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キヴォトス  作者: ととこなつ
第四部 〜覚醒篇〜
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116話 狙われた孤高のトラ Ⅱ 2


 アズラエルたちが、車でK35区を出たころである。


 ミシェルは、クラウドの腕の中で目を覚ました。ベッドの中ではない。クラウドに抱えあげられて宙に浮いている。


「……れ? クラウド??」


 自分はベッドで、クラウドと寝ていたはずだ。ミシェルは、自分の身体がクローゼットの中に押し込まれるのに気付いて、ようやく目が覚めた。めのまえには緊迫(きんぱく)したクラウドの顔がある。


 ――ちょっと待って。なんであたし、クローゼットに入れられてるの?


「ミシェル。いい? 俺がいいというまでここから出ちゃダメだ。息を殺して。じっとしているんだよ」


(なんなの)


 ミシェルがうなずくまえに、クラウドはクローゼットを閉めた。ミシェルは、一気に目が覚め、急に鳴りだした胸をぎゅっと押さえてうずくまった。


(なにが、どうしたの)


 クラウドは、急いで隣室へ向かった。ルナも、クローゼットに押し込むために。


 玄関の方からおかしな音がしたので、クラウドは目が覚めたが、アズラエルが帰ってきたのでもなさそうだ。


 だれかが、鍵を(いじ)っている。クラウドはそう判断した。いったい何者だ。


 リビングに出た途端に、はっきりと玄関からガチャガチャいう音が聞こえた。そして、キーの暗証番号を探る機械の電子音。やはり、鍵を弄られているのだ。


 K27区のルナの部屋なら、すでにちこたんが通報しているだろう。クラウドはわざと、キックの通報を止めた。相手の目的を知るためだ。この部屋に、侵入されるのを待つ。


 だが、ミシェルとルナは、危険な目に遭わせたくない。


 クラウドが隣室へ駆け込むと、ルナがベッドの上にぽつんと座っていた。


「クラウド?」

「ルナちゃん、寝てなかったの」

「う、うん……アズが心配で、」


 クラウドは人差し指を口に当て、静かにするよう(うなが)し、ルナに近づいた。


「ルナちゃん、いいかい? クローゼットでじっと――、」


 クラウドには分かった。ルナやミシェルには聞き取れない小さな音だったが、ドアが開いた。


 足音をたしかめる。三人、――ここにアズラエルがいれば。一般人ならともかく、もしも傭兵だったら、三人相手は、自分には厳しい。


 ルナを抱き上げ、クローゼットに押し込もうとしたが間に合わなかった。

 カチャリと、アズラエルの寝室のドアが開く。


「いたぜ」


 ルナが身を縮めるのが、クラウドにも分かった。クラウドはルナをベッドに下ろし、かばうように前に出た。


「だれだ」

「俺たちか? そんなこたァどうでもいいことだ。俺たちはおまえに用がある」


「――俺?」


 青天の霹靂(せいてん  へきれき)だ。クラウドはさすがに顔をしかめた。

 自分だと?


「心理作戦部B班の、クラウド・A・ヴァンスハイト軍曹だな?」

「俺に用があるのか」

「そうだ。一緒に来てもらう」

「――俺が行けば、この子には手を出さないか」

「ああ。そっちには用はねえ」


 ルナが、ベッドの上でガタガタ震えている。


「ルナちゃん、大丈夫だから」


 ターゲットはルナでも、ミシェルでもない。それがわかっただけでも、クラウドはほっとした。


「分かった」


 クラウドが一歩踏み出した目線の先に、見覚えのある人影を見つけた。三人の傭兵の後ろにだ。


「素直についてくるなら、危害は加えねえ――」


 ドスッという鈍い音がして、ひとりが沈む。あわてた傭兵たちは、反撃が遅れた。


 クラウドもすきをついてひとりに飛び掛かったが、反撃された。傭兵の後ろから足音もなく忍び寄り、ひとりを沈めた人物が、二人目を片付けた。そして、クラウドを殴りつけて逃げようとした傭兵のみぞおちに一撃。


 手早かった。クラウドは、彼が二人目を片付けたときに見せた体技を見て、あれは傭兵クラスで習う体技のひとつであることを思い出した。彼は、軍事惑星の学校を出た傭兵だ。


 ルナが、ベッドの上でぽかんと口を開けてこっちを見ているのにウィンクしながら、彼はクラウドと一緒に傭兵たちを後ろ手に縛り、隅へ引きずった。


「そんな綺麗な顔に傷をつけたら、ばちが当たるな」


 予想外の助っ人は、クラウドの切れた口の端を見ながら、いつも通りの明るい笑みを見せた。





 アズラエルがセルゲイと一緒に部屋へ駆けつけると、ドアがわずかに開いていた。なにかあったのかとアズラエルも青くなり、「ルナ!!」とあわてて室内へ駆け込んだ。


 リビングは明るかった。そこには、ミシェルとルナが寄り添って、温かい飲み物を飲んでいる。クラウドが口の端を怪我して、ものすごいしかめっ面で突っ立っていた。


 そして――。


「や。こんばんは。お邪魔してます」

「――アントニオ? おまえ、なんでここにいる」


 アントニオが、ソファに座ってコーヒーを飲んでいた。彼がなにか言う前に、クラウドが切れた口を痛そうにゆがめながら、言った。


「そっちこそ。なんでセルゲイが一緒なの」


 言われて、セルゲイは決まり悪そうに頭を掻いた。ルナが不思議そうにこっちを見ている。


「こいつが、ルナが危ないっていきなり飛び出したんだよ」

「ルナが?」


 ミシェルとルナが顔を見合わせた。ますますセルゲイは、居心地が悪そうになった。

 ルナは無事だ。

 クラウドは切れた口にコーヒーがしみるのか、苛立(いらだ)たし気に吐き捨てた。


「襲われたのは俺」

「は?」

「心配しないで。襲われたのはルナちゃんじゃない。ミシェルでもない。……なんだかよくわからないけど、俺なんだ」


「……おまえだって、言ったのか? 奴らが?」


 縛られて隅に転がされた傭兵たちは、さきほどグレンを襲った傭兵同様、中央役所から警察車両が来て連行されていった。


 カザマが明日、ルナとミシェルの様子を見に来ると警察官は告げ、アズラエルというコワモテの傭兵がいることを確認して、警備は必要ないと判断し、そのまま去った。


 セルゲイの当ては外れたとも言い難い。ルナに危険があったことはたしかだったからだ。


 彼らがこの部屋から消え失せて、やっとルナもミシェルも落ち着いたのか、大きく息をつく。やっとふたりは離れた。

 ミシェルはクラウドのそばへ行き、ルナはアズラエルとセルゲイのほうへ寄り添った。ルナは、ソファのアズラエルとセルゲイの間に収まったまま、二人の腕をつかんで動こうとしなかった。


「ああ。俺だってね。ターゲットは俺だとはっきり言った。ターゲットは心理作戦部B班の、クラウド・A・ヴァンスハイト軍曹だとね」

「どうして、クラウドが狙われるの。なにか悪いことしたの」


 ミシェルのその質問には、アズラエルもクラウドもうまく答えられない。悪いことをしてきたかと言えば、答えはイエス。心理作戦部の仕事はまっとうな仕事ではない。

 だが、今回のこのパターンでは、恨みなどの筋より、別の目的があると考える方が妥当(だとう)だ。


「……あいつら、どこの傭兵グループだ」


 クラウドを襲った傭兵たちは、ヘルズ・ゲイトではなかった。


「さぁ。傭兵グループに入っていない傭兵だ。おそらく、ヘルズ・ゲイトの連中が宇宙船に入った時点で、仲間に引き入れた。傭兵グループに入っていない奴らなら、足がつきにくいからね。相当、カネをばらまいたんだろ」


 アントニオの説明に、アズラエルはくたびれたように聞いた。


「なぜそれが分かる」

「このことはチャンさんも知っている。彼は、グレンさんが宇宙船に乗ったときからずっと眼鏡を光らせていたからな。チャンさんは、グレンさんを襲うのは、傭兵だと踏んでいた。今回は軍事惑星からの乗船者は多い。紛れ込むのも簡単だ。宇宙船に入った傭兵グループではヘルズ・ゲイトの四人に目星をつけていた。彼らが飲み屋で流しの傭兵三人――さっきの彼らと接触していたのは、周知のことだ」

「俺は知らなかった」

「バーガスさんは知ってたけどな」


 アントニオのセリフに、アズラエルは肩をすくめた。アズラエルの任務ではないのだから、知らなくてもいいといえばいいのだが。


 それにしても、グレンが襲われたのと同じ日に、クラウドまで襲われる――。


 アズラエルは、顎に手を当てて考えた。


「グレンは(おとり)か……?」


 ユージィンの本当の目的は、クラウド?

 それとも、クラウドが囮でグレンが本命?


 ユージィンは、わざわざグレンに電話して知らせた。おまえをなにがなんでも宇宙船から降ろすぞと、事前に宣告したのだ。


 だが、グレンの誘拐事件そのものが、ユージィンの仕組んだ罠だとしたら。


 本当の彼の狙いはクラウドで、グレンの誘拐劇そのものが、クラウドから目をそらす茶番劇だった、とか――だが、どうして彼がクラウドを狙うのかが分からない。


 ユージィンは、グレン同様、クラウドも傷つける気はない。傭兵たちは、クラウドもグレンのように麻酔で眠らせるつもりだったが、クラウドが起きてしまったので、ルナたちに危害を加えないと約束して、そのかわり、だまってクラウドについて来いと言った。


 部屋を出て、クラウドがひとりになったら、おそらく眠らせるか気絶させるかして運び出す――手口は、グレンの時と同じ。


 目的は、暗殺ではない。


 クラウドは、護身術はある程度身に着けているが、グレンほど強くはない。

 もし、セルゲイがルナの危機と勘違いして飛び出さなかったら。

 もし、アントニオが駆けつけなかったら。

 クラウドは今ごろ、あっさり沈められて誘拐されていたか、一緒に宇宙船を降りていたかもしれない。


「クラウド、お前の所属していたB班で、なにか匂うようなことはなかったか」


「ないな」

 クラウドはため息をついて言った。

「ない。……相変わらず俺とエーリヒとの交流は一方的だ。エーリヒが俺の報告書をユージィンにも読ませているとは考えにくい。もし、報告書の件でなにかあるとすれば――」


 クラウドは、自分のカーディガンをミシェルの肩にかけた。


「俺がマリアンヌと接触したことを、エーリヒへの報告書に書いた。それかな」


「アントニオ」


 アズラエルが(すご)んだが、アントニオにアズラエルの脅しは聞かない。


「なあに」

「おまえはなんで、ここに現れた。どうして、クラウドを助けに来た」


 アントニオは、Tシャツとジーンズにリズンの茶色いエプロン、のいつも通りの恰好で、大げさなジェスチャーをした。大きく手を振って、やがて胸の前で両手を合わせ、拝むふりをした。そして、厳かにこうのたまった。


「真砂名の神のたまもの」

「足踏むぞ」

「やめて筋肉マッチョ!!」


 アントニオは青ざめて足を避けた。


「本当だよ。冗談じゃない。ちなみに、俺はクラウドを助けに来たんじゃなくて、いたいけな女の子たちを助けに来たの!」

「おまえは、傭兵なのか坊さんなのかどっちかにしておけ」

「俺はリズンの店長だよ! しがないカフェの店長! 俺もまさか、こんなとこで傭兵の資格が役に立つなんて思わなかったよ。でも、ほんとうに冗談は言ってない。真砂名の神が知らせてくれた。――彼女らの危機を」


 言って、アントニオはルナとミシェルにバチコン★とウィンクした。たしかに、傭兵三人を仕留めた手ぎわは、見事だった。


「アントニオ、かっこよかったよ!」


 ミシェルとルナが口をそろえて言うのに、アントニオはだらしなく顔がヤニ下がり、アズラエルとクラウドは舌打ちした。


「あのさ、俺だけじゃないだろ。セルゲイさんだって俺と一緒のはずだ」


 セルゲイは目をぱちくりとさせ、アズラエルがじっとりとした目で自分を見ているのに気付き、本格的に顔を赤らめた。


「いや――その、私は、神様とかは関係ないと……、」

「セルゲイ。おまえが照れたって不気味なだけなんだよ」

「て、照れてるわけじゃないよ……。いい大人が、――恥ずかしくって」


 自分の狼狽(ろうばい)ぶりが脳内によみがえったのだろう。セルゲイは大きな肩をしゅんと落として、小さくなっていた。

 根拠もなくいきなりルナが危ないなどと叫びだして――何を言っていたのだろう、自分は。


「セ、セルゲイもあたしを助けに来てくれたの?」


 ルナがセルゲイを下から覗き込むと、セルゲイは白い頬をますます真っ赤にした。


「ありがとう、セルゲイ」


 ルナがぎゅうっと抱きつくと、セルゲイも幸せそうにルナを抱きしめた。隣のアズラエルが、今にも噛みつきそうな形相をしていたが。


「セルゲイさんも神官とかなの?」


 ミシェルの疑問に、セルゲイが向かいで大きく首を横に振っている。アントニオは笑いながら言った。


「セルゲイさんには、ルナちゃんセンサーがあるってこと」

「ルナセンサー?」




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