109話 遠い記憶の宴 Ⅱ 2
「ほら、お嬢ちゃんたち。おつかれさま。がんばってくれてありがとうよ。ぜんぜん食べてないんだろ? おなかすいたろうに。お食べよ」
エレナが焼けた串を差し出したが、みんな、アズラエルブチ切れの様子にすっかり怯えて、食欲も失せてしまっていた。
「だいじょうぶだよ。ま、アントニオたちに任せて、君らはここで食ってなよ。お疲れさん」
ロビンが彼らを励まし、ビールをクーラーボックスから取り出して、彼らに渡した。肉の串も、ビールも、役員たちは、ルナたちの分もちゃんと取っておいてくれたのだ。
「いただきまっす!!」
シナモンたちが手を付けないのを見て、ジルベールが、「飲んでなきゃやってられねえよ!」とばかりにビールを開けてぐいっとやった。
「いい飲みっぷりだね、兄さん!」
レオナが手を叩き、
「……そ、そうよね! おなかもすいたし、食いまくってやる!!」
とシナモンが串にかぶり付いた。
「ン~~! うまい!! う、うま……?」
噛み締めて、
「うんま!!!!! な、なにこのお肉……メッチャ美味い!?」
思わずでかい声が出た。
大振りの肉の破片と、見たことのない野菜が刺さっている串だ。
昨夜、自分たちがつくったものではない。シナモンが不思議そうな顔をしていると、イケメンが微笑んだ。
「うまいか? そいつはシシム牛って特別な肉だ。どんどん食え」
「あんた、シシムをバーベキューにつかうんじゃないわよ!?」
ヴィアンカが絶叫する。
「いいじゃないか。店が開けられないんで余ってるんだ」
話を聞くとどうも、かなりの高級牛肉らしい。
「二百グラムのステーキ、それなりのレストランで食えば五万デルはするやつ」
ヴィアンカがこっそり、耳打ちするように言ったので、みんなはもったいなくも噴き出すところだった。
「はっはっは」と笑うイケおじ。
「笑いごとじゃないよ!」と自分も平らげるヴィアンカ。
ジルベールは「なんだこれメッチャうまいメッチャやばい」と絶叫しながらチャーハンみたいなものをかきこんでいる。「このサラダまじヤバいメチャうま」とハンシックのサラダを頬張るリサ――それよりシナモンは、シュナイクルという男の精悍さとイケメンさに目がハートになっていた。
「お、おじさまの、お名前は……?」
「え?」
エドワードとレイチェルも、肉にかぶり付いた。いつもお嬢様然としたレイチェルも、今日はもうやけくそなのか、大口を開けて噛み付いていた。ロビンが差し出した串を、ミシェルも受け取って、夢中でかぶり付く。
「野性的なミシェルも素敵だな♪ 俺の子ネコちゃん」
ミシェルはロビンを蹴飛ばしながら肉を食い、ビールをごくごく飲んだ。
「シシムのお肉うんめえー!!!!」
実際、おなかが減って、喉も乾いて、倒れそうだったのだ。
「……というわけですので、今日のこれは私的なパーティーです。飛び入り参加は認めていないんですよ」
アントニオの笑顔の後ろに、ずーん、と巨大なラガーの店長と、コワモテの部類に入るバーガスとバグムント、どこにも行き場のない怒りがまだ沈静化していないアズラエルがしかめっ面で控えていれば、多少図々しい人間でも及び腰にならざるを得ない。
「あ、そうだったんですか。それならそうと、最初から言ってくれれば、」
「申し訳ありません。こちらも準備などでバタバタしていたものですから」
「……つうか、フツーはいくら店だって、勝手に入って置いてあるもの食わねえだろうよ」
バーガスがぼやくと、アントニオに思い切り足を踏まれ、「い……っ!!」と悲鳴を上げかけた。
アントニオは、満面の笑顔を崩さぬまま、家族連れを撤退させることに成功した。ちゃんと酒代込の会費を五人分もらって。
五人家族のうち三人は子どもだったが、親二人がけっこうな酒の量を過ごしていたので――クーラーボックスに用意していた缶ビールの大半を飲んでしまっていた――しっかり五人分取った。
「ごめんね、アントニオ……。あたし受付だったのに……」
ちゃんと見てないあたしが悪かったでした、とルナが落ち込んだ声で言うと、
「ルゥのせいじゃねえ「ルナちゃんのせいじゃないよ「ウサちゃん「嬢ちゃんのせいじゃねえ」
と、アズラエルとアントニオとラガーの店長とバグムントの声が被った。
「……だな」とバーガスは痛む足を押さえながら続けるのが、精いっぱいだった。
「ま、こんだけの人数で、だれがだれのともだちか分からなくなってれば、仕方ないさ」
今日はともだち同士のイベントですって張り紙は、しといたほうが良かったかもね、とアントニオは言い、
「やれやれ……あとは、あの連中だね」
若い連中は酔っぱらって気が大きくなっている。なかなか厄介な相手になっていることは違いなかった。
「まさかイマリちゃんたちだったとはねえ。気づかなかったよ。お得意様だけど、リズンのイベントじゃないからね。今日のところは帰ってもらおう」
「あの子たち、呼ばれざる客なのね。まったく、こっちの手土産、勝手に開けて持っていくもんだから、ここが船内じゃなかったら、叱り飛ばしてるとこだわよ」
役員なのって、こういうとき辛いわよね、とヴィアンカは憤慨したように言った。
「あたしが絞り上げてきたげようか?」
レオナが筋肉の盛り上がった頼もしい腕をさらすと、
「やめとけ。おまえが行ったら死人が出る」とバーガスにすかさず突っ込まれ、レオナの華麗な回し蹴りが夫の脇腹にヒットした。
「あ、あたしのせいだから――あたしが行ってきます」
ルナが、かなり低い位置から毅然と頭を上げて言った。
「あ、あ、あたしも――あたしも、行くわ」
あたしがいるから、ブレアが邪魔しに来たんだもの。あたしのせいだわ。
ナタリアは、ほぼ涙目だったが、今までにない険しい目をしていた。ブレアに対して、なんらかの覚悟を決めているのは明らかだった。
ルナとナタリアは手を取り合い、ごくりと喉を鳴らすと、
「ちゃ、ちゃんとおんびんにすませます!」
声高に叫んで、てとてと歩いていく。
「ぼくも行くよ!」
アルフレッドが追った。
「ちょ、ちょっとルナちゃん、待ちなよ……」
アントニオが止めたが、ルナは一度ふん! と気合を入れて、「だいじょうぶ!」と肩を怒らせて歩いていく。
「う~ん。気持ちはわかるが、頼りない背中だねえ」
レオナがつぶやいた。
「こっちが穏便にすませたくてもさ、あのガキどもは舐めてかかってくるよ」
たしかに、後姿を見るかぎり、小動物が三匹。しかもだいぶぷるぷるいっている。アルフレッドもどっちかいうと小柄。小動物と言ってもいい。これでは、舐めてくれと言わんばかりだ。
アズラエルが、のっそりとルナとナタリアの後をついていった。
ルシヤがなにもいわず、猛然とルナの後を追った。じいちゃんとジェイクは止めなかった。彼らは今回、見守ることにした。
カレンもルーイも、「まあルナなら大丈夫と思うけどね。でもアズラエルはキレそうだから、ストッパー必要だよね」と言いつつ、ルナの後を追うために腰を上げた。
「ルナを傷つけたら、あたしが許さないからね!」とエレナが腕をまくって立った。「あたしも!」とジュリが両腕を上げて立つ。
ヴィアンカが、「仕方ないわねえ……、」と言いながら立ち、リサとミシェルが「あたしらもよく見てなかったのが悪いんだしさ!」と言って、肉の串を頬張ったまま歩き出した。
レオナもだまって後を追った。なんだか指先がコキコキ鳴っているのだが、そこは気にしない。
さっきまで一緒にいたセルゲイがいないことに、カレンもルーイも気づかなかった。
アントニオも、いなくなっている。
「なにをしてるんです。あなたがたは」
チャンが、眼鏡を押し上げながら、立ち尽くしているバーガスたち強面連中に向かって言った。彼はすでに、バーガスたちよりも数歩前に進んでいた。
「小さな少女を矢面に立たせるのが、L18の男ですか?」
エドワードたちも立とうとしたが、「そんなに大勢で行かなくていいだろ。すぐすむさ」とロビンに言われ、椅子に座り直した。
役員たちが、リズンにカレーを取りに行き、マックスとユミコが、エドワードたちのために串を焼いてくれている。
「私たちは、ここでおとなしく待っていましょう」とマックスが言った。
それにしても、ぞろぞろとあの人数でこられたら、いい迫力だ。
いくら図々しいあいつらでもさっさと帰るだろう、とエドワードたちは思ったが、それが甘い考えだとわかるのは、すぐだった。
うん。こわくないこわくない。
ヤンキーなんて、こわくない。
ヤンキーに比べたら、アズは大魔王だもの。
アズラエルに対して大変しつれいなことを呟きながら、ルナは自分を励ましていた。
椿の宿での夢とか、エレナさんに襲われたときのほうが、よっぽど怖かったはずだ。
極めつけはこのあいだの真砂名神社の階段。アンディさんに誘拐されかけたとき。
自分は、けっこう「しゅらば」をくぐっているのだ。
だから、ヤンキー程度、なにほどのことか。
「ルナ……。ルナちゃん」
ナタリアが、俯いたままルナにつぶやいた。
「ごめんね……。あたしが来なかったら、こんなことにならなかったのに」
「だいじょうぶ。ちゃんと、言えばいいんだから。今日のはあなたたち招待してないって。バーベキューするなら、ちゃんとお金払ってって」
「あたしのせいだわ……。迷惑かけてごめんなさい……」
「なんですか! ともだちじゃないですか!」
ルナは、思わず口にしていた。アルフレッドが、「俺だっているのに。元気出せよな」とつぶやき、アズラエルを後ろでくっくと笑わせた。
アズラエルがついてきているとは思わなくて、ルナが思わず振り返ると、
「俺はなにもしねえから。おまえらだけでなんとかしろよ?」
と眉を上げて言った。
ルナもナタリアも、アルフレッドも振り返ってびっくりした。
アズラエルだけではない。
頼もしいとしか言えない味方が、みんな、ぞろぞろと、後ろをついてきているのだから。
――そうして。
「……あら」
「……あン?」
ちょうどそのとき、グレンとカザマがその長身を縮めて座っている受付前の道路に、この地区には場違いな、大きなリムジンが横付けされたことは。
受付にいる彼らしか、知る由はなかった。




