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キヴォトス  作者: ととこなつ
第三部 ~ハン=シィク篇~
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104話 約束の地 3


 アンディ親子は、降船の三月三日までを、おだやかに、草原の一軒家で過ごした。


 ルナがなんだか勝手に留飲(りゅういん)を下げたのは、引っ越しのためにK16のアパートにもどったとき、近所のおばさんたちが、アンディのあまりのカッコよさに、口を開けた姿が見られたからだった。


 ルシヤも「わたしのパパ、かっこいいでしょ」と胸を張りまくりだった。


 ルシヤだって可愛いのだ。もう、パパは外出を拒まなくなったし、お金の計算だってセルゲイが教えたから、お金のつかいかたに怯えなくてもよくなった。だから、着たきり雀だった服は処分して、新しいのを買った。なにせ、この宇宙船はお金がいっぱいもらえるのだ。


 グレンがパパとルシヤをコーディネイトしてくれたし、新しい服を着たふたりは、ただのイケメンパパと可愛いお嬢さんだった。

 そして、イケメンパパは、今日でこの区画とはオサラバ。


 なにやら主婦たちの未練がましい視線を受けながら、なにも知らないアンディは、ルナとルシヤに、無遠慮に微笑んだ。おばさまたちの声にならない声がルナたちにも聞こえた。


 親子は荷物が少なかったので、往復することもなかった。ハンシックのポンコツトラックで運ぶだけで用足りた。

 

 ハンシックのみんなと、アンディ親子と、ルナたちとで、もう一度ルシヤの映画を観に行った。


「休暇ばんざい!」とハンシックのルシヤが大喜びだった。


 夜は毎日ハンシックで夕食を取ったし、ルナと二人のルシヤとバンビが、スイーツビュッフェにもいった。リズンにもいったし、K12区のショッピングモールもいった。ロッテ・コスカーテの滝にも、もう一度お弁当を持って行った。

 リリザには行けなかったが、楽しいことはたくさんあった。


 そして、親子がハンシックで皆と過ごす最後の夜。

 しんみりとした空気にはならなかった。いままでさんざんしんみりしてきたのだ。楽しく過ごしたい。みんながそうだった。


 ルナはアンディと、それから娘のルシヤと、K12区の有名店にケーキを買いに行った。アンディ親子からみんなへの、ささやかなお礼だった。


「あそこのケーキ屋さんはね、雑誌にも載ったことあるの」


 ルナは言った。

 アンディとルナの手には、ケーキの箱がひとつずつ。予約したホールの大きなケーキと、欲張って、ショーウインドーに並んだケーキをあれこれと十個も買いこんできてしまった結果だ。


「どうりで。混んでたもんな」


 のんびりと、アンディが言った。

 ずいぶん、砕けた口調で話してくれるようになった。声にも張りがある。アンディの身体の回復は、目覚ましいばかりだった。


「あたし、今日は、ケーキを三個食べるの! ルシヤもきっとそうだわ!」


 ルシヤはもうほとんど、毎日はしゃぎっぱなしだった。かなり早い時間に、くたびれて電池が切れて、寝てしまうくらい。


「あまりはしゃぐと、今日も七時ころには寝ちまうぞ」

「今夜はもう少し、起きてるわ!」


 ふと、ルナは目を吸い寄せられた。歩道の花壇を手入れしている女性に。


 歩道の樹木や花壇の手入れが行われているのだった。ひとは――役員らしき人物がふたり。あとはpi=poだ。たくさんの機械が花に水をやったり、枝葉を整えたり、花壇の花を入れ替えている。


 作業はpi=poがやっても、最終的な調整は、人間がやるのだろうか。緑のカバーオールを着てしゃがみこみ、花の色合いを、ああでもない、こうでもないと悩むように入れ替えている女性。


 ルナは、彼女をどこかで見た気がした。


「タオちゃーん! 休憩に入ろう!」


 同じ作業をしていた役員が、女性に呼びかけた。「はぁい!」明るい返事。

 やっぱりこの声も、どこかで聞いたことがある。

 女性は立って、仲間の元へ向かった。こちらへやってくる。ルナとすれ違う。すれ違いざま、微笑んだ気がした。小さく、声が聞こえた。


『よかったね』


 ルナに? それとも仲間に向かって?

 ルナは振り返って彼女の後ろ姿を見たが、どこで見たのか、もうすっかり忘れていたのだった。


「どうしたの? ママ」


 立ち止まってしまったルナに、ルシヤは聞いた。


「ううん。なんでもない」


 ルナは、ルシヤの手を握り直して、歩き出した。

 ルシヤを真ん中にして、ピューマと二羽のウサギの“家族”は、三人で手をつなぐ。


「ね、今日、ハンシックでなに食べる?」

「わたし、メトの焼きそば!」

「オレはジャーヤ・ライスかな」

「あたしアノールのきのこシチュー。トワエのサラダも頼んで、みんなで分けようよ」

「賛成!」


 シュナイクルから借りたシャインのカードで、すぐハンシックの倉庫につく。


「よお、いらっしゃい」


 店に入ると、シュナイクルが迎えてくれた。店はまだ休業中だ。奥のテーブル席は、いつものメンバーで埋まっている。今日はカブトムシさんももちろん一緒。


「おっ! ケーキか。ありがとう。デザートに食べよう」

「ずいぶんたくさん買ってきたわね」


 箱をふたつも渡されて、シュナイクルは笑み、バンビは呆れた。


「外は寒かったろ。アノールのはちみつ酒か、エラド・ワインをあっためるか」

「じゃあ、エラド・ワインを」


 アンディがそう言ったので、ルナは「あたしも」と言った。


「ルシヤには、あったけえミルクを出してやる」

「ありがとう! シュナイクルさん」


 ケーキをシュナイクルに預けて席に着くと、ジェイクがにこにこ顔で料理を運んでくる。


「さあさあ、お待たせ! ジャーヤ・ライスにメトの焼きそば、アノールのきのこシチューだ。パンはアノールのだったな」


 今日はアズラエルも厨房に入っているようだ。厨房から彼の声がする。


「エラド・ワインに、ミルクははちみつ入り! トワエのサラダは足りなかったらいってくれ。ジャーヤ・ライスは大盛りだ」


 アンディが頼んだジャーヤ・ライスは、とんでもない山盛りだった。


「おいおい。ジェイク、また大盤振る舞いしすぎだぜ」


 やっと食欲が出てきたころだ。ようやく人並みに食べられるようになってきただけで、さすがにこの量は。

 アンディがびっくりしていると。

 ジェイクはすこしさみしそうな笑顔でいった。


「ほら、しばらくこの味ともお別れだからさ」


 ルナは取り皿四つに――四枚に、料理を取り分けた。席に座っているのは三人。もう一皿分は――。


「ルナ!」


 ハンシックのルシヤが、倉庫のほうから飛びだしてきた。どうやらおつかいから帰ってきたようだ。


「おかえり、ルシヤ。ごはん食べよう」


 ルナと、ルシヤが二人。三羽が並ぶと、シュナイクルが笑った。


「おまえら、ほんとうにそっくりだな」




 ――夢のような日にちは瞬く間に過ぎた。


 三月も三日すぎたその日、春というにはまだ寒さが残る日、ルナたちは、そろってK15区の宇宙船玄関口にいた。


 通路の黄線をはさんで、向こう側にはアンディとルシヤ、そして担当役員のダック。


「話はつけておいたが、なにか行き違いがあったらすぐ連絡をくれ。困ったことがあったら、なんでも」

「助かったよ。ありがとう」


 クラウドが差し出した手を、アンディはしっかりした力で握った。でももう、だれかを勝手に炎上させることはない。


「帰りの宇宙船でなるべくリハビリを――えっと、これがリハビリのマニュアル。参考にして。これはなにかあったときのための治療薬で、しばらくは、このドリンクを飲んで。電子腺をつかったら、なるべくすぐ連絡をちょうだい。どんな様子だったか――」

「バンビ。君、それは昨日、存分に話しただろ」


 落ち着かない様子でたたみかけるように騒ぐバンビを、クラウドが半分呆れ顔でなだめる。


「……どうか、ふたりとも、身体を大事にね」


 真っ赤な目を隠しもせず、バンビはようやくそれだけいった。


「感謝してる。ほんとうにありがとう」

 アンディは、笑みを見せた。


「達者でやれよ」

「元気でね」

 グレンとセルゲイが、かわるがわる肩を叩く。


「おい、今度会ったら、正式に決闘を申し込むぞ」


 アズラエルは最終的にガンをつけた。アンディは困ったように笑い、「まぁ、オレは、あんたに敵わないと思うが」といった。


「そういうやつが意外としぶといんだよ」


 ルシヤとルシヤは、しばらく抱き合っていた。


『L系惑星群L80いきのL355便、搭乗ゲートが開きました』


 アナウンスの音声で、ようやく離れた。ハンシックのルシヤは目が真っ赤だったが、泣いてはいなかった。かたやアンディの娘は、号泣していた。


「さよならはいわないよ」

 ルシヤはきっぱり言った。

「どうせ、地球行き宇宙船がL55に帰ったら、会うんだから」


 バンビは、四年に一度のメンテナンスを、アンディに確約した。地球行き宇宙船がL55に帰港したとき、アンディ親子を船内に招いて、メンテナンスをする。

 地球行き宇宙船の乗船金額は一日五十万デル。幾日分かの滞在費を融通(ゆうづう)するだけでも大変だが、アンディも稼げるように努力するし、バンビは、メンテナンス装置を持ち運びできるように研究を続けるつもりでいる。


「また会うんだからな。でも――寂しいな」

「きっと、またおまえたちも、もどってこられると信じている」


 ジェイクは涙をぬぐっていったが、シュナイクルの声にさみしさはなかった。また明日にでも会えるといわんばかりの明るさだった。


「ここは、我らハン=シィクの民の、約束の地だからな」


「ママ――!!」


 ルシヤはルナに飛びついた。おそらくは、ルシヤと同じくらい、ルシヤはルナから離れがたかったろう。だが、アンディがルシヤごと、ルナを柔らかく抱きしめた。

 この腕が“もう一度”、彼女を抱きしめられるとは思わなかった。


「会えて、うれしかった」


 ルナにだけ聞こえる声で、アンディは小さく言った。そして、泣きじゃくる娘をルナからそっとはがし、抱きかかえた。


「じゃあ――ほんとうに、ありがとう。……また」


「道中、気を付けて!」

「元気でな!」

「地球の写真を送るからな! 手紙も書く!!」

「また会おう!!」


 アンディは背を向けた。あとは振り返らなかった。

 今日は最初から泣きっぱなしだったダックも、アンディの背を押し、通路の向こうに去っていく。

 涙顔のルシヤは、見えなくなるまで手を振っていた。

 ルナも手を振った。アンディは振り返らなかったけれど。ルシヤの涙顔が、通路を曲がった先に消えた。


 さよなら、またいつか。

 もう一度、会えてよかったよ。

 大好きな、オレの女神(ルシヤ)




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