105話 その後のさまざまな話と、さまざまな密約 4
ルナとアズラエルが、クラウドから聞いた話は衝撃だった。
「アンジェラがまだ宇宙船にいるだと!?」
さすがにアズラエルは絶叫した。大声で怒鳴ってから、「うるさいよアズ!!」と隣のウサギに倍の声で怒鳴られて、冷静さを取りもどそうとした。
ミシェルが驚いていないところを見ると、すでに聞いた話なのか。
「冗談だろ? あれで捕まらなかったってのか? ……ハハ、バカを言え。どこで知った。ああそうか。おまえの追跡装置か。居場所はすぐつかめる――それで? 居場所はムショだったって?」
「船内に刑務所なんてあるもんか。犯罪者は即座に降船だよ。あって、警察署の牢屋だろ」
「それで、どこなんだ!」
「自分の屋敷だよ。決まってるだろう」
クラウドは激怒を通り越して冷静だった。
「またララが隠ぺいしたのか!?」
「そうじゃない。ララは激怒してる」
クラウドの言葉は、すでにクラウドがララと連絡を取ったことを示していた。
アズラエルは急にだまった。
「アンジェラはララからペナルティを受けているんだろうが――想像したくもないね。さすがに今回のことは、ララもダメだと思っていたらしい。自分も理事を解任されて、アンジェラも自分も、永久に資格はく奪だと、」
「……そうはならなかったってことなんだな?」
「ああ。ララもアンジェラもペナルティはなし。どうも、地球行き宇宙船でそう決まったらしい」
アズラエルは沈黙した。
「ララの実績と地球行き宇宙船に対する貢献度を考えればってこともなくはない。だが、ペナルティ一切なしってのは異常だ。俺たちが、ほとんど極秘裏にコトをなしたってこともあるんだろうが。死人も出てないし」
「宇宙船も始末をつけやすかったってことか?」
「そうもいえる。電子装甲兵の案件は、なかなか表には出せないしな。だが、犠牲者がアンジェラ側になかったってことはない。これがスケープゴートってことなんだろうな」
クラウドは、ミシェルにお願いして、ダッシュボードに入っていた新聞を、アズラエルに渡してもらった。
「リリザの新聞じゃねえか」
読んだアズラエルはすぐに顔色を変えた。
一面記事だ。リリザのグランポート港で上がった男性のバラバラ死体。腕が見つかっただけで、その他の部分はまだ捜索中。
「アンジェラは屋敷にいるんだが、周辺の人間をさぐるとだな。ある日付から、ジルドがいなくなってる」
「あ?」
「ジルドが、地球行き宇宙船から“消え失せてる”」
ルナが新聞の記事を読んで「ぴぎっ」と悲鳴を上げたので、アズラエルはルナの視界から消すようにたたんだ。
「リリザの死体が、ジルドだって?」
「……ジルドって、ルナをさらいに来たやつの名前だっけ?」
ミシェルはおそるおそる聞いた。ルナはまた「ぴぎっ」とちいさく叫んだ。顔色が良くなかった。
「まだ、証拠はないが」
いつもならクラウドは、このテの話はアズラエルにしかしない。けれど、今ルナとミシェルもいるところで話しているということは、これがアンジェラがらみの事件だからなのか。それとも、先日までの事件で、ルナもそれなりに修羅場をくぐったから、聞いても大丈夫だと思ったのか。アズラエルには分からない。
「つまり、アンジェラはまだこの宇宙船を降りてないってことだ。引き続き、用心に越したことはないってことだな」
「――はい、はい。ええ。もう大丈夫です。ご心配をおかけしました。ええ、その時間で平気です。ええ、ではのちほど」
カザマからの電話を切って、アンジェリカはZOOカードに向き直る。
真砂名神社での出来事から二週間。
退院したアンジェリカは、めっちゃ忙しかった。目が回るほど忙しかった。入院中できなかった仕事が、文字通り山積みになってあったのだ。
ルナに会いたくても、また会えない日が積み重なっていった。
ルナと話がしたい。真砂名神社での出来事も含め、メールでは話しきれないことが山ほどあった。
「あ~あ……」
ルシヤの映画も、情報収集とかそういう目的でなく、純粋に映画として楽しみたかったし、できるならルナと行きたかったけれど、もう公開は終わっている。がっかりにもほどがあった。
そうそう、客からもらったトルディルシュ・ホテルのスイーツ・ビュッフェのチケット!
ルナを誘いたかったが、とてもではないが行っている暇がない。アンジェリカは泣く泣く侍女たちにあげた。いいんだ。きっとまたもらえるだろう。夏の果物だって好きだし、秋は秋で趣が。栗とかサツマイモとかもほっくりしていい。しかし春のいちご食べたかったな。旬だし。
アンジェリカはしばし現実逃避した。
どうやら、先だってのルシヤの事件がさっそくカザマの耳に入ったようで、詳細を聞きたいと電話してきたのだった。
地球行き宇宙船のほうでカザマに寄こした資料には、ハンシックやアンジェラ邸で起きたことは書かれていても、当然ながら、真砂名神社で起きたことは記されていない。
アンディが、ハンシックでアズラエルと死闘を繰り広げていた時間帯、肝心のルナと娘のルシヤの存在は、K05区にあった。
真砂名神社の所在地である。意味がないはずはない、なにかあったはずだと、カザマはナキジンに問い合わせ、そうしてアンジェリカにたどり着いたらしい。たしかにアンジェリカもその日、真砂名神社にいた。
そして、すべてを見届けてから搬送された。
こちらも情報を提供する代わりに、カザマが持っている資料を見せてもらうことができるかと聞いたら、カザマは快諾してくれた。
アンジェリカは明日、無理にカザマとの時間を予定にねじ込んだ。
ほんとうは当事者のルナと話をして、事件の概要をすべて押さえておきたい。カザマもそういう思いだろう。
(この様子じゃ、いつになることやら……)
仕事もたまっているが、一度無理をして身体を壊したので、周りがものすごくうるさい状態になっていた。無理もない。
アンジェリカは毎日、午後十一時にはZOOカードを取り上げられ、就寝することが義務づけられた。ユハラムをはじめ、ナバ、王宮護衛官の皆もこぞって見張っているのだから、息がつまってならない。
「適度な息抜きも必要だぞ」
アンジェリカはちょっぴり憤慨しながら――でも、無理をしすぎて周囲に心配をかけたのも事実なので、ちゃんと休むということは実行している。
時計を見れば、あっというまに午後十一時だ。五分前。
だれかが時刻を知らせに来るのも癪なので、今日は自らおやすみのあいさつをしにいこうと、アンジェリカは部屋を出た。
「なりません!!」
応接室の前を通りかかると、ユハラムの金切り声が聞こえた。
また、侍女のだれかが粗相をしでかしたか。悪いタイミングにでくわしたな。部屋にもどろうか。
アンジェリカは、様子を伺おうと扉に近づいた。ひとが大勢いるようだった。侍女らの声だけでなく、王宮護衛官の声もする。
「アンジェリカさまは病み上がりです――このようなこと――せめて、明日の朝に」
「しかし! これは緊急事態ですぞ!」
王宮護衛官最年長である、ヒュピテムの大音声が廊下まで響いた。
「サルーディーバさま!」
ユハラムの悲痛な声。姉までいるのか。アンジェリカはさすがに不穏な気配を嗅ぎ取った。
なにか、本星で――L03で起きたのか?
「サルーディーバさまのお決めになられたことには従います! けれど、このような――ああ!!」
ユハラムが顔を覆って泣き崩れるところまで、容易に想像できた。
アンジェリカは、動けなかった。中に入る勇気もなかった。
「メルーヴァさまが、ついに全星指名手配犯に――!」
「テロリストとされてしまったのです、あの方が!!」
「このようなこと、どうアンジェリカさまにお伝えしたら――」
「メルーヴァさまはなにも悪いことはしておられぬ! 腐った長老会の支配を、L03を変えようとしただけではありませんか!!」
「なぜ――メルーヴァさま、なぜですか――」
咆哮、悲鳴、嗚咽。
みなの声を拾い集めたアンジェリカは、なぜ、自分がこの部屋に呼ばれていないのかを十分に察した。
聞かないふりをするべきだ。部屋にもどって、なにごともなかったように寝るのが一番なのだろう。
だが、足も身体も、ピクリとも動いてくれなかった。
頭が、真っ白だった。




