112話 遠い記憶の宴 Ⅴ 1
「ど・う・し・て! ど・う・してあたしがいいなあって思った男はみんなルナとかミシェルに行くの!?」
シナモンが、キー!! と唸り、酒をあおった。
「『女にしてやろうか? 俺が』……とかいわれてみたああああああい!!!!」
「おまえもとから女じゃねーか」
「だからダメなのよこの無神経オトコ――!!!」
あっさりジルベールに突っ込まれ、シナモンは地団太を踏む。
新しく現れたイケメン傭兵――ロビンは、クラウドとミシェルを挟んで睨みあっている。
「シナモンは、もっと身近な幸せを大切にするべきだと思うわ」
レイチェルがあきれ果てた声で言うが、ジルベールが、からかうように笑った。
「あっちも元軍人さんいるみたいだぜ。おまえ、あっちの役員が集まってるとこに行ったら?」
「なんでよ」
「あのひと、大モテだぜ?」
ジルベールがビール缶で指した先には。
「――あ、あの、これ以上飲めません」
ユミコが、五、六人ほどの男性役員に囲まれて、狼狽えていた。両隣をしっかり陣取っているのは、バグムントと、チャン。
「飲んで♪ 飲んで♪ ユミコちゃん♪」
「ぐーっといって。ビール飽きたんだったら、カクテルつくってもらおうか?」
「あの……でも、ほんとに飲めないんです、もう、」
「くーっ! かーわいいー♪ もう飲めないんです、だって!」
「まだいけそうだよ? 顔赤くないしさ、ほんとは強いんだろ?」
「ね、ね、ユミコちゃん。付き合ってる男いるの?」
ユミコが泣きそうになりながら、これ以上無理、と断るが、少しずつ減らしたコップには、またなみなみと注がれる。
ユミコを前と後ろで囲んでいるのは、若い、軍事惑星出身者の役員たちだった。
完全なるアルハラだ。メスライオンたちの目がギラリと光るが、彼女らが手を出さないのは、チャンがそこにいたからだった。
軍事惑星の男性役員はなぜか、L7かL6系あたりの女の子と合コンしたがる――のだが、うまくいく可能性は十パーセント以下である。
軍事惑星の連中は、母星の女たちとは対極の、華奢で、可愛くて、おっとりした感じの女の子が大好きだった。
軍事惑星の女は恐ろしいのが大多数を占めるし、L03あたりの女はなにを考えているか分からないタイプか、潔癖すぎる女が多い。L4系はスレ過ぎて一筋縄じゃいかないのが多いし、L5系に軍事惑星群の男はモテるのだが、軍事惑星の男は、L5系の、オシャレでキレイで、細い女にはなぜか食指が伸びなかった。
本気でつきあうなら、L6系かL7系。(※あくまでも一般的統計である。)
それも、とくにL7系の子は、性格も温和で、小柄で、磨けば光るタイプが多い。擦れていないともいう。
L7系出身の上、独身のユミコは、軍事惑星出身の男たちのハートを一撃で仕留めた。
今日のバーベキューパーティー主催のルナちゃんも可愛いけれど、アズラエルの女だし、ミシェルちゃんはクラウドのお手付き。リサちゃんにも彼氏がいるし、レイチェルちゃんは人妻。ナタリアちゃんには完全に怯えられて、話しかけることもできなかった。
ここでどうしてもシナモンが出てこないのは、もはや運命というべきか。彼らは、シナモンという綺麗な子がいたな、それだけである。
彼らは、なにがなんでもユミコを落とそうと、さっきから必死だった。
バグムントとチャンが両隣なので、これ以上ユミコに近づけないのが難点だったが。
それにしても。
ユミコは両隣の二人を、助けを求めるように何度もチラチラ見た。
二人は、彼らがユミコに酒を注ぎ続けるのを止めてくれない。
ユミコが飲めない、と言っているのを聞いているはずなのに。
「……お嬢ちゃん」
バグムントがようやく、口を開く。
「もう飲めねえってンなら、はっきり言わねえとこいつらは分からねえぞ?」
だから、さっきからそう言っているのに!
ユミコはちょっと涙ぐんだ。これは、新しい役員に対する洗礼だろうか。イジメ?
「飲めないなら私が」
チャンが見かねたのか、ユミコのグラスを取り上げ、ぐっと飲みほした。
「あーっ!! チャンさん! それはずるいッス!」
「それはユミコちゃんに注いだお酒っすよ!?」
チャンが眼鏡をギラリと光らせたのを見て、バグムントがあわてて、
「おまえら、ユミコちゃんにはもう付き合ってるオトコがいんだからよ。あきらめろ」
ユミコが思わずバグムントを見たが、バグムントはしーっと人差し指を立ててみせる。
「マジかよ!! ユミコちゃん! それだれ!?」
「まさかL7系とかのひょろっちいガキじゃねえだろうな!?」
「ユミコちゃん!! 軍事惑星のオトコ嫌!? 強い男は嫌い!?」
野太い声が、泣きそうに訴えるのを見ていると、すこし恐怖も緩んでくる。
傭兵だけあって、この三人も百八十センチ以上はゆうにある、体格のいい猛者どもだ。だから余計ユミコは怖くて、きつく断れなかったのだが。
「恋人はオ――「私です」
チャンが眼鏡を押し上げて言ったので、バグムントが口パクで『てめえーーー!』と怒鳴りかけた。
先を越された。
「ですから、あなたがたは、とっとと撤収しなさい」
若い役員たちは、「ええ……またかよお」「俺、去年からフラレてばっか……、」と嘆き悲しんだが、チャンが相手では、怖い。
でかい男が肩をガックリ落としながら去る後姿が、ちょっとかわいそうと言えばかわいそうだが、しつこかった男たちがいなくなって、ユミコはほっとした。
「す、すみません、チャンさん、バグムントさん、あの……、」
「謝るくらいなら最初からはっきり拒絶しなさい。ここがL7系ならアルハラ扱いすればおしまいでしょうが、ここは地球行き宇宙船です。さまざまな民族と星の出身者が入り乱れているんです。軍事惑星の男には、あいまいな態度では通用しないのですよ。彼らは単純で鈍いですから、言葉の裏を取るようなことはできません。あなたもあちらこちらにいい顔をしようとするから、“余計な”男まで寄ってくるんです。あなたにも責任はある」
チャンの手厳しい言い方に、ユミコは泣きそうになった。
バグムントが、そっとフォローした。
「おまえ、言い方がきつすぎんだよ。……ユミコちゃんは悪くねえよ?」
「いっ、いえ、わたしが悪いんです……、」
「そう泣くな。……あっち見てみな。や、そっちじゃなくてあっち」
バグムントが示した先には、レオナがいた。
「妊婦に飲ませる気かっ!? てめーがのめ!! オラ!!!!!!」
レオナがバーガスの襟首をつかまえ、口にビールを流し込んでいた。
「分かる? 軍事惑星じゃ、あれが“断る”っていうんだ」
「……」
「ま、あれは軍事惑星でも特殊ケースですがね」
「そうか? ああいう夫婦多いだろ?」
「妻がL20傭兵に限り、多いと言えますね。……まあそれより、」
チャンが、綺麗な包装紙でくるまれた瓶を差し出した。どう贔屓目に見ても,プレゼント仕様である。
「ユミコさんは、ビールがそう得意ではないのでしょう?」
「えっ……?」
たしかにそうだ。でもどうして、チャンがそれを。
「マックスさんからお聞きしました」
そういう顔は、笑顔にすらなっていない。ユミコは、やっぱりこのひと怖いし苦手だな、と思ったが、自分のビールを代わりに飲んでくれたことといい、優しいことは優しいのだ。
「それとも、もうジュースか水にしますか」
「あっいえ……よかったら、ください。飲んでみたいです」
「そうですか」
ユミコは、今度こそはっきり飲みたいと言った。ビールは苦いからあまり飲めないのだが、ワインは、カクテルみたいに甘いものもあるから、飲める。
「飲みますか? バグムントさんも。甘いですが」
「え? あ、オレもいいのか」
「どうぞ」
チャンがバグムントの分も注いで渡してくれる。匂いを嗅いで口に含み、感嘆の声を上げた。
「なんだこりゃ。……ずいぶんいい酒だぞ」
「シャトルマーニュ九百九十年モノです」
バグムントはぐはあと吹きかけたが、酒が酒だったので、吐くのを我慢した。
レストランで頼めば数十万単位のワイン。しかもかなりの年代物。
今回のバーベキューは、肉といい酒といい、豪華すぎる。
「……バーベキューに持ってくる酒じゃねえだろうが!!」
「え? でも、とっても美味しいですよ?」
ユミコは、嬉しげに飲んでいる。
「お、オイ、待て……!」
バグムントが止めるのも間に合わず、ぐーっとユミコは飲み、瞬く間に空にした。
オイオイ、さっき、もう飲めねえって言ってなかったか?
「とっても美味しいです!」
そりゃ旨いだろうよ。
「口当たりがいいですからね……でも、アルコールは結構強いですから、気を付けて」
「……おい、おまえ、」
その酒持ち出してきた理由は、とバグムントはチャンに、こっそり口パクで聞いたが。
「決まっているでしょう?」
チャンは当然だろう、というようにバグムントをちらりと一瞥した。
『……ユミコちゃんを酔わせて、持ち帰る気かおまえ!』
あくまでも口パクである。チャンはフンと鼻で笑い、
『言わなきゃ分からないんですか? 頭悪いな。あなただって彼女を狙っていたんでしょう? でも残念でしたね、持ち帰るのは私です』
眼鏡がキラリンと光る。
『てめえええええ』
バグムントが、“あくまでも”口パクで怒鳴る。
『持ち帰ってどうすんだ! 食うのか!? 食う気か!』
『据え膳を食わない男がいるんですか? といいたいところですが、今日はちゃんと家にお帰ししますよ。あいつらや、あなたみたいな男がいるから、心配なんです』
チャンは平然と言った。
『私は、誠実ですから。ユミコさんは大切にしますよ? 私の、未来の妻として』
『――!! あのなあ! ユミコちゃんはオレが、今日来た時から狙って――!』
『バカを言わないでください。私が彼女をいつから狙ってたと思います? 去年の八月からですよ。仕事で一緒になったんです。そこから、どれだけ努力して今日にこぎつけたことか……。あなたみたいなポッと出に、横から掻っ攫われる気はありませんよ』
「あの……、あたしの後ろでなにを話してるんです?」
すっかり酔っぱらっているユミコは、ふわふわして、ふたりの言葉は聞こえなかったが、なにやら不穏な話をしている気配は分かった。男二人は、「なんでもない」と片方は微妙な笑顔で、片方はいつも通りの無表情で、言った。
バグムントはちびちび飲んでいたが、チャンはとぷとぷと、遠慮解釈なくユミコのグラスに注いだ。甘い酒なら、いけるのか。ユミコは立て続けに飲んでいるが。
「ユミコちゃん、その辺にしとけ――、」
「バグムントさん」
チャンが薄ら笑いを浮かべて言った。
「これが、傭兵グループの出自の違いと言うんでしょうかね……?」
こンの、若造……!
バグムントはキレそうだったが、彼は大人だったので我慢した。
たしかに、バグムントのいた傭兵グループ「ブラッディ・ベリー」は、企業で言うと叩き上げ女社長の、二百人ほどの中小企業というところか。しかし、チャンは、「白龍グループ」――数ある傭兵グループの中でも一番老舗で大きい大企業。その幹部の息子ともなれば、このワインが安酒とは言わずとも、お気軽に飲める身分であることは違いない。
なんでこんなとこで、格差を感じていなきゃならんのだ。
だが――男の価値は、所属していた傭兵グループで決まるわけではない。
「ユミコちゃん」
バグムントは気を取り直していった。
「甘いお酒が好きなら、――おじさん、カクテルつくってあげようか。何がいい?」
チャンの眼鏡がキラリと光り、彼らの頭の中だけでゴングが鳴った。




