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キヴォトス  作者: ととこなつ
第四部 〜覚醒篇〜
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114話 ナタリアたちとの別れと、サルディオーネからの伝言 2


 ――傭兵一家の息子、というのはそれなりにいる。


 だが、親がやり手の傭兵で、軍部に顔が利くようになり、自分の息子を将校の息子がいる、ランクが上の軍事学校に入学させることができるほど出世しているのは、少数派であることは違いない。


 アズラエルが入っていたのは、ドーソン家の嫡男であるグレンと同じ、L18の首都国家アカラの、第一軍事教練学校だ。


 つまり、将来L18の中枢を担うであろう将校候補たちが、多数在籍しているエリート校だった。


 軍事教練学校は、傭兵の認定資格のみの受講を受ける学校もあるし、一部は、よその星からきた軍人志望の人間を鍛え上げる教習所だ。


 他の星から来た人間も、軍事惑星では「区別」の対象となる。

 L5系からL7系の人間は「軍部」に入ることができるが、辺境の惑星群、L4系、L8系の人間は傭兵にしかなれない。


 もちろん、軍事惑星で生まれた子どもたちは、生まれたときから生まれた家で未来が決まる。

 傭兵の子は傭兵。将校の子は将校。一平卒の家は一平卒。

 一平卒でも、「軍人」と名がつくのはまだマシだ。傭兵は、人間以下の扱いしかされない。


 それでも軍事惑星全体では、バブロスカ革命のおかげもあって、かなり傭兵の待遇が改善された。

 傭兵の認定資格、というものができたのも、バブロスカ革命のたまものだ。


 認定資格が欲しければ、学校に入るのが一番だが、名が売れた傭兵グループの一員で、凄腕(すごうで)の傭兵だと噂されるくらいだと、勝手に軍から認定の資格を寄越される。

 本人がそれを、蹴らなければだが。


 傭兵が、認定の資格を得たあと、軍人になることもできる。人権と、階級をもらうということだ。


 二等兵からはじまり、一等兵、上等兵、軍曹、曹長、少尉と上がっていく。もっとも、階級は大尉どまりでそれ以上上にはいけない。しかしそれはただの決まりごとで、傭兵から大尉になった者は、現実にはいなかった。


 ロナウド家の力が大きいL19や、マッケランの力が強いL20では、ごくわずかだが傭兵出身の大尉はいたし、他の星から来た人間が佐官まで出世できることはあった。


 エルドリウスが、そのいい例だ。


 アズラエルの父、アダムは認定の傭兵だが、軍内を通れば、ドーソン一族には内緒でこっそり、敬礼する者がいる。


 過去、負け戦で死んだ大佐にかわって指揮をとり、百人以上を無事に星に帰還させたことがある。それが原因だ。将校でも、アダムに命を助けられた者はかなりいた。


 だが、アダムがバラディア・S・ロナウド大佐の相談役までになれたのは、あの出世に対する意欲の皆無と、人徳だろう。


 傭兵がそんな手柄を上げたら、大尉の称号を断るわけもない。みんな、傭兵と言うだけで受けてきた差別があるから、軍部の地位はのどから手が出るほど欲しいのだ。


 L18は、名誉と官位。それがすべてだ。


 アズラエルの父はそれを蹴ったし、アズラエルとは似ても似つかぬ愛嬌のある、でかいクマだ。グレンも、あの愛嬌のあるクマ顔で「よっ! 少佐!」と挨拶されれば苦笑いせざるを得ない。


 人望があるのだ。

 傭兵仲間からの嫉妬もあまり受けないのは、あの性格があるからだろう。


 同じ傭兵仲間の、出世に対する嫉妬というのは激しいもので、仕事では傭兵仲間から潰しにあい、学校では傭兵だからということで、軍人の子たちから差別される。


 ちゃんとした傭兵グループに入っていなければ、下劣な仲間の潰しにあって、仕事ができない体にされる者もいる。学校での差別だけでも耐えかねて、傭兵のみの軍事学校に転校する者も多い。


 そういう輩を、グレンはたくさん見てきた。

 だがアズラエルは違った。


 アズラエルの一家が、傭兵としてやり手ばかりなのはたしかだが、親の七光りというわけではない。


 愛嬌まみれの父親に反して、子どもの時分から、おとなの傭兵よりも陰惨な、殺し屋の目をしていた。

 暗い、底の見えない。


 だから、同級生はみな怖がっていた。

 だれもそばにも寄れないほど。

 アズラエルは浮いていた。


 グレンが彼を怖くなかったのは、自分がドーソン一族だからだ。

 L18でもっとも権力のある一族だからではない。亡者のような、餓鬼(がき)にも似た身内の目に比べたら、まだアズラエルは誇りのある目をしていたからだ。


 たとえ殺し屋とはいえ、人間の目をしていた。


 それだけのことだが、だからといって、好きか嫌いかと言われたら嫌いだった。


 アズラエルに半殺しにされた人間が、何人いたことか。

 大人相手にも同級相手にも、容赦がなかった。半殺しにするまで攻撃をやめないやつだった。コンバットナイフの接近戦では負けなしで、教官でも殺しかけたことがある。軍警察に、少年房に叩きこまれたことが何度あったか。


「そうか」

 セルゲイは、あいまいな表現をした。「よくわかったよ。ありがとう」


「――ずいぶん、君はアズラエルのことを知ってるんだね」

「まァ……きっと、腐れ縁てヤツなんだろうな。いけすかないが、」

「認めるライバルってやつなのかな」

「そんな立派なモンじゃねえよ」


 セルゲイの話の引き出し方のうまさに、グレンは舌打ちしたくなった。こんなに話すつもりはなかったのだ。そういえば、この男はカウンセラーだった。道理で聞き上手だ。


 グレンはこれ以上アズラエルの話を続けたくなくて、さっさと断ち切った。


「セルゲイ、あと三十分ほど撃ったら、俺は泳ぎに行く。おまえはどうする?」

「そうだな。少し汗を流したからもういいよ。温泉にでも入りに行こうかな、たしかこのビルに、サウナつきであったよね」

「風呂か。どうするかな」


 ふたりはうつむいたまま、しばし沈黙すると、

「……今夜はどうする? 夕食は?」

 とセルゲイが先に沈黙を破った。


「いや、俺はルシアンだ。エレナにメシはいらねえって言っといてくれ」

「わかった」


 帰り道、気を付けるんだよと、セルゲイは微笑んで手を挙げ、先に出ていく。


 さて、気を付けなければいけない危険は、この宇宙船にあるだろうか。

 ハンシックも巻き込んだ事件は、それなりに危険性の高いものだったが、あんなこと、滅多に起きるものではないだろうし、基本的にこの宇宙船は安全だ。


 ――ほんとうに、そうだろうか?


 今日、射撃場に来たのも、銃の腕が鈍っていないかたしかめに来たのだ。


 この宇宙船に入ってからも、基礎体力は落とさないよう、ジムやプールには定期的に通っていたが、射撃場にはまだ一度も来ていなかった。


 腕はまったく落ちていなかった。合格だ。


 グレンはすでに、持ち込んだ銃をベッドわきに置いて寝ている。アレを使う日が、来ないことを祈るが。


 ユージィンが放った刺客とやらは、もうこの宇宙船のなかにいるのだろうか。


 グレンは、銃に込めた弾をすべて撃ちつくし、銃を置いた。

 弾はすべて、標的のど真ん中に命中していた。




 さて、こちらはルナである。

 あの楽しいバーベキューパーティーから、二週間も経ったころ。

 ルナは、エドワードとレイチェル、シナモンとジルベール、リサとミシェルと一緒に、宇宙船内の玄関口にいた。

 ナタリアとアルフレッドを、見送るためだ。


「さみしくなっちゃうわね」


 レイチェルはすっかり涙ぐんでいた。ナタリアは少しどころではない。化粧っ気のない顔は、滂沱(ぼうだ)の涙で濡れていた。


「レイチェル、身体に気を付けてね。おなかのこも」

「ありがとう。産まれたら、写真を送るわ」


 レイチェルの妊娠は、バーベキューパーティーの翌日、産婦人科で発覚した。レイチェルはアンジェリカから告げられたあと、いてもたってもいられなくて、次の日すぐ行ったのだ。


 別れを惜しんでいたのは、なにも女子だけではない。

 アルフレッドとエドワードも、まるで兄弟のように仲良くなっていた。アンジェリカの言葉は嘘ではなかった。せっかく、兄弟のような彼に会ったのに、二週間で離ればなれだ。アルフレッドは、ほんとうに後ろ髪を引かれる思いだった。


「必ず、電話するよ」


 エドワードもめずらしく涙目で、アルフレッドと固く握手を交わした。


「元気で」


 ジルベールも、アルフレッドの肩をはげますように叩く。


「達者でな。ケヴィンにもよろしく伝えてくれよ」

「落ち着いたら住所教えてね。写真とか――メールも送るわ」


 リサとミシェルも、ナタリアと固く抱きあった。


「また、みんなでバーベキューパーティーできたらいいね」


 バーベキューパーティーから二週間、結局、ナタリアは宇宙船を降ろされることになってしまった。


 ナタリアがサルディオーネに無礼を働いたわけではなかったが、主犯であるブレアを(あお)った責任は追及されてしまった。しかし、L03で裁かれるわけではないので、穏便(おんびん)に済んだ方である。


 ナタリアは、強制的に母星へ帰されることになったのだが、アルフレッドは、あのときのアンジェリカのアドバイス通り、ナタリアと一緒に降りることに決めた。アンジェリカは家族にもだまっていろと言ったが、それはむずかしい。一度は、ナタリアの実家に帰らなければならないのだから。


 だが、ナタリアとブレアの両親も、ブレアのことには心を痛めていた。すでに電話で話はすんでいる。両親は、ブレアに二人の居場所を知らせないと約束した。

 ナタリアの実家に顔を出したあと、ふたりはケヴィンの住むL52へ旅立つ予定だそうだ。


「不公平だよ。どうしてブレアが問題を起こしたのに、ナターシャが降ろされるの」


 シナモンは憤慨していた。


 ナタリアは強制的に船を降ろされ、この宇宙船に乗る資格も永久に失ってしまった。彼女はもう二度と、地球行き宇宙船には乗れないのだ。それなのに、問題を起こした当事者であるブレア、そしてイマリは、宇宙船に残ることになってしまったのだった。


 ナタリアは、いった。


「いいの。あたしが決めたの。ブレアの代わりにあたしが降りるって。これは、あたしと役員さんと、それからサルディオーネさんと話し合いをした結果なの。あたしにも、ブレアを甘やかしてきた責任がある。あのブレアの行動を引き起こしたのは、あたしだわ。……でも、これが最後。あたしがブレアの尻拭いをするのは」


「でも――あのこがここに残ったって、なんにもならないと思うわ」

 レイチェルも不満気に言ったが、ナタリアは首を振った。


「そんなことないわ。この宇宙船は、奇跡の起こる場所。あたしも変われた。きっとブレアも変わる。サルディオーネさんもそういっていた。あたしは、その言葉を信じてみようと思うの。あの子がここに残ることにも、なにか意味があるんだと信じているわ」


 ナタリアは、かつてのだれにも聞こえないような声ではなく、だれにでも聞こえる、しっかりとした口調で話すようになっていた。言葉にも、力がある。


 シナモンは笑って、ナタリアの肩をたたいた。


「変わったね、あんた。でも、今のアンタのほうがあたし、好きよ」


 ナタリアは微笑み返した。その微笑みも、前とは違う、自信にあふれたものだった。


 変わったのは、ナタリアだけではない。ブレアもまた変わった。それはナタリアたちにしかわからない、わずかな変化だった。


 彼女は、自分が宇宙船を降ろされないと知ったときに毒づいた。かつてのブレアであれば、どんなに毒づいても、ナタリアを追って一緒に降りたはずだ。彼女は、「あんたなんか二度と顔も見たくない」と言って、一緒に来なかった。無論、今日も見送りになど来ていない。


 それは、ナタリアから見たらものすごい変化だった。

 ブレアが、追ってこないというだけでも。


 サルディオーネに無礼を働いた仲間たちは、ブレアとイマリ以外全員、一週間前に船を降ろされている。


 アンジェリカはあのとき言った。ルナは忘れてはいなかった。


『宇宙船を降りるまでに、一週間の猶予(ゆうよ)を与えよう。あんたがたの魂魄(こんぱく)がZOOカードに現れたならば、私がすべてを収めてあんたがたの降船処分をとりなそう。だが、現れなければ、あんたがたは宇宙船を降ろされる。――そのあいだ、よくお考えなさることだ』


 ブレアとイマリが宇宙船に残されたということは、彼女たちのZOOカードが、現れたということなのか。


「ルナ」

 ナタリアは、ルナに向き直って言った。

「サルディオーネさんから伝言があるの」


「え?」

 アンジェから? ルナは、どきりとした。


 ナタリアは、困惑した顔で言った。


「あたし、さっぱり意味が分からなかったんだけど、サルディオーネさんが、ルナにはわかるっていうの。だから言葉通り伝えるわね。ええと……」


 ナタリアはポケットから紙を取り出した。メモしてきたようだ。


「ええとね、――『ウサギ・コンペで反抗的なウサギを見つけたら、教えてほしい。何色だったかとか、特徴的なこと。おそらくそのウサギがイマリだ。それからまた遊園地の夢を見たら、黄色と茶のまだらネコ――ブレアだけど。彼女がどこにいるか、見つけてほしい。見つけたら、すぐ連絡が欲しい。アントニオ経由でも、直接でもいい。どうかよろしく』……だそうよ」


 ルナは沈黙した。意味は分かる、なんとなく、意味は分かるが――。


 聞いていたミシェルたちは、「……どういう意味?」と首をかしげていた。


 ルナはとりあえず、メモをナタリアから受け取ると、「分かった。ありがと」と言った。


「あたし、あなたに会えたのが一番嬉しかった」


 ナタリアは、ルナにギュッと抱きつき、ルナにしか聞こえない、前のような小声で言った。


「ルナはどうか知らないけど、あたしは――ルナが、いちばんの親友だと思ってるの」

「うん。あたしも、ナタリアは親友」


 ルナも抱き返した。ナタリアはそれを聞いて、また泣いた。

 ナタリアがなかなかルナから離れないので、アルフレッドは苦笑しつつ、ナタリアをルナから離さなければならなかった。もう、出発の時間なのだ。彼らの担当役員は、すでに出航する宇宙船の中で待っている。

 アナウンスが鳴った。


『L系惑星群L80行きのL355便、搭乗ゲートが開きました』


「元気でね。メールも、電話もするわ。手紙も書く」


 ナタリアとアルフレッドは、何度も振り返りながら、手を振って通路を歩いて行った。ルナたちも、長いこと手を振っていた。手もつかれ、彼らの姿が通路の向こうで見えなくなると、ようやくみんな、手を振るのをやめた。


「……行っちゃったね」


 エドワードが、ポツリとつぶやいた。





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