109話 遠い記憶の宴 Ⅱ 1
あの家族連れは、ルナが知らない人間たちだ。だれかの友人だと思っていたのだが。でも、受付を通した覚えもないし、招待状を渡しただれかと一緒なわけでもない。
まさか、そんなことになっているとは。
もしかして、あのカップルと十人組もそうなのか?
そもそも、このてんてこ舞いはあの不明なひとたちが原因なのに。
「るーちゃん! あのリズンってお店にミシェルがいるから呼んできて――」
ルナが言いかけると、ルシヤが目を座らせていた。
「……ミシェル以外に、いっぱいひとがいる?」
「いるね」
ルナは、なにもしなくていいことにならなくて、良かったと思った。
「グレン! るーちゃんとちょっとここいて! あたしミシェルたちに確認してくる」
ルナは大慌てでぴこぴことリズンへ走ったが、ルシヤが「おそい!!」と思わず叫び、グレンが「遅ェなあ。なんであいつこんなに走るの遅ェんだ……」と、しみじみつぶやいているのは聞こえなかった。
「あの……、」
グレンが声を掛けられて振り返ると、そこにはドレッドヘアの美女がいた。
褐色の肌の女は好きだ。身長が高いのも、俺と釣り合う。
女性に対しては愛想が良くなるのが軍事惑星の男、グレンも漏れなくそうだった。
「ルナさんはどこへ?」
「ああ、いまリズンのほうへ。俺が受付預かってますが、どうか?」
「受付を預かったのは、わたし」
ルシヤの主張に、ドレッドの美女は微笑んだ。
「ルシヤさん、わたくしたち、パーティーが始まった最初から来ているのですけれど」
「はい」
「このパーティーは招待客のみのパーティーで、主催はルナさんですし、リズンのイベントではないですよね?」
「俺もそう聞いてますが」
「わたしが聞いてる」
ついにルシヤはグレンに口をふさがれた。
「わたくしたちの後ろでバーベキューしている方たち、――十人ほどの若い方たちですけど、なにか勘違いされているのでは」
「――と、言いますと?」
「いきなり入ってきて、受付を通らずあそこに席を取ったのです。どうも、リズンのバーベキューパーティーだからいいというようなことを仰ってらして。一応知り合いがこの中にいるみたいなのですが、受付を通らず来たというのが気になって。盗み聞きのようで、申し訳ないですけれども。あの四人のカップルの方もそうらしいですよ。招待客の友人なら参加オーケーとのことでしたので、どなたかのご友人でしたら、わたくしたちがでしゃばるのも失礼ですし――ルナさんに確認しにきたのです」
「おいウサちゃん!」
今度はラガーの店長がやってくる。ラガーの店長は、受付にグレンが座っているのを見て、「グレンか?」といい、さらに膝にルシヤが乗っているのを見て「お嬢じゃねえか」といった。
そして、「ウサちゃんは?」と聞いた。
「いまリズンに行ってる。どうした」
「あそこの! あそこのカップル、招待客じゃねえぞ。こン中に知り合いいるわけでもねえ。これは私的なパーティーだっていったら、目ェ丸くしてたぞ」
「帰ったのか?」
グレンも思わず聞き返した。
「いや、食った分だけは払ってもらったぜ」
そういって、ラガーの店長は四人分の、酒を飲まない人用会費を、受付のテーブルに置いた。
「酒は飲む前だったし、だけど、肉は食っちまってたからな。焼いた分だけ紙袋に入れて手土産に持たせて、ビールひと缶ずつつけて、金はもらった」
「さすが店長」
「オレんとこにカクテル注文しに来て、『あんただれの知り合いだ』って聞いたら目ェ丸くしてよ。あの十人組の若ェ連中が、あのカップルに『大丈夫だ』って言ったらしいな。リズンのイベントだって、変な勘違いしてやがる、大丈夫だって言われたから座ったのにってぶつくさ言ってたぜ」
ぶつくさ言っても、ラガーの店長怖さに、それ以上言えずに帰ったのか。
「なあ、ちゃんと招待客みんなに、このパーティーがリズン主催じゃねえって伝わってんのか? あの十人組はこン中にしりあいがいるんだろ? これ以上お呼びでない人間をふやされちゃたまんねえから、オレがちゃんと訂正してきたんだが、あのガキどもすっかり酔っぱらいやがって、人の話を聞きゃしねえ。だれだ、あの十人組連れてきたヤツあ」
ルシヤがもがいているが、グレンにふさがれたままなのでなにも言えない。
「俺は知らん。だが、あの家族連れもたぶん同じパターンだ。ルナにそれを言ったら、あわてて確認しにリズンに行ったんだよ」
「まあ……。じゃあ、ぜんぜん関係ない人が混じっているのですか?」
「みたいだな」
「いくらダチ呼んだって言ってもよ、礼儀知らずは困るぜ。だまってみてりゃ、酒も勝手に持っていきやがるし、食い散らかし放題だ。リサちゃんをコキ使いやがってよ。これはみんなでやるパーティーだろ? リサちゃん使いっ走りにしてどうすんだ」
そうこういっているうちに、ルナが、ミシェルとナタリアを連れて、アントニオとともにやってきた。
「ごめんごめん。なんだか、困ったことになってるみたいだね」
俺がちゃんと確認しなかったから、とアントニオがエプロンで手を拭き拭き言った。
「招待制にしといてよかったね」
こっそりとミシェルがルナに耳打ちし、ルナはそうかも、と思った。招待制じゃなかったら、なしくずしに人が増えていたかもしれなかった。
アントニオのアドバイス通りにしておいて、本当によかった。
ルナも落ち込んで、少しウサギ目になっていた。ちゃんと確認しなかった自分が悪かったのだ。
「ナターシャちゃん、ミシェルちゃん、あの家族連れと十人組、見覚えある?」
「あたし受付にいたときは、あのひとたちいなかった」
「あたしも」
二人とも首を振る。常に受付には、ルナかミシェルかナタリアかがいた。ということは、あそこのグループは、受付を通らずに、勝手に始めたということ。
アントニオは、ラガーの店長とカザマと、グレンから話を聞くと、ラガーの店長が受け取った会費をまとめて会費の袋に入れた。ルシヤはようやく解放された。
「ありがとうオルティス。助かったよ。じゃあ、彼らは役員さんの知り合いでもないんだな。俺、ちょっとお話して引き取ってもらうわ」
「おう。だれの知り合いか知らねえが、ちょっと遠慮がなさすぎらあ。オレが言うとカドが立つからよ。頼むぜ」
「わたくしも行きましょうか?」
「だいじょうぶ。ミーちゃん、バーベキュー楽しんでてよ」
「ではわたくしは、ルナさんがもどってくるまで受け付けをお預かりしています」
「えっ」
人見知りのルシヤだけが固まる。
「それはありがたいな。頼むよ。じゃ、ルナちゃん、行こう」
「うん」
「ま、待って……!」
一番ウサギ目になり、青ざめていたのはナタリアだった。ナタリアは受付係とはいえ、ほとんどリズンの調理場にいたから気づかなかったのだ。
あの十人組の中に、妹を見つけて、ショックのあまり卒倒しそうになっていた。
「あ、あの十人、イマリさんたちだわ……。ブレアもいる」
「ええっ!? あそこの十人、ナタリアってコが呼んだんじゃないの!?」
受付にきたリサが、グレンに言われてそれこそ目を丸くした。
「なんだ。おまえも知ってるやつらなのか」
リサは、昨夜の肉の串づくりには参加していないから、ナタリアのことは知らないのだ。
「ん。どっちかいうと、関わりたくないやつら。でも、ナタリアってコの妹? だっていうブレアってコもいたし、だれに呼ばれたのって嫌味たっぷりに聞いてやったら、ナタリアだっていうから。ミシェルに聞いたら、ナタリアってコはいるっていうし、そんな姉妹の裏事情知らないわよう。でも、受付け通らないで勝手にやってるって、あいつららしいわ」
「あいつららしいよね」
ミシェルも肩をすくめた。
「マタドール・カフェのときだって、勝手に乱入してきたし」
「俺はてっきり、おまえらのともだちかと思ってたぞ」
「ともだちじゃないよ。てか、きのうつくったお肉、ほとんどあいつらに食われたわけ!? むかつく……」
「なんか、役員さんたちが持ってきてくれたビールも、勝手に持ってったみたい。サイアク」
「ナタリアって子は、アイツらのこと招待したわけじゃないのね? じゃ、追い出していいんだ」
リサが腕をまくってそちらへ行こうとしたが、グレンが止めた。
「役員に任せておけ」
チャンが目くじらを立てはじめたら、恐ろしいことになりそうだ、とグレンは役員の集団のほうを見やった。すでにチャンが臨戦態勢に入っている気がしてならない。
あの男の口が開き始めたら、徹底的にやられる。
「そうですね。最初に、『あの人たち受付通ってない』と言い出したのはチャンさんですから」とカザマが笑った。
炭を買いに行ったエドワードたちが、ちょうど、帰ってきた。
車から炭や食材を下ろしていると、シナモンが素っ頓狂な声を上げた。
「あいつら、イマリたちじゃない! なんでいるわけ!?」
おかしな盛り上がりを見せている十人のグループ。すっかりできあがって楽しそうにやっている。
シナモンたちは、ひとがずいぶん増えたな、と思っただけで、実際だれがバーベキューをやっているのか、逐一見ていたわけではない。だがまさか、賑やかそうな若者たちのグループが、イマリたちのグループだとは思ってもみない。
ブレアまでいるのだとも。
ジルベール、エドワードも、思わず「どうして?」と当然の疑問を口にした。
レイチェルが、「ナタリアが連れてこざるを得なかったのかも」と言い、「いいわ。あたしたちは知らないふりしていれば済むことだから」と食材の入った袋を下ろす。
「参加費は、意地でももらうわよ」
レイチェルは、イマリが大嫌いだった。
サイファーのことといい、イマリがこの地区にいたときにしでかしたことを思えば、好意なんて死んでも持てないだろう。
「ナタリアは、あたしたちが一緒にいればだいじょうぶよ」
「でもでもさ、ナタリアはルナんち泊まったんでしょ? なんでブレアを呼ぶわけ」
「ナタリアは知らなかったかも。あいつらが勝手に乱入してきただけで。だって、バーベキューパーティーやることは、ブレアも知ってるんだろ?」
ジルベールとシナモンが言いあっていると、最後に網を抱えて車を降りたアルフレッドが、ブレアたちを見つけて、顔を真っ赤にした。もちろん、怒りのためだ。
「なんでいるんだ? あいつら! ぼくもナタリアも、呼んだ覚えなんかないぞ!!」
「アルは呼んでないって」
「ナタリアもだよ!! 呼ぶわけないだろ! ナタリアがブレアに言ったら、行くなってうるさかったんだから! 絶対パーティーのジャマしに来たに決まってるんだ!!」
おとなしい彼にしては、ものすごい怒りようだった。
追い出してくる! と、今にも彼らのところに乗り込んでいきそうなアルフレッドの頭を、がし! とアズラエルがつかんだ。
よりによって、頭をつかまなくてもいいのに……とクラウドとアズラエル以外の皆が思ったが、口には出さなかった。身長差的に、頭がつかみやすかったらしい。
バーベキューコンロを買いに行ったアズラエルとクラウドも、ちょうど到着したところだった。
彼もまた、ようやく、彼がコンロを買いに行く羽目になった原因――の連中の顔を見た。さっきまでいた四人のカップル組はいない。
イマリのはしゃいだ奇声がここまで聞こえてきて、クラウドも顔をしかめた。クラウドも、マタドール・カフェで無遠慮に乱入してきた小娘たちを忘れたわけではない。
アズラエルもクラウドも、あの礼儀知らずの連中が、役員やこの中のだれかの招待客だと思って我慢していたのだ。せっかくの楽しいパーティーに、水を差さないようにと。
アルフレッドの言うとおり、アルフレッドもナタリアも彼らを招待していないのなら、彼らは邪魔をしに来たか、パーティーをぶち壊そうとしに来たか、その可能性が高いだろう。
そうでなかったとしても、こちら側はたいそう迷惑をこうむっている。あいさつもせずいきなり乱入し、金も払わず、昨夜ルナたちが用意した串を食い散らかし、勝手にコンロを占領し、客が差し入れた酒や、ラガーの酒を好き放題呷っている。
アズラエルのこめかみがブチッと切れるのを、クラウドは冷静にたしかめた。
そもそも、あの連中は調子に乗り過ぎた。ここが暴力沙汰厳禁の宇宙船の中だから、アズラエルはなにもしない、言われるまま我慢している。これですんでいるのだということを分かっていない。
傭兵をここまでコケにして、のうのうとしていられるはずがないのだ。
スーパーでエプロンをつけて、買い物をしているアズラエルを見て舐めてかかっているのなら、それは愚の骨頂だ。傭兵の恐ろしさを知らないというのは、おめでたいことだった。
ルナがやりたいと言ったパーティーだから。
暴力沙汰を起こして宇宙船を降ろされるというより、楽しいパーティーを台無しにされて、あのつぶらなおめめが涙に潤むのを見たくないから。
だから、我慢していたが。
「……まあ待て、落ち着け」
アルフレッドの頭を掴んだまま、その場にいる全員が底冷えする声でアズラエルは言った。レイチェルもシナモンも、腰を抜かしかけた。
「俺が行く」
クラウドはアズラエルを止めなかったが。
そのかわり、アントニオが止めた。
「ちょっと待ってアズラエル。……その怒り、あとで俺が食らうから、今はちょっと我慢してくれない?」
アズラエルは目で射殺しそうなくらいアントニオを睨んだが、目線の下に、愛する子ウサギちゃんが目をうるうるさせてこっちを見つめているのに気付き、急速に怒りがしぼんだ。




