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キヴォトス  作者: ととこなつ
第一部 ~再会篇~
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13話  リハビリ夢の中 Ⅱ ~盗賊ルシヤ~


 ずいぶんむかしのお話です。

 ひとりの盗賊が、世間をにぎわせたことがありました。

 彼女の名は「ルシヤ」。

 鳥の羽のような長い長い耳をなびかせた、一羽のピンクのウサギです。


 彼女は鳥のようにすばやく、ウサギのように逃げ足のはやい盗賊でした。それだけではありません。彼女はサバットの達人――時速百キロで走る、パルキオンミミナガウサギのような脚力の持ち主です。


 彼女の正体は謎です。生きてから死ぬまでの経緯はすべて謎。


 彼女はいつのまにか世間をにぎわせ、ウサギが一瞬でめのまえを過ぎ去っていくように、あっという間に消えました。


 ルシヤはもと警察官だったというウワサがあります。あるいは傭兵(ようへい)だとか、武の民族であるアノール族だとか、さまざまな噂だけはありました。

 もともとは警察星のスパイで、とあるマフィアに潜入捜査していましたが、正体がバレて、マフィアから命からがら逃げだし、警察にもいられなくなり、ついには盗賊になったのだと。


 それは半分正解で、半分が外れでした。


 ルシヤはたしかにもと警察官でした。とあるマフィアにスパイとして潜入していて、マフィアのボスに正体がバレたというまでは正解です。けれども、彼女はマフィアから逃げてはいません。マフィアのボスであるパンダさんが、彼女をとても気に入ったからです。


 ルシヤは美しい女性でした。マフィアのボスであるパンダは、スパイであったルシヤを許し、さらには、娘の病気を治す費用を出してやるから、愛人になれとルシヤに迫りました。


 ルシヤには、ふたりの娘がいました。上の娘は、とても賢いベージュ色のウサギさん、下の子は、難病を抱えている、ちいさく弱いウサギさんでした。

 手術には、莫大(ばくだい)な費用がかかります。ルシヤは、下の子の難病を治すために、スパイという危険な任務を買って出たのです。たいそうな危険手当がつきますから――。


 けれども、スパイということがばれてしまい、このまま殺されるか、彼の愛人になるかしか、道はありません。ルシヤは娘と自分の命のために、条件を飲みました。

 けれども、マフィアの一員にはなりません。ルシヤは、マフィアには属せず、自由に動き、パンダの役に立つことをすると言いました。


 盗賊、ルシヤの誕生です。


 盗賊でありながら、彼女が世間の人気者となったのは、だれも殺さなかったからでした。


 悪いうわさのある大金持ちから金品や技術、情報を奪う――もっとも、悪い大金持ちや事業家というのは、パンダの事業の敵がほとんどでしたが――奪いはするが、その手並みがじつにあざやかなのです。鳥が窓辺(まどべ)に止まるようにふいに現れ、ウサギのようにすばやく逃げていく。


 しかも、貧乏人からは奪いません。後ろ暗い商売をしている金持ちから金品を奪うのです。それは、一般大衆に小気味よい思いをさせました。


 武器は持たず、得意のサバットで敵を蹴散らし、だれよりも賢くつよい、盗賊ルシヤ――彼女は盗賊でありながら、人気者になってしまいました。


 ルシヤをスパイとして送り込んだ警察もびっくりです。彼らにも、ルシヤの意図はまったく分かりません。彼女は元警察ですから、警察の行動パターンも読めます。警察は、なかなか彼女をつかまえられませんでした。


 ルシヤは微妙な立場にいました。パンダの愛人ではありましたが、彼女はマフィアの一員ではありません。ルシヤは娘のために、しかたなくパンダに従ったものの、本意ではありませんでした。ですから、どうやってパンダから逃げるかも、算段(さんだん)していました。


 もう、警察星にももどれない。

 どこか遠くへ逃げて、娘たちと三人、(おだ)やかに暮らそう。


 けれども、ルシヤは、マフィアのボスから監視されていました。お目付け役がいたのです。それは大きな褐色のライオンさんでした。

 彼はパンダに忠実で、ルシヤの誘惑にも懇願(こんがん)にもいっさい動じない、鉄の箱のような男でした。


 彼はもし、ルシヤが逃げ出そうとするなら殺せと、パンダに命じられていました。

 さらに、パンダの商売敵が、ルシヤを捕らえようと、たくさんの刺客(しかく)を放ちます。


 やがて、その魔の手は、ルシヤの娘たちにまでおよびました。

 それだけではありません。パンダの愛人の一人である孔雀は、パンダが特別気に入っているルシヤが大嫌いでした。あの残酷で恐ろしいパンダが、彼女には甘いのです。


 孔雀はひそかに、ルシヤを消そうとします。孔雀は、かつてルシヤの夫であった傭兵――ピューマを探し当てます。ピューマは優秀なスナイパーでした。ルシヤのもと夫で、二羽のウサギたちの父親です。ピューマは、娘たちを殺されたくなければ、ルシヤを殺せと(おど)されます。


 ピューマは、したがわざるを得ませんでした。


 パンダの商売敵たち、もと夫のピューマ、警察――あらゆるところから狙われ始めたルシヤは、追いつめられてしまいました。


 ついに彼女は、むかしの警官仲間に接触します。元上司の、銀色のおおきなトラさんです。信頼できる人間は、彼しかいなかったのです。彼にふたりの娘を託し、ルシヤは姿を消します。


 銀色のトラさんは、いきなり消えたルシヤが心配でなりませんでした。どうして盗賊になったのか、まだ理由も聞いていません。

 それに、かつての仲間だからというだけではなく、ルシヤを愛していたからです。彼は、ルシヤがスパイになるというのを止めたこともありました。彼は、ルシヤの娘たちの父親になってもいいと思っていました。


 ルシヤが姿を消して、一ヶ月。

 L4系のスラム街のビルのすきまで、死体が発見されたと通報がありました。


 警官として出向いた彼が見つけたのは、愛する女性のなきがらでした。

 彼女が「盗賊ルシヤ」だとは、どの警官仲間も分かりませんでした。盗賊ルシヤの黒装束ではなく、古びたジャケットとジーンズの女性が、壁にもたれかかって死んでいました。雨に打たれてつめたくなっています。一日は経っているはずなのに、まだ唇は赤く、生きているようでした。


 トラさんはそっと、彼女の頬の泥を拭いてやりました。そうして、抱きしめて泣きました。


 ライオンさんは、ボスのパンダさんに、ルシヤを殺したことを告げました。パンダは目を丸くして、「そうか」と言ったきり、黙りこみました。


「なぜ、泣いているんだ」


 パンダはライオンに聞きました。この鉄の箱のような男が泣いているのを見るのははじめてなので、パンダさんはびっくりしたのです。


 ルシヤは撃たれ、もう一歩も歩けなくなっていました。ピューマの迷いが、急所を外していたのです。けれども、ルシヤは苦しんでいました。雨の中、スラムの泥にまみれて、這いつくばっています。ライオンさんは、とどめを刺しました。


 ずっと、見ていたのです。

 ライオンさんは、彼女を守っていたのです。

 ずっとずっと、パンダさんより近く、娘たちよりそばで、トラさんより長いあいだ。

 ライオンさんは、ルシヤを助けられませんでした。


 パンダはライオンに、「ご苦労」と言いました。たった二年間、ほとんどそばにいなかった愛人のことを、パンダは一生忘れないでしょう。


 銀色のトラは、ふたりの娘の父親にはなりませんでした。彼は親分肌のグリズリーに娘を託しました。彼は裏社会のことにもくわしいですし、頼りがいのある人物でした。きっと二羽のウサギを守ってくれるでしょう。


 やがて、彼女たちの父親であるピューマが姿を現しました。彼はルシヤを殺したのは自分だと告げ、いくばくかのお金を置いて去りました。


 娘たちは、父親を恨みませんでした。


 難病のウサギの病を治す金をかせぐために、家族から離れた父親。同じようにして、盗賊になった母親。

 ウサギの子どもたちは父親と暮らしたいと望みましたが、ピューマは首を振りました。ピューマもルシヤと同じように、どこかで野垂(のた)れ死んだかもしれません。


 やがて、ルシヤの娘たちのもとに、大金が届きました。それはふたりの娘が何不自由なく暮らしていくのに、十分なお金でした。


 どこからか集まったたくさんのお金――ルシヤとピューマが残したわずかなお金と、銀色のトラさんや、パンダがこっそり送ったお金で、妹ウサギの病気は治りました。


 ふたりのウサギさんは、あたらしい父親と、おだやかに暮らしました。

 彼女たちも、勇敢(ゆうかん)で優しかった両親のことは、ずっと忘れません。






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