。

 地球行き宇宙船に乗ったばかりのころ、ルナたち四人と一緒に取った写真とともにメールを送ったきり。その返事はすぐにきて、それからやり取りはご無沙汰。

 手紙が届くなんて、思いもしなかった。


 クラウドが自分のpi=po「キック」相手になにかセッティングしているのを横目に、ミシェルはこっそり自分の部屋に入って、封筒を開けた。


 中からは手紙と、チラシが一枚出てくる。

 ミシェルは手紙を読む前に、チラシに釘付けになった。


「アンジーだ……!!」


 それは、アンジェラのガラス教室が、地球行き宇宙船内で、一日だけ限定で開かれるという知らせだった。しかも参加者は抽選。


「は、早く申し込まないと……」


 ミシェルはそのことで頭がいっぱいになりながら手紙を読んだ。季節の定型文と、元気かという問いと、アンジェラのガラス教室が行われるから、行ってみてはどうか。せっかく船内でやるのだからという、ミシェルの予想した通りの内容で――。


「ミシェル」

「ギャー!!!!!!!」


 隠れていたつもりだったが、いつのまにかクラウドがうしろに立っていた。ドアはきちんと閉めるべきだったのだ。あわてたせいで半開きだった。

 ミシェルは手紙を背後に隠したが、この速読の悪魔には、一瞬にしてすべて読まれていた。


「アンジェラのガラス教室、ねえ」


 クラウドは困った顔をしていたが、ミシェルから取り上げはしなかった。


「クッ、クラ、クラクラクラ、」

「そんなに用心しなくても、取り上げたりしないったら」


 クラウドは苦笑いしたあと、真顔になって、なにか考え込むような態勢を取った。それから、ちらりと上目遣いでミシェルを見る。ミシェルは全身に冷や汗をかいた。


「――抽選なんだろう? それ」

「えっ」

「けっこうな倍率だと思うよ? まぁ、当たるか当たらないかは、神のみぞ知るってことだろ」


 クラウドはそれだけいって微笑み、部屋を出て行った。


「……?」


 ほんとうに、取り上げられなかった。


 それどころか、ミシェルが確実に申し込むだろうという言い方をしていった。クラウドはそういったけれど、ミシェルだって、すこしは悩んでるんですけど――すこしだけ――まさに、ほんの、ちょっとだけ――なんて、ミジンコほども思っていない言い訳をしながら、おずおずと携帯電話をいじった。


 サイトはあった。QRコードからも申し込みはできる。

 なにひとつ文句もいわず、止めもしなかったクラウドの意図がわからず、ミシェルは不気味に思ったが――。


 ミシェルは、ギリギリのところで、思いとどまった。

 申し込みをためらった一番の理由は、――リリザで見つかった、あの死体のことだ。

 さすがに死者が出ているのだ。


 リリザでの個展は、まだよかった。入場者はアミューズメントパークなみの人数だったし、ミシェルはウィッグを被り、サングラスをかけて行った。もちろんアンジェラが来る予定だった日にちは避けて通った――実際、初日のオープニングセレモニーと中日、最終日はアンジェラ本人が来る予定だったが、現れなかったらしい。それは、SNSで知ったことだった。アンジェラの気まぐれは今に限ったことではない。


 でも、ガラス教室は、アンジェラに手ずから指導をしてもらえる――つまり、ものすごく近距離に、近づくことになる。


 それはさすがに危険かもしれなかった。

 ミシェルの顔も名も、相手は知っているのだ。


 泣く泣くチラシを折り畳み、未練ごと断ち切るよう、シュレッダーに食わせ――のろのろと、もう一度ロビン先生からの手紙に目を通したミシェルは、目を疑った。


「ウソぉん……」


 思わず、変な声が出た。最後までちゃんと読むべきだったのだ。ミシェルはクラウドとちがって、すべての文字が一気に目に入ってくるわけではない。


『――ガラス工芸教室のチラシを同封します。すごい倍率の抽選だと思うので、僕が申し込んでおきました。早いに越したことはないしね。当たっていけることになったら、感想を聞かせてください。僕も行きたかったなあ』


 今ばかりは、師匠の親切を恨みたい気にもなった。

 せっかくあきらめたのに――。


 ミシェルは動揺のあまりうろたえ――でも、おそらく抽選には漏れるのではないかと思い直して、複雑な気持ちになった。


 もともとすごい倍率なのはたしかだし、当たる方が奇跡だ。

 でももし当たったら? 当たってしまったら?

 そのとき、自分は。


(クラウドは)

 ミシェルは困惑した。

(最後まで読んだのかな?)

 だから、止めるまでもなかったのか。


「ミシェル」

「はーい!?」


 部屋の外から声がして、ミシェルは再び飛び上がった。


「俺たちも、旅行に行こう」

「え?」





 まだ、ルナたちがジュリたちの部屋に来る数時間前である。ミシェルがどんな顔をしていいか分からなくなっていた時間。


 ジュリも学校で、一枚のチラシを受け取った。


「はいはい。皆さん! おしゃべりはやめて、お手元の用紙を見てください」


 先生は言った。ジュリは言われた通りに、用紙に目をやった。ずいぶん字が読めるようになってきたと思う。


(アンジェラの――ガラス、こうげい、教室?)


「六月に、彫刻家として有名な、アンジェラ・D・ヒースさんのガラス工芸教室が開かれます。一日だけの体験学習の会です。有名な先生ですからね――抽選なんです。もしかしたら抽選に当たるかもしれませんので、行ってみたい方は、その用紙に名前を書いて、提出してください。連絡事項は――以上です。では今日の授業はこれで終わりです。来週までみなさん、さようなら!」


 みんな、挨拶をして教室を去っていく。だれも用紙は提出しない。ほとんど見もせずに鞄に詰め込んで、帰っていく。ジュリは用紙を持って、教壇のほうへ行った。


「せんせ」

「なんですかジュリさん」

「これさ、絵とか描く教室? あたしの名前じゃなくてもいい?」

「ジュリさんのお友達で、好きな方がいるの?」

「うん! エレナが絵を描くのが好きなんだ!」

「これは、ガラス工芸と言って、絵を描くのとはちがいますけど、お友達は、そういう芸術関係が好きなひとなのね?」

「うん!」

「お友達の名前でもいいですよ。でも、有名な方の教室だから、当たらなかったら行けないわよ」

「それでもいいよ」


 ジュリは、用紙にエレナの名前と、連絡先の電話番号を書いた。ジュリとしては、まったく、好意のつもりだった。最近、エレナは身体がだるいと言い、ほとんど部屋を出ていないこともあって、気が滅入っていた。


 ジュリは、エレナにもなにか楽しいことを始めてほしかった。ジュリは学校に来はじめて毎日が楽しいし、だから、エレナにもなにか習い事を始めてもらいたかった。そうすれば、憂鬱もなくなるかもしれない。エレナの憂鬱は、妊娠からくる体のだるさが主な原因だったのだが。


 ガラス教室は六月。五月末に出産予定のエレナである。子どもが生まれたばかりでてんやわんやの時期だ。しかしそこはジュリである。そんな配慮が、彼女にできるわけはなかった。


「当たったらいいな!」

「そうね。当たったらいいわね」


 エレナの状況を露程もしらない女教師は、用紙を受け取って、ジュリを見送った。


「では、申し込んでおきますね。当たったら、電話がいきますから」

「わかった! じゃあせんせえ、またね~!!」


 先生にバイバイと手を振り、学校を出て、迎えに来ていたカレンの車に乗ったところでジュリは、ガラス教室のことをすっかり頭からなくしてしまったのであった。




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