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キヴォトス  作者: ととこなつ
第四部 〜覚醒篇〜
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117話 策略 2


「うーっさうっさ。うーっさうっさ、うさうさうさうさうさうさ……」


 翌日の朝である。

 ルナは、アズラエルがつくった、チーズとハムの大きなサンドイッチを三つも食べ、コーンスープを二杯のみ、ヨーグルトと紅茶と、器に盛られた山盛りのトマト・サラダを完食した。


「いっぱい食べるよ! 元気出さなきゃ!」


 そういって、アズラエルの分のオレンジを掻っ攫(か  さら)った。

 アズラエルはなにもいわなかったが、「いつになく、食うな」と呆れた声で言った。

 ルナはそれから、おかしなウサギダンスを披露しながら着替えをし、ミシェルに「なんか変な生き物がいる」といつも通りスルーされ、クラウドからは「ルナちゃんのカオスが今日はMAX」という診断結果を得た。


 カオスかどうかは知らないが、ルナの様子がおかしいのはアズラエルにもわかった。


 昨夜、隣の部屋から聞こえてくるすすり泣きは、ルナもアズラエルも聞いた。ミシェルは泣いていたのだ。不穏な来訪者が、よほど怖かったのだろう。


 アズラエルもクラウドも、ようやくそこで思い出したのだ。


 ルナもミシェルも、軍事惑星群の人間ではない。あんなでかい銃とナイフを持った夜間の来訪者など、一生出会うこともないはずの、ゆるくて平和な星の人間だということを。

 いくらハンシックでのできごとで、ある程度の修羅場はくぐったのだのだとしても、深夜、傭兵に踏み込まれたことはないのだった。


 今朝、ミシェルの目は腫れていた。昨日泣いたら、すっきりしたのか、今朝のミシェルは元気だった。

 ルナは昨夜、泣かなかった。だが、眠れていないのはアズラエルにもわかった。

 ずっと、身体をもぞもぞさせながら、――震えていた。


 ルナは空元気、というか元気なそぶりをしているのだが、一度も笑っていない。

 元気に「おはよう!」と言い、ずっとウサギダンスは踊っているが、アズラエルから離れないのだ。まるで、親に引っ付いて離れない子どもである。


 朝食の片づけをし、クラウドが駐車場から車を出してきた。クラウドが運転席に、ミシェルが助手席に乗ったところで、ルナも後部座席に乗ろうとしたのをアズラエルが止めた。


 アズラエルはルナの頬っぺたを両手で包み込み、

「――おまえ、だいじょうぶか?」

 今日、一度も笑ってねえぞ、と心配そうに言った。


「だいじょうぶ!」

「……昨日、怖かったんだろ?」

「怖くないもん!」

「どうしたの? 早く乗りなよ」

「うん!」


 ルナはさっさと後部座席に乗った。仕方なく、アズラエルも座ったが、ルナはアズラエルが入ってくると、隣にではなく、アズラエルの膝に乗った。そして、アズラエルのムキムキな両腕を、シートベルトのように自分の腹のあたりに置き、「……怖くないもん!」ともう一度宣言した。アズラエルの両腕につかまったまま身動きしない。


 その顔はやはり笑ってはいない。むっつりと頬をふくらませ、まるで怒っているようだ。


 アズラエルはため息をつき、窓の外を眺めた。ルナがこういう顔をするときは、かなり意固地になっているときだ。

 こういうときは、放っておくに限る。

 ルナが聞かなかったので、結局アズラエルは、グレンのことは話せずじまいだった。


 グレンが搬送された病院は、中央役所の近くにある、宇宙船一大きい中央病院――エレナが入院したところだ。


 区画ごとに病院はあるが、耳鼻科や皮膚科などの病院か、個人経営の小さな病院ばかりである。夜間の診療はない。夜間に倒れた患者は、中央病院のほうへ運ばれるのが普通だった。


 病院へ着くと、クラウドは駐車場へ車を置きに行くために、ルナたちを玄関先で降ろした。

 受付に行ってグレンの病室を聞き、エレベーターに向かおうとしたら、声をかけられた。

 

「おはようございます」

「おう、おはよう。嬢ちゃんたち。元気か?」


 ルナたちに声をかけたのは、花束を持ったカザマと、バグムントだった。


「だいじょうぶでしたか? 昨夜は大変でしたね」


 カザマがルナとミシェルの肩を撫で、抱きしめた。カザマからは、花と香水のいい匂いがする。お母さんみたいだ。さっきまで元気だったミシェルの涙腺が、またゆるんだ。ルナも、口をヘンな風に尖らせ、泣くのを我慢していた。


「あとで話しますけれども、昨夜の犯人たちは今日中にも宇宙船を降ろされますからね。だいじょうぶですよ」

「病室はこっちだ。行こうぜ」


 バグムントが、カザマの持っていた花束を代わりに持った。彼の案内で、ルナとミシェルはカザマと、バグムントはアズラエルと並んで、五階の病室へ向かった。


「チャンは昨夜からずっとつきっきりだ。まるで献身的な恋人だぜ」

「おまえは?」

「今来たばっかだよ。今朝チャンに電話したんだがな。グレンは元気そのもの。どっこも異常なし。致死量の麻酔食らっときながら、ピンピンしてやがる」

「化け物か」

「ふつうは、良くて一週間昏睡(こんすい)状態だとよ」


 エレベーターに乗って、五階へ。長い廊下を右、左に曲がって、グレンの病室へ。そこは個室だった。

 病室に近づくと、ルナが我慢しきれない子どものように、てててっと走って行く。

 

「グレン!!」

 ルナはノックもせず、バタン! と盛大にドアを開けた。


「――おう。……て、ルナ!?」


 グレンはベッドに半身を起こして座っていた。びっくり顔で来客を見つめる。チャンもだ。


「グレン! グレンだいじょぶ!?」


 ルナがグレンのベッドに寄る。グレンの身体には傷もなかったし、包帯もまかれてはいなかった。薄いブルーの病院服を着て、ベッドに座っているだけだ。


「問題ない。だいじょうぶだ」


 そういって、ルナの頭を撫でてくれた。ルナはほっとして、――やっとほっとして、涙がぼたぼたとこぼれてきた。


「泣くな。別に怪我はしちゃいねえ。飯も食ったし、」

「足りない、と言って、二人分も食べたのはあなたぐらいですよ」

「いやだって、こんなうまい病院のメシははじめてだったんだ。さすが地球行き宇宙船だよな。病院のメシまでうまいのか」

「軍事惑星は最低ですからね」


 いつも無表情なチャンだったが、ルナには、微笑んでいるように見えた。チャンもまた、グレンの無事を喜んでいるのだ。

 ルナはグレンの分厚い左手を両手で握り、「グレンが元気で良かった」とまた泣いた。


「グレンってば、あたしに心配かけてばっかり!」


 ルナの頭には、かつて夢の中で見た、グレンがガルダ砂漠で大けがをして、包帯ぐるぐる巻きでベッドに座っていたシーンがよみがえっていた。


「よう、元気そうじゃねえか」


 バグムントが花束を掲げて病室へ入ってくる。続いてカザマとミシェルと、アズラエルが。

 グレンはアズラエルの顔を認めて嫌な顔をしたが、アズラエルもグレンと同じ顔をしていた。いつものことである。


「本当に。呆れるほど元気ですよ。この人、今朝ひとが居眠りしているのをいいことに、病室から抜け出してタバコ吸いに行ったんですよ?」


 チャンは、自分の座っていた椅子をカザマに勧めながら言った。グレンが、言うな、と顔でジェスチャーするが、遅かった。ルナが呆れた声を出す。


「グレンてほんとにばか!!」

「ほんとにバカですよ。……麻酔は致死量だったんです。普通の人間なら死んでいてもおかしくない。あなたは自分の頑丈な身体に感謝するべきです」

「俺は毒も麻酔もある程度耐性つけて――」

「そういう問題じゃないの! タバコはだめなの! グレンは病人!!」


 チャンとルナに挟まれて、グレンは嫌な汗をかいた。昨夜不審者が部屋に侵入してきたときも、こんなに焦りはしなかった。なんだこの最強タッグは。

 アズラエルはこの最強タッグに挟まれた覚えがあったので、ほんの少し、わずかに、ちょびっとだけ、ほんの0.01ミリほど、グレンに同情した。


「おはよう。……え? 起きてる。信じられない。ゴキブリみたいな生命力だね」

「……おまえそれ、見舞いに来て言うセリフじゃねえぞ」


 クラウドの、対グレンのセリフは相変わらず辛辣(しんらつ)である。グレンがベッドに座っているのをいいことに、上から目線で登場したクラウドは、バーガスとレオナを背後に連れていた。


「よう! ゴキブリ少佐! 殺しても死なねえってのはマジだったんだな」

「ずいぶんピンピンしてるじゃないか! 可愛げがないったらないねえ。虫の息だったら同情くらいしてやるのにさ。それになんだい? こんな個室ゼイタクに。お坊ちゃんてのはこれだから……。あんたより病人はいっぱいいんだから、とっとと出なよ」


 バーガスとレオナのセリフは、傭兵の標準レベルの会話である。決して、彼がドーソン一族だから皮肉ぶっているわけではない。決してない。

 グレンは、自分の身体の頑丈さをちょっとだけ恨んだ。一週間くらい昏睡状態になればよかった。心配してくれたのはルナだけである。


「グレンさん、ほんとにだいじょうぶなの?」


 ルナだけではない、ミシェルも心配してくれる。グレンは、女の子たちのあたたかい言葉にちょっと感動しながら、


「ああ、平気だ。まだ麻酔残ってるみてえだから、頭ガンガンするけどな、」

「彼女いないからって人の女の同情ひくのやめてくれる?」


 クラウドの零下273.15度の声が病室に響き渡る。

 あとでエレナたちが見舞いに来るまで、グレンは本気で人間不信に(おちい)った。


 それはさておき。


「――さっき、中央役所から連絡が来ましたが」

 チャンが、携帯電話を見つめた。

「ヘルズ・ゲイトのメンバーは四人とも、今日中に宇宙船を降ろされます。L18に強制送還ということですね。それから、クラウドさん宅に侵入した方々も」


「ったくよ。クラウドの巻き添えで、なんで俺がこんな目に」


 グレンも今朝チャンから、クラウドが襲われたことを聞いていた。


「……なにいってんの。俺が君の巻き添えだろ」

「狙いはてめえだっていうじゃねえか。俺は、なにも言われなかったぜ」

「君と俺の件は別件だろ」

「そこ、喧嘩はいけません」


 カザマが、バーガスたちの手土産のリンゴを剥きながら、笑顔でグレンとクラウドの間の空気をシャットダウンする。なんだか包丁が凶器に見えて、二人は黙った。

 チャンが仕切りなおす。


「グレンさん、今朝がた私にお話ししたように状況をもう一度ご説明願います」

「は!? またしゃべるのか?」

「情報は共有しませんと。なんのために今日集まってもらったのですか」


 チャンに逆らうと、あとで面倒だ。グレンは、しぶしぶ説明した。


 ――昨夜のことだ。


 グレンがベッドに入って微睡(まどろ)んだあたりで、おかしな音がしたので目覚めた。枕の下の拳銃をかまえ、そっとドアを開けて様子を伺った。

 次の瞬間だ。口を覆われて自分は倒れた。まだ意識はあったので、落とした銃を拾おうと手を動かしたらもう一度口を塞がれ、意識が混濁(こんだく)した――。


「あらたまって昨日の状況、とかいうレベルじゃねえぞ」


 麻酔薬嗅がされて失神したって言えばいいだけじゃねえか、とアズラエルは言ったが、チャンに一蹴された。


「状況説明というのは正確を要するものです。どこに、どんな発見があるか分からないではありませんか。ちなみに付け足せば、」

 チャンは、愛用の電子手帳を見ながら言った。

「グレンさんは、合計五回、麻酔を嗅がされています。ほんの十分かそこらの間に。なかなかダウンしないので、彼らも手こずったようですね。まさにゴキブリ並みの生命力」


「分かる分かる。ゴキブリって潰してもまだピクピク言って――、」

「やめてよクラウド! 想像しちゃうじゃない!!」

「おまえら、本気で泣くぞ?」


 俺、そんな(いじ)られキャラだったかな、とグレンは真剣に悩んだ。


「グレンさんのゴキブリレベルの生命力は今さらです――セルゲイさんはまだ来ておりませんね。では、バーガスさん、レオナさん」

「俺たちもか?」

「当然でしょう。もとはといえばあなた方が発端(ほったん)です。あなたが、グレンさん襲撃が今日だと教えてくださらなければ、私たちだってあんな周到に用意はできませんでした」

「……」

「どんな手段で、グレンさん襲撃の日付と時刻を知ったのです?」


 レオナとバーガスは、困った顔で互いを見やった。

 昨夜もそうだった。アズラエルが同じことを聞いたが、ふたりは口を濁した。


「よろしい」

 チャンは眼鏡を押し上げ、誓うように右手を挙げた。

「――ここで聞いたことは、どんなことがあっても白龍(パイロン)グループには流しません。あなたがたメフラー商社にも、それなりの情報調達手段があるのでしょう。私は白龍グループの出ですが、いまは宇宙船役員です。誓って白龍グループには……」


「あ、いや、そういうんじゃねえんだ」

 バーガスがあわてて言った。「――そういうんじゃねえんだが」


「そういうんじゃないんだけどねえ……」

 レオナも、困ったように頭を掻いた。

「そのう。……こういうのってね、言っても信じてもらえないかもしんないんだけど」


 レオナとバーガスが話したことは、衝撃も衝撃だった。

 周りが信じる信じないというより、話しているバーガスとレオナでさえ、まだ半信半疑だったのだから。


「メルーヴァ・S・デヌーヴが、現れたってえ!?」


 バグムントの呆れた――素っ頓狂(す  とんきょう)な声に、真っ赤な顔をしたレオナが、バンッとバグムントの背中をたたいた。バグムントは口から胃が出るほどの衝撃を受けて、()せこんだ。


「だっ……から、言いたくなかったんだよ!!」


「ちょっと待ってください。あのL03の革命家が、あなた方のまえに現れたっていうんですか? なんのために?」


「なんのためって――そりゃ、こいつのためだろうなあ。コイツの襲撃の時刻を教えてくれたんだからよ」


 バーガスが、グレンを指さして言った。グレンもまた、呆気にとられた顔でそれを聞いている。



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