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キヴォトス  作者: ととこなつ
第四部 ~記憶の扉篇~
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127話 ツキヨおばあちゃん Ⅰ 3


 壊してしまったサンドバッグ代を弁償するころには汗も冷えていたし、頭もだいぶ冷えていた。


「どっか行くか」


 あんな狭い場所で所帯じみた生活をしているから、小さなことにイライラするのかもしれない。

 もうリリザに戻るには中途半端な行路だし、次の星のマルカにも少し遠い。

 船内でもいい。ウサギを連れて、どこかに出かけよう。


 暴れたのが功をなしたか、アズラエルのイライラは、それなりに吹っ飛んでいた――だが。


 帰ったアズラエルを待っていたのは、凶暴な子ネコと、爆弾そのものの新事実だった。


「この、ニャー!!!! アズラエル!! ばかっ!!!!」


 昨夜の夢から、ネコ気分が抜けていないのか、ミシェルはニャーニャー言いながら帰ってきたアズラエルに食ってかかった。(すね)を蹴りあげる。


「いって!」


 ちょっと痛かったので、アズラエルはネコの襟首を捕まえて、隣室の眼鏡つきライオンを呼んだ。


「おいクラウド! ちょっと来い! こいつをなんとかしろ!!」


「……お帰り、アズ」

 クラウドも顔を出したが、すぐリビングに引っ込んだ。

「アズも来て。ちょっと話さなきゃいけないことがある」


 また、小難しい話かよ。

 アズラエルは渋面(じゅうめん)を作ったが、ルナに関することならばしかたがない。

 とりあえず、ルナはどこだ。話が終わったら、すぐでかけよう。


 ミシェルの襟首をつかんだままリビングに行くと、ルナがちょこんとソファに座っていた。アズラエルの顔を見ると、普通に「おかえりアズ」と言った。


「ルナ!!」

「へひゃい!!」


 ミシェルの威勢のいい声に、ルナはしゃきーん! と直立不動した。


「言ってやれ!! アズラエルに、『俺の話をきけーっ!!』ってな!!」

「ミシェル、なんでそんなに男前?」


 でも、そんなミシェルも好きだよ、とデレデレのたまうクラウドを置いといて、アズラエルがためいきをついた。


「……今朝は悪かったよ、ルゥ。こっちにこい。話し合おう」

「ダメいまの! 反省してない!!」

「反省? してるだろ」

「し・て・な・い!!!! ルナが話せない空気を作ったのはアズラエルでしょっ!」


 なんだかよくわからないが、そういうことになっているようだ。こっちは話せない空気を作った覚えはない。アズラエルはとりあえず謝った。


「……だから、悪かったって」

「その声!! 反省してない~!!」

「どんな声なら反省になるんだ?」


 次第に、アズラエルの声がイライラしてくる。


「あんたがね! そんな態度だからルナが話せないんだよ!! ツキヨばーちゃんのことも!!」


「……あ?」


 爆弾が、予告も、カウントもなく投下された。


「ツ・キ・ヨ・ばーちゃん!! アズラエルのおばーちゃんなんでしょ!?」


 アズラエルは、頭が真っ白になった。


 家族が長年探していた、祖母の名がなぜ今、ここで出てくる?


 アズラエルの耳に、クラウドの声だけが静かに響いた。


「俺もさっき、ルナちゃんとミシェルに聞いた。俺が整理して説明するよ。座って、アズ」


 アズラエルがソファに座ると、ルナが、アズラエルに寄り添ってきた。ぎゅっと、アズラエルの太い腕をつかんで。

 ミシェルが、「コーヒー入れてくるね!」とキッチンのほうへ走っていくのを、呆然とながめた。


 ――ツキヨばあちゃん、だと?


 クラウドの簡潔な説明が終わると、アズラエルはためいきをついて顔を覆い、それから、大きく息を吐いた。彼のコーヒーは口をつけられないまま、冷め切っていた。


「……それは、ルナの夢の中でのことと、サルディオーネのZOOカードであきらかになったことなんだな?」


 アズラエルの、この話が始まってから初めての質問に、クラウドがうなずいた。


「そう。ルナちゃんがはじめてアンジェリカに会って、ZOOカードの占いをしたときわかったことだ。“月夜のウサギ”ってカードが出てきて、このカードはアズラエルと縁が濃いと。身内かもしれないと言われたらしい」

「……」

「そのあとルナちゃんが椿の宿で夢を見て――アズラエルの、過去の夢を見たときに気付いた。ルナちゃんの家の近所のツキヨおばあちゃんは、アズラエルの祖母――つまり、エマルさんの母だってことに」


「じゃあ、あのエルバサンタヴァは……」


 アズラエルの呻きにも似た言葉に、クラウドはうなずいた。


「同じ味なわけだよ。ルナちゃんもアズも、同じ人が作った料理を食べていたんだから」


「――マジかよ」

 アズラエルは唸り、ルナを見ながら、心底信じられない顔をした。

「まだ、信じられねえ……。ばあちゃんは、L77にいたのか?」


「そうだよ」

 ミシェルも言った。

「ツキヨおばーちゃんは、あたしたちの住んでた町内で、本屋さんをやってたの。ルナのおうちはツキヨおばーちゃんと仲が良かったと思う。あたしもルナほどじゃないけど、よく遊びに行ってた。ルナは卒業してから、そこの本屋でバイトしてたの」


「アズ、驚くことはまだあるんだ」

 クラウドは、ルナを促した。

「このことは、ルナちゃんから言った方がいい」


 ルナはごくりと唾をのみ、恐る恐る、告げた。


「――あたしのパパの名前はね、ドローレス・G・バーントシェント」


 この時点では、アズラエルは気づかなかった。首を傾げ、「女の名だな」といった。

 ルナは首を振った。


「旧姓のほうが分かるのかな? バーントシェントは、ママの家の苗字なの。えっとね、パパの名は、ドローレス・G・クレイ」

「……分からない? アズ」

「……なにがだ」

「ドローレス・G・クレイだ。分からないか?」

「――え?」


 アズラエルは分からない、という顔をしていたが、やがて、ひとりの人物が思い当たったようだ。


 目を見開き、それからひとこと、「――あり得ねえだろ、それは」とぼやいた。


「ねえだろ、いくらなんでもそれは――!」

「あるんだよ、アズ。ルナちゃん、写真を見せてあげて」


 クラウドの言葉に、ルナは、用意していた自分の家族の写真を、アズラエルに渡した。


 アズラエルは、銀色のフレームの中で微笑んでいる家族を見て、驚きのあまり絶句した。


 ルナのいうことも嘘ではなかったし、クラウドが自分をひっかけているのでもなかった。


 その写真は、色あせていないことと、夫婦の間で笑っている子どもがちがうだけで、アズラエルがメフラー商社で見た、あの写真と同じだった。


 メフラー商社で一年以上過ごした人間は、必ず知っている家族。

 もと、メフラー商社のナンバーワン傭兵だった、ドローレス・G・クレイとその家族。

 まさか――。


「おまえが、“歩く冷蔵庫”の娘だってのか!?」

「パパって、歩く冷蔵庫っていうの!?」


 アズラエルもルナも、互いに怒鳴った。

 そして、沈黙した。アズラエルが先に口を開いた。


「……そうだ。おまえの親父は、通称、“歩く冷蔵庫”。デカくて四角くて冷たそうってイメージでな……」


 ミシェルが思わず笑い、そのことが、この場のなんともいえない緊張をほぐした。


「おまえの親父が――あのドローレス――、ああ――いや、おまえの話を先に聞こう」


「う、……うん」

 ルナは小さく息をのみ、話し始めた。

「あ、あたしはね、この宇宙船に乗って、椿の宿で夢を見るまで、こんなことはなにも知らなかったの。パパとママが軍事惑星の生まれだなんて――。あたしのパパは、家から近くの、街で一番おっきいデパートの服飾部門の部長なの。でね、ママは、近所のお弁当屋さんでパートしてる、フツーのパパとママ。ママの親、っていうか、おじーちゃんとおばーちゃんは、L64にいるの。あたしもちっちゃいころ、一回会ったことある。あたしのパパとママは、あたしが生まれてくるまえにL64から引っ越してきて、L77に来たってゆわれてて、あたしは、ずっとそれを信じてた」


「歩く冷蔵庫が――服、売ってるのか」

 アズラエルはそこが気になったようで、ぼそりとつぶやいた。


「あたしが生まれるまえに亡くなったお兄ちゃんのことも、あたしは、くわしく知らなかった。だれも教えてくれなかったの。名前も知らない。お兄ちゃんがいることだけは分かってたけど、交通事故で死んだって。一回だけ、お兄ちゃんのことをママに聞いたら、ママが泣いちゃって、それから、もう聞けなくなっちゃったの。――そうしたら、椿の宿で見た夢で、お兄ちゃんのことを知った。少年空挺師団の事件のこと、その事件でお兄ちゃんが死んだってことを、夢の中で、アズから聞いたの」


 ルナはうつむいた。


「昨日の夢で、はじめてお兄ちゃんが出てきた。真っ黒なウサギの姿で」


 アズラエルは、今度はバカバカしいとは言わなかった。だまって聞いていた。


「お兄ちゃんは、空挺師団の事件で死んだの……」

「そうだ」


 アズラエルがうなずいたので、ルナも――ミシェルも、驚いて詰め寄った。


「アズ、やっぱり知ってるの?」


 ルナの言葉に、アズラエルはいった。


「おまえの兄貴の名前、知りたいか?」


 ルナは何度も首を縦に振った。

 ずっと、知らなかった。名前くらい知りたいと、ずっと思っていたけれど、夢の中でも、それは出てこなかった。


「びっくりするぞ。名を聞いたら」


 アズラエルはどことなく苦笑に似た笑い方をし、「セルゲイだ」と言った。


「……え?」

「セルゲイ・R・クレイ。おまえの兄貴の名だよ」


 ルナも――今度はクラウドも、驚きすぎて言葉が出なかった。


「まさか」


 クラウドがつぶやき、みなが思ったことを代弁して叫んだのは、ミシェルだった。


「セルゲイって――じゃああの――もしかして――あの、セルゲイさんが――!?」


 だが、アズラエルは否定した。


「ちがう。おまえが言いたいことはなんとなくわかるが、この宇宙船に乗ってるセルゲイと、ルナの兄貴のセルゲイはまったくの別人だ。同じスラブ系の容姿で、髪の色も目の色も同じで、年齢も名前も同じだが、ふたりはちがう」


「……そうだね。ちがうと思う」


 驚きが過ぎて、冷静さがもどったクラウドも、自分のこめかみをつつきながら同意した。


「不思議なことと言わざるを得ないが、ルナちゃんのお兄さんのセルゲイが、空挺師団の事件で亡くなったとしたら――例のL4系での誘拐事件で、セルゲイがエルドリウスさんの部隊に救出された年と、同時期なんだ。片方のセルゲイは救出され、片方は亡くなった。同一人物ということは、あり得ない」


「それに、性格がたぶん、全然ちがうぜ」

 アズラエルは笑った。

「俺は、あのセルゲイのガキのころは知らねえが――おまえの兄貴は知ってる。ルナ、夢の中で、オトゥールを見たんだろ?」


「え? う、うん」


「おまえの兄貴はあんな感じ。正義感強い熱いヤツ。兄貴肌っていうか、ずいぶん面倒見のいいヤツだった。俺は小さいころおとなしかったから、俺がドローレスの息子で、アイツがアダムの息子なんじゃねえかと冗談で言われたことがある」


「アズ――あたしのおにいちゃんに会ったことがあるの」

「あるよ」


 アズラエルは、むかしを思い出すような顔をした。


「俺もスタークも、何度かいっしょに遊んだことがある」


 ルナは、自分の知らない兄を知っているアズラエルを、不思議な目で見つめた。


 ――アズは、あたしのおにいちゃんに、会ったことがある。

 L18にいたころの、あたしのパパとママにも?


「アズ」


 クラウドが腕を組んだまま、先を促した。


「ルナちゃんに話してあげて。君がどう逃亡生活を続けていたかを。そうすれば、ツキヨさんが、どうやってL77にたどり着いたか、足取りがつかめるかもしれない」


「ああ……」

 



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