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キヴォトス  作者: ととこなつ
第三部 ~遠い記憶の宴篇~
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111話 遠い記憶の宴 Ⅳ 2


 さて、こちらでも、ビニールシートの上で女の子たちに囲まれているのは、アンジェリカだった。


「あたしを占って!」

 最初に言ったのはリサだったか、シナモンだったか。


「すごい占い師なんでしょ!?」

「すごいっていうか、うん、まあ」


 一番話をしたいルナは姿が見えないし、ルナを探していたら、占い好きらしい女の子たちにつかまってしまったアンジェリカだった。


 メリッサが主婦仲間といっしょなのをちらりと見てから、アンジェリカは「いいよ」とこともなげにいった。メリッサも、ユハラムほどではないが、アンジェリカの身分についてなかなかうるさいから。


「今日はZOOカード持ってきてないから、少ししか占えないけど」


 アンジェリカの話が終わらないうちに、女の子たちの間でジャンケンが始まっていた。

 レイチェルが一番に占ってもらうことになったが、アンジェリカはレイチェルより先に、そばにいたエドワードに告げた。


「あんたは、相談する相手を間違えてる」


 エドワードは、いきなり言われて硬直した。エドワードは占いに興味はない。自分を占ってくれと言った覚えはなかったが、思い当たることはあった。

 周りは「なんのこと?」と首をかしげたが、エドワードとレイチェルだけは分かっているようだった。


「……“傭兵のライオン”……ああ、あそこの傭兵だけど、アイツに相談したってラチがあかないさ。あいつはちゃんと話を聞いてくれるから、あんたは一時楽になるだろうけど、何の解決にもならない。あんたは“図書館のネコ”と話すべきだよ」


 たしかのここのところ、アズラエルに相談に乗ってもらっていた。

 だがどうしてそれを、アンジェリカが知っているのか。考えたが分からない。

 ルナから聞いたのか? 驚いたまま固まり――そして、聞いた。


「図書館のネコ?」

「あ、ええと――、あれ、あの人」


 アンジェリカは、アズラエルたちに交じってラガーの店長を(はや)し立てている、アルフレッドを指さした。


「アル!? ――でも、彼はこのバーベキューパーティーで仲良くなったばかりで、」

「でも、運命の相手さ」

 アンジェリカは、笑って言った。

「なにも恋人ばかりが運命の相手じゃない。……少なくとも、彼はあんたと同じ悩みを抱えていて、目指すものもほぼ同じ。一度、ふたりだけでじっくり話をしてごらん。三日後がいい。意外な答えがもらえるよ」


 エドワードは呆然として、なんだか納得したようにつぶやきながら、うなずいた。


「彼が宇宙船を降りても、長い付き合いになるよ。あんたから交流を絶やさなければ、晩年まで付き合いは続く」

「よかったわね、エド!」

「……あんたは、そろそろ病院に行ってごらんよ」

「――え?」

「おめでたかもしれんといってるのさ」


 アンジェリカがにっと笑うと、レイチェルとエドワードが顔を火照らせた。


「え!? まさか! ……ほんとに!?」

「ほんとかどうかは病院にいってごらん。すぐわかるから」


 互いに顔を見合わせて、嬉しげな顔をするふたり。

 シナモンがずいと飛び込んできた。


「あ、あたしは? あたしは??」

「ちょ、シナモン! 次あたし!」


 リサが口を尖らせたが、シナモンはリサにお願い! というふうに両手を合わせ、アンジェリカに詰め寄る。シナモンの必死な顔に、リサは嘆息して二番を譲った。


「あんたはねえ――」

 アンジェリカはじーっとシナモンを見ると、こちらも嘆息した。

「今年が危険」


 ジルベールがぶっと酒を吹きだし、レイチェルもリサも、「き、危険ってどういうこと!? 赤ちゃんが!?」と動揺した。


 だが、アンジェリカは「それ以前の問題だよ」と首を振った。


「あんた、この結婚後悔してないかい?」


 言われて、シナモンは笑顔のまま固まった。ちなみに、シナモンはジルベールと結婚したことは、まだ口にしていない。エドワードと同じく占いに興味がないジルベールも、「どういうことだよそれ」とふて腐れ顔でやってくる。


「――あんたは、この宇宙船に乗って、いろんな男に出会って目移りしてるんだ。あたしの運命の相手はほんとに今の旦那かって、ね。どっちかいうとあんたの好きなタイプは、あそこらへんだろ?」


 そういって、アンジェリカはグレンとアズラエルがいる方を指さす。

 リサとミシェルは爆笑した。シナモンがグレンをカッコいいと言い、アズラエルを渋いとうっとりした目つきで眺めているのは、周知のことだ。シナモンのマッチョ好きも。

 バツが悪そうに、シナモンは頭を掻く。


「もしかして、この宇宙船で運命の相手に出会えるんじゃないかって、どっかで思ってるんだろ。だから、今この男と結婚してよかったのかなって、そう思っている」


 気持ちをすべて代弁されたかのようなシナモンは、赤くなって、それから開き直った。


「そうです! そうだよー!! だって仕方ないじゃんグレンさんカッコいいんだし!」

「し、信じらんねえ! 夫の前で言うかよそれ!!」

「でも、残念ながら、いくらルナとアズラエルと一緒に夕飯を食べてても、その席にグレンが呼ばれることはないし、グレンは残念ながらあんたに興味はない」


 がくーっとシナモンは落ち込み、その分かりやすさに、友人たちはふたたび後ろで爆笑する。


「アンジェリカさん。……どんだけわかるんだよ」


 ジルベールがつぶやく。

 たしかに彼女は、「ものすごい」占い師だった。

 彼女は、占い道具を並べてすらいない。ただ、シナモンたちの顔をじっと見るだけだ。

 それでぜんぶ、分かってしまうのか。


 アンジェリカは、「分かる分だけだよ」と軽く返す。


「……分かる分だけって」


 だからどんだけだよ、とジルベールがぶつぶつ言っているが、アンジェリカは続けた。


「でもね、あんたはこの宇宙船で、たとえ自分好みのイケメンを見つけて乗り換えたとしても、宇宙船を降りてから後悔するよ」

「なんで?」

「あんたの運命の相手は、そこの男だから」

「そこの男ってやめて! 俺ジルベールっていうんだよ!!」

「あ、いやごめん。あたし、占いの最中は、占ってる人間の名前呼べないんだよ」

「ジルが相手なの? ……つかもう、きょうだいとか家族みたいで、あんま恋してる感ないんだよね」

「だからいいのさ」


 アンジェリカは笑う。


「あんたは彼と別れたら後悔するよ? あんたは恋多き女だから、火遊びが火遊びを呼んで、やがて晩年はただの派手なだけの独り者になる。そうなったら、孤独なうえ、あんたは自分の人生のむなしさに気付くだろう。あんたが望んでる子どももきっと産めない。子どもを産むほど親しくなる前に飽きて、次へ乗り換えるからさ。そこの……、彼はあんたのそういうとこもみんな許してつきあってくれる、唯一の相手だと思ったほうがいい」


「許してっつうか――もうあきらめてんだけどさ」


「あんたもさ、」

 アンジェリカはジルベールに向かって言った。

「彼女のことは置いといて、本業のダンスに打ち込みな。そのほうがいいよ。モテるし惚れ直されるよ」


「俺、ダンサーとかひとっことも言ってねえんですけど……?」


「もう、そろそろあたしの番でしょ!」


 リサと、ミシェルが割り込んで入る。アンジェリカは、じっとふたりの顔を見たが、やがて。

「あんたらふたりはまだ教えるときじゃない」

 と、言った。


「ええー!? なんで!?」

 リサがふて腐れるが、


「カードだけ教えてあげる。あんたは“美容師の子ネコ”。あんたは“ガラスで遊ぶ子ネコ”」


 アンジェリカは、リサに「美容師の子ネコ」のカードを、ミシェルに「ガラスで遊ぶ子ネコ」のカードを手渡した。


「ZOOカードといってね。これが、あたしの占いなんだ。カードに、占う人物の魂の形が出てくる。……簡単に言うと、あんたは、今世は美容師が天命だってことだね」


「やったあ! あたし、やっぱ美容師が天命なんだ!!」

 リサは嬉しげに飛び上がった。


 アンジェリカは、「そのカードはあげる。今日、くわしい占いができない代わりにね」といった。

 シナモンは「いいなあ」と言ったが、残念ながらカードをもらえなかった。

 絵本の挿絵のようなカードだった。大きさはトランプほどだが。


「美容師の子ネコ」はオシャレな格好の子ネコが、はさみやらブラシやらをもって、お客であろうネコの髪の毛をセットしている。


「ガラスで遊ぶ子ネコ」は、まるでシャボン玉のように、たくさんのふわふわしたガラスが周囲に浮いていて、子ネコはその中央で、ガラスを膨らませている。


 リサは、描かれたイラストの可愛さに大喜びし、ミシェルも「ステキ……」とつぶやいた。色遣いが華やかで、ぱっと人目を引くあざやかさ。


「あたし、額に入れて飾っとくわ、これ」


 今日の記念に。

 リサがバッグにいそいそとしまい入れた。


「じゃあ、あたしは“ガラスで遊ぶ子ネコ”だから、ガラス工芸が天命?」


 ミシェルがカードを眺めながら聞くと、アンジェリカは、ちょっぴり困り顔をした。


「今日は、あんまり占いたくはないんだけど」


 よけいなことをいいそうで、とアンジェリカは前置きした。


「あまり、カードの意味にはとらわれないほうがいいよ、あんたは――占いで見なくても、今世は成功が約束されているからね」


「ええーっ!?」

「すごいじゃんミシェル!」


 シナモンやレイチェルも、驚いた顔で叫んだ。


「や、約束って――」

「だから、あんたは“成功する”。あんたがたとえば軍人なら、軍人としての栄誉を極める、あんたが芸術家なら、芸術家としてのかなり高い栄誉を極める。……そういうこと」

「じゃあ、あたし、ガラス工芸で成功できるってこと?」


「いや、ええとね……、」

 アンジェリカは言い方を考えているようだった。しばらく考え込んだあと、

「あんたはいま、その最終的な成功への道の途上にいる。だから、ひとつにこだわらないほうがいいんだ。……あんたは、“羽ばたきたい孔雀”の作品が好きなんだね。彼女の作業場を見たいと考えているんでしょ?」


 ミシェルは目をパチパチさせた。


「アンジェラって、“孔雀”? かっこいい……」


 いや、じゃなくてなんでそれが分かるの!? とミシェルは遅れて突っ込んだ。


「あんたは、本当は、彼女に深入りしない方がいいんだけど。彼女とは生きる意味も目的も、芸術に対する考え方もちがう。だから、できれば彼女の一ファンでいたほうがいいんだけどね」

「……それは、分かる気がする」


 アンジェラとの関わりは、できるならまったくないほうが、自分にとっても、おそらく、ルナにとってもいい。

 でも、アンジェリカのいうことは、また少しちがう気がした。


「だからね、――えっと、今言うことじゃないのさ。たぶん今言ってもあんたには意味が分からない。自分のカードの意味を、よく考えてみることだね。それから、あたしからのアドバイスは」


 アンジェリカは、エレナを指さした。


「もし、孔雀の工房で彼女と鉢合わせたら、なにもせず帰ることだ。“ガラスで遊ぶ子ネコ”でいたかったら、帰ること。いいね。……あの黒ネコがあんたに危害を及ぼすんじゃないよ? あの黒ネコとは個人的に親しくなれるが、でもずっとあとのことだ。あの黒ネコはあんたのよき『ライバル』の位置にあるから」

「う、うん――」

「カードの意味は、自分の彼氏とじゃなく、ルナとお考え」


「さ、ここまでですよ。お嬢さん方」


 メリッサがやってきた。

 しまった見つかってしまった。アンジェリカは舌を出した。


「アンジェリカ様はご自分の悪い癖を分かってらっしゃるようで、ぜんぜんわかってらっしゃらない」

「そのとおりだねメリッサ。もうやめるよ。ごめんごめん」

 

 ミシェルもカードをバッグにしまい入れていると、ふっと肩越しに人の気配を感じた。ここまで至近距離に接近してくる大柄な男など、クラウドしかいない。


 ひとまえでキスとか、ベタベタ触ってくんなって言ってるのに……!


 ミシェルがイラッとして振り返ると、そこにいたのは。

 シートに腰かけて、ミシェルを両腕で包むようにして顔を覗き込んでいるのは、ロビンだった。


「お、お、お、お…お久しゅう……ございます」


 ミシェルはあまりのことに狼狽(うろた)え、おかしなあいさつをした。

 そうだ。朝は逃げ、さっきはイマリたちのごたごたでスルーするのに成功したが、L18の男は、そう簡単には引かない。それを知っていたはずだった。


 ロビンはにっこり笑い、

「お久しゅう? さっき会ったよな? ビール飲みながら、俺を思いっきり蹴飛ばしてくれた」


 シナモンが、うしろで「だれ!? だれ!?」と息巻いている。シナモンは、さっきの占いの結果は、すべて頭からスッポ抜けたらしい。


 ――新しい、イケメンの登場に。

 ちなみに、シュナイクルにはすでに逃げられている。


 ロビンは派手な指輪をはめた指で、そっとミシェルの頬を撫でる。


「……しばらく会わないうちに、またキレイになったんじゃないか……?」


 ミシェルはあわててクラウドを横目で探すが、彼はいない。あきらかにクラウドを探しているのが分かるミシェルに、ロビンは意地悪く笑った。


「受付にいたとき、俺を避けたろ」

「!?」

 たしかに、ロビンの姿が見えた途端に、自分は逃げた。

「さっきもな。俺が、ミシェルみたいにキュートな子を、カンタンにあきらめると思ってンのか?」


 あきらめてくださって結構です。

 ミシェルは言いたかったが、尻で退って逃げるうちに、シートの限界まで来てしまった。


「……しょうがねえなあ。まだ、お嬢ちゃんなのか?」


 俺と一度は寝たのに? ロビンの口の端が弧を描いて笑う。


「いや!? 誤解ですけど!?」

「そういうところも、……俺はたまらなく好きだけどな」


 それにしてもいい声だ。

 ミシェルは思った。あっちでシナモンが悶えているのを他人事として眺めながら。クラウドの甘いテノールもいいけど、このアズラエルに近いバリトン系の声も。いつもヘンに明るい彼だから、今まであまり気にしなかったけど、今日は、……なんだか声も低めで、トーンもテンションも低め。

 ちょっとうっとりしかけたミシェルは、正気にもどって、あわててめのまえの頑丈な胸板を蹴飛ばした。


「お嬢ちゃんです! お嬢ちゃんですのでこれ以上口説かないでください!」

「ひどいな……蹴るなよ」

「ひいい!?」


 ロビンは、ミシェルの腰に手を回し、ひょいとすくい上げるように抱き寄せた。膝を立てたままの体勢で、ミシェルを横抱きにする。そうされると、ミシェルは後頭部からシートに激突しそうになる。ロビンに抱えられていなければ――。

 にやりと笑って、彼はミシェルの顔に、自分の顔を近づけた。


「男が真剣に口説いてるとき、茶化すのはお嬢ちゃんの証拠だ」


 相変わらず気障だが、このあいだみたいに笑えないのは、キリリとしたイケメン仕様のせいだからだろうか。

 あのムスタファのパーティーで、酔っぱらったミシェルに話しかけてきたときよりもっと――。


「女にしてやろうか……? 俺が――、」


 ミシェルではなくシナモンが後ろで悶絶しているのだが、ミシェルはそれどころではなかった。ロビンの真後ろにアズラエルがぬっと立ったのを見て、目だけでアズラエルに助けを求めた。


「おいロビン」

 仕方なく、アズラエルは同じ会社の先輩に忠告した。

「なんだ。アズラエル」

「命中するぞ」


 これも親愛なる先輩の、大切な命のためだ。アズラエルが示した先には、クラウドがロビンめがけて銃をかまえていた。




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