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キヴォトス  作者: ととこなつ
第四部 ~記憶の扉篇~
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128話 ツキヨおばあちゃん Ⅱ 3


 ――ルナが宇宙船に乗って、アズラエルと出会ってから今までの話に、ツキヨおばあちゃんは大笑いし、また胸を押さえてびっくりし、ときにはアズラエルを怒り、説教し、それから、よかったねえ、よかったねえと何度も言って涙を流した。おばあちゃんの表情は、大忙しだった。泣いて、笑って、怒って、驚いて――。


『ほんとにバカ孫だよ! おまえのせいでルナがひどい目に遭うなんて。あたしゃリンさんたちに顔向けができないよ。とびきりの男って神社の神様におねがいしたはずなのに、どうしておまえさんが引き寄せられちまったかねえ』

「そのおかげで、俺はばあちゃんに会えたんじゃねえか」

『そうそう――そうだね。そうかもねえ――』


 おばあちゃんは、また笑いながら涙を拭った。


「おばあちゃんは、知ってたんだね。あたしのおにいちゃんのことも、それから、うちのパパとママのことも……」


 ツキヨおばあちゃんはうなずいた。


『知ってたよ……。あのねえ、アズ。おまえの親は、傭兵をやめる気はさらさらなかったから、あちこち逃亡してたんだけど、バラディアさんが、バブロスカ革命の縁者のために用意していた逃亡先は、はなっからL77だったんだよ』


「……そうだったのか」


『突然いなくなっちまって、悪いことをしたとは思ってる』

 おばあちゃんは、困り顔でいった。

『たぶん、あんたたちがあたしを捜すだろうことは、分かってた。だけどね、ばあちゃん、今だから言えるけど、とっても疲れちまってた。もう、L18には正直関わりたくなかった』


 アズラエルはなにも言わなかった。ただ、だまって聞いていた。


『ユキトじいちゃんが銃殺されて――なにもわからないままに、エリックさんに逃げろってだけ言われて金持たされて、L60へ逃げてさ、……あのころは、今でも半分わけがわからないくらい、怒涛の日々だった。ユキトじいちゃんの資産だって言って、相当の額をあたしの口座に振り込んで、それからエリックさんは音沙汰がなくなっちまって――つかまったんだね。でも、そのおかげであたしは、エマルをなんとか育てていけた。エマルを絶対、軍事惑星に近づけるつもりはなかった。あたしも近づきたくなかった。なのにあのこったら、家出していなくなっちまった。――あのこはもう帰ってこない。やっとそう、諦めかけたところに、孫を連れてあのこは帰ってきた。お尋ね者としてね……』


「おばあちゃん……」


『それでもよかった。無事で帰ってきてくれた。りっぱな旦那さんと結婚して、可愛い孫を三人も作ってさ。……ばあちゃんは、嬉しかったんだよ。あんたたちが来てくれたことは、ほんとうにうれしかった』


 おばあちゃんは、また涙をハンカチで拭く。


『だけどねえ……。アダムさんのご両親が、ユキトじいちゃんやエマルのせいで――あの人はそう言わなかったけども――殺されちまって。あたしは、顔向けができなかったよ。なのにあのふたりは、傭兵はやめないって言い張る。あたしは理解に苦しんだ。エマルは言わなかったけど、あのころのアズ、あんたら兄妹を見てたら分かる。――ひどい目に遭ってたんだろうに! なのに――あんたも、アズ、あんたもね、ばあちゃんと暮らすかいって聞いたら、家族とL18にもどりたいって言うんだよ。もうばあちゃんが、「好きにおし!」って泣いたら、おまえ、困った顔をしてねえ……』


「……そんなこと、あったか? 覚えてねえぞ」


 アズラエルは、本気で覚えていないようだった。


『覚えてないだろうね、あんたは子どもだったからね。……もう、あんたら家族は、あたしのところに帰ってこないなと、ばあちゃんは思った。だからね、L77に向かうことにしたんだよ』


「そうだったのか……」


『エリックさんの逮捕後に、――何年後だったろうか。あたしがエリックさんの援助でL60にいたのを、バラディアさんが知っていてね。エリックさんの跡を継ぐようにして、なにくれとあたしの面倒を見てくれていたんだ。一年に一度は、お金を送ってくれたりしたんだよ。ばあちゃんはそのころには、本屋で働いてたけどね。そんなに多くはなかったけど収入はあった。だけど、バラディアさんは遺族年金だと思って受け取れってね。それから、L60も悪くはないが、なるべく、L18からは離れた方がいいって言ってね。リンさんたちの一家は、それでも念を押して、家族バラバラにL64とL77に別れたけれども。なるべく、会わないようにもしてね。あたしも、L60には長くいたけれど、もうエマルを待つのはやめようと思って、L77に来たのさ。――あたしはエマルを待ち続けるのにきっとくたびれた』


「ばあちゃんは、――やっぱり、俺たちと一緒に暮らすのは嫌だった?」


 ツキヨおばあちゃんは、すこしさみしそうに微笑んで言った。


『嫌なもんかね! あたしはあんたたちと一緒に暮らしたかったんだよ。だけど、L18にはもどりたくなかった。エマルたちが傭兵を続けるっていうのも、認めたくなかった。ただそれだけ』


 アズラエルが聞きたいことは、ルナも重々わかっていた。

 アズラエルは、今はどうなのだ――? と、聞きたいのだ。

 今は、どうなのだろう。

 L18でなかったら、おばあちゃんは、アズの家族と一緒に暮らせるのだろうか。

 だがアズラエルは、まだそれを口にしなかった。


『バラディアさんには、絶対にエマルたちには、あたしのいる場所を教えてくれるなって頼んだ。いくら話したって、互いに頑固で、平行線だったし――バラディアさんも、あたしが軍事惑星にもどることは、賛成しなかった。おかげであたしは、今まで無事に生きてこれたってわけさ。

 ドローレスさんたちはそのころにはもう、L77に落ち着いてて、あたしがあとから来た。ドローレスさんたちは、あたしのことももうバラディアさんから聞いていて、同じバブロスカ革命の縁者だし、あのふたりはエマルにとてもよくしてくれていた。だからじゃないかね? バラディアさんがあたしをL77に連れてきたがったのは』


 ツキヨおばあちゃんの口から、バブロスカ革命、とかバラディアさん、なんて単語が出ていることを不思議に感じながら、ルナは、おばあちゃんの話を聞いていた。


『ルナ、あんたが生まれた年にばあちゃんはL77に来たんだよ。ねえ?』


 嬉しそうに笑うおばあちゃん。ルナは、アズラエルに目配せした。おばあちゃんは、よくそのことを口にする。


「じゃあさ、おばあちゃん。……もし、アズの家族が傭兵をやめてたら、あたしの近所に住んでいるかもしれなかったの?」


 ルナの言葉におばあちゃんは微笑み、アズラエルは、「それだけはない」と言い切った。


『そうかもしれないねえ。あたしらの近所に住んでいただろうねえ』


 ルナは、あり得るかもしれなかった、もうひとつの可能性を想像してみた。


 ――アズラエルが近所のお兄ちゃんなんて、うまく想像できなかった。


 おばあちゃんの話は続いた。


『1409年にね、――ほら、ばあちゃん、しっかり覚えてる。――バブロスカ革命の裁判がひとつ終わって、バブロスカ監獄をみんな――軍人さんたちが破壊しているのを、ニュースで見たよ。ドローレスさんとリンファンさんと、一緒にね。次の年に、ユキトじいちゃんたちの星葬があったねえ。エリックさんも釈放されたんだって――あの時期は、L18のニュースばっかりだった。――ルナ、あんたは分からないかもしれないけどね。あたしも、リンさんたちも何度も見たよ。一緒に見た。それを見て、ドローレスさんやリンファンさんも、あたしもね、やっと終わったのかって思ったもんだよ。リンファンさんなんか、わんわん泣いてね』


 おばあちゃんは、一滴の涙をこぼした。

 ルナは、覚えていない。ほかの星のニュースなんてろくに見なかったし、興味もなかった。見たとしても、興味がないせいで、覚えていないのだ。


『もう、逃げ隠れしなくてもよくなったのかなって、みんなでそう思ったね。だけどねえ、ルナには、やっぱり内緒にしておこうと、みんなで話し合った。ルナは、軍事惑星のことはなにも知らない、知らないままで育っていいんじゃないかってねえ。知らなくていい。……リンファンさんだって、もう、セルゲイ君のことは、話してもいいと思っていた。もうそのころにはね。だけど、あんな辛い話は、あたしたちのだれもが、ルナには聞かせたくなかった……』


 ルナも一緒に、涙ぐんでいた。

 みんな、ルナのことを想って、なにも教えなかったのだ。


『エリックさんは、もう、亡くなっちまったんだねえ……。お礼を言えなかったのが唯一の心残りだけど……あの人のお蔭で、エマルを育てていけたんだから』

「おばあちゃん、エリックさんの本のこと知ってる? 読んだ?」

『知ってるけど、読んでないよ』


 おばあちゃんは首を振った。


『バラディアさんが送ってくれたけれどもね、ばあちゃん、まだ一度も読んでない』


 ダメなんだよ、やっぱり。心臓がドキドキしちまって、読めないんだ、とおばあちゃんは苦笑した。


「ばあちゃんは、地球に帰ることは、考えなかったのか?」


 アズラエルは、これも聞きたかったらしい。それは、ルナも聞きたいことのひとつだった。ふたりは、おばあちゃんの答えを待ったが、おばあちゃんは、さみしそうな顔をした。


『あたしはね、もう地球には帰れないんだよ』

「ええっ!?」


 ――おばあちゃんは、もう地球には帰れない?


『あたしの一族は、代々地球に住んでいた一族だけれどもね、あんたたちが今乗ってる宇宙船と決まりはおんなじ。――三ヶ月以上そこを離れたら、もうもどれなくなるのさ。どんな理由があってもね。地球からL18に行くには、三ヶ月以上はかかる。……あたしは、それを承知で地球を飛び出した。エマルを怒れないね。無鉄砲はあたしも同じさ。あたしが地球に帰るには、もう一度、あんたらが乗ってる宇宙船に乗って、地球に行かなきゃならないのさ』


「……そうなんだ」


『とてもじゃないが、地球行き宇宙船のチケットを買う金は、あたしにはないからね。でも、あたしはL77でも幸せに暮らしてるよ。地球にもどらなくてもね』




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