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キヴォトス  作者: ととこなつ
第四部 〜覚醒篇〜
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118話 砂嵐 2


「……なにが望みだ」


 メルーヴァは、肘掛椅子から立ち上がり、L03特有の礼を取った。三度腰を曲げ、お辞儀をする。バクスターにはそれが分かった。これはL03では、最高位の感謝を示すに値する。


「感謝します、バクスター大佐。どうか、私に、傭兵を紹介してほしい」

「傭兵だと?」


 最高位の礼をされて、どんな無理難題を頼まれるかと思っていたバクスターは、拍子抜けした。


「傭兵?」

「そうです。けれど、ただの傭兵ではありません。長期的な戦略眼をもち、戦場でのゲリラ戦の経験も多い、とても賢い傭兵です。なぜ彼が将校でなかったのかと惜しまれるような――」


 バクスターの頭に、ひとりの傭兵の名が浮かんだ。


「そうです。その方です」


 頭の中身を見透かされたバクスターは、苦い顔をした。


不躾(ぶしつけ)だな君は。勝手に人の頭を覗き見るなと躾けられなかったのかね」

「失礼いたしました。ですが、彼です。彼を紹介してほしい」

「私を通すより、直接アダム・ファミリーに依頼したほうがいい。いいかね? この校長室での会話はすべて傍受(ぼうじゅ)され――、」


 ふいに、バクスターは気づいた。この砂嵐はいつからだ? ますます激しさを増す風が、ピシピシと窓を(きし)ませている。


「……今の時間、盗聴は、できません」


 バクスターは、めのまえで得体のしれない笑みを浮かべているこの革命家が、はじめて薄気味悪く感じた。

 

「それだけではない。L53にある、あなたの私邸を貸してほしい」  

 

 バクスターは思い出した。L53に、自分名義の避暑地があることを。父から譲り受けた広大な牧草地と別荘がある。今は、執事が管理しているはずだった。グレンが生まれたばかりのころ、家族三人で一度だけ行った。


 さすがにそこまでは、ドーソン一族の手は伸びていない。というより、今ドーソンは、L18内部のことだけで手一杯だ。別の惑星にある私邸などにかまけている余裕はない。


「私邸など、いくらでも貸してやる。あそこは、私が死ねばL53の土地になるだろうからな。だが、傭兵のほうはべつだ。私を通すより、君が正式にアダム・ファミリーに依頼手続きをふんで、」

「アダム氏は、依頼を選びます。アダム・ファミリーは、基本的にメフラー商社を通じた、軍部からの仕事しか受けない。私が彼にお願いしにいったところで、私という人物を信用し、依頼を受けてもらうまでには時間がかかる。彼は一年ほど私の身辺調査をしてから、初めて依頼を受けるでしょう。私にはそんな時間はないのです」

「私を通したところで同じだ。あの男は頑固で――!」

「でも、アダムはあなたに恩がある」


 いつのまにか、自分の目線と同じ位置に、メルーヴァの顔があった。

 ぞっとする、紫の目。


「……かつてアダムの家族を、L18から逃亡させてやったのはあなたです」

「なぜ――それを」


 このことは、だれも知らない。ドーソン一族のだれもが知らない。エルドリウスだけが知っていることだった。


 十年以上むかし、オコーネル政権が立ち、バブロスカ革命裁判のやり直しを命じたとき、バクスターはエルドリウスとともに、たくさんの革命縁者を軍事惑星の外に逃がした。惑星外でしばらく生活するための資金や、逃亡するためのチケットを与えた。


 彼らは、ドーソン一族の網にかかって、惑星外へ出られなくなった。逃げ遅れたものは大勢いた。革命縁者が惑星外へ脱出することが禁じられたとき、バクスターとエルドリウスは監視の目を潜り、L19を通って軍事惑星外へ脱出するルートを計画し、たくさんの縁者を逃がした。


 アダムの家族だけではない。ドローレスたちの逃亡を援助したのも、彼だった。


「なんてことだ。エルドリウスが吐いたのか?」

「いいえ。ちがいます。私には分かるのです。“私に必要なもの”、すべてが」


 バクスターは、紫の目をこれ以上見ていたくなくて、目を反らした。理由のわからない恐怖に、背筋が震えた。


「アダムは、あなたの頼みを断れない。……知っていますよ? 物資補給のトラック運転手に変装して、三月に一度はあなたのところへ来ることを。五日後が、その予定日だ」

 

 こんな人間が、L03にはたくさんいるのだろうか。バクスターは、よくL18の軍隊が、L03での戦で勝てていたものだと呆れ返った。

 

「――あなたは、私をアダムに紹介する。そして、彼の頼みを聞いてやってくれと頼む。それでいい。アダムは、二つ返事で引き受けるでしょう。彼は、あなたに恩を返したいと、常々思っていた」

「……」


「ありがとう。バクスター大佐、感謝します」

 分かったと口にする前に、メルーヴァは感謝を口にした。

「あなたにも決して悪いようにはしません。アダムと話すときも、傍受の心配はないですし、それに」


 メルーヴァが片手を挙げると、ドアから体格のいい男が入ってきた。グレーの軍服を着た大柄な男だ。彼も見たことがない男だが、軍服のカラー通り、直立不動の姿勢を崩さない。


「彼は私の腹心です。彼を通じてあなたが知りたいことはぜんぶ伝えましょう」


 彼も、L03の人間か。


「君の部下を、私のもとに置いておくのかね」

「ええ。苦労しましたよ。彼も、L18の軍人の作法を身に着けるのは」


 ツァオは、体格も態度も、まるで軍人そのものだった。


「私はツァオ大尉です。バクスター大佐、よろしくお願いします」

「これからは彼が、私とあなたのつなぎになります。ご心配なく。彼は中級予言師です。あなたの頭の中身は見えません。ですが、あなたを害するものからは、予知の力を使って守ってくれます」

「バクスター大佐、ご自宅までお送りします」

「――いつから、この学校に?」

「ひと月ほど前から」

「私は君の顔を知らないぞ」

「でしょうね。この学校は、ひとの出入りが激しい。ドーソン一族が放った見張りも何人か紛れ込んでいますよ。あなたの知らない顔が。ツァオは一応、“L8系から来たもと鉱山労働者”という前歴です。お忘れなく」

「……」

「そうそう。グレン様が宇宙船内で襲われた事件のことは、ツァオから聞いてください。ツァオ、大切な話をするときは、“砂嵐”を忘れずに」


 バクスターが顔を上げたときには、メルーヴァはもう、目の見える範囲にはいなかった。ツァオが、直立不動で立っているだけだ。


「……なるほど、君が監視役ということか」


 バクスターはつぶやいた。

 メルーヴァは消えたのだが、もうバクスターは驚かなかった。むしろ、あの怪しい男がいなくなってほっとした。めのまえのツァオとかいう男のほうが軍人に近く、精神衛生上、ましだった。


 バクスターが、ドーソン一族に、メルーヴァたちのことを漏らさないように、監視役をおいていったのだろう。ドーソンの監視は、最近はかなりゆるかった。最新式の盗聴器もなくなったし、砂嵐で傍受が妨害されても、なにもチェックが入らない。ようやく落ち着いてきたところに、監視がもうひとり増えた。


 しかも、得体のしれないのが。


 バクスターはとんでもないことに巻き込まれてうんざりしたが、それでも、グレンの安全だけは、保障されるだろうか。

 メルーヴァは、おそらく自分に恩を着せるためであろうが――結果としては、グレンを助けた。

 

「君は、……あれかね」

「はい、閣下(かっか)

「コーヒーは飲むかね」

「いただきます、閣下」


 バクスターは、その打てば響く返事になぜだか心癒されて、コーヒーをサーバーから注いだ。みっともなく、手が震えていた。そのコーヒーサーバーを、ツァオがいつのまにか手に取っていた。


「お疲れですね」

 彼が代わりに、カップへコーヒーを注いだ。

「ご命令があれば、私が」


 ソーサーにコーヒーカップを置き、律儀にくるりと回して、バクスターのほうへ寄越す。本当に、L18の軍人の作法を学んだようだ。


「ツァオ大尉」

「は、」

「君は、……そうだな、」


 バクスターは冷たくなったコーヒーを口にした。


「ふつう、ドアから出ていくかね?」

「は?」


 ツァオは、何を言われているか分からない、といったびっくり顔をした。


「軍人は、いかなる場合であっても動揺を顔に出してはならない」

「はっ!!」

「だから、ドアから出ていくかね?」

「はい、閣下」

「ならば、コーヒーを飲んだらドアから出ていき、宿舎にもどって就寝したまえ。間違っても私の前で急に消えたりするな。この部屋から出るときは、あのドアから出ていき、そして入ることだ。あのドアから出たあとなら、勝手に消えていつのまにか宿舎に移動していてもかまわん」


「自分は!」

 ツァオはやっと意味が分かったようだった。

「瞬間移動はできません!」


「それが普通だ」

「はっ! 閣下!」

「で、なにが見えるのかね」


 バクスターは、コイツが自分の見えないものを見えると口にしたら、絶対に心を開かないことにしようと決めた。


「星空が見えます!」


 ツァオが立っている位置からは窓の外が見えるが、いつのまにか、外の砂嵐は落ち着き、星空が瞬いていた。


「それでよろしい」


 砂嵐がおさまったので、会話は傍受される恐れがある。ふたりは、もう、なにもしゃべらぬまま、部屋を出た。

 校長室には、バクスターのカップだけが、シンクに置かれて残っていた。


 本日は、来客はなかった。

 ドーソンへの報告書には、簡潔にそう書かれた。


 ――グレンの担当役員であるチャンから、バクスターに報告が来たのは、二日後だった。




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