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キヴォトス  作者: ととこなつ
第三部 ~遠い記憶の宴篇~
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107話 赤い糸とZOOカード 1


 さて、地球行き宇宙船内、K27区。


 ルナウサギは、リビングのテーブルで、カードにいっしょうけんめい名前を書いていた。


 バーベキューパーティーの招待状である。招くメンバーには、すでに連絡済みだ。

 なるべくハンシックの休業中にやろうと急いだので、ルナはとても忙しかった。


 招待制にして、酒代も入れて会費は一人五千デル。酒を飲まない人と子どもは三千デル。参加者のともだちなら、飛び入り参加オーケー。


 アントニオが、そういう決まりにしたほうがいいと、アドバイスをくれたのだ。


 あの日、ナタリアたちが帰ったあと、ルナがアズラエルとバーベキューパーティーの話をしていたら、昼時の客がひと段落ついたアントニオが乱入してきた。そしていった。


「そんな楽しそうな話なら、俺も混ぜて♪」と。


 バーベキューの道具一式、調理場も、リズンが貸してくれることになった。場所はリズン前の公園だ。あそこなら、広いから、大勢でバーベキューをやってもだいじょうぶ。


 食材も、業務用スーパーから取り寄せて置いてくれると言った。かなりアントニオにおんぶにだっこ状態なのだが、招く人数がけっこう多くなっているので、ルナたちはルナたちでやることはあるのだった。


 なので、すっかり甘えてしまった。


 マタドール・カフェのデレクと老マスターも参加するというので、お酒はそちらから。

 しかも、バーベキュー会場でカクテルをつくってくれるという。


 下ごしらえは、アントニオとアズラエルと、ルナと、クラウド&ミシェルで前日にやることに決めた。

 ナタリアとアルフレッド、レイチェルとシナモンが、助っ人に来てくれる。

 もちろんハンシックの四人も来るし――。


(なんだか、すごいことになってきちゃった)


 ルナは最初、集まり過ぎた人数に怯んだが、大勢のほうがきっと楽しいだろう、と思い直した。


 残念ながら、サルーディーバとアンジェリカは、「お誘いありがとう。でも、参加はできない」との返事だった。こちらは仕方ないかもしれなかった、さすがに、サルーディーバが現れたりしたら、びっくりしてしまうひともいるだろうし。


 でも、アンジェリカと直接話ができたわけではない。取り次ぎのひと――おそらく以前グリーン・ガーデンに来たナバという女性だ――彼女がそういったのだった。


 そして、ルナとミシェルは、キラの元気がなかったことを気にかけていた。

 彼女らしくない沈んだ声で、「……ごめんね、行けるか分かんないけど、行けたら行くね」という返事。

 なにかあったの? とルナは聞いたが、キラは元気ない笑いを返しただけで、「そのうち、そっち帰るね」と言って切ってしまった。


 もしかして、ロイドとうまくいっていないのかと思ったが、アズラエルは「ほっとけ」とシンプルに返事をした。ほっとけないから聞いているのだが。彼にはたまに、ロイドから電話が来る。アズラエルはなにか知っているのだろうか。


 ミシェルも、リサも、キラの元気がないのは、ロイドとうまくいってないんじゃないかという意見だった。

 ミシェルは、結婚前によくある、マリッジブルーじゃない? とも言っていた。そうかもしれない。

 ルナは、キラが当日来たら、ゆっくり話を聞こうと思った。


 ルナが、ハート形の折りたたみカードに、ピンクと水色の特殊なペンで――字が3Dに浮き上がる――みんなの名前を書いていると、アズラエルが苦笑した。


「そのカード、バグムントやオルティスがどんな顔して受け取るのか見てみてえな」


 オルティスはラガーというバーの店長である。

 ルナは、ファンシーすぎるカードを見直し、おとなの男性には、別のカードにすればよかったと、ちょっと後悔した。


 すでにカードを渡しているみんな――レイチェルやシナモン、ナタリアは「カワイイ!」と大喜びしてくれたし、クラウドは「ルナちゃんらしいね」と苦笑いだったし、ミシェルは、「ウサギじゃないんだ、意外」だったし、リサは「もうちょっとシンプルにできないの? ガキじゃないんだからさ」とぶつくさ言いつつ、「このペンどこで売ってるの?」と聞いてくるのを忘れなかった。

 もちろんルシヤも、ハンシックのみんなも喜んでくれた。


 しかし、グレンとセルゲイの分には、アズラエルが口をはさんだ。


「俺が書く」


 ルナが、おそるおそるまかせると、アズラエルはスーパーのチラシを四角く切り、ボールペンで書こうとするではないか。


「なにしてんのアズ!!」

「あいつらにはこれで十分だ」


 どうして、アズラエルは、あのふたりに関してはこうもおとなげないのだろう。


「アズ! だめです! だめ! もーっ! アズの、ばかあああ!!」


 ルナを片手ではがいじめにし、アズラエルはチラシの裏でつくった適当なカードを、グレンたちの住所を書いた封筒に入れて封をしてしまった。


 届いたチラシカードを見たグレンは、「あの野郎……」と青筋を立て、セルゲイは、「アズラエルから招待状をもらえるなんて思わなかったよ」と前向きな感想を述べた。


 ふたりとも、お粗末なチラシカードがだれのしわざか、ちゃあんと分かっていた。

 だって、カレンやエレナたちには、ちゃんと可愛いカードが届いていたし。


 あとは、役員さんの分だけ。

 ルナは、最後の招待状を書き上げた。あとはリズンに持っていき、アントニオに手渡ししてもらうだけ。

 ルナがいっしょうけんめい招待状書きをしていたので、今日はアズラエルがお昼をつくった。

 簡単な昼食を済ませ、ちこたんに皿洗いをまかせて、アズラエルはコーヒーを淹れ始めた。

 

 チロリロリンリン♪ チロリロリンリン♪


 可愛らしい音が流れてくる。それは、テーブルに置かれた、アズラエルのノートパソコンからだ。pi=poのちこたんではない。


「アズー、電話だよっ。テレビ電話!」

「ルゥ、今手が離せねえ。出てくれ」

「ええっ?」


 自分が出ていいのだろうか。仕事の電話だったら――。

 ルナはぱたぱたとテーブルに向かい、パソコンを覗いた。画面が映る。


(……あ! スタークさんだ!)

 アズラエルの妹――いや、弟の。


 無論、ルナは現実でスタークに会ったことはない。出会ったのは夢の中のことだが、夢の中の彼と、いま画面向こうで横を向き、だれかと話しているスタークの面影は、まったく変わりがない。


『っと、ちょいまち、繋がった。兄貴?』

「こんにちは!」


 画面のなかのスタークが、真正面を向いた。スタークは固まった。そこには、むさい兄貴ではなく、栗色の髪の女の子が映っていた。


 スタークは、兄そっくりの顔を一瞬、マヌケ面に凍らせ、それから。

『――あ、ども……すんません。まちがえました』

 ばちっと通信を切った。


「あっ!!」

 あわてたのはルナである。


「どうした?」


 アズラエルがタオルで手を拭き拭き、やってきた。


「切られちゃった。まちがえました、とかゆわれて」

「だれだった?」

「スタークさん」


 アズラエルは眉を上げ、「え? おまえ、なんでスタークのこと知って……」といいかけ、「そういや、まえに俺の過去の夢で、家族のことは知ってるんだったな」とひとりで納得した。

 アズラエルは、ルナの夢をまだ半ば疑っていたが、初対面のはずの弟の顔を見て、こうはっきり名前を言われては、もう観念したほうがよさそうだ。


「もういっぺん、かかってくるだろ」と言い、「悪い。コーヒー、カップに注いできてくれるか」と頼んだ。


「うん!」

 今度は、ルナがキッチンへ立った。


 ルナがてってってっと、コーヒーを運んでくると、またさっきの可愛らしい音が流れた。アズラエルがキーを押すと、画面が現れる。


『……よう、兄貴』

「おう」

『……つかさ、登録番号押して、まちがえましたはねえよな……。さっきの、だれ?』

「ルゥ」


 アズラエルが手招きするので、ルナはドキドキしながらそばへ寄り――。


「こ、こんにちは、ルナです」


 と顔を出してぺこりと礼をした。


『……だれ!?』


 スタークの、絶句した顔が、画面いっぱいになった。


「いま、ボディガードしてんだ」

『――!!!!!?????』


 スタークは、これ以上ない驚き顔で、ざざざっと後ずさり、両手で口を押さえ、画面から消えた。


「そんなに、ビビらなくてもなぁ」


 アズラエルは嘆息した。


「安心してください! アズとは付き合ってませんよ!」

「そうですね……」


 やがて、スタークが、化け物でも覗き見るような顔でもどってきて、しばしルナを凝視し――。『おいくつですか』と聞いてきた。

 ルナは、ウソだと言われるのを承知で、「二十歳です」と言った。


『二十歳!? ウソだろ!? 兄貴の彼女!?』

「つきあってはいないんですけども」


 言いかけたルナの口は、アズラエルの手によってふさがれ、よけいなことを抜かすウサギは、ケージへと退去させられた。

 スタークは、アズラエルから野性味だけをそっくり抜かした端正な顔の、スマートな口を、これでもかと大きく開けた。


『……マジかよ……、マジで!? その宇宙船ってハンパなく警備厳しいんだろ!? 兄貴なんでつかまってねえの!?』

「お兄様はなにも悪いことはしちゃいねえ」

『ルナっつったけか。……ルナちゃん?』


「あ、はい」

 ルナは、ちょっと遠くから返事をした。


 スタークは、肩にだらしなく羽織っていた軍服を着直し、襟を正した。今度は、満面の笑みを寄越してくる。画面の向こうで、ヒゲのない若いアズラエルが笑っているような感じ。


『どうも、よろしく。俺、そこのむさいのの弟です。スタークです。ルナちゃんはどこから来たの?』

「え、L77です」


 むさいとか言いやがって、俺に似てるくせに、とアズラエルがすごむのを無視し、スタークは、


『L77? 道理でなー。カワイーもんな』


 L77出身だからといって、だれもが可愛いわけではないのです。

 ルナは不貞腐れかけたが、とりあえず「どうもです」とお礼を言った。L18の人間の「可愛い」は女の子に対する基本のあいさつなのだ。


「スターク、いったいなんの用だ」

『ああ、肝心の話』


 ルナちゃんショックで、ぜんぶ吹っ飛んじまったぜ、とスタークは言った。


 仕事の話になりそうだったので、ルナは席を外すことにした。電話が終わったら、ちゃんと、まだ、アズと付き合っていないことを知らせなければ。


 スタークが、『ルナちゃんばいばーい♪ またね』と手を振っている。ルナも手を振り返した。

 ルナはコーヒーを持ってキッチンに行きかけたが――。


『……でさ、シンシアのさ』


 ふっと、会話が耳に入ってきてしまった。

 思わず。

 ルナは立ち止まってしまった。


 仕事の話は、すぐに終わったようだった。あとは、シンシア、というひとの話。

 十分も立たずに会話は終わり、スタークの、『ルナちゃんまた電話に出せよ』の言葉で締めくくられていた。

 ルナがせいいっぱいウサ耳を伸ばす隙もなく、アズラエルが通信を切る。

 ルナの「付き合ってません宣言」は間に合わなかった。


 シンシア。

 いったい、だれだ?

 かつて自分が見た、アズラエルの夢には出てこなかった人だ。


「アズ――」

「どうした?」

「シンシアさんって、だれ?」


 ちょっぴり間をおいて、「聞いてたのか」と言った。


「ご、ごめんなさい。聞こえてきちゃったの……」


 ルナは謝ったが、「謝らなくてもいいよ。この部屋の狭さじゃ、嫌でも聞こえるよな」と、肩をすくめた。


 スタークの電話の用件は、「傭兵集団のホワイトラビットが、正式に解散した」という知らせだった。

 シンシアのつくったホワイトラビットは、たった半年ほどの活動で、シンシアが死んだあと、一年間くすぶっていたが、このあいだ正式に解散した。メンバーは親グループであるパイロン・グループにもどったと。スタークの情報だった。


 ――シンシアさんってひとは、亡くなってるんだ。

 アズラエルの大切な人だったのだろうか。

 特別な、人?


「シンシアさんて……、」

「ン?」

「アズの……恋人だった、とか?」


 アズラエルは少し考えるそぶりをしたあと、「……そうだな」とつぶやいた。


「シンシアは、あのころの俺にとって、妹と同じくらい大切な女だった、としか言いようがない」

「妹?」

「あっちも、俺を兄貴みたいに思ってた」

「……」

「アイツは、たぶん、グレンが好きだったんだ」

「グレン!!」

「グレンもそれを知ってた。知ってたが、グレンのシンシアに対する気持ちを、俺は知らない。だけど、シンシアが、もし死んでいなかったら、なんらかの形にはなってただろうな」

「形……?」

「そう。アイツは、任務で死ななかったら、グレンとこの地球行き宇宙船に乗るつもりだった。グレンは、知らない。アイツがそんなつもりでいたなんてことは。もちろん、シンシアも知らなかった。ルーイにチケットが来てたから、グレンはもとからこの宇宙船に乗るつもりだってこと。ぜんぶが形になる前に、あいつは死んじまったからな」

「ご、ごめんね!? 聞いちゃいけないことだったかも」


 ものすごくデリケートな話題だったかもしれない。ルナはあわてて謝ったが、アズラエルは気にしていないというふうに、笑った。


「いや、かまわない」


 話は、それで終わった。アズラエルはなにも言わなかったし、ルナもまた、なにも聞かなかった。


(アズの、とってもたいせつだったかもしれないひと)


 グレンにも関わっているけれど、グレンの夢にも出てこなかった。

 もしかして、寒天のウサギさんだろうか。

 ここにアンジェリカか寒天ウサギがいたら、「違いまーす!」と首を振っていたに違いないが。


(どんなひとなんだろう?)

 


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