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キヴォトス  作者: ととこなつ
第四部 〜覚醒篇〜
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116話 狙われた孤高のトラ Ⅱ 1



 アズラエルの仕事用の特殊仕様腕時計が、呼び出しアラームを鳴らしてから、三十分後のことである。

 セルゲイは、ふっと気配に目覚めた。


 ――なんだ?


 様子がおかしい。

 具体的にどうとはいえないが、なにかおかしい。

 人の気配がする。それも、複数の――。


 セルゲイは、ベッドから出、そっとリビングへつながる自室のドアを開け、様子を伺った。気配を消すのは軍事学校の訓練以来だが、セルゲイは優等生だったことは間違いない。


 グレンが起きているのかと思ったが、リビングにはだれもいない。真っ暗だ。


 今日はグレンのバイトはなく、グレンもセルゲイも零時まえに寝室に入った。食事は、エレナとルーイの部屋でとった。カレンとジュリも一緒に。寝る直前まで彼らの部屋で過ごしたから、カレンたちは、今夜、この部屋に来ていない。


 ――なんとなく、見知ったものの気配ではない。


 グレンの部屋のほうから人の話し声がし、それらが暗がりの中、音も立てずに姿を現した。とっさに、セルゲイは自分の部屋のドアをギリギリまで閉めた。


 三人の男が出てくる。

 だれだ、彼らは。

 Tシャツにカーキのズボン、ブーツ――傭兵?

 でも知らぬ顔だ。


 セルゲイは、男のひとりが肩に担いでいるのがグレンだとわかったところで、青くなった。


 とてもではないが、グレンの友人とは思えない。

 グレンはピクリとも動かず、男のひとりに担がれている。

 眠らされているのだろうか、それとも、殴られて気絶しているのか? グレンの顔はこちらからは伺えない。


 どういうことだ。

 このマンションの警備は完璧のはず。


 泥棒が侵入できるセキュリティではない。となるとやはりプロだ。侵入のプロ。

 つまり、傭兵。


 セルゲイはますます青ざめ、算段した。

 二人ならばなんとかなるが、三人はどうだ? 相手はおそらくプロの傭兵だ。

 コンバットナイフも、銃も所持している。丸腰で飛び掛かるのは危険だと判断したうえで、考えた。


 去年のクリスマスに話していたことが、まざまざと蘇る。あれは、グレンの叔父のユージィンとやらが、グレンをさらうために寄越した刺客(しかく)だろうか。


 一応、グレンの五体は無事だ。


 セルゲイはそれをたしかめると、自室のベッド近くにもどり、非常用ベルを鳴らそうとした。火災用のベルだ。大げさかと思ったが、そうでもしないと、グレンが(さら)われてしまう。


 だが、ボタンを押そうとしたセルゲイの腕が、だれかの手によって止められた。


「待った、セルゲイさん」


 聞き覚えのある声に振り向いた。


「あ、あなたは――レオナ、さん?」


 相手は声を立てずにうなずいた。同時に、人差し指を立てる。静かに、というように。

 黒のタンクトップに迷彩柄のズボンの、金髪をベリー・ショートにした筋肉ムキムキの女性。このあいだ、バーベキューパーティーで会ったばかりだ。

 レオナは、彼らがすみやかにリビングを抜け、玄関のドアを閉めるのを確認してから、口を開いた。


「あたしはあんたが無事か、様子を見に来たんだ」

「い、いつからこの部屋に?」


 まるで気づかなかった。プロの傭兵はやはり違う。


「あいつらのあとに入ってきた。あんたが寝てるのをたしかめて、あいつらはグレンの部屋に行ったんだよ」

「そうだったんですか……」

「グレンは麻酔で眠らされてる。あんたも使われてるかと思ったが、あんたになにもなくてよかった」

「私は大丈夫ですけど、グレンが――」

「心配いらない。下であいつらは捕まる。あんたも一緒に来るかい?」


 イエス以外に返事はない。セルゲイは、パジャマ姿のまま、レオナのあとをついていった。


 グレンを担いだ傭兵たちは、部屋を出たところでほっと一息ついた。

 あとは、貨物に紛れ込ませてこの男を宇宙船から降ろさねばならない。話には聞いていたが、この宇宙船は警備が厳重すぎ、用意に手間取って、だいぶ月日もかかってしまった。

 三人の傭兵は静かに、だが素早く移動し、階下の地下駐車場まで一気に階段を駆け下りた。


「――!?」


 一階までたどりついたところで、ぱっと明かりが点いた。


「逃げろ!」


 ボスの合図で、三人はバラバラに散った。ひとりは二階の非常階段から逃げるため階段をもどり、ひとりはグレンを担いだまま、階段わきの非常口から出た。

 その場に残ったボスは、両手を上げて灯りのほうへ歩んでいった。


「やられたぜ……。おまえら、どこの傭兵グループだ」

「出自は白龍(パイロン)グループだけどな、」


 地下でグレン強奪者(ごうだつしゃ)を待ちかまえていた、スーツ姿の、若いもと傭兵たちは、彼に銃口を向けたまま言った。


「俺たちは宇宙船役員だよ」


 グレンを担いだまま非常口を出、小路に出た男は、出たところでバーガスとアズラエルのダブル鉄拳を食らい、一撃で伸びた。


 グレンは危うくバーガスが抱きとめたので、地面に激突は免れた。アズラエルのほうへ倒れたのに、この馬鹿は手を出さなかったので、仕方なくバーガスが受け止めたのだ。

 念のため聞いてみた。


「おまえどっち担ぐ」

「俺は、グレンは嫌だ」

「ガキかおまえは。じゃあそっち担げ」


 バーガスがグレンを担ぎ、アズラエルが伸びた傭兵を担いでマンションの地下駐車場へもどると、セルゲイがもうひとりを床へ下ろしているところだった。


「やるじゃねえか、センセエ」


 バーガスが口笛を吹くと、セルゲイはあわてて言った。


「私じゃない。レオナさんがその、一撃で」


 さすがに妊婦さんに重いものは担がせられないと思って、私が運んできただけだ、というと、バーガスは「……そうか」と気が抜けた返事をした。


 やがて、一台のバンが入ってきた。

 さっそうと現れたのはチャンだった。


「あなたがたは『ヘルズ・ゲイト』。L18の傭兵グループですね。去年の十一月に乗船が確認されています。乗船したのは四名」


 チャンの後ろには、グレン強奪者の仲間――貨物作業場で待機していた残りひとりを、後ろ手に縛って引きずってきた宇宙船役員がいた。


「おいおい、宇宙船役員ってなァ、そんなに手荒なのか」

「あなたがたほど荒くはありませんよ」


 ここにいる五人の、宇宙船役員だという、コワモテのもと傭兵たちは、先日のバーベキューパーティーに参加して、ユミコをナンパしていた連中だ。


 彼らがバーベキューパーティーに連れてこられたのは、なにも遊びのためだけではない。白龍グループ出身である彼らは、チャンの身内も同然だった。

 チャンの依頼で、グレンを守るために、彼の顔を確認しに来ていたのである。


 グレンの担当役員であるチャンは、グレンの乗船当時から、彼がドーソン一族に狙われるだろうことは予想していた。それが暗殺なのか、ただL18に連れ戻すだけなのかは不明だったが――グレンの身辺に、必要以上に気を遣っていたのはたしかである。


 チャンは、連行してきた男をボスのほうへ押しやり、言った。


「ここに来るまで、彼には洗いざらい吐いてもらいました。もうとぼけても無駄ですよ」


 ヘルズ・ゲイトのボスは、大げさに舌打ちした。


「そうか。そりゃしょうがねえ。じゃあ、任務は終わった。宇宙船から降ろしてくれて結構だ」


 ボスはすでにあきらめたようで、抵抗するそぶりも見せない。


「ずいぶん、あっさりしてますね……」


 思わずセルゲイが、そばのレオナにつぶやいたが、レオナもそう思っているようだった。

 卒倒したふたりのヘルズ・ゲイトの傭兵と、貨物置き場にいた傭兵は、バンで連行されていく。

 ボスだけが、この場に残された。


「おい、俺はいいのか」

「ヘルズ・ゲイトってのァ、プライドのねえグループで有名だがな、」


 バーガスのセリフに、ボスのこめかみがピクリと鳴ったが、睨みあっただけにとどまった。


「てめえ、メフラー商社のバーガスだな?」

 ボスは、手錠をかけられたまま、バーガスを指さした。

「うちは、てめえみてえなヘラヘラしたヤツが幅きかせてるグループと違ってな、なんでもしなきゃ成り上がれねえんだよ」


「だからって、ドーソン一族の依頼まで受けるのかい!?」


 レオナの一喝に、ボスは鼻で笑う。


「今回の依頼は訳が違う」

「なにがちがうってんだい」

「こりゃドーソンの内部抗争だ。おまえらL18離れてだいぶ経つだろ。いまL18がどうなってンのか、分かってるか? このあいだ、ドーソンは身内まで監獄星送りにしやがった。内部から瓦解(がかい)してんだ」


「知っています」

 チャンが静かに言った。

「だからユージィンは、暴走する若手を止めるため、または若手に言うことを聞かせるために――ドーソンの形だけの幹部に、グレンさんを()えようとしている。グレンさんは、ドーソンの若い者たちのカリスマだ」


「そこまで分かってンなら、もう俺が言うことはねえ」


「あなたがたは、どうせグレンさんがもどっても、内部抗争で潰されるだけだと踏んでいる。われら傭兵にとっては、ドーソンの名を持つ人間はひとりでも減ってくれればうれしいところです。グレンさんがL18にもどっても、どちらにしろ、身内同士の争いに巻き込まれて、ヘタをすれば死ぬ――今やドーソンは、傭兵差別反対派の若い過激派と、そうではない宿老たちの対決の場です。そこにグレンさんが戻れば、あきらかに若い方につくでしょう。ドーソンの内部抗争を(あお)るだけの任務なら、引き受けないでもない、と」


「そのとおりだ」


 ボスは、大げさに両腕を広げて同意の意志を示そうとしたが、手錠で拘束されているために、手を挙げるだけにとどまった。


「……で、あなたがたは?」

「あ?」

「どうなるんです。任務が失敗したとあらば、ユージィンがだまってはいないでしょう。大金をつぎ込んで、あなた方を宇宙船に乗せたのだから」


「俺たちは前金でトンズラする」

「可能でしょうか。もう二度とL18で傭兵家業はできませんよ」

「かまやしねえさ。俺たちは、金が欲しいだけだしな」

「ドーソンが、そんな簡単にあなたがたを逃すでしょうかね」


「……おまえ、俺からなにを引き出したがってる」

 ボスは、チャンに向き直った。

「俺たちの任務は、あのグレンとかいう若造を連れて来いと言われただけだ。簡単には降りんだろうから、ふん縛って連れて来いってな。この宇宙船の警備のおかげで厄介な任務になった。それだけだ」


「そうでしょうか」


 チャンは引き下がらなかった。

 この男は、まだなにか、隠している。


「本当にそうでしょうか? あなたがたヘルズ・ゲイトは、ドーソン一族からですら金を積まれれば受ける、プライドのない傭兵グループとして有名ですが――」


 今度は、ボスのこめかみは波打たなかった。怒りを抑えるように大きく肩を揺らしただけだ。


「それでも三十人ほどの体勢の、統制のとれた、名も売れたグループです。あなたはこの任務にすべてをかけて臨んだのですね? ……二度と傭兵家業はできない、すなわち、ヘルズ・ゲイトは解散です。まさか三十人そろって逃亡するわけではないでしょうに。たしかに大金は積まれたでしょうが、あなたにとってもリスクの大きい任務だ。なのにずいぶんと、あきらめが早いのですね」


 顔色ひとつ変えない。チャンは、カマをかけてみることにした。


「――取引をしませんか」

「どんな」

「白龍グループがあなたがたを雇います」


「ハッ!」


 ボスが笑い出した。バーガスもレオナもアズラエルも、目を丸くしてチャンを見る。傭兵グループが傭兵グループを雇うなんて、聞いたことがない。


「依頼内容は」


 ユージィンの暗殺とか抜かすなよ、とボスは言ったが、


「あなたがたの、真の目的の妨害工作をする」


 ボスは笑うのをやめた。


「おまえはバカか? 俺の任務は――」


「“あなたの任務は”、グレンさんをL18に連れて帰ること。――けれど、ヘルズ・ゲイトに依頼された任務はちがう」


「そいつは俺も、初耳だな」

 ボスはにやりと笑い、口を閉ざした。

 

 ここで(ねば)っても、彼は吐かない。

 それはチャンも、バーガスもアズラエルもレオナも、ここにいる全員が分かったことだった。


「……致し方ありませんね。では、あなたも中央役所へ来てもらいます」

「どうぞ。お好きに」


 ボスはにやにやと笑いながら、拘束された両手を差し出した。チャンとともに、彼もバンへ乗せられていく。


「……あいつ、まだなにか隠してやがるな」


 アズラエルのセリフに、バーガスがうなずいた。


「もしかしたら、アイツらのほかにも、まだ傭兵が送り込まれてるかもしれねえな」

「グレンを掻っ攫(か  さら)うために、いったい何人送り込む気だ。第一、ヘルズ・ゲイトが共闘なんかするか?」

「まあ……聞いたことねえがな。ヘルズ・ゲイトは傭兵の間でも評判が悪ィ。ヘルズ・ゲイトが共闘したがっても、どこも組みたがらねえだろ」


「ともかく――まだ、油断はできねえってことか」


 アズラエルがやれやれ、と大きく伸びをして、あくびをした。


「そういや、おまえら、四六時中張ってたわけでもねえのに、よくグレン襲撃の日が今日だってわかったな」


 しかも、正確な時間まで。それがわからなければ、ちょうど襲撃の時刻に間に合うようにアズラエルを呼べないだろう。


 アズラエルがそれを聞くと、バーガスとレオナはなんともいえない顔をして互いを見やった。


「――それがなあ」

「……どう、説明したもんかねえ……」


 バーガスとレオナが言い難そうに詰まってしまったので、アズラエルはそれ以上追及はやめた。言い難い話なら、聞かなくてもいい。

 もともと、これはアズラエルの仕事ではなく、バーガスとレオナの任務だ。聞かなくてもいいことは、聞く必要はない。


「もういいだろ。今日は帰るぞ」

「おう」

「アズラエル、明日、グレンの見舞いに来るんだろ?」


 レオナが言うと、アズラエルは「気が向いたらな」と返事をした。


「友達がいのないやつだねえ」

「友達!?」


 アズラエルが絶句しているのを尻目に、レオナはセルゲイの肩を叩く。


「とりあえずセルゲイさん、今日のところはだいじょうぶだから部屋へもどって――セルゲイさん?」


 レオナが思わず、顔をマジマジと見つめてしまったほど、セルゲイは青ざめていた。


「――ルナちゃん!」


 急にセルゲイが叫び、エントランスを飛び出した。


「セ、セルゲイさん!?」


 レオナがあわてて呼びとめたが、アズラエルが追った。

 

 セルゲイは地下駐車場に停めてある自分の車まで来ると、そこではじめて、キーが部屋にあることを思い出して狼狽えた。


「オイ! セルゲイ!!」

 アズラエルがセルゲイの肩を掴んで、振り向かせた。

「ルナがどうした!」


「ルナちゃんが危ない!」


 セルゲイは反射的に返して、自分がおかしいことを口走っているのに、やっと気付いた。


「いや――、あの――だから――、その、でも――危ない!! ルナちゃんが!!」


「……セルゲイ」


 アズラエルは、切羽詰まった顔で訴えるセルゲイを冷静にしようと、自分も深呼吸した。


「ルナが、危ない? なぜ?」


「……なぜだろう!?」


 俺に聞くなとアズラエルは怒鳴りたかったが、セルゲイがそれより先に叫んだ。


「アズラエル、鍵! 車のカギを貸して! 貸しなさい!!」

「……わかった。ひとまず落ち着け。おまえ、ルナがどこにいるか分かってるか?」

「K27区のルナちゃんの部屋」

「……ちがう。今夜はK36区の俺の部屋にいるんだ。俺が連れて行く。いいな?」


 セルゲイは、何度も首を縦に振った。


 なんとなく、ルナにしぐさが似ている気がして、アズラエルはしかめっ面になった。同じ可愛いしぐさでも、ルナがやるのとこの大男がやるのとでは雲泥の差だ。ルナはセルゲイをお兄ちゃんみたい、とか言っていたが、たまにでるテンパったしぐさが似ている。


 まったく、人騒がせな兄妹だと思いながら、アズラエルは助手席にセルゲイを乗せて、自分の車を発進させた。





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