1話 チケット 2
「……ほ!?」
「そうなの! 見て! これなんかもう興奮しちゃってちょっとどうしよう! もう――い、言わないでね、ぜったいだれにも言わないでね!!」
驚きは、枚挙にいとまなし。今日のビックリは、まだ終わっていなかった。
ルナがやっと朝食を食べ終えたころ、携帯電話の着信音が鳴った。
友人のキラだ。
『今から遊びに行ってもいい!?』
「うん、いい」
よ、というまえに電話が切られた。
瞬間移動でもしたかと思うくらい、ものすごい速さで来たキラが、リサと同じく挙動不審にあたりを見回し、ルナひとりだということを知ってから、大興奮でルナに突きつけて見せたものは、さっきリサが持ってきたものと同じだった。
「ジャッジャーン!! これなんでしょう!?」
「!?」
「行くよね! 一緒に行こうよ!!」
キラの手にあるものは――見間違いようもない――さっきリサが持ってきたものと同じだ。
そう、地球行き宇宙船のチケット。
「あっそうだよねわかんないよね! これ! これね、じつはね、」
キラの声量が最大音量になり、目玉が真上を向いて、白目が九割になった。
「地球行き宇宙船のチケットでーっす!!!!!」
ハイ知ってまーす。
ルナは上げかけた右手を下げ、ぽっかりあけた口をやっと元に戻して、言った。
「キ、キラ……」
「うん!?」
「おちついて、聞くのです……」
ルナが朝起きたこと話すと、キラの大きな、紫色のコンタクトレンズが入った目が、眼球ごとこぼれそうなほど見開き、ほっぺたのキラキラ星型タトゥが縦に伸びた。
「――マジで」
「まじで」
ルナは厳かにうなずき、キラは緑と赤と紫に染まった髪をかきむしった。
「あのさ、その、リサさん。リサ――たしか、ともだち多いよね? すんごく多いよね? 一緒に行く人、ほかに選んでくれないかな。あたしはルナしか、一緒にいってくれるひと、見つかりそうにない」
「そんなことないでしょ」
「そんなことあるんだよ。あたしはルナと行きたい」
どちらかというと、個性的すぎる部類に入るキラは、この閉塞的な田舎町で、まったくいないわけではないが、友人が少ないのはたしかだった。それに、地球に興味のある友人はルナくらいだろう。
まして、二、三日の旅行でなく、ほとんど四年に渡る、長い期間の旅行に誘える相手なんて――。
ルナもちょっと考えた。ルナだったらだれを誘えるか?
友人ではひとりだけ。家族で行くほかないかもしれない。
「お母さんは、行かないの」
「母さんはともだち誘って行けって」
「そっか」
キラは最初より、いくばくかテンションが落ちた声で言った。
あちこち、行ける人がいないか声をかけて回るのも危険な気がする――それはルナにもわかる。金銭目的で奪われることがあるかもだし。
キラが信用して、ルナに声をかけてくれたのは、とても嬉しかった。
「わ、わかった」
ルナは言った。
「とりあえず、リサも呼んで、相談してみよう。あたしも行きたいことは行きたいけど、まだ、パパとママがなんていうか分からないし――」
「ルナんちは、過保護だからね」
キラはうなずいた。
「でも、でもでもね、マジでこれ、二度とないチャンスかもしれないんだよ?」
キラは、リサと同じことを口にした。
「これね――今買うとしたら、一億五千万デルだよ!!」
「ほ!?」
地球行き宇宙船のチケットのことで話したいことがあるからというと、リサはたちどころにもどってきた。
リサとキラは、小学校が同じで顔見知りではあるが、クラスがいっしょになったこともないし、話すのははじめてだった。
「いや、聞こえてたし」
キラの「地球行き宇宙船のチケットでーっす!!!!!」は最大音量だったので、隣のリサのうちまで丸聞こえだったらしい。
「えっ! 聞こえてた!?」
キラは青ざめたが、リサは笑った。
「平気平気。平日だし、うちもみんな仕事で、あたししかいないから」
あらためて、キラもチケットが当選し、ルナをペアに選びたいことを告げると、リサは面食らったあと、困った顔をした。
「あたしも一緒に行く相手、すごくすごく考えたんだけど、ルナくらいしかいないんだよね」
「え? そんなことないでしょ」
リサは彼氏もいるし、ともだちも多い。
「あのさ、これペアだよ? 一人しか選べないんだよ?」
リサはともだちが多い――が、どちらかというと広く浅い付き合いだ。それに、リサの友人たちは、おそらく黙っていることなどできはしないから、きっと仲間のあいだで一気に広まってしまうだろう。その中から一人を選ぶということは、のちのち人間関係に支障をきたす可能性がある、とリサはやたら生真面目に言った。
「……そう」
「そっか……」
三人は、一生に一度するかしないかといった深刻な顔をそろえて、二枚のチケットを睨む。
キラが唐突に思い出した。
「カレシは? リサは彼氏いるでしょ」
「わかれたの」
「……」
すでに過去形になった。さっきルナが聞いたのは現在進行形だったが。
実際、美人でオシャレで気さくなリサのモテようは半端ではない。モテかたも半端なければ、交際期間の短さも半端ではない。それは、学生時代から有名だった。ほとんど接点のなかったキラも知っているくらいだ。
今の恋人はルナが覚えているかぎりでも一年弱――長く続いたほうだ。別れたいとなれば、この旅行は、別れを切り出すのに絶好のタイミングかもしれない。
「うかつに、このチケットのことを言えないのがつらいところではあるよね」
キラは、ネット・オークションで一億五千万デルの値段がついた地球行き宇宙船のチケットを見て、ジュースを液晶画面に吹いてだいなしにした。
調べれば調べるほど、チケットを盗まれたとか、詐欺にあって一万デル程度で買われたとか、怖い話がたくさんあって、ふたりはずっと気もそぞろなのだった。
三人は、二枚のチケットをまんなかにしてひたすら悩み倒し――やがてリサがつぶやいた。
「あたしも、キラも、ほかに信用できるともだちがいない。だったら、ルナのともだちでだれかいない? このチケットのことを言い触らさない、信用できる人。チケットが二枚あるということは、四人で行けるってことだよね。だったら、ルナのともだちを連れて行こうよ」
「それいいかも」
キラも賛成した。
「ルナのともだちなら、あたしも知ってる人が多いし」
ルナは首をかしげた。
「あたしのともだち?」
「うん。だれかいない?」
ルナはぽっかりと口を開けて考え込んだ。
信頼できるともだち。
ルナだって、そう友人が多い方ではない。でも、もしルナにチケットが来たなら、誘う友人は決まっていた。リサとキラには悪いが、きっとミシェルを誘っていただろう。
「ミシェルはどう?」
ルナの言葉に、すぐ賛成したのはキラだった。
「ミシェルなら、いいかも」
キラは、ミシェルならいいよと言った。リサは、ミシェルと何回か会ったことはあるけれど、クラスも違ったし、あまり親しくはない。
「ま、いいわ。とにかく四人埋まればいい」
でも、反対はしなかった。
ルナが電話をすると、ミシェルは自宅にいた。
ミシェルは高校卒業後、地元のガラス工芸教室に通っている。今日は彼女が通っているガラス工房の先生が、別の惑星に出張に行ってしまったので、お休みだった。
『ルナ? おはよー、いま電話しようかなって思ってたとこ』
「そ、そう、おはよ。あの、あのね、」
ルナは後ろのリサとキラにチラチラと目をやりながら、緊張気味の声で言った。
「ミシェル、あの、あのね? えーっと、いろいろ――アレな――とにかくたいへんなチケットが当たって、それで、行くメンバーをさがしているのだけども、」
『は?』
ミシェルの戸惑い声が電話向こうでする。リサは呆れ、キラは「ルナがんばって!」と応援した。
「それで、その、たいへんなチケットがですね……」
『チケット? ライブでも行くの? それとも美術館とか?』
「たいへんな……」
肝心なことを言えないというのは、なかなかむずかしい。ルナがしどろもどろになっていると、
「えい! めんどくさい!」
リサがルナの携帯電話をひったくった。
「あたし、地球行き宇宙船のチケットが当たったの!」
『はあっ!?』
電話向こうのミシェルは当然絶叫したし、キラは「うわっ! ちょ」と叫びかけたし、ルナは「あわわ」とひとりであわてた。
リサは叫んだ。
「くわしいこと話したいから、いまからルナのうち来れる? それから、チケットのことはだれにも言わないで」
『う、うん……!』
ミシェルの緊迫した声とともに、電話が切られ、三人の肩が盛大なためいきとともに落とされた。
ルナたちの祖先である人類が、地球から、ラグ・ヴァダ惑星群と呼ばれる、L系列惑星群に移住して『三千年』。
いまは厳戒体制の管理下に置かれた地球。
そこは四年に一度、地球とL系惑星群を往復する宇宙船に乗らなければ、たどり着けない場所だった。
その宇宙船にはさまざまなウワサがある。
難解な試験に合格しなければ、地球には入れてもらえないというウワサ。
宇宙船は、L系惑星群全土からたくさんの人間が乗船するため、運命の恋人がみつかるという、ウワサ――。
これは、ルナが地球へ向かう、四年間の旅路の物語。
遠い遠い“むかしからの運命”が、幾星霜も経て、帰着する物語。
――地球から月を眺める、ちいさな子ウサギの物語。