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キヴォトス  作者: ととこなつ
第四部 〜覚醒篇〜
281/946

121話 覚醒 Ⅰ 1


(……ずいぶん、距離があるものだなあ)

 セルゲイは、自家用車を運転しながら、そう思った。


 K35区から車で二時間。まだK07区を抜けていない。K07区が異様に広いのだ。

 船内の区画で一番広いと言われても、うなずける。グレンとこのあいだ行ったスポーツセンターは、同じK07区でも一番南側にあるから、三十分ほどで行けるのだが。


 セルゲイはいったん車を道路わきに停め、さっき燃料補給所で受け取ったソフトをつかってみることにした。

 カーナビにセットすると、宇宙船内の地図が表れた。3Dモードにすると、フロントガラスに、行くべき道筋が風景のように浮かび上がる。


「あ、これは見にくいな」


 セルゲイは3Dモードを消した。これは自動運転システム専用のもののようだ。あらためて「K05区 真砂名神社」といれると、ルートが表示された。


「高速道路は、中央役所までしか通ってないのか……」


 中央区以北は、高速道路はない。この山道をのんびりドライブするほかないらしい。ハンシックの皆と、ロッテ・コスカーテの滝に行ったときの道は、かえって回り道になる。この道を行くしかないようだ。


「あと二時間はかかる……遠いなあ」


 ここまで来ると、ビル群はなくなる。めのまえにそびえたつのは、ビルの代わりに山々だ。稜線(りょうせん)が連なり、まだ白く雪が被っている峰もある。その中で、ぴょこんと高い山にセルゲイは目を留めた。


(あれを目指して行けば着くって、アントニオさんはいってたけど)


 たしかに道は、一本道のようだが――。

 ずいぶん、おおざっぱだな。

 セルゲイは呆れて声も出なかった。


 アントニオと、K05区の真砂名神社で待ち合わせを予定したのは、三日前のことだ。


 花見でもしようと誘ってくれた当のアントニオは、用があるとかで、前日からK05区に行っていた。アントニオも乗せてK05区に行くつもりだったセルゲイは、道案内人がいなくなって困った。


 ルナはマリッジブルーの友人を励ましに行くそうだし、同居人たちを誘ってはみたものの、グレンはいない、ルートヴィヒも水泳教室、カレンとジュリは、セルゲイが起きたときにはもういなかった。エレナに聞けば、ふたりでプールへ行ったとか。


 エレナを誘ったが、K05区までは距離があり過ぎるし、いつ気分が悪くなるかしれないので遠慮する、と断られてしまった。


 エレナは、今日はママ会もないから、家でのんびりしているらしい。ルナが留守なのは、エレナも知っているようだった。ルナのおかげでpi=poの設定もすんだことだし、エレナが家にひとりでも、だいじょうぶそうだ。


(……よく考えたら、男二人で花見っていうのもどうなのかなあ……)


 ちょっと考えてしまったセルゲイだが、アントニオは顔が広い。自分がひとりで行っても、知りあいを呼んでいるかもしれないと、思い直した。


 延々と続く山道。


 同じ風景なので眠くなりそうだ。いざとなったら自動運転システムにすればいいが、景色を眺めて行きたい。コーヒーが飲みたくなってくる。


 ナビを見ると、三キロ先にコンビニエンスストアがある。助かった、とセルゲイは車を飛ばした。


 コンビニエンスストアは、ずいぶん広い駐車場があって、だれも客がいない。

 セルゲイは車を停め、缶コーヒーを買ってトイレを済ませると、車に寄りかかりながら熱いコーヒーを飲んだ。乾燥した喉に染みる。


 どんどん山深くなってくる風景。道路の端には黒ずんだ雪が残っていた。

 寒気がして、セルゲイは車からカーディガンを出して羽織った。

 コンビニを囲む木々はほとんど針葉樹林。セルゲイは軍事惑星を思い出した。ここは船内でも平均気温が低く、雪深い土地なのか。


 セルゲイは腕時計を見た。予定より早くつきそうだ。グレンが、タクシーで片道五時間くらいかかったといっていたが、うなずける。制限時速七十キロを超えないタクシーならば、おそらくそのくらいだ。


「梅も桃も、桜も一気に咲くんですよ、K05区じゃ」


 急に話しかけられて、セルゲイはびっくりした。店長が、客がいないのをいいことに、店から出てきてセルゲイに話しかけていたのだ。


「はい、これあげる」

 ほかほかの肉まんをセルゲイに差し出した。

「ここ、ほとんどひとが来ないんだよ。だからヒマでヒマで」


 セルゲイは礼を言って受け取った。ちょうど小腹もすいたところだった。


「ありがとう。――ウメ? 桃は分かりますけど、ウメってなんですか」

「あ、軍事惑星の人だね。軍事惑星生まれ、L5系そだちってところ。それかその逆」


 人懐こいコンビニ店長は、自分も肉まんをかじりながらセルゲイの出自を当てた。


「ええ、そうです。よくわかりますね」

「だいたいね、梅だけわからない人ってその出自の人が多いんだ。軍事惑星にはぜんぶ咲かないから。でもL5系には桜と桃はある。梅は、L7系の人なら知ってるけどね」

「なるほど。そうでなくても私はもともと、植物にはうとくて」


 L02生まれだという店長の話につきあわされ、一時間も立ち話をしていたセルゲイは、昼近くになっていることに気付いてあわてて車に乗った。

 アントニオとの約束は十二時半。

 どうして自分はいつも、ちょうどいいところで切り上げられないのだろうか。


「帰りも寄ってね~! 今度は売れ残ったケーキあげるから!!」


 ガブリエル天使の祝福を~、とでかい声が聞こえる。彼がハンカチを振って見送っているのだ。こんなに盛大に、コンビニから見送られたのは初めてだった。

 ガブリエル天使って?

 素朴な疑問を感じながら、セルゲイはぶっ飛ばした。無人の道路を百二十キロで。

 だが「野ウサギ注意」という看板を見つけると、途端に減速した。


 山をひとつ越えて、くだりの坂道が終わった。やっと道路標識にK05区の文字を見つける。

 だだっ広い草原にまっすぐの道路、そして、眼前に山。――ここは本当に宇宙船内か? この宇宙船に乗ってから何度となく浮かぶ疑問。

 

 林を抜け、民家がぽつぽつと見えはじめ、急に視界に、巨大な白木の鳥居が現れる。その向こうは、観光地だった。小さな店が立ちならび、道路の幅は、恐ろしく広い。


「大路」と書かれたそこは、車両進入禁止だ。


 セルゲイはナビに従って、大路の前を左に曲がり、大駐車場へ車を止めに行った。大駐車場にはぽつぽつと車があった。大きな観光バスも一台。

 ひとはまばらにいた。

 車から降りると、駐車場のそばを流れる大きな川に目がいった。あの山を源流にした川だろうか。


(あ、桜だ)


 広い河原の両岸には、一定の間隔を置いて桜が植えられていた。こちらまで、その淡い香りがただよってきそうだ。今が盛りの満開で、思ったよりたくさんの観光客がいた。変わった出店もある。


 ……やっぱり、ルナちゃんを連れてきたかったな。

 ルナならば、はしゃいで大喜びしそうだ。


(急がなきゃ)

 もう十二時を回っている。


 多少遅れたところで怒るような相手ではないが、過度な遅刻はもうしわけない。駐車場から大路まで、歩いて十分と標識にあるが、真砂名神社はさらにその奥だ。

 セルゲイは小走りに大路まで急ぎ、巨大鳥居をくぐると、遠くに見える階段まで一気に走った。


 見れば見るほど、独特の文化だ。セルゲイは、見たことも触れたこともない景色だった。

 L5系でも、こんな神殿や文化は見たことがない。エレナが最初のころ着ていた、「キモノ」という服を着ている女性も何人かいる。だがそれは、エレナの着ていた無地の地味なものではなく、柄がついたとても派手なものだった。


(ここの文化は、どの星のものだろう?)

 疑問を追及しているひまはなく、セルゲイはその長い足でタッタカ走った。


 階段まで来て、セルゲイは絶句した。


(ウソだろ)


 思わず、叫びたくなった。

 真砂名神社は、階段の上――しかも、この階段が、おそろしく長い。


(……まいったな)

 セルゲイは、ためいきをついた。

(階段を上がらなきゃならないのか、やっぱり)


 周囲にエスカレーターも、エレベーターも、ロープウェイもない。上に着くまで何分かかるだろう。遅刻間違いなしだ。

 セルゲイは息を切らせながら、一歩一歩上る羽目になった。


(――冗談だろ)


 なんだこれは。ジムよりきつい。

 笑い話になりそうだった。自分はこれでも、基礎体力は落とさないように、定期的にジムに通っている。グレンやアズラエルとくらべるつもりはないが、軍事学校にいた現役時代と変わらずおなかだって割れたまま。それなのに、この程度の階段がこんなにつらいとは。

 まるで、背中に重い石でも背負っているようだ。


 セルゲイは、この階段を上がれば、前世の罪が許される仕組みになっているとは、まだ知らない。


 アンディ親子の事件のとき、ルナが真砂名神社に来たことも、神頼みでもするのかなあという程度にしかとらえていなかった。

 彼は彼でバンビの助手という責務があったし、クラウドやルナからも、どうして真砂名神社にいくのかという説明はほとんどなかった。


 だから、この体の重みの意味も、真砂名神社の階段の秘密も、なにも知らずに上がっているわけである。


 セルゲイは焦っていた。待ち合わせ時間はとうに過ぎている。

 駐車場を出た時点で、アントニオに「少し遅れる」とのメールはしておいたが、これでは大遅刻だった。


 びっしょりと汗をかき、セットした髪もだいなし。肌寒いのにシャツがはりつくほど汗をかいて。まるで、一日いっぱい軍事教練のフルコースをやりとげたあとのようだった。


 なぜだ。

 よろよろになるくらい、くたびれていた。


 階段を上りきったそこには、見たことがない文化の神殿がある。朱色と金が所々に見えるが、全体的に木と布でつくられた、寂びた神殿だ。

 セルゲイにとっては、神殿と同じくらい不思議な格好をした者たちが、祈りをささげている。

 アントニオはいない。

 

(このあたりの文化は、見たことがないなあ)

 

 セルゲイは、祈りのやりかたなど知らない。神殿をながめ、ハンカチで汗をぬぐい、べったりと汗で背中に張り付いたシャツを、パタパタさせて風を通した。広い砂利の庭の、端にあったベンチに腰かける。

 強い風が吹いてきた。


(ああもう――涼しいけど――やっぱり寒いな。コートも必要だったかな)


 セルゲイは、肩にかけていたカーディガンを着こむ。汗が冷えそうだ。

 そして神殿のほうをなんの気もなく見たら、祈っていた女性と目があった。――途端に。


「きゃあ!」


 叫んで、彼女は倒れた。

 

(――え? なに?)


 人の顔見て気絶しないでほしいな。

 と、どこかのだれかと同じことを思ったセルゲイは、それでも医者だった。あわてて倒れた彼女に駆け寄ろうとしたが。

 風が強すぎて、ベンチから立つので精いっぱいだった。


(なんだこの風)


 警報級の風速ではないか? セルゲイは人を助けに行くどころか、自分がベンチにしがみつく羽目になった。

 なにやら雲行きも怪しくなってきた。


(K05の天気予報、ちゃんと見てくればよかったな。強風注意報なんてあったかな)


 ルナレベルの天然であるセルゲイは、自分のせいで彼女が倒れたとか、自分のせいでこんな強風になっているのだとは、思ってもみなかった。


「なんじゃなんじゃ! ――ああ、こりゃぁ」


 神主衣装を着たおじいさんがやってきて、またかという顔をした。無論セルゲイは、ここでルナが遭遇したできごとは知らない。


「今度は男か!」

 神主は、強風なので声を張り上げ、

「おまえさん、とりあえずこっから降りてくれ!!」


「え? あ、私ですか?」

「おまえさん以外にだれがいる!!」

「はあ……、すみません……ですが、その女性、泡をふいてるので早く病院へ、」

「おまえさんが降りれば元にもどるわい!」


 俺のせい? 俺のせいなのか?

 なんだかよくわからないが、せっかく上ったのにまた降りるのか。

 セルゲイは半分うんざりしながら、階段を降りはじめた。


「セルゲイさあん! こっちこっち!!」


 アントニオの声だ。

 まったく、今日はあわててばかりいる。セルゲイはほっとして、アントニオがいるほうへ行こうとしたが、


「降りてくれと言ったじゃろうが!!」

「は、はあ、でも、あの、」

「どうしたの」


 アントニオが、神殿の脇に見える小道から姿を現す。途端に強風はやんだ。


「あっはっは、ルナちゃんが来たときとおんなじだね」

 アントニオは、倒れている女神官を見て苦笑した。


「笑いごとじゃすまされんのう、アントニオさま」

 ひどく(なま)りの強い神主は、そう言って唸った。


「神さんがそう何人も来ちゃ、たまったもんじゃないわい。しかも本人は自覚なしとくる」

「彼は今日、俺が呼んだんだ」

「えっ。――ほいたら――まさか」

「うん、彼」


 神主とアントニオの会話は、セルゲイには意味が分からなかった。もしかして、このおじさんも、花見のメンバーだろうかと思っただけだった。


「だいじょうぶ。ちょっとびっくりしただけだよ。ルナちゃんが来たときぶっ倒れた子もそうだった。あのあと、神様との感応力が上がったってンで、大感激だったじゃないか。彼女もきっとそうだ」

「今年は、めずらしいことが多すぎる」


 神主はぶつぶつ言いながら、そばにいた何人かの女神官とともに、倒れた女性を運んで行った。

 会話についていけないセルゲイは、呆然とそれを見送っていたが。


「あの、――どうか祝福させてくださいまし」


 驚いて目線を下げると、熱を帯びた眼差しで自分を見上げている娘と目があった。


「ずるいわ! わたくしも!」

「わたくしもよ!」

「どうか祝福させてくださいまし!」

「順番よ!!」

「え? ええええ?」


 セルゲイは軽いパニックに陥った。ルナくらいの年頃の女性たちが、自分を取り囲み、自分の左手を奪い合っているのだ。彼女たちは、かわるがわるセルゲイの左手にキスをしていく。


「あ、あの、アントニオさん!」


「悪気はないんですよ。祝福させてあげてください」

 アントニオはにっこり笑った。

「それで、いつもあなたがルナちゃんにしてるみたいに、左手で頭を撫でてあげてください」


 セルゲイがその通りにすると、彼女は感激して、何度もセルゲイの手の甲にキスをした。


(なんなんだ……)


 困惑するセルゲイをよそに、五人の娘たちはきゃあきゃあと騒ぎながら、セルゲイに挨拶してこの場を立ち去った。三度、不思議な舞とともに深くお辞儀をして。

 

「神をその身に宿した人間は、彼女たちにとって、サルーディーバと同じくらい聖なる存在なんです」


 アントニオは、この神社となにか関わりがあるのだろうか。だとしても、彼の服装は、いつもどおりTシャツとジーンズで、エプロンがないだけ。彼女や、さっきのおじいさんと同じ格好はしていない。


 彼の出身はL05だというが、そのせいでこんなにくわしいのだろうか。

 これは、L05にある神殿?


「だから、あなたに祝福を捧げることは、サルーディーバに祝福するのと同じ――ましてやこんなイケメンじゃ、祝福したくもなる」

「や――あの、」


 アントニオの言い分では、まるで自分が神様と同じなのだと言われているようだ。セルゲイは、ますます困惑した。


「あの階段、大変だったでしょ」

「え、ええ。久しぶりにくたびれました」

「どうせここまで上がったんですから、見ていかれませんか。絵は好きですか」

「絵、ですか?」


 くわしくはないが、見るのは好きだというと、アントニオは微笑んだ。


「よかった。真砂名神社の奥殿に、ギャラリーがあるんです。一般公開されてるんですけど、滅多に見に来る人いなくてですね……」




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