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キヴォトス  作者: ととこなつ
第三部 ~遠い記憶の宴篇~
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108話 遠い記憶の宴 Ⅰ 2


(今度はもっと、計画的にいかなきゃ……)


 なんだか、みんなでバーベキューを楽しむはずが、完全にお客と世話する側に分かれてしまっている。


 しかも、肝心のみんなはリズンの従業員みたいになってしまい、ルナのまったく知らない人がテーブルを占領して、バーベキューを楽しんでいる、という、おかしな状況になっていた。


 いつのまにか、もう午後十二時半。


 ルナは名簿をたしかめることにした。招待状を送ったひとの、名前を書いておいた紙を見る。お客さんが持っていた招待状と一致させ、名簿にサインをもらうのが受付の役割だ。


(まだだれが来てないかな)


 リサの彼氏のミシェルは、サインはあるけど、いない。さっきいたのを見たけれど、いなくなっている。


(どこいったのかな。買いだし?)


 ラガーの店長は、カクテル作りで大忙しだ。


(キラとロイドは、……まだ来てくれないなあ)


 やっぱり、なにかあったのだろうかと、ルナはこちらも不安になる。


 ロビンとバーガスと、レオナという、アズラエルの仕事仲間はきてくれた。

 バーガスとレオナの反応は、ラガーの店長とおんなじだった。


 ふたりともルナを見て目を見張り、「ちゃんとおまんま食ってんのかい!?」とレオナが言い、「……っはあ~。子ウサギちゃんって、マジだったんだな……アズラエルのヤツ、どうかしちまったんじゃねえか」とバーガスにマジマジと眺められてしまった。

 予想はしていたことだけれども。


 ロビンの姿が遠目で見えた瞬間に、ミシェルは受付からとんずらした。

 案の定、ロビンは、「俺の子ネコちゃんはどこ? ウサちゃん」と聞いてくるのを忘れなかった。


 それから、カザマも娘のミンファと来てくれた。


「ルナさん、今度お話したいことがあります。アンディさんという方の件で」


 そういったカザマに、ルナのウサ耳がビコーン!! と跳ねあがった。しかし今日は、その話をする気はないらしい。カザマはウィンクをして、「またのちほど」と会場のほうへ行った。ミンファも「あとで」と手を振った。


 あとには呆然とするウサギが一羽。


 カザマはおっかない顔はしていなかったので、怒られるわけではなさそうだが――。

 ルナは、静かに立てたウサ耳を垂らした。


 真砂名神社界隈のひとたちは、観光バスの予定と重なってしまったらしく、今回はいけないと、ナキジンがとても残念そうにメールをくれた。

 サルーディーバとアンジェリカも来ない。彼らは仕方がないかもしれない。


(それにしても)

 あのひとたちは、だれだろう。


 ここからは遠くてよく見えないけれど、リサやミシェルの知り合いなのか、あのふたりが来たころからあそこにいた、知らない人が十人くらいバーベキューをやっている。バーベキューコンロとテーブルを二つも占領して。


 ルナは目いっぱい背伸びをして目をすがめたが、やっぱりよく分からない。


 役員さんたちが差し入れに持ってきてくれたビール缶の箱を、勝手に自分たちの席に持って行って開けている。ひとこと役員さんたちに断って持っていけばいいのに。


(役員さんたちには見えないし、やっぱり、リサのともだち? 見覚えがあるような、ないような?)


 やっぱり、ここからでは遠くてよく見えない。

 さらにあの隣でお肉を焼いている五人はだれ? 家族みたいだけれども。

 あと、四人のカップル組。


 ヴィアンカと、バグムントとチャン。その知り合いの役員八人だけが、ルナがチェックした人数だ。


 この八人は、事前に来るとわかっていたので、きちんと招待状も出した。

 予定の人数分プラス十人分は、よけいに肉の串も用意した。


 カレーもつくったし、サラダや盛り合わせもつくってある。皆がそれぞれ持ち寄ってくれた総菜や酒もあることだし、アントニオも、足りなくなることはないだろうと言っていたのに。


 あの十人組その他は、あきらかに予定外だ。


「こういうこともあるわよ。仕方ないわ」

 とレイチェルはじめ、みんなが言っていたが、

「今度は招待客オンリーで、友人は事前連絡がないかぎりはひとりだけ、とか決めようね」

 アントニオも言った。


 あの十人組や家族は、ミシェルかナタリアがチェックしたのかな。だれの知り合い?


 名簿には、招待状を送った人の名しか書いていないから、ここにいてはたしかめるすべもない。


(まいったなあ……)


 招待客であっても、アズラエルやクラウドの知り合いだったり、役員だったり、ルナが知らない人も多い。全員がだれの知り合いかなど、すべては把握できない。


 ルナがぴょこぴょこ食材を運んでいたとき、受付にはミシェルとナタリアがいたから、ルナが知らなくても、彼女たちが知っているかもしれない。


 確認しにリズンへ行きたいが、ここを離れられない。

 携帯電話を取りだしたが、みんな忙しくしているはずなので、気づいてくれるだろうか。


 せっかく、みんなで車座になって楽しもうとして、バーベキューコンロやテーブルを配置したのに、あの十人組や家族の人たちは、勝手にコンロやテーブルを中央から離してしまって、彼らだけで楽しんでいる。


 役員たちのグループとバーガスたちは、隣同士にいるのに。だれの知り合いか知らないけれど、あれでは、リサたちがもどってきたときも、みんなバラバラになってしまう。


 みんな一緒にやるから、バーベキューコンロもテーブルも足りていたのに。勝手に離して個々で使うから、足りなくなってしまったのだ。


 さっき、買いに行くことになったアズラエルが、「あいつらだれの知り合いだ」って、キレかけていたけれど。


(クラウドがなだめてくれなかったら、確実に暴力沙汰になっていたかも……)


 クラウドがいてくれて、よかった。


(にしても、グレンたちまだ来ないなあ)

 ルシヤたちも――。


 そう思っていたら、見知らぬトラックが、リズンの駐車場に止まった。


「あっ来た!」


 シャインでなく、トラックできたのか。どうりで遅かったはずだ。シュナイクルたちが車から降りるのが、ここからでも見える。

 新しいトラックになっている。どうやら、あれからすぐ購入したらしい。今日は試乗もかねてトラックできたのだろうか。


 なぜか知らないが、シュナイクルはバンビを。ジェイクはルシヤを肩に担ぎ上げて連行してくる。そして、片側には、おなじみのクーラーボックスを下げていた。


「ごめん! 遅れて」

「もうすこし早く来るつもりだったんだ。この人見知りたちとひと悶着あってな」


 ジェイクがルナに手を挙げ、シュナイクルが苦笑気味の顔でいった。


「バーベキューは、ルナたちとだけ、やると思ってた」

 降ろしてもらったルシヤは、半べそをかきながら招待状を出した。

「こんなに、いっぱい、ひとがいるなんて、聞いてない」


「…………ひとがたくさんいる。すでに帰りたい」

 バンビも、情けない顔でシュナイクルに降ろされてから、膝を抱えた。


「だいじょうぶだよ。クラウドもいるし……今コンロ買いに行ってるけど、すぐ帰ってくるよ。るーちゃんはあたしといよう」

「クラウドじゃなくグレンは?」

「まだ来ないの」


 バンビはうなだれた。顔が真っ青だ。おそらく車酔いだろう。

 シュナイクルが言った。


「コンロが足りないのか? なら、うちのを持ってくればよかったな」

「ほんとだ。お願いすればよかったかも!」


 ルナは今気づいた顔でウサ耳を跳ね上げた。バンビが「カオス……」と車酔いの顔でつぶやいた。


「でも、ちゃんとまにあうはずだったんだよ?」

「そういってたよな。……っと、ルナちゃん、会費これでいいか? 大人三人で一万五千デル、ルシヤさんの分が三千デル」

「あっうん! ありがとう。お預かりします」

「それでこっちが、食い物だ。持ち寄りでっていうから、いろいろつくってきたんだが……」


 クーラーボックスの中身は、おなじみジャーヤ・ライスやハンシックのサラダだの、タッパーにつまったたくさんの惣菜があった。


「うわあ! ありがとう! おいしそう!!」

「肉の串も用意してきた」

「たすかるよ! なんでか知らないけどずいぶん足りなくなっちゃって……」


 ルナは歓声を上げたあと、目を平たくしていった。


「これはね、あっちの……あの役員さんたちがいるテーブルに持ってってください。あの、三ヶ所の人たちはね、あそこと、あそこと、あそこ。礼儀知らずだしなんか怪しいから、絶対あそこは近づかないで」


「礼儀知らず?」

「どういうことだ?」


 ルナが事情を説明すると、ルシヤが目を剥いた。


「わたし、が、注意! してやる!!」

「おまえはここで、ルナとおとなしくしてろ」


 シュナイクルに襟首をひっつかまれた。


「なるほど――わかった。どうやら知り合いも何人かいそうだし、俺たちはそっちに行こう。なにか手伝うことは?」

「だいじょうぶ。アズたちももうすこしで帰ってくるから」


 ルナは首を傾げた。


「知り合いって、だれ?」

「あの辺。オルティスとか――あそこにいるヴィアンカって役員は、たまにハンシックに来るぞ」


 ジェイクの言葉に、ルナのウサ耳がふたたび跳ね上がる。


「そうなの!?」

「ああ。みんな、原住民のつくったモンなんか食うかなァとは思っていたが。ヴィアンカがいるなら需要はありそうだな。じゃあ、あとで」


 シュナイクルがクーラーボックスを担ぎ直した。


「うん! あとでね」

「あたしもルナと一緒にいようかな~」


 バンビはそういったが、シュナイクルとジェイクに引きずられていった。


「バンビは、車酔いした」

「うん。なんとなくわかる」

「ルナ! ルナ! このカード、ものすごく可愛い!!」


 ルナと二人だけになると、急にルシヤは元気を取りもどした。自分に来た招待状を眺めながら、ルシヤはご機嫌に言った。


「わたし、生まれて初めて、招待状というものを、もらった!」

「あっ! みんなから招待状をもらうの忘れてた」


 ルナは気づいてウサ耳を跳ね上げた。


「あれは、持ってこなきゃダメなもの? じいちゃんは、店先に飾っているよ? キラキラしてるから」


 ルシヤは、わたしが代わりに書く、といって、名簿に四人の名を書き始めた。


「みんなの名前は、きょうつうごで、書けるんだ」

「そっか。すごいね、るーちゃん」

「ルシヤとルシヤの父さんがいるあいだに、このバーベキューができたらよかったのに」

「ホントそうだね」


 ふたりでなんだかしみじみ、アンディ親子のことを思い出していると。


「あの」


 ルナに声をかけてきたのは、見知らぬ女性だ。ルナたちと同じくらいの年齢の。


「今日、リズンが休みって書いてたけど、ここでバーベキューできるんですか? あれ、借りられるの? いくらくらいですか」


 ルナはあわてた。

 

「え? い、いいえ、今日のは、個人的なバーベキューパーティーで、リズンのではないんです……」

「あ、そうなんだ」

「でもここ、公園ですよね。バーベキューしていいんですか?」

「ちゃんと許可もらって、やってるんです」

「リズンのテーブルとかあるよー?」

「それは、リズンの店長さんがおともだちなので……。リズンの店長さんも一緒に参加してるんです」


 ひとりが、受付テーブルの名簿とハート形の招待状を見て、

「あ、ほんとだ。招待状とかないと入れないんだ」

「そうなんだー。残念ー」

 なんかリズンのじゃないらしいよー、借りられないんだってー、と言い合い、女の子たちは去っていく。


 やっぱり、リズンの近くでやっていることもあって、みんな勘違いするのだろうか。

 ずいぶんな人数だし。


「どうしよ。張り紙でもしてたほうがいいかな」

「張り紙?」

 ルシヤが声をひろった。

「うん。今日はリズンのイベントではないですって張り紙」


 立ち入り禁止、とか。それとも、こうやって勘違いしてくるひとにちゃんと説明できるひとに、ここにいてもらうとか――。


 少なくとも、ミシェルや、リサのほうが、こういうときちゃんと説明できるのではないだろうか。さっきの自分の、しどろもどろな説明を思いだし、ルナは消え入りたくなった。


 リサではなく、自分が運び屋になればよかったのだが、リサ曰く「ルナは足遅いからダメ」だそうだ。それももっともだ。

 自分は足が遅い。呆れを通り越して、感心されるくらい、遅い。


(バーベキューパーティーなんか、計画したはいいけど)


 あたし、一番の役立たずだわ。

 ルナは、ウサ耳が完全にヘタレた。おまけに口がバッテン。


 具体的な計画を立てたのは、アズラエルとアントニオだし、アントニオがいなければ許可も取れなかったし、調理場が近くにないし、バーベキュー用具もないしでもっと大変だったろう。


 アズラエルがいなければ、バーベキューコンロの使い方や火の起こし方も知らない。お金だって、ルナももちろん出したけれど、会費が入る前までは、ほとんどアズラエルが立て替えてくれているのだ。


 レイチェルやナタリアのほうが、ルナより料理がうまい。ちゃんと分量を量って、同じ味を必ずつくれるから。だから、調理場にルナの入る隙間はない。ミシェルはものすごくセンスがいいから、サラダなどもきれいに盛り付けてくれる。基本的になにを作らせても芸術的才能を発揮するミシェルはすごい。


 簡単に、バーベキューパーティーがやりたい、といった自分。

 それを実行してくれたのはみんなで、ルナはほとんどなにもしていない。

 自分はリサたちに電話をかけ、カードを書いただけだ。

 なんだか主催になっているが、自分はただのおまけなのに。


「あたし、なんにもできないんだなあ……」


 ここまで、役に立たないとは思わなかった。

 ルナが落ち込んでいると、ルシヤが鼻息も荒く胸を張った。


「ルナは、なにもできなくて、だいじょうぶ!」


「それはどうかと思いますけども?」

 思わずルナは言った。


「そうじゃない。ルナはハンの樹だから、そこにいるだけでいい――って、じいちゃんがいった」

「ハンの樹?」

「うん。ルナは巨木だから、そこにいるだけで、いいの」

 

 木とかなんとか、たしか以前も似たようなことをいっていただれかがいた気が……。

 ルナは桜を見上げて、思い出した。

 そうだ。大きなウサギの木だ。

 いつだったか、この桜の木に、ウサ耳みたいに雪が積もっていたのだ。


「なぜ、ハンの樹の周囲だけが、戦争がなかったか、知っているか?」

「え?」


 いきなり言われてルナは戸惑ったが、ぼんやりと、ハン=シィク地区の地図を頭に思い浮かべた。


 そう、ルナは地図を買ったのだった。L46の地図を。


 思い返せば、奇妙な地域だったのを覚えている。ハンの樹を中心にして、北と東北地方がルチヤンベル・レジスタンスの居住区。東南と南がDLの地域。西がケトゥイン帝国だ。


 ハンの樹がある中央の広い部分は、「緩衝地帯(かんしょうちたい)」とだけ書かれていて、どこの支配地域でもなかったことが、とても奇妙に感じた。


 とにかく、あのあたりの戦争の理由は、土地の奪い合いが目的である。ならどうして、ハンの樹がある中央地帯が、手付かずで残されていたのか。


「ハンの樹の大地で、戦争をしたから、DLは滅びたんだと、じいちゃんがいってた」


 ルシヤは腕を組み、気難しい顔でいった。


 このひとつきで、L46のDLはどんどん劣勢となり、あとは東南に、わずかな支配区域を残すのみだとか。ルチヤンベル・レジスタンスも消滅し、DLも弱体化。北半球はケトゥインの独裁状態。


 もともとケトゥインは、降伏すれば攻め滅ぼさないというスタンスで、自ら他国にいくさを仕掛ける国ではない。平和主義の国なのだ。あの星ではもっとも外交的で民主的。その国が残ったのだから、北半球には現在、おだやかな平和が訪れていることになる。


 ハンの樹は、結局植え替えられたし、ケトウィンの桜はますます咲き誇っている。

 それは月の女神のたまもの、とシュナイクルは言ったらしい。


「ルナは、ハンの樹みたいなもの。そこにいるだけで、平和をもたらす。いさかいが起きない。だから、ルナは、いるだけでいいの」


「ん? んんんんん~?」


 ルナは首を傾げまくったが、なぜかルシヤが自信満々に言うので、ルナはまぁそれでいいかと思った。励ましてもらったようだし。ルシヤはご機嫌に笑っている。


「そもそも、ルナがやりたいといわなかったら、バーベキューはやってない」

「うん?」


 それは、そのとおりかも、しれない?


 ちょっと元気がでたウサ耳がゆらゆら揺れていると、新たな来客があった。



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