128話 ツキヨおばあちゃん Ⅱ 1
――ルナの家族と、俺の家族は親しかった。
ルナの親のリンファンさんとドローレスさん、そして俺のおふくろのエマルは、同じ学校の同級生だった。プルートス第三軍事学校だ。傭兵だけの学校の。
同じ傭兵同士、母親同士は親友。……悪いが、おまえの母親のリンファンさんは、傭兵には不向きだったらしい。だが、いつもたくさんの友人に囲まれていたそうだ。リンファンさんは軍事演習も体力がなくて、いつもついていけなくて、それを助けていたのが、おまえの父親のドローレスと、俺のおふくろだって話だ。
「……そんな話、初めて聞いたよ」
「そりゃまあ、そうだろうな。おまえ、親が傭兵だってことも知らなかったんだろ」
――学生時代からつきあっていたドローレスさんとリンファンさんは、卒業してすぐ結婚した。リンファンさんは、傭兵の認定資格はもらえなかった。担当教諭は、彼女がすぐ結婚して、傭兵の道を歩まなかったことを心から祝福したらしい。まあ、だれだって、卒業したての生徒の訃報を聞きたくはねえだろ。 それだけリンファンさんは、傭兵に向いてなかったってことだ。
おまえもたぶん、傭兵だったら同じパターンだな。
クラウドとミシェルが、そのとおりだなという顔でルナを見たので、ルナはたいそう傷ついた。
「あたしのことはいいでしょ! アズ、続きは!?」
――俺のおふくろも、認定資格をもらえなかった。こっちはおまえのおふくろと理由がちがう。分かるな?
バブロスカ革命首謀者の、縁者だからだ。
おまえの親父さんは、オークスの親類だったようだが、なんとか資格はもらえた。オークスの家とおまえの親父さん家は、あまり親戚づきあいをしていなかったから。ギリギリの線でもらえたってわけだ。
俺のおふくろはさすがにユキトの娘だ。おふくろはバカだったから、堂々とユキトの娘だって公表してたんだ。今なら、自分でもそのバカさ加減が分かるらしいが。
先にばあちゃんの話をしとこう。
ツキヨばあちゃんは、地球でユキトじいちゃんに出会った。で、恋をして、ユキトじいちゃんを追ってL18へきて、ユキトじいちゃんと結婚した。だがその年の大晦日に、バブロスカ革命が起こって、ユキトじいちゃんは銃殺された。
それで――まだ逮捕されていなかったエリック・D・ブラスナー「バブロスカ~我が革命の血潮~」の著者だ。
あのひとが、ばあちゃんをL60へ逃がしてくれた。
そこでばあちゃんは、おふくろをたったひとりで生んだ。
「そうだったのか」クラウドがつぶやいた。「じゃあ、エマルさんはL60生まれか」
「ああ」
――おふくろは、ばあちゃんとL60で暮らしていた。
だが、だれだって、死んだ自分の父親のことは知りたくなるもんだ。年ごろになりゃ余計に。
ばあちゃんは、おふくろが十四歳のときに、ユキトじいちゃんのことを包み隠さず話した。バブロスカ革命のことも、正直に、全部な。ばあちゃんが知ってることは、なんでもだ。
ばあちゃんとしては、これだけ正直に話せば、危険な軍事惑星には絶対に近づかないだろうと、そう考えてのことだったが、それが裏目に出た。おふくろは、そんな可愛い性格じゃない。わかるだろ? 無鉄砲なのはむかしからだ。
理不尽に処刑され、名前も抹消された父親のことを、ユキトじいちゃんの生まれ故郷を、もっと知りたくなった、それに、もっといろんな考えが、当時思春期だったおふくろにはあった。
――結果、おふくろは、十六の年に家出した。で、L18のブルートス傭兵専門学校に入ったんだ。ユキトの娘だって、堂々と名乗ってな。
「……信じられないことをしたもんだな」
クラウドが呆れ返った。
「自殺行為だぞ。L20の学校に入るならまだしも」
――そのとおりだよ。俺たちは、それが自殺行為だって分かるが、おふくろはL60育ちで、軍事惑星のことはほとんど知らなかった。昔から、グダグダ考えるより、先に手が出るババアだからな。
ばあちゃんも、L18で暮らしていた期間は短い。
ユキトじいちゃんのことを教えることはできても、軍事惑星群のことはほとんど知らないに等しい。
とにかく、おふくろは、L20のほうが女の軍事惑星ってことも知らなかったし、バブロスカ革命がL18内だけで起こったってこともロクに知らずに、L18に来た。
恐ろしい話だ。
だがおふくろは、一応ユキトじいさんの娘なんだから、アーズガルド家に迎えられて、将校の道を歩むって手もあったらしい。
アーズガルド家では、ユキトの名は家系図から外されていた。だが、一度だけ、ユキトのいとこだという人間が会いに来たそうだ。
おふくろがユキトの子だと言いふらさず、隠し通すなら、アーズガルドに養子という形でいれてやってもいいってな。だがおふくろは断った。
おふくろは傭兵の道を選んだ。おふくろがいうには、ユキトじいさんが、傭兵のためにバブロスカ革命を起こしたんだから、傭兵になって、じいさんの目指した理想を体現したいと思ったらしい。
親父もよくいってたが、おふくろが生きていることができたのは、本気で奇跡だった。無事に学校を卒業できたってこともな。
認定資格はもらえなかったが、それでも五体満足だった。
バイトしながら学校へ行って、生活費も稼げたし。ドーソンが手を回せば、働き口すらなかったかもしれない。
それにいつ、ドーソンの連中に消されてもおかしくなかったってのに。
もしかしたら、アーズガルドの、その、ユキトのいとこだというじいさんが、陰ながら助けてくれたんじゃないかと、そういうんだ。ドーソンの手前、目立ったことはできないがな。
それに、おふくろの学生時代はドーソンじゃなくて、アーズガルドの人間が首相だった。だからって特に変わり映えはしねえが、少なくとも――空挺師団事件のときみたいな、無茶な事件は起こらなかった。
アンドレア事件は、おふくろが生まれた年、――カレンのおふくろの事件は、1386年だ。
とにかく、おふくろの学生時代は、ドーソンがおとなしかった。だから、おふくろはドーソンに手を出されなかった。
そこでアズラエルがしばらく沈黙したので、ミシェルが続きを促した。
「アズラエルのお母さん、学校ではどうだったの?」
――L18での学生生活は、楽しかったらしいな。
あの性格だから、敵も多けりゃ味方も多い。
これで才能がなけりゃ、泣く泣くL60に帰っていただろうが、残念なことにおふくろには、傭兵の才能があった。
コンバットナイフは、当時、L18の女傭兵の中じゃ一等だった。
軍事惑星全体の総合演習で、L20の優勝者を叩き伏せて、実質、軍事惑星の女傭兵の中じゃ一番の凄腕だった。
これだけの実力者なら、どの傭兵グループからもスカウトは来る。引っ張りだこだ。だが、おふくろにはまったく声がかからなかった。
おふくろが、ユキトの子だったからだ。
おふくろは、バブロスカ革命のユキトの子だって隠しもしなかったから、スカウトどころか、おふくろはドーソンに睨まれたくないたくさんの傭兵グループから、うちには来るなと断られた。
認定の資格もなかったし。
そんなおふくろを唯一受け入れてくれたのが、メフラー商社だ。そこでおふくろは、親父に出会った。
親父は、アカラ第一、ああ、俺の入っていた学校の出。そこを卒業して、しばらくあちこち渡り歩いて、メフラー商社に入った。
ドローレスさんは、学生時代の体育祭――あるんだよ、そういう、軍事演習って名の体育祭が。で、そのときデビッドにスカウトされて、卒業前からメフラー商社に入ることが決まっていた。
リンファンさんも、メフラー商社で事務の職に就いた。
……で、いろいろあって、親父とおふくろが結婚して、ドローレスさんとリンファンさんに、セルゲイが生まれて。おふくろも俺たちを産んだ。
親同士仲が良くて、しかも同じ傭兵グループだ。
ほんとうなら、セルゲイ兄さんは、クラウドより頻繁に会っていたかもしれねえのに、今思い出せばそうでもなかった。俺は数えるほどしか、セルゲイ兄さんには会ったことがない。
そりゃァそうだ。今ならわかる。傭兵家業は忙しい。俺の親も、ドローレスさんもやり手の傭兵だったから、家にいることがほとんどなくて、ガキも交えて会うことは少なかった。
家も離れてたしな。ガキが歩いて遊びに行ける距離じゃねえ。
俺ンちは、あのスラム街のアパートで、ドローレスさんちは、傭兵が多く住む住宅街だった。同じ傭兵グループのメンバーは、近所には住まない。ほかはどうか知らねえが、メフラー商社にはそういう決まりがあった。アジトを分かりにくくするためだ。
だけどな、たまにしか会えねえけど、俺たちきょうだいは、セルゲイ兄さんが好きだった。
そして、……1394年のことだ。
俺は今でも覚えている。俺が七つのときだ。
空挺師団の事件が起こった。
ルナ、おまえの家族がいつL18を出たかは分からない。だが、空挺師団の事件が起こるしばらくまえから、親父たちは仕事に行かなくなっていたし、おまえの家族にも会わなくなっていた。
リンファンさんは、妊娠していた。俺は、セルゲイ兄さんが、空挺師団のパレードに行って帰ってこないことを知った。このことが事件にされたのは、だいぶあとのことだ。そのころは、俺もまだほとんど意味が分かってなかった。
――今思えば、その腹の子が、おまえだったなんてな。
あの空挺師団の事件がなければ、俺はもしかしたら、L18でおまえと出会っていたかもしれないんだな。
セルゲイ兄さんに会いたくて、親に駄々をこねていた日が続いて――。
ある日のことだ。
夜になって、家族みんなでメシ食いに行って、うちは、ずっとボロアパートで地味に地味に暮らしていたから、高級レストランなんて生まれて初めて行った。そのあと、旅行だってんで、スタークも俺も、大はしゃぎだ。
L25について、一週間もしてからだ。旅行じゃねえ、親父は長期旅行なんて言ったけどな。L18には、しばらく帰れないって分かったとき、スタークが泣いて暴れた。オリーヴは物心ついてねえ時期だったし、二歳だしな。まだよかったけど。
おふくろが初めて、俺に謝った。俺は七つで、まだその理由が分からなかった。
でも、おふくろのせいで、家に帰れねえってわかったときは、おふくろを責めて、親父に殴られた。二メートルは吹っ飛んで、顔の形が変わったよ。おふくろにはしょっちゅうどつかれてたが、親父は、いままで俺を殴ったことはなかったから、これも初か。初めてづくしだな。よく考えたら。
ルナは、アズラエルの口調で思い出した。夢のなかで、ルナは同じ話を、十六歳くらいのアズラエルから聞いたのだ。まるでデジャビュだ。
――オコーネルっていう、ドーソンのジジイが首相になって、バブロスカ革命の縁者狩り、をはじめたんだよ。
バブロスカ革命の縁者は、適当な理由をつけて犯罪者にし、逮捕、投獄する。空挺師団の事件も、やつの縁者狩りのひとつだった。
俺たちが逃げるころってのは、かなり手遅れの時期だった。
俺の親父の、――アダムの両親も、とっつかまった。じいちゃんたちは、実質バブロスカ革命には関係ない。それなのになぜつかまったと思う?
アダムが、俺の親父が、おふくろと結婚したからだ。
……きっと死んだ。親父の両親は。あのときつかまったやつはみんな死んだはずだ。釈放されたという話は聞かない。俺たちが五年後にL18にもどったときに、軍部に掛け合ったが、もう、親父の両親は死んだかどうかすらもわからないまま、L18の記録から消えていた。
クラウドが、つらい顔をしてうつむく。
アダムの両親には、クラウドも可愛がってもらった。彼らは、身に覚えのない罪で拘束されて、殺された。
クラウドも、幼心に覚えがある、悪夢のような年末だった。クラウドのうちにも、軍の調査が入った。クラウドも七つで、まだよくわからなかったが、親友のアズラエルが突然いなくなったことで、泣きあかした覚えがある。
ミシェルも、あまりの不条理に、口で手を覆って絶句していた。
「だって――なにも、悪いこと、してないんでしょ……?」
L77では、考えられない事態だ。縁者だというだけで殺され――死んだことすら、分からなくなっているなんて。そんな横暴が、まかり通るなんて。
ルナが、ぼそりとつぶやく。
「じゃあ――あたしのおじいちゃんやおばあちゃんは」
「リンファンさんの親は、ふたりともL64にいるのか?」
ルナはあわててうなずいた。
「ドローレスさんの家族は?」
ルナははっとしたような顔をして、「……聞いたことない」とつぶやいた。
リンファンの両親には会ったことがあるけれど、ドローレスのほうの家族に会ったことはなかった。
アズラエルが、「そうか……」と複雑なためいきをこぼした。
「少なくとも、リンファンさんの両親は、無事に逃げられたんだな」
――おふくろは、アダムの両親が殺されたことで自分を責めて、自分の愚かさを――ユキトの娘だと言いまわっていたことを――恐ろしく後悔した。
おふくろは、ユキトの娘だということを、とても誇りに思っていた。それは今でも変わっていない。だが、自分のせいで、アダムの親が死んだ。おふくろは、親父と別れることを決意したが、親父がそれを許さなかった。
メフラー爺や、クラウドの親父――ハーベストさんたちが、四方手を尽くして俺たち家族を逃がそうとしてくれたが、もう手遅れもいいところだった。
俺たちは、ぎりぎりまでクラウドの親父の助けで、L18にいた最後の三日は、廃屋に隠れていた。メフラー商社は危ない。真っ先に調査が入ったからな。隠れるのも限界だった。
せめて子どもたち――俺たちだけでも、って親父が覚悟したところに、やっと救いが来た。
急に、親父がメシ食いに行くぞ、といって俺たちをレストランに連れてった。その後は、さっき話した通りだ。俺たちはL25のスペース・ステーションで、一夜を明かした。
一週間後の朝、親父が、ホテルに来た私服の男となにか話していた。親父は、大きなバッグを受け取って――多分、それは金だったんだな。逃亡資金だ。
俺たちのところにもどってきて、親父は言った。
「助かったんだ、逃げるぞ」
俺たちを助けてくれたのは、バクスター・T・ドーソン。
……グレンの、親父だ。
「グレンのお父さん!?」
ルナが、素っ頓狂な声を上げる。
――ああ。俺たちガキ三人は、その朝に初めて、俺たち家族はドーソン一族に殺されそうになって、逃げる途中だということを知った。
おふくろが、あの第三次バブロスカ革命のユキトの、娘だってこともな。
で、これは、俺がだいぶでかくなってから分かったことなんだが、あのとき、オトゥールの親父のバラディア大佐と――今は将軍か。彼と、エルドリウスさん、それからバクスター中佐が中心になって、バブロスカ革命の縁者を、星の外に逃がしていたそうなんだ。
バラディア大佐は親父と懇意にしていたから、逆に動けなくて、俺たちの家族は、バクスター大佐が引き受けてくれた。
俺たちは、L18の外には出られなくなっていたから、バクスターさんが星の外へ出られる宇宙船を工面し、当面の逃亡資金をくれ、そのあとも、バラディア大佐につなぎを取ってくれたり、面倒を見てくれた。
俺たちはあのあと、いろんなところを転々とした。五年の間。
L52には一番長くいたけど、L4系にもいた。行ったことがねえのは、L7系くらいだ。
俺は家族と離れて、一年だけ、ばあちゃんと暮らしていた時期もある。
「ツキヨおばあちゃんと?」
――ああ。
親父とおふくろは、L25を出てすぐ、L60のばあちゃんを頼った。
家出同然でいなくなった娘とその家族を、ばあちゃんは文句も言わずに優しく迎え入れてくれた。
ばあちゃんは、傭兵をやめてこの家にいろと何度もおふくろに言ったんだが、おふくろはあきらめなかった。
自分はL18で、ユキトじいさんの名誉が回復されるまでは、傭兵はやめないってな。おふくろだけじゃない。親父もそうだった。親父もユキトじいさんを尊敬していたし、両親が殺されて、自分ばかりのうのうと平和な暮らしをする気はなかった。
だけど、おふくろは、俺たち子どものことに関しては別だった。俺たちがL18で差別を受けて、暗い顔になってくのを見て、このままじゃいけないと思っていたらしい。
一ヶ月ほど家族でばあちゃんの家にいて、やっと親父が、バラディア大佐経由で、ひそかに仕事をもらってきた。
その夜だ。親父とおふくろは、俺を置いて出て行った。
ばあちゃんと話はついていた。おふくろは一年間だけ、ばあちゃんに子どもたちの面倒を見てもらうことにしたんだ。
俺はばあちゃんと寝ていて、スタークとオリーヴは親父とおふくろと寝ていた。おふくろは三人ともおいていくはずだったんだが、スタークとオリーヴが――ガキってのは、なぜかそういうのは分かるもんなんだな。親父たちが夜中にこっそり出て行こうとしたら、目を覚まして泣き出しちまったから、しかたなく連れて行くことにした。朝までマヌケ面さらして寝ていた俺だけが、置いて行かれたんだよ。
泣いたぜ。俺は捨てられたんだって。一週間ぐらいな。
だが、一年ほど経って、親父たちは迎えに来た。俺は、家族と一緒に行くことにした。
ばあちゃんとはそれきりだ。




