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キヴォトス  作者: ととこなつ
第三部 ~遠い記憶の宴篇~
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105話 その後のさまざまな話と、さまざまな密約 2


 ハンシックでチケットを見せると、ルシヤ二名は喜んだ。でもアンディは、ルナがダウンロードしてきたビュッフェのパンフレットを見て、一瞬つまった。無理もない。リリザに匹敵するメルヘンの世界だったからだ。


「オ、オレがこんなところに行ったら、周りの人間にびっくりされちゃうよ……」

 と怯えたので、シュナイクルを誘ったが、シュナイクルもパンフレットを見たとたんに固まった。

 アズラエルは最初から「行かない」ときっぱり言った。ジェイクも「ごめん、怖い」といった。

 あの階段を超えてきた猛者に、怖いといわれるとは。


 男性陣はことごとくアウトだった。クラウドは、「ミシェルにも来てるんだよね?」と暗にミシェルと行きたい様子を見せた。さすがのクラウドも、ミシェルのためだったら行くが、なるべくなら近寄りたくない雰囲気だったらしい。


 結局、このチケットが届いていたのはルナだけだったわけだが――。


 しかたがない、あまりにもメルヘンで、スイーツで、キラキラしすぎていた。


「スイーツ・ビュッフェ!? えっ!? トルディルシュの!? よく予約取れたわね!?」


 予想外の反応を示したのがバンビだった。

 バンビはベジタリアンだが、宗教上の理由とか健康上とかアレルギーとかいう理由ではなく、ただ単に、偏食が多くて肉も魚も得意でないというだけで、あまいものは大好物だった。

 むかし、父親に連れられた旅先で、原住民のさまざまな料理を食って食あたりを繰り返したのが原因とかで――似た経験があるアズラエルは、気の毒そうな顔をした。


 四人で行ったスイーツ・ビュッフェは、まさに夢の世界だった。


 入り口付近は「不思議の国のアリス」がテーマ。


 ちいさな宝石箱に入ったチョコレートボンボンを渡され、酒が飲めないルシヤ二名はストロベリーシロップのボンボン、ルナとバンビはリキュール入り。


 この宝石箱は、四人の宝物だ。ルシヤは結局、リリザにジニーの腕時計を買いにいけなかったが、おそろいの宝石箱が手に入ったので、満足だった。


 みんな、お菓子でできたアリスの世界に狂喜乱舞したが、(バンビ含む)それだけではない。


 広大なロビー全体が、そのまま、あらゆるスイーツで埋め尽くされていた。


 あちこちに巨大なお菓子の家が存在する。ミルクチョコ、ホワイトチョコ、ストロベリーチョコの三種のチョコレートファウンテンは天高くそびえ、麓はチョコレートの池だった。


 ケーキに和菓子にフルーツの山、カラフルなサンドイッチやスコーンも並ぶ。甘い菓子ばかりではない。


 アイスクリームでできた部屋、ココアの川が流れ、カラフルなジュースの滝があり――リリザ・ルームはケーキでつくった特大ジニーがいた。

 ルシヤふたりはかぶりつき、バンビは、イチゴやマンゴーを何度もチョコレートの池に突っ込んでは食べていた。


 ルナは早々に胸焼けして、サンドイッチを頬張った。よく見れば奥のほうに、グラタンとかピザとか、しょっぱい食べ物もいっぱいあった。


 お土産は持ち帰り放題。みんな、持てるだけ抱えた。クッキー缶に宝石箱につまったキャンディ、ホールケーキ、タルト、グミが詰まったガラス瓶。アクセサリーみたいにガラスケースに並んだチョコレート。


 夢のような三時間だった。


 バンビとルシヤは思い出してうっとりと目を細めた。


 チョコ入りのガラスケースや宝石箱は、店のカウンターに飾ってある。持ち帰ったケーキは、ハンシックのみんなで食べても、一週間かかった。仲のいい常連にも分けてやったりして、やっとなくなった。


 実はシュナイクルもジェイクも、もうしばらく甘いものはいい、という塩梅だったのだが、可愛い孫と娘がつくったパンケーキを無碍(むげ)にはできなかった。さいわいにも、あまり甘くない。生クリームとシロップ類は、見るだけで胸焼けがしそうだったが。


「いったい、チケットをくれたのはだれなんだろうね?」


 ミシェルの疑問に、答えられる者はいなかった。

 ルナはアホ面をしていた。結局、送り主は、だれか分からないのだ。


 なので当然、ルナはチケットの送り主であるアレニス・O・セターの存在も、彼がルナたちの担当役員であるカザマと接触し、カザマが一連の事件の概要を聞かされたことなど、ミジンコほども知らなかった。


 こちらも時期的には、アンディが治療中だった期間にあたる。


 その日、ミヒャエル・D・カザマは、出勤後すぐ、中央区役所最上階にある第五会議室に呼び出された。

 会議室にはひとりの役員が待ちかまえていた。ほかにはだれもない。会議室の端にある、コの字型のソファに、彼はカザマを招いた。

 テーブルには湯気を立てた紅茶がある。


「楽にしてください」


 この宇宙船の役員にありがちな、仕立てのよいスーツではあるが、細面、眼鏡、身の丈も中肉中背といったところ。カザマはこの男性のあまりの特徴のつかみづらさに、彼が何者であるかを悟った。

 こういった容姿の男性ばかりがそろう、地球行き宇宙船の機関を知っている。


「“プランナー”のミヒャエル・D・カザマ様ですね? 私は、“イノセンス”のアレニス・O・セターと申します。急なお呼びだてをして申し訳ありません」


 カザマの想定は当たったことになる。


 地球行き宇宙船の特別派遣役員は、女性が「プランナー」といい、一般船客には該当しない、特別な船客を担当する。


 主に政治的、社会的に大いに問題があるが、重犯罪者ではない船客、また、戦時中や、惑星内の諸事情により、宇宙船に乗船することが困難な状況下にある船客、身分を隠さなければならないVIP。また、「L03の高等予言師の予言に記された人物」――そういった、わけありの船客を担当する。


 そして、男性のほうは「イノセンス」という通称で呼ばれる。地球行き宇宙船の中枢直属の諜報機関であるとの話だが――「だが」というのは、派遣役員のだれも、イノセンスの内情を知っている者はないからである。


 イノセンスはプランナー以上に秘密主義であり、その存在自体、ほんとうにあるのか疑問視されているくらいだ。


 すくなくともカザマは、今日初めてイノセンスだと名乗る男性と接触した。プランナーであるカザマであっても、だ。


「通常我々は、“イノセンス”だと外部で名乗ることはありません」


 撫でつけた黒髪、中肉中背、黒スーツで眼鏡。この容姿もイノセンスのつかみづらい「特徴」だといわれている。


「あなたに私の素性をお教えしたのは、地球行き宇宙船からの指令です」

「……と申しますと」

「あなたの担当船客に関して、これより先、なにか協力できることがあればということです。こと、地球行き宇宙船内で起こった事象に関してのみということになりますが。直接、私にお話しください。できるかぎりの事態はこちらで処理しようと思います」


 そういって、アレニスは、名前と電話番号のみの名刺を差し出した。カザマは受け取り、確認した。


「担当船客……」

「はい。主に、ルナ・D・バーントシェントさま、ミシェル・B・パーカーさまの事案になるかと思われます」


 いまいち、言っている意味がつかみきれず、カザマが戸惑っていると、アレニスは話し出した。終わりではなかった。


「私はつい先日まで、上部命令で、アンジェラ・D・ヒースの監視任務についておりました」

「なんですって?」

「その詳細はのちほど。あなたは、ここ一ヶ月に起こった、ルナさまの身辺の事件について、どれほど知っておられますか」

「事件?」

「はい。電子装甲兵にまつわる、一連の事件についてです」


 カザマは目を見張った。

 アレニスは、ブリーフケースから書類を出し、カザマの前に置いた。

 カザマはすぐ手に取り、中身をたしかめる――おおまかに読み進めていくにつれ、がく然とした。


「これらの事件は、まったく、地球行き宇宙船の“あずかり知らぬところ”で行われましたので、ルナさま、および関係者の方に降船指令がくだることはありません」


 カザマは、ほっとするヒマもなかった。


「関係者には軽い処分のみです。シャイン・システム使用カードの許可なき貸与(たいよ)で、ハンシックに一ヶ月の営業停止処分、といったところですかね」

「あの、」

「申し訳ありません。話の一番大切なところです。船客ルシヤさま誘拐からの、一連の事件のところですが」


 指示されて、カザマは五枚目の用紙を読み進めた。


 アンジェラが、ハンシックの経営者シュナイクルの孫の誘拐未遂を起こし、さらにはその後、船客ルシヤを誘拐し、人質にして、父親のアンディをルナの暗殺に向かわせたとある。


 カザマは信じられなくて、頭痛がするほどだった。

 ルナの周囲が、傭兵だの、もと心理作戦部の軍人だのがそろっていたから、なんとか守られたようなものだ。


「ここからが本題です」

 アレニスは紅茶をひと口飲んだ。

「アンジェラさまは、これほどの事件を起こしておりますが、乗船資格は取り消されておりません」


 聞き間違いかと思って、カザマは紙片から顔を上げた。


「――今、なんと」

「アンジェラさまは、なんの処罰もなくペナルティもなく、このまま旅行をつづけていただきます、との中枢の指示です」

「……!?」

 あまりのことに、カザマはなにか言わずにはおれなかった。

「船客に命の危険があったのですよ!?」


「上部の指示です」


 アレニスは顔色も変えていなかった。テーブルの上に菓子がある。アレニスは勧めた。


「どうぞ。お静まりください。これでも食べて。美味しいですよ」

「あなたが先にお食べください!」


 カザマは、紅茶にも手を付けていなかった。カザマらしくもない感情的な叫びだった。アレニスは苦笑し――能面のような顔が、わずかながら人間らしい表情になった。


「私は胃が弱いので、この菓子は受け付けません」

 そうして、膝の上で手を組んだ。

「あなたのお怒りはごもっともです。ですので、私が派遣されました。こういった事例のように、あなたの目の届かぬところで、これから先も事件が起きるやもしれません」


「なんとかしてくださるというなら、アンジェラ・D・ヒースに降船指令を」


「それは中央の決定ですのでくつがえりません」

 アレニスはきっぱりと言った。

「ルナ様には、お詫びとして、スイーツフェアのチケットを差し上げました。お納めいただけますよう、カザマ様からもご一報ください」


 アレニスはそういって、にこやかに微笑んで退室した。質問すら受け付けなかった。


 カザマは、アレニスの後ろ姿を見送り――彼女らしく、瞬時に思考を切り替えた。


 ルナのpi=poあてに、「至急開封」の連絡を送り、「お友達と行ってください」と言葉を添え、それから、ずいぶん厚い報告書に目を通すべく、時計と書類を睨んだ。


 そしてわずかに、「アンジェラが降船していないこと」をルナ及び、周辺の人間に知らせるべきか、迷った。しかし、その迷いはほんとうにわずかな時間だった。


 カザマは自身の予定を確認し、ルナと、それから、アンジェリカとの会合の予定を設けるべく、日程の調整をはじめた。



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