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キヴォトス  作者: ととこなつ
第四部 〜覚醒篇〜
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115話 狙われた孤高のトラ Ⅰ 2


 クラウドは、自分がつくった顔写真入りのZOOカードもどきを並べた。アズラエルは、ルナの日記帳をコピーしたものを広げた。


ルナ……「月を眺める子ウサギ」

アズ……「傭兵のライオン」

ミシェル……「ガラスで遊ぶ子ネコ」

クラウド……「真実をもたらすライオン」

リサ……「美容師の子ネコ」

ミシェル……「裏切られた探偵」

キラ……「エキセントリックな子ネコ」

ロイド……「裏切られた保育士」

グレン……「孤高のトラ」

セルゲイ……「パンダのお医者さん」

ルーイ……「泳ぐ大型犬」

カレン……「孤高のキリン」

??……「羽ばたきたい椋鳥」

エレナさん……「色町の黒いネコ」

ジュリさん……「色町の野良ネコ」

ナタリア、ブレア……「双子の姉妹」

ケヴィン、アルフレッド……「双子の兄弟」

アントニオ……「高僧のトラ」

アンジェリカさん……「ZOOの支配者」

サルーディーバさん……「迷える子羊」

黒いタカさんがいる。だれ?

ナタリア……「パティシエの子ネコ」

ブレア……「ぐるぐる回る子ネコ」

ケヴィン……「文豪のネコ」

アルフレッド……「図書館のネコ」


 アズラエルが、不思議そうに尋ねる。


「グレンとサルーディーバ? いったいなんの関わりがある?」

「あるさ。サルーディーバは、ガルダ砂漠でグレンを助けた」

「だからって? それで終わりだ。それにアイツは終始ぶったおれたまんまで、サルーディーバの顔さえ分かってねえんじゃ、」

「さあ? そんなの分からないさ。見えていたかもしれない。アズの言うとおり、もしもサルーディーバが女なら」


 クラウドは冗談めかして言った。


「グレンを挟んで、ルナちゃんと女の戦いを繰り広げることもあるかも?」

「ありえねえな」

「冗談だよ。サルーディーバってのは、生涯神に仕える神官として独身が原則だからね」


 クラウドは笑って言ったが、しばしの沈黙の後、神妙に呟いた。


「……気になってることがあるんだ」

「なんだ」

「カサンドラが言っていた。カードには、ひとつひとつ意味がある。……ウサギって動物がつくカードは、『自分の身を犠牲にして、だれかを救う』カードなんだって」


「おい、冗談よせ」


 背筋がひやりとし、アズラエルは唸った。


「冗談は言ってない」

「たかが占いだろ」

「そうだね。……たかが、占いだ」


 クラウドは、深い思慮(しりょ)のさなかにいる眼差しで、今日何度となく飲んだコーヒーを見つめた。


「カサンドラが言っていた。ウサギのカードは、どれも間違いなく、悲劇的な死を迎える。……必ず」


「やめろ」


 アズラエルが(さえぎ)ると、クラウドはまっすぐな目で彼を見た。


「占いなんだろ? たかが」

「言っていいことと悪いことがあるだろうが! ルナに聞かせる気か、それを」

「ルナちゃんに言うはずないだろう、だから、アズに言ってるんだ」


 クラウドの目は悲観してはいなかった。


「希望はあるんだ。カードは変わるんだそうだ。運命が変わるのと同様に。よく見て」


 クラウドは、ルナの日記帳のコピーを指した。


「おかしな話だろ。ZOOカードなんだから、必ず動物の名がつくはずなのに、ミシェルとロイドのカードには、動物がついていない」


 アズラエルが見ると、ほんとうにそうだった。

 ミシェルは「裏切られた探偵」、ロイドは「裏切られた保育士」。

 どこにも動物の名がない。


「ルナちゃんは、ナタリアちゃんたちのカードにも線を引いて、新しい名を書き足している。カサンドラも言っていた。人生の転機を乗り越えると、カードは変わることがあるんだって」


「……」


「動物がついたカードもそうだ。運命は変わる。それに、“ZOOの支配者”であり、ZOOカードの生みの親であるアンジェリカが、このことを知らないわけはない。だけど、アンジェリカは、ルナちゃんにウサギのカードの意味を告げていない。ルナちゃんは、知らない。自分のカードの意味を。アンジェリカはルナちゃんとは友人だ。まさか友人を、ウサギのカードだからといって、みすみす見殺しにするとは思えない。なにかきっと、理由があると思うんだ。俺は一度、彼女と話してみたいと思う。アズも行くだろう?」


「……ああ」


「ねえアズ。きっとなんとかできる。俺だって、ルナちゃんが死ぬのは見たくないし、ミシェルだって悲しむ。そんなのは嫌だ。だから、俺は、ルナちゃんのカードの意味を考えてみるよ」


「……」


「それに、カサンドラは、亡くなる寸前に、あるパスワードを俺に教えてくれた」

「パスワード?」

「ああ。……いったい何のパスかはしらない。だけど、この流れで行くと、このパスワードが、もしかしたらルナちゃんを助ける手掛かりになるかもしれない」

「それは……俺にも言えないか?」

「言っても、多分わからない。現段階で、俺も意味が分からないしさ」

「そうか……」


「アズ」


 クラウドは、アズラエルを元気づけるように笑った。


「心配いらない。必ずルナちゃんのカードの意味を突き止めて、それからルナちゃんが……悪いことにならないように、考えてみる。なんてったって俺は、“真実をもたらすライオン”だからね」





 アズラエルが、クラウドと一緒にK36区の自宅に帰ったのは、二十一時を過ぎたころだった。

 ルナはミシェルと、テレビを見ながら大笑いしているところだった。


 なんとなく、さっきまでの話が胃の()に残って、ふたりともだまってルナとミシェルの後ろ姿を眺めていた。

 クラウドが先に声をかけた。


「ただいま」

「あ、お帰りクラウド」

「びっくりした。いつ来たの。お帰りなさい。……あれ? アズ?」

「おう」


 アズラエルはリビングに一瞬顔を出し、それから自分の部屋へ向かった。


「遅かったね。夕ご飯食べた?」

 ミシェルがクラウドに聞くと、

「ずっとコーヒーばっか飲んでたんで胸やけがするよ。夕飯はいらない」

「そお? ルナがさ、サラダ作ってくれたよ。海鮮サラダ」

「ほんと? サラダなら食えそう。シャワーを浴びてから、それを肴に飲もうかな。ルナちゃん、ありがとう」


 ずいぶん根を詰めた話だったのだろうか。クラウドの顔にもアズラエルの表情にも、疲れが見えていた。

 クラウドは上着を脱ぐと、ソファに放り投げて、「シャワー浴びてくるね」と言って出て行った。

 アズラエルが交代で顔を出す。冷蔵庫からビール缶を持ち出してきて、開けていた。


「ルゥ、運転頼んだぞ」

「まかせといてー!」


 ルナは、大喜びで手を挙げた。アズラエルは、ルナに運転席を譲ったことはない。


「う~ん」

 アズラエルは、部屋を見渡して、つぶやいた。

「……そろそろ、マジで引っ越し考えるか」


 ソファにどっかりと腰を下ろし、ビールを呷る。


「なあ、ミシェル。おまえクラウドとここで暮らすか? 俺はルナとK27区で暮らそうと思うんだが。ここを引き払ってな」


「えっ」


 ミシェルが、身を乗り出した。


「その話、もう決まっちゃったの? あたし、できればここじゃなくてK27区で暮らしたい。ここもけっこう広くていいけど、K27区にもどりたいかも。できればあのアパートに住みたい。レイチェルたちもいるし、リズンあるしマタドール・カフェ近いし」


 ここ、周りに知り合いいなくてさみしいし、というと、


「なら、俺たちと一緒に部屋を借りるか? 今住んでるアパートの向かいに、もうひと棟あるだろ。あそこが、K27区じゃ一番広いらしい。今日、クラウドと一緒に間取りを見てきたら、ここより広かった。家賃は今住んでるアパートより少し高いが、ここよりは安い。どうだ?」


 ルナは驚いた。そんな話は今日初めて聞いた。ルナは頬をリスみたいにぱんぱんにして、アズラエルに食ってかかった。


「なんであたしに教えてくれないの!!」


 アズラエルは困った顔で言った。


「……間取り見てから言おうと思ってたんだよ。だから、今夜話すつもりだったんだ」

「アズのばか! 勝手に決めて!」

「いや、もちろんおまえの意見も聞くさ。こういう物件もあったから、どうだ? って話でだな、決定ってわけじゃあ……、」


 拗ねたルナに、困り顔のアズラエルが、機嫌を取るように話しかけている。ミシェルは笑いたくなった。

 意外と、ルナってば、アズラエルを尻に敷いてる……?


「……シャワー浴びたら、すこしすっきりしたかな」


 烏の行水(からす  ぎょうずい)とはこのことだ。クラウドはあっという間にシャワーを浴びて出てきた。パジャマを着て、濡れ髪を拭きながら。


「クラウド、おまえはどうする。ここに住むか?」


 クラウドは、ビールを飲みながら、ミシェルに聞いた。


「ミシェルはどうしたい?」

「……あたしはK27区のほうがいい、かな?」

「じゃあ、そうしよう」


 あっさり、クラウドは言った。


「アズ、今日見に行った物件の話、したの?」


 アズラエルは、ルナのご機嫌を伺いながら、「ああ」つぶやいた。


「あたし、そこでもいいよ」


 ミシェルが言うと、クラウドは笑顔になった。


「じゃあ明日、四人で部屋を見に行こうか」


 ルナは、頬を膨らませていたが、クラウドのその言葉に少し機嫌を直した。


「じゃあ、今住んでいる部屋は引き払わなきゃね。このK36区の部屋も」

「引き払わなきゃダメかな。リサたち、なんていうだろ?」


 ルナが不安げに言うと、クラウドが「だいじょうぶだよ」と言った。


「リサちゃんは、なんだかんだ言って、今はミシェルとK37区で暮らしてるんだ。ロイドはキラちゃんと、あのおばあちゃんたちと――K06区だっけ? ――で暮らしてるんだし。彼らも承諾すると思うよ」


 ミシェルとロイドは、入船時はK31区にいた。だが、K31区は宇宙船の中でもかなり北部に位置し、高速も通っていず、いろいろ不便だったため、すぐにK37区に引っ越した。アズラエルとラガーで出会ったころは、すでにK37区の住民だった。


「そうと決まれば話は早い」

 アズラエルが立って、電話をしに行く。


 どうしてこんなにL18の人間は行動が早いのだろう。ルナはまだ、いいともなんにも言ってないのに。 


 文句を言うすきがなくてぼけっと見ていたが、いつのまにかクラウドが、海鮮サラダをテーブルに持ってきて、ドレッシングを回しかけていた。いつのまに。なんて素早いのだろう。

 ルナがのんびりすぎるということもあるが。


「うまい。ルナちゃん、最高」


 エビとホタテに火を通し、海藻とレタスとタマネギを切って混ぜただけである。ガーリックフレークをすこし乗せている以外は、味はドレッシングだ。


「リサはいいって」

 五分と経たないうちにアズラエルがもどってくる。


「ほんとに?」


 あまりに話が早く片付きすぎるもので、ミシェルが疑わしげに聞いた。


「ああ。あとはキラだけか。――おい、うまそうなもん食ってンな。一口寄越せ」

 アズラエルが、横からつまみ食いする。

「うまい」


「今日って、引越しの話してたの?」


 ミシェルが聞くと、男二人は顔を見合わせ、「まあ、それもある」とあいまいな返事をした。


「俺が明日、キラちゃんに聞いてみるよ」


 クラウドが、アズラエルにフォークを貸して言った。アズラエルが猛然と食べ始める。


「ちょ、アズ。少し残しといてよ!」


 クラウドの抗議は正解だった。アズラエルが食べ始めたら、一気に半分に減っていた。


 ルナたちは結局、K36区のアズラエルの部屋に泊まることになった。すでに時刻は、深夜を過ぎている。


「どうせ明日みんなで部屋見に行くんだから、寝てけばいいじゃん」


 ミシェルが言ったので、ルナの運転に不安のあるアズラエルはすぐ承知した。ルナはまたぽかぽかアズラエルの腿あたりを叩いたが、アズラエルは痛いと言ってもくれなかった。いつものことである。


 風呂に入り、ミシェルのパジャマを借りたルナは、アズラエルのベッドのうえで飛び跳ねた。


「やっぱおっきいね~~! アズのベッド!」

「あの部屋のベッドがどれだけ窮屈(きゅうくつ)か分かるか?」


 ベッドだけは買い直したが、やはりこのベッドより小さいのである。


「うん。でも、あの部屋にこのベッド入れたら、ベッドだけでいっぱいになっちゃうよ」


 ルナは跳ねるのをやめ、アズラエルがクローゼットを開けて新しいジーンズを取り出しているすきに、ててっとそばへ寄った。


「アズはパジャマとかきないの」


 いつもアズラエルは、寝るときもTシャツにジーンズのままか、上半身裸にジーンズだ。


「着ない」

 シンプルに答えて、枕を整える。


「アズ、あのね、このあいだレイチェルと買い物行ったらね、ライオン柄のパジャマ見つけたよ」

「俺にそれを着ろってのか」


 アズラエルがやっと顔を上げた。


「言うと思った。だから買ってないもん。それに、アズにはちっちゃかったし」

「俺にライオン柄のパジャマなんぞ勧めるのは、おまえくらいだ」

「意外とかわいいと思うんだけど……、」


「アズラエル~! お風呂開いたよ!」

「おう。今行く」


 ミシェルが風呂から出てきて、アズラエルに声をかけた。アズラエルは新しいジーンズと下着とTシャツを持って、ベッドから起き上がった。


「寝てていいからな。ルゥ」

「うん」

「おやすみ」


 なんだかんだいって、今日は疲れた。ナタリアたちを見送ったあとだし。

 ルナは、すぐに目を閉じた。


 ……ルナがうとうとして、まもなくだ。


 ピピピ、ピピピ、と電子音がする。ルナを抱きしめていたアズラエルの腕が外れた。いつのまにいたのだろう。ルナはすっかり寝入っていたらしい。

 目覚まし時計の音だろうか、アズラエルが身を起こすのがルナにもわかった。


「アズ……なんか時計なってる」

「ああ、悪い。起こしたか」


 それはアズラエルの腕時計からだった。アズラエルはすぐ止めたのだが、横にならず、そのままベッドを降りる。


「仕事だ。行ってくる」

 そういって、立ち上がった。


「おしごとって、ムスタファさんのところ?」


 深夜二時だ。こんな時間に、ボディガードに行かなきゃいけないのだろうか。


「いや、今日のは違う。いいから寝てろ。明日の朝話す」

「危なくないよね、アズ」


 この宇宙船は安全な場所ではあるけれど、急にルナは心配になった。


「大丈夫だ」


 ルナを安心させるように、アズラエルはもう一度言い、部屋を出て行った。しばらくして、玄関のドアが静かに開き、閉められる音がした。


 ルナは毛布にくるまって横になったが、眠れなかった。




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