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キヴォトス  作者: ととこなつ
第三部 ~遠い記憶の宴篇~
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105話 その後のさまざまな話と、さまざまな密約 1


「こりゃァもうだめだ。マフラーだけじゃねえ。足廻(あしまわ)りも全部とっかえたほうがいい」


 ハンシックのポンコツトラックの下から這い出てきながら、アズラエルは言った。


「そうか……」

「買い替える気はねえのか? こんな旧型、修理のほうが高くつくぜ」

「安かったからなァ……」


 起業当時、廃棄寸前だったトラックを、二束三文で買い付けた。新車を買う余裕はなかったのだ。一年持ったらいいほうだぞ、といわれて数年たった。十分働いてくれたと思う。


「買い替える金がないわけではないんだが……最初に買った車だから、どうも愛着があってな」


 シュナイクルはそういって嘆息した。アズラエルは興味深げに車を見回した。


「しかし……見たことのねえ車種だ。軽トラでもねえし、中型にしてはちいせえ気もするし、」

「そうか。俺はよくわからん……船内で買ったんだ。アノールの客から」

「原住民か! だとしたらL4系産ってことだな。ガソリン車か……なんとかなるかな」


 アズラエルは首をひねった。


「まぁ、中古部品があれば俺が付け替えてやってもいいが。でも、もうこの型は車自体生産してねえだろうから、新品部品はないと思ったほうがいいな」

「そうなのか」


 シュナイクルはあちこち錆びだらけの中古トラックを眺め、困り顔をした。


「船内になかったらL4系か、近くの星から取り寄せだ。まァ、運賃もそれなりにかかる」

「……そうか」

 

 アンディ親子が降船して数日後。

 ルナたちはハンシックに遊びに来ていた。


 ハンシックのオンボロトラックは、もうだいぶ前からガタがきていたのだが、ついに先日、エンジンがかからなくなった。アズラエルが自動車整備士の資格を持っていると知ったシュナイクルは、「どんな具合か見てくれないか」とお願いしたのだった。


「乗ってたときから、音がヤバいと思ってた」


 そういって、先に車の下に潜り込んだアズラエルは、マフラーからデフから、ことごとくイカれていたのでそう言った。アズラエルが作業代なしでつけかえてやっても、部品を全部そろえていたら、中古車を買い替えるくらいかかるだろう。


「まいったな……休業も伸びたっていうのに」


 トラックの買い替えに金がかかるというのに、ハンシックの開店は先伸ばしになってしまった。


 なぜか。


 それは、シュナイクルが、船客であるルナたちに、シャインを使えるカードを無断で貸していたことで、ペナルティを食らってしまったのだった。


 幸い、降船処分だのなんだのおおげさなことにはならなかったが、ひとつきの営業停止を食らった。つまり、一ヶ月の休養期間はさらに一ヶ月伸びてしまったことになる。


 さてどこから漏れたのか。それはクラウドにもわからなかった。


 休暇を喜んでいたルシヤにまで、「じいちゃん、店はいつ開けるんだ?」なんて聞かれる始末だ。


 アンディ親子の降船後、ルナたちはやっとグリーン・ガーデンを引き払い、K27区の自宅にもどった。ミシェルもようやく帰ってきて、クラウドと仲直りしたので、クラウドも自宅に帰った。セルゲイとグレンもあれから音沙汰がない。


 もどった日常は、ずいぶん静かだった。


 シュナイクルはペナルティを食らったので、もうルナたちにシャインのカードは貸せない。そして、K27区からハンシックは遠いのだった。いままでのように、毎日通える距離ではない。


 ルナたちが来なくなり、アンディ親子も降りたので、ルシヤはさみしくなったのだろう。毎日ヒマだヒマだとうるさかった。店があればまだおとなしかっただろうが。


 今日は、ルナたちがおよそ一週間ぶりに、ハンシックに遊びにきた。

 アズラエルとルナ、そして、クラウドとミシェルがいっしょに。


「しかたない……新しいのを買うか。背に腹は代えられん。トラックがないと店も再開できんからな」

「なるべく新しい型で、安そうなの探してやるよ」

「ほんとうか。助かるぞ。ああ、ええと、……予算があまりないんだが」

「バンビから一億取り返せよ」


 シュナイクルは真顔でバンビのほうを見た。バンビは庭先の丸テーブルで、クラウドと向かい合って、ノートパソコンのキーボードを叩いている。


「――え?」

「え? じゃねえよ。ハンシックのためだ。一億かえせ」


 アズラエルの台詞に、クラウドが吹きだした。バンビが慌てる。


「ま、待って……あれは、一応研究のためにくれたんじゃあ、」


「ホットケーキできたよーっ!!」


 バンビを救ったのは、ルナとルシヤ、そしてミシェルの大声だった。


 男たちが店内にもどれば、三人がつくった可愛らしいパンケーキが大皿に山積みになっていた。


「はちみつとメープルシロップがあるでしょ。バターがこれ。シュンさんのつくったラズベリーとブルーベリーのジャムに、冷凍のラズベリーとブルーベリー、ホイップクリーム、ミックスナッツ、いちご、みかん、りんごの煮たの、」


 ルナがテーブルの果物を数えた。ルシヤが卓上コンロを運んでくる。


「ハムもあるよ。ミシェル、チーズを、はさんでみないか」

「え? まじ? はさむはさむ!!」


 ルシヤとミシェルは、今日が初対面だったが、すっかり仲良くなっていた。


 ミシェルは帰ってきて早々、自分がいなかったあいだ起こっていた事件の概要を聞いて、はじめて「クラウドとケンカなんかするんじゃなかった」と言った。


 ルシヤの映画はもう公開が終わっていたし、見損ねたわけで、さらに、ハンシックという美味しい店と友人を見つけ、これまた、イケメンと美少女の親子という友人たちを見送っていたのだという濃いひとつきをいっしょに体験できなかったことに、地団駄(じだんだ)を踏んでいた。


 しかし、アンジェラのことだけは、なんともいえない顔で聞いていた。

 ルナもアズラエルも――そしてクラウドも知っている。


 ミシェルは、いなくなっていた期間、リリザで開かれた、アンジェラの個展に行ってきたのだ。しかも毎日。一週間通ったそうだ。

 クラウドの干渉がうざったくて飛び出したのももちろんだが、一番の目的は、アンジェラの個展だ。それは、みんな分かっていた。


 クラウドがなんとしても止めなかったのには理由がある。


 彼は、アンジェラが宇宙船とララにペナルティを食らい、限られた行動範囲しか動けないのを知っていたからだ。つまり、自分の個展であってもリリザには行けなかった。


 ファンには残念な催しとなったが、かえってミシェルは大手を振って個展に行くことができた。


 クラウドは、アンジェラの存在がリリザに向かったら、すぐミシェルを連れもどしに行くつもりだったし、そちらのほうは過度の心配をしていなかったが――まさか、自分たちがロッテ・コスカーテの滝で接触してしまうなどとは、考えてもみなかった。

 

「おっ、美味そうだな!」


 畑からもどったジェイクも、嬉しそうな顔でテーブルに寄ってくる。


「パンケーキか。何年ぶりかな。ガキのころは、よく母さんがつくってくれたよ」

「そうね。あたしもそうだわ。子どものとき以来かも」


 バンビも言ったが、ルシヤは口を尖らせた。


「このあいだの、スイーツ・ビュッフェで、食っただろ!」

「あ、そうか」


 バンビは思い返して首を振った。


「いや、あたし、パンケーキは食べなかったわ」

「そういや、バンビは、チョコレートばっかり食っていたな」


「ああ……そうだ……スイーツ・ビュッフェもあったんだ……」


 ミシェルは急にげっそりした顔をし、「いいの。いいのあたしは。アンジーの個展に行けたんだから……それも一週間も! あ~、でも、なるべく早く帰ってくればよかった……」

 らしくなく、いつまでも落ち込み気味のミシェルに、ルシヤは励まそうとしたわけではないのだろうが、なにげなくいった。


「本当に、不思議。クラウドみたいな変態に、こんなふつうの、彼女がいるなんて」


 真顔のルシヤの台詞に、バンビとジェイクとアズラエルは爆笑し、クラウドは絶句した。


「ルシヤ、君、俺のことをそんなふうに……」

「バンビとクラウドは、似ている気がするからな。こいびとはできないと、思っていたんだ」


「ちょっと!?」

 バンビが泣きそうな顔で否定した。

「お嬢、コイツとあたしを一緒にしないで!!」


「う~ん、あたしもなんでクラウドと付き合ってるか分からないんだよね」

 ミシェルも不思議そうな顔で首を傾げた。


「ミ、ミシェル……!?」


 クラウドは絶望感みなぎる顔をした。先日、ようやく仲直りしたばかりである。


「どっちかいうと、ジェイクさんのほうが断然好み」

「えっ俺!?」


 パンケーキを皿に取り、ハムと溶けたチーズとナッツを乗せていたジェイクは、いきなりいわれて真っ赤になった――が、クラウドの氷点下の目に睨み据えられ、あわててパンケーキに視線をもどす。


「だったら、ミシェルは、ジェイクの子も、産んでやればいい」


 ルシヤの台詞にうぐっとむせたのは、ほとんどの大人たちだった。もちろんミシェルもむせた。


「――は?」

「ミシェルは見たところ、健康体だ! クラウドの子を産んだあと、ジェイクの子も産めばいい」


 ルシヤは威勢よく叫んだ。


「……すまんな」

 冷静なのはシュナイクルだけだった。こちらもチーズを添えたパンケーキを食べながら、孫の発言を詫びた。

「うまいぞこれは。うちでもつくって出してみるか」

 しかし、話題を変えるのには失敗した。


「ミシェルは、イヤか?」


 ものすごく純粋な瞳に覗き込まれて、ミシェルは戸惑った。


「え? えっ? イヤ? 嫌っていうか――」

「まぁ、嫌ならしかたない。子を産むのは、大変らしいからな。心配するな、ちゃんと妻がいなくても、わたしが、バンビとジェイクの子を産んでやるから」


 今度吹き出したのはバンビとジェイクだった。おじいちゃんは困り顔で、「おまえがそんなことを言うのは十年早い」といった。


「勘違いしてもらっちゃ困るが、これはルチヤンベル・レジスタンスの教育じゃないぞ」

 と付け加えた。

「ルチヤンベル・レジスタンスは一夫一妻だ。不貞は許されんし、……そもそもだな、ルシヤがそんなことを言い出したのは、多分、うちにくるエラドラシス人の影響だな」


「ああ……エラドラシスの、」

 バンビが納得したようにうなずいた。すっかりつかれていた。


「まァ、民族的に産めよ増やせよの思想が根付いているところは、そういう考えにもなるよな。女が少なかったり、村が途絶えそうになっていたり」


 クラウドの言葉に、ルシヤが目をぱちくりさせた。


「……そうなのか?」

「文明が爛熟(らんじゅく)して人口が増えているところは、本能的に産む気がなくなる――。ま、環境だな」

「興味深い意見ね。そういやL5系って、ガツガツしてないもんね」


 バンビがうなずいた。


「むかし、自然科学者だったパパについてあちこち世界を回ったことがあったけど、原住民はけっこう産み育てたがる。地球人はそうでもないのよね。パパは、地球人に浸食されまいとL系原住民が人口を増やしたがっているとかいう論文を書いていた気がする」

「地球人は、かつて、人口過剰になってL系にきたわけだからな。――アレク、君のパパの論文も興味深いな。今度読ませてもらっても?」

「いいわよ。取り寄せといたげる。パパは大喜びだわ」


 めずらしくケンカに発展しないふたりの横で、ジェイクが苦笑気味に言った。


「つまり、ルシヤさんは、ちゃんと好きな人と結婚して、子どもを産んだらいいんですよ」


「わたしは、ジェイクもバンビも、好きだぞ?」

 ふたりはやっぱり()せた。

「まぁいいさ。余った方の子を、産んでやる」

 ひとりで納得したようで、ルシヤは小さなコンロでチーズを焼き始めた。

 

「このパンケーキもおいしいけど、このあいだいったスイーツ・ビュッフェ、最高だったわね」


 さんざん噎せ込んだバンビは、紅茶をひと口飲んで、気を取り直した。


「リリザみたいな世界だった!!」


 こっちは話題を変えることに成功した。ルシヤは、溶けかけたチーズをミシェルのパンケーキに乗せてやってから、叫んだ。


 スイーツ・ビュッフェ。

 そう――アンディ親子が降船するまえ、ふたりのルシヤとバンビ、ルナでいったスイーツ・ビュッフェである。


「チケットがあると知ってたら帰ってきたのに……」


 ミシェルが涙目で悔しがるほどだった。

 そう。あのスイーツ・ビュッフェは二度と行けない――といっていい。クラウドが「じゃあ俺と行こうよ」といって予約を取ることができない、幻のスイーツ・ビュッフェだったのだ。ミシェルは、この質問を何度したことだろう。


「ルナ、いったいどこからチケットもらったの?」

 

 時はちょっぴりさかのぼる。

 アンディが電子腺の装置で治療している十日間のあいだに、ルナは一度自宅に帰った。そのときちこたんが、四枚のチケットを発行したのだ。pi=po経由で送られてきた電子チケット。


『至急でしたので、グリーン・ガーデンにお届けに上がるところでした』


 ルナが帰ってこなければ、ちこたんがグリーン・ガーデンに来ていたという。印刷されたチケットを見て、ルナは仰天した。


 それは、K12区の高級ホテル、トルディルシュ・ホテルのスイーツ・ビュッフェのチケットだった。


 完全予約制で時間制限があり、決まった人数しか入れない。ちこたんに確認してもらったところ、すでに予約は三年先まで埋まっている。チケット代も三万デルと高額で、ルナたち庶民は、おいそれと手が出ない高級ビュッフェだった。


 ルナは最初、またタキおじちゃんかと思った。だが違う。送り主の名前はなく、イニシャルだけ。それも「A/S」とある。

 Aなので、アンジェリカかとも思ったが、アンジェリカだったら直接誘ってくるだろう。

 シャンパオの支配人の名前は知らない。ルナは送り主がだれか分からなくて悩んだ。


 四人分あるので、ルナとミシェルと、リサとキラの分かとも思ったのだが、以前、リリザの遊園地の無料チケットが届いたときは、一枚ずつ、それぞれが住む住所に届けられた。


 このチケットは、ミシェルたちのところにも届けられていると思っていいのだろうか。


 悩んだけれど、予約の日付がとても近かった。「至急」で配送された意味が分かるくらい近い。


 この際、ルシヤふたりとアンディを誘っていくことにした。親子のいい思い出にもなると思って。



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