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キヴォトス  作者: ととこなつ
第四部 ~記憶の扉篇~
302/946

130話 ヘビの皮をかぶったワシの子 1


『……わかった。じゃあ、ウサギ・コンペにいた反抗的なウサギは、真っ赤なウサギだったってことだね。模様とかはなし?』


「うん。模様はないよ。リサのカードのネコみたいに、すごく鮮やかな、まっかっかなウサギ。たぶん、反抗的なウサギって、あのウサギのことだと思う。よく叫んでたし、突然席を立っていなくなっちゃったの。あたし、ウサギたちがみんな、なに言ってるか分からなくって、……なんか、ますますわけがわかんなくてごめんね」


『いや、たぶんそのウサギだよ。――なるほどね。真っ赤なウサギってことは、彼女も“美容師の子ネコ”と一緒だな。恋が原動力になる子だ』


「え? 恋?」

 イマリも、リサみたいに恋が世界の中心なのだろうか。


『そう。ルナから見たら、美容師の子ネコも、恋多き女で奔放(ほんぽう)に見えるかもしれないけど、真っ赤な動物にとって、恋は人生の原動力なんだ。真っ赤な色は、情熱の色。恋がエネルギー源なの。だから、恋をしている間は元気なんだけど、恋しなくなると、とたんに精彩を欠くのが赤い動物の特徴。人生終わりだって思っちゃう子も多い』


 ルナは、リズンで見た、幽霊みたいになってしまったイマリを思い出した。そのことをアンジェリカに話すと、


『……そう。もしかしたら、降ろされちゃった仲間に、恋人がいたのかもしれないな』


 アンジェリカは、ルナと電話で話しながら、ZOOカードを動かしているようだ。パラパラ、ペラペラと紙がこすれる音がする。


『――あ。いたいた。見つけたよルナ。“真っ赤な子ウサギ”だ』


 ZOOカードに、「真っ赤な子ウサギ」が現れたらしい。

 やっと見つけたよ、ありがとう、と礼を言われ、ルナは困惑する。

 あたしは、夢を見ただけだ。


「イマリは、“真っ赤な子ウサギ”かあ」


『うん。――ふうん。降ろされた仲間に、運命の相手はいないな。まあしかたないね。恋が人生のような生き方だから、運命の相手じゃなくたって恋はする。――へえ』


 急に、アンジェリカの声が笑みを含んだ。


『運命の相手は――とんでもないヤツだ』

「ええ?」


 ルナは、アンジェリカの占いをそばで見ているわけではない。思わせぶりなアンジェリカのセリフに、気になって先を促した。


「なに? なに? とんでもない相手って?」

『ヘビだよヘビ! しかも、青大将だ。こりゃ、ひと呑みにされちまうな。――あっはっは! なにこれ。“華麗なる青大将”だってさ! 変ななまえ!』


 ルナは、「華麗なる青大将」なる人物を想像した――想像できなかった。

 華麗な、ヘビ? しかもかなりでっかい――。


『こりゃ、ウサギの敵う相手じゃないよ。第一、ヘビの象意をもつ人物は、食えないヤツばっかだ。おまけにしつこくて、食いついたら離れない。ぐるぐる巻きにして、締め付けて、ひとのみにしちまう』


 クラウドとか、あの辺のしつこさなんざメじゃないよ、とアンジェリカは笑う。


「そんな人――いるの?」

 ルナが思い当たるかぎりでは、そんな人間はいない。


『ま、そのくらいの相手でないと、このお転婆(てんば)ウサギのお相手はできないね。このウサギも気ばかり強くて、性格悪いからなあ。――この青大将は、まだ宇宙船には乗ってないね。まだ先だ。来年――再来年かな。まだわからない』

「この先、宇宙船に乗ってくる人なの!?」

『ああ。だけど、ルナにまったく関係ない人物ってわけじゃない。友人の友人ってとこか? やっぱり軍事惑星群の人間だ。あの辺、濃いからな~。こいつは仕事で乗ってきて、地球にはいかない――みたいだ』

「あたし、会ったことある?」

『ないんじゃないかな。だけどルナは、気持ち悪いって思うかもしれない。もしかしたら。初対面で受け付けないかも』

「ええ!?」


 よっぽどだ。そんな人間は。

 ルナは、少しイマリが気の毒になった。そんな、気持ち悪いオトコに追いかけまわされる羽目になるのだろうか? 

 ルナはイマリがたいして好きではなかったが、それでも同情の余地ありだ。いくら運命の相手って言ったって――。


「……ちょっと、かわいそうかも」


 アンジェリカはあっけらかんと言った。


『でも運命の相手だからね。いくらキモいやつでも、真っ赤な子ウサギだって惚れちゃうんだからしょうがないよ』

「えええ!?」


 イマリは、アズラエルが好きだったりしたのだ。イマリの好みは分かりやすかった。一緒にいた仲間の男だって、ちょっとワイルド系のヤンキーばかり。そういうタイプが好きなのだ。特に、キモいやつがスキとか、そういう特殊な趣味はない。……と思う。

 どう考えても、ヘビ系の男に惹かれる可能性は、低い。


『ルナ。自分の好みと、ほんとに好きになる相手はちがうよ。あんただってそうだろ?』


 言われてみれば、たしかにそうかもしれない。ルナは、外見的好みだけで言えば、セルゲイが一番のタイプなのだ。


『だろ? 真っ赤な子ウサギはあんたにとって“気づき”をもたらす大切なカードだ。仲は良くならないかもしれないけど、気を付けておいて』

「う、うん――」

『あれ? ――ああ、こいつか――』


 アンジェリカが電話向こうで、ガサガサ、なにかやっている。


『コイツだな。まさか、真っ赤な子ウサギのカードに関係してるなんて……。やっぱり、気になったカードは全部見なくちゃダメだな……。そうか、コイツなんだな。やっと意味が分かった、“ヘビの皮を被ったワシの子”の意味が――』

「アンジェ?」


 アンジェリカは、ルナを置いてけぼりにして、がさごそやっている。


『あ、ああ、ごめん。――ルナ、マジでありがとう。おかげで大きな謎がひとつ解けたよ。ほんとに、あんたのおかげ。でないと、この青大将が宇宙船に乗ってきたときしか、この謎は解けなかったよ』


 相変わらずルナには分からなかったが、役に立ったのならいいことだ。


『――じゃ、ルナ。さっきも言ったけど、あたし、最近よくリズンに来てるんだ。今度ゆっくり話したい。ルナが都合ついたら絶対電話して。会うならリズンでもいいからさ!』

「うん、わかった」

『ンじゃ、またねえ』


 アンジェリカは電話を切った。時刻は、まだ午前十時になっていなかった。

 ルナが、アンジェリカに電話をした昨夜は出てくれなくて、折り返し電話がかかってきたのは今日の朝九時だった。一時間近くも電話していたのだ。

 ルナは、アンジェリカが元気だったことに、ほっとしていた。


 先日、K05区に行ったときのことは、ルナにとってもすこしシコリになって残っている。楽しいはずの花見が、一転してショックな出来事に変わった。


 ルナは、L03のことは、ぜんぜんわからないが、あのときアンジェリカは、人生の根幹(こんかん)ともいうべき価値観を砕かれてしまったのだろうことはわかった。

 号泣も、無理はなかった。


 ルナは、もしかしたらアンジェリカが、電話に出られないほど落ち込んでいるかもしれないと思っていたのだが、彼女は、元気いっぱいだった。


 無理をして――だとかそういう気配はまったくない。それどころか、以前の彼女より、さらにもっと明るくなった気がした。以前もパワフルだったが、それに落ち着きも加わったというか――頼もしさがパワーアップしたような。


 アンジェリカに、なにがあったのか。

 ルナがひとりで考えたところで、分かるわけもない。


 本当は、今すぐ会いに行きたいところだが、アンジェリカはやっぱり仕事で、一週間は中央役所から離れられないから、それ以降になる。

 ルナもまた、アンジェリカに聞いてみたいことがたくさんあった。

 アンジェリカの変化も気になるが、あのとき、サルーディーバが言った言葉の意味。


 ――アズラエルは、あなたを捨てます。


 聞いたときはショックがすぎて、しばらく立ち直れなかったのも事実だ。けれど、しばらく時間を置いてみて、気持ちも落ち着いてきた。


 別にサルーディーバは、ルナからアズラエルを奪いたいから、そんなことを言ったわけではない。

 彼女がなぜ、そう言ったのか。その理由を知らなければいけない。


『ルナ。困ったことがあっても、すぐに結論付けちゃいけない。決めつけちゃいけない。時間が解決することもあるんだよ。時間が、意外な真実をみせてくれることがある。それに、時間が経てば、自分が落ち着いて、周りをよく見られるようになる。冷静にね。だから、困ったことが起きたら、つらいだろうけどもちょっと様子を見るんだよ。時間を待つの。自分が落ち着くまでね』


 おばあちゃんがよくいっていた。このあいだおばあちゃんと話したことで、それを思い出したのだ。

 あの状況をよく考えてみればわかる。それに、続くあの言葉。


 ――あなたは、グレンさんと結ばれるべきです。


 彼女は、ルナとグレンをくっつけようとしているのだ。

 どうして? 


 サルーディーバは椿の宿でルナと会ったとき、グレンと付き合うように、なんてことは言わなかった。本当に、グレンとルナをくっつけたかったら、あのときにそう言ってくれるはずだ。今さらどうして、ということだ。


 ルナは、その理由が知りたかった。


 アントニオも、彼女は今、混乱していると言っていた。

 サルーディーバのZOOカードは、「迷える子羊」。

 文字のままだろう。彼女は今、なにかに迷っているのだ。


 彼女は、いま、普通ではない。

 本来の彼女ではないのだ。


 だからこそルナは、理由が知りたかった。どうしてサルーディーバはあんなことを言ったのか。


 彼女自身の、迷いや不安の原因も――まだちゃんと、聞いていない。


 それに、「華麗なる青大将」のことも聞きたいし。イマリのカードのことも聞きたい。あの、ウサギ・コンペの夢はなんだったのかも。

 今日の、たった一時間の電話では、ほとんど話せなかったし。


 ()にも(かく)にも、もうすぐミシェルと買い物に行く時間だ。

 ルナは食費を入れたポーチをつかんでバッグに入れ、アズラエルの姿をさがした。

 

「アズ、ミシェルと買い物行ってくるね。なにか欲しいものある?」

「買い物?」

「うん」

「レモンと、桃があったら買ってきてくれ。多めにな。――だけど、ほかの食材はたくさん買い込むなよ」


「うんわかった!」

 ルナは、少し思い立って聞いてみた。

「ねえアズ。クラウドよりしつこい男の人って、軍事惑星には多い?」


「おまえ、聞き捨てならないこと言ってるぞ? もっとしつこいオトコなんぞ、その辺にゴロゴロしてるよ」

「クラウドよりしつこいのかあ。それは大変かも」

「なんでクラウド基準なんだ?」

「クラウドはしつこいから!」

「……まぁ、そうだな」

「うん! しつこい!」


 ルナは到底悪気のない、無邪気な笑顔で元気に返事をした。

 そこへ、玄関のチャイムが鳴る。


『宅配便でーす』


 リビングの、ホームセキュリティー画面に、宅配pi=poの姿が映る。ルナがなにかいうまえに、ちこたんがドアを開けていた。


『おはようございます。アズラエル・E・ベッカーさんにお荷物です。L77のツキヨ・L・メンテウスさんからですね』


「おばあちゃんだ!」


 ルナの歓声を聞きながら、ちこたんが受け取り用のバーコードをスキャンして、サインをした。


『クール便なので、すぐ冷凍庫に入れてくださいね』

『承知いたしました。配達、ありがとうございます』


 ちこたんが、『お荷物です』といってキッチンに段ボール箱を持ってきた。


 なにが入っているんだろう?


「アズ、おばあちゃんだ!」

 ルナは叫んだ。

「おばあちゃんから荷物!」


「おう。届いたか」

 アズラエルは、荷物が届くのを知っていたような口ぶりだ。


「アズ、おばあちゃんになにか頼んだの?」

 ふたりで電話したときは、なにか送ってくれと言った覚えはない。


「ああ。開けてみようぜ」

 この荷物は、アズラエルが頼んだものか。


「いつの間に!? あれからおばーちゃんに電話したの?」

「おまえが、でかけてるあいだにな。こっそり」

「なんでこっそり電話するのー! あたしもおばーちゃんと話したかったのに!」

「おまえ、手紙書いたからいいだろ」

「そうじゃないの! 顔見てお話するのはまたべつなの!」

「はいはい。悪かったよ。今度は一緒に電話しような」

「そのかお、ぜんぜん悪いっておもってないよアズ!」


 アズラエルは、きゃいきゃいわめくウサギから荷物を取り上げて、テーブルへ置く。ガムテープで封をしたところをカッターで切り、開けた。


「おお。さすがばーちゃん」


 段ボール箱の中で一番場所を取っていたのは、おばあちゃん手製のエルバサンタヴァだった。冷凍してある大きな包みが、三個。おばあちゃん直筆の、レシピつきだ。

 そして、おばあちゃん特製のブルーベリー・タルトがひとつ。


「えるばさんたばだー! ブルーベリー・タルトもある!」

「あとは焼いて、チーズのせるだけだってよ。……なんだ、チーズは仕上げにのせるのか」


 のせて焼くんじゃないんだな、とアズラエルはレシピを見ながらぶつぶつ言っている。

 ルナが段ボールをのぞいていると、アズラエルが包みをちこたんに渡して言った。


「冷凍庫にいれてきてくれ」

『はい』


 ちこたんは大きな包みを抱え、キッチンへ行き、冷凍庫へ入れた。アズラエルは段ボールからすべての中身を取り出して、片付けていた。


「アズ、それはなあに?」

「ン?」


 アズラエルは、固いカバーの、大判の冊子と、小さな小箱をすみに寄せていた。段ボールの中身はそれだけだ。ルナが見せて、と駆け寄ったが、アズラエルは頭上に持ち上げて隠してしまった。


「これは俺がばあちゃんに頼んだやつ。おまえには見せない。早く買い物行けよ」

「ええー!? なにそれ! 見せてよ! アズだけずるい!」

「はいはい。早く行け」


 アズラエルに追い出されるようにして、ルナは、買い物に出かけた。


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