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キヴォトス  作者: ととこなつ
第三部 ~遠い記憶の宴篇~
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111話 遠い記憶の宴 Ⅳ 1


 やっと、楽しい時間がやってきた。

 ルナは、ずいぶんとおなかがすいていたことに気づいた。


「ほら、ルナ」


 グレンに串を手渡され、はぐはぐウサギ食いしていると、セルゲイが「はい、ジュース」と紙コップを寄越してくれる。


「おまえら、人のウサギにかまうんじゃねえよ」

 アズラエルが(すご)むと、

「てめえはそこで椅子になってろ」

「串で地面に縫い付けられたいのかい。足を」


 セルゲイは、さっきの大魔王状態が、完全に抜け切ったわけではなさそうだ。怖いセリフに、思わずルナはお肉を喉にひっかけそうになり、グレンとアズラエルも、らしくないセリフを吐くセルゲイを呆然と見た。セルゲイは、自分の冗談が極めてブラック過ぎたのに気づくわけでもなく、串にかぶり付き、「なに?」とのほほん顔でみんなを見る。


 ルナが、グレンに手渡された肉と野菜の串を瞬く間に平らげ、三本目に突入すると、

「ルナちゃん。カレー食べる余裕残ってる? カレーうまいよ?」

 と、カレー三皿目に突入しているアントニオに言われ、ルナはあわてて串を置いた。


「カレー食ってねえの、あと、だれだ?」

「バグムント、こっちくれ」


 アズラエルが、ルナの分も貰ってくれた。カレーの皿と同時に、めのまえに、見覚えのある、ロンググラスに入った真っ白な飲み物が置かれる。「ウサギ」だ。デレクお手製のカクテル。


「うふ。うふふふ。きれーい♪」

「不気味な笑い方すんな」


 アズラエルにすかさず突っ込まれ、ルナは頬を膨らます。

 デレクは、「ルナちゃん、飲みすぎないようにね」と笑いながら言って、ビニールシートに座ってカレーの皿をもらった。


「マジうまいよこのカレー。隠し味なに?」


 リサに聞かれ、ナタリアとレイチェルが、「チョコ……かな?」「ココアパウダー?」と自分たちでもよくわかっていない返事を返していた。


 ナタリアは、レイチェルやシナモンとも楽しそうに笑いあっていて、ルナもすごく嬉しくなった。

 ミシェルはいつのまにか串を五本平らげて、カレーも二杯おかわりしていた。


 いろいろあったけれど、やっぱりバーベキューパーティーをやって、良かった。


 盛り上がっているのは、ルナたちだけではない。

 さっきから、エレナとレオナが一緒にいるのが目についたが、そこにカザマとヴィアンカ、メリッサも加わって、なぜかレオナに詰め寄っている。


 エレナとレオナが一緒にいたのは、話の流れで、レオナも妊娠中だというのが発覚したからだった。


 彼女たちは互いの予定日だの、通っている病院だのの話をしていたのだが、やがてそこへ、カザマとメリッサ、ヴィアンカが加わった。


 聞き捨てならないセリフを聞いたからでもある。

 レオナが、ことあるごとに、「あたしはおろそうと思う」などというからだ。


 エレナだけではない、メリッサも、カザマも、ヴィアンカも、レオナの「おろしたい」発言には猛反発した。


「経済的事情があるわけでもなく、あなたは健康そのもので、旦那様も望んでらっしゃるお子さんなのでしょう?」


「うん……だけど」

 レオナは浮かない顔をした。

「……あたしは、四十で初産で……、」


「なにいってンのさ! あたしはまだ二十四だけど――もう二回もおろしちまってる。医者には、もう産めないかも知れないから覚悟しとけって言われてたんだ! でも、こうして孕んだから……、だから、あたしはだれの子かしらないけど、産みたいと思ってる!」


 エレナが力説すれば、メリッサも言った。


「わたしも難産でしたよ」

「え!? あんた子どもさんいるのかい!?」

「ええ」

 メリッサには、三歳の娘がひとりいる。

「わたしも、若いころ色々ありまして、妊娠は諦めたほうがよいと医者に言われました。でも、妊娠することができました。この宇宙船に乗って――」


「……あんたは、まだ二十代だろ? だから大丈夫なのさ。あたしはやっぱり、自信がないよ……」

「この宇宙船は、子どもを産む女性にとてもよい環境です。わたくしも船内で生みましたよ」


 カザマが勇気づけるように励まし、エレナが、


「あたしも不安だよ。わかるよ、気持ちは。今度一緒にママ会とか行ってみないかい? 気が変わるかもしれないよ?」


「あたしみたいな女がママ会なんて――似合わないよ」

 男が入ってきたって、びっくりされちまう、とレオナは沈んだため息を漏らす。どうも、妊娠してから気分が浮かないらしい。


「そういうかたは多いですよ」

 カザマは優しく言ったが、


「なにを言ってんのよ!!」

 ヴィアンカが、レオナの背中をバシッと一発叩いた。

「あたしなんか四十二よ!! あたしもいっぺん流産してるからね。ちゃんと産むのはこれがはじめて!」


「えええ!!???」


 ウィスキーのボトルを一気飲みしているヴィアンカに、女たちの絶叫が重なった。


「あ、あなた、ヴィアンカ!! 妊娠していたの!?」

 カザマが驚いて、ヴィアンカからボトルを取り上げた。

「妊婦がそんな威勢よく飲んで、どうするの!!」


「だいじょうぶよ、あたしは酔わないから!!」


 そう言ってボトルを取り返そうとするヴィアンカに、メリッサが血相を変えて、「バカをおっしゃい! あなたがよくてもおなかの子が……!」と叫んだ。

 ジュリが、「すごいねえ~。エレナよりすごいひとがいた~、」と、ヘンな感心をし、

 あたしも、妊娠分かってからも時々飲んでたけど、あんな飲み方はしなかったよと、エレナも呆れた。


 レオナは、女三人のボトルの奪い合いを呆気にとられて眺めていたが、やがて、腹を抱えて笑い出した。地面に手を打ち付けてヒーヒー笑い、


「――なんか、あんたら見てると、悩んでる自分がアホらしくなってくるわ」


 ヴィアンカは最終的にメリッサにボトルを取り上げられたが、レオナに向かって指を立ててみせる。


「もう……この方々は」

 カザマは呆れ顔でつぶやいた。

「ヴィアンカが酒乱だとは思いませんでした」


 メリッサは、エレナに向き直って、とくとくと説教した。


「あの女の真似をしてはいけませんよ。絶対に。特にアルコールは、妊娠中はぜったいにいけません」


 真似しようと思って、できるものではない。


 レオナとヴィアンカががっちり腕を組んでがははと笑っていると、ふたりは急に、周囲がしんとなり、自分たちを大きな影が覆っていることに気付いた。

 ふたりは酒がまわった頭で、ゆっくりと後ろを見ると、ラガーの店長が、神妙な顔でふたりを――いや、ヴィアンカを、覗き込んでいた。

 むさくるしい顔がドアップになり、ヴィアンカは思わず押しのけていた。


「おめえ……、」

 ラガーの店長は、急に泣きそうな声になった。

「おめえ――そりゃあ、だれの子だ」


 それを聞いて、ヴィアンカは顔色を変えた。


「てめーの子どもに決まってんだろ!! このボケナスっ!!!!!」


 平手打ちではない、メスライオンパンチがラガーの店長の横っ面にとんだ。だが、ヴィアンカは頑丈な壁にぶち当たった痛さに悶絶する羽目となった。なんという分厚い面の皮だ。

 ラガーの店長は、首だけは横を向いたものの、へこんでもいず、赤くもなっていない顔を、ゆっくりと正面にもどしながら――、


「お、俺? 俺の子?」


 呆然とつぶやき、「ほ、ほんとうか!」と吠えた。

 まさしく、野獣が吠えた。

 ヴィアンカのパンチは、蚊でも止まった程度か。


「あんたの子でなきゃだれの子だよっ!? バグムントか!? クラウドか!?」


 思いもかけず犯人に割り当てられたバグムントとクラウドは、

「お、俺じゃねええっ!!」

「俺じゃない!!」

 と真っ青になった。


 俺は無罪です。寝てもいないのに子どもはできません。と、ふたりとも顔が雄弁に物語っていた。


「ミシェル!? ちがうからね!! ほんとにちがうからね!!」

「ちょっと待て! いくら女のコすべてが天使に見える俺でも、おまえみたいな野獣に手を出す度胸は……、ガッ!!」


 バグムントの顎に、ヴィアンカの投げたビール缶がヒットした。


 クラウドだけは、ヴィアンカの変貌ぶりに、遠い目をした。彼はすでに一度、そのすごいありさまを経験している。

 妊娠のことも、すでに聞いて知っていた。


 ラガーの店長と……、というのには、クラウドも聞いたときは驚いたが、マリアンヌがラガーに、カサンドラとして通っていたときからのつきあいらしい。マリアンヌの動向を見守っていたのは、ロビンだけではなかったということだ。ヴィアンカに頼まれ、ラガーの店長もマリアンヌの身柄を守っていた、ということになるのか。


 そして、ヴィアンカとラガーの店長も、最初はそういう仕事からつきあいが始まったが、やがて男女の仲になった、というのがヴィアンカの説明だった。


 もう、そういう色っぽいことはあきらめてたっていうのにね、とヴィアンカは笑っていた。

 にしても、ラガーの店長は、あのヴィアンカの酒乱ぶりを見てもまるで動じなかったらしい。それどころか、彼が彼女にメロメロなのは、見てあきらかだ。


(……大物だよな。オルティスも)


 クラウドが、ヴィアンカと最初に飲んだときは、マリアンヌの話が主体だったので、ヴィアンカもクールな態度を崩さなかった。けれど、二度目に会って飲んだときは、ヴィアンカの本性が出た。


 伊達に、L4系で修羅場をくぐってきたわけではない彼女は、酒が入るとまさしく阿修羅になった。思い出すだけでも、恐ろしい。


 エーリヒ、彼女はあきらめろ。

 クラウドは、心の底からそう思ったものだが――。


「お、俺の子――俺の子……、」

 ラガーの店長は、ぶつぶつつぶやいていたが、


「きゃあっ!?」


 突然、ヴィアンカを抱き上げて、キスの雨を降らした。


「ヴィアンカ~~~~!!!!!」


 ヴィアンカだって小柄なほうではないのだが、二メートル級のラガーの店長に抱えられては、まるで人形のようだ。


「お、おめえっ! なんでだまってたんだー!!!!!」

 ラガーの店長が泣きべそをかく。

「俺が認めねえとか、別れるとか思ってたのかよっ! それとも、だまって産むつもりだったのか!?」

「い、いや、そんなんじゃ、」

「ヴィアンカー! 愛してるぞー!! 結婚だ結婚!!」


 むちゅう、と音がしそうなくらいの熱いキスも、コメディにしか見えないのはラガーの店長とヴィアンカのせいだからだろうか。ヴィアンカは、ラガーの店長の腕の中で、もがもがと暴れている。


「愛してるー、愛してるぞヴィアンカあああー!」


 周りの騒々しい喝さいの声も無視して、ラガーの店長はヴィアンカに頬ずりする。


「こ……これだから、軍事惑星の男だけは嫌だったのに……」


 ヴィアンカの、苦しそうな声も聞こえず、ラガーの店長はハートマーク付きの「愛してる」をえんえん繰り返し、周囲から「おめでとう」だの、「結婚式はいつだ」だの、歓声が浴びせられていた。


 仲間たちに、頭からビールをぶっかけられながら祝福されているラガーの店長を尻目に、逃げ出したヴィアンカは、メスライオンの集まりにもどって心安らかに飲み始め、ふたたびメリッサに酒を取り上げられた。



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