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キヴォトス  作者: ととこなつ
第三部 ~ハン=シィク篇~
241/943

104話 約束の地 2


「オレは――」

 アンディは言葉を詰まらせた。

「もしかしたら、いや、まちがいなく、あんたの仲間を、」


「もうその話はやめにしないか」


 シュナイクルはアンディの前にしゃがみこみ、肩に両手を乗せた。


「俺たちは、ハン=シィクの子だろう」


 静かに、語りかけた。


「俺たちの祖であるアラン・B・ルチヤンベルは言っていた。我らは約束の地を探すのだと」

「約束の地……?」

「戦のない、平和の大地だ。アランは軍事惑星からL46へ移住するとき、そう仲間たちにいった。我らは、L46に平和をもたらしに行くのだと。L46を平和が約束された地にする。そもそも、アランたちは、平和を望んで地球からラグ・ヴァダ惑星群に来た。L46にわたるときも同じだ。それが叶わないならば、我ら一族はいつでも旅立つと」

「平和……」

「地球の神の教えだ」


 アランもまた、地球から来た神だから。

 シュナイクルはうたった。


 おお! ハン=シィク ハンの樹の子どもらよ。

 祝福されよ マ・アース・ジャ・ハーナの神の子。

 おお! ハン=シィク 我らはともにハンに見守られし神の子。

 争わず 和を尊び 永遠の祝福を受けるべし。


 アンディは、美しい詩だと思った。いつか聞いたことがある。だれの口からだったか。それはもう思い出せない。


「ルチヤンベル・レジスタンスは滅び、俺たちはここに来た。アランの末裔である俺たちが。きっと呼ばれたのだと思っている」


 “三人”のルシヤも、真剣な顔で聞いていた。


「ここは約束の地だ」


 シュナイクルは立って、雪原を見渡した。


「争いのない、平和で、おだやかな、アランの望んだ、約束の地だ」


 アンディも腕を引かれて、立った。


「恨みは、ここでは存在しない。俺たちは皆ひとしく、ハン=シィクの子だ」


 アンディの視界がぼやけた。おかしい、もう視力は直ったはずだ――瞬きをすれば、涙がひとしずく、こぼれる。


「――あ」

 濁る視界に、ポツンと、ちいさな生き物をとらえた。

「パルキオンミミナガウサギ……」


「ええっ!?」


 真っ先に飛びあがったのはハンシックのルシヤだ。


「えっパパ、どこ? どこ!?」


 娘も父親の背に飛びついた。よじ登って、遠くを見まわす。


「――ほんとだ」

 次に見つけたのはルナだった。


「どこだ!?」

「えっ、どこ」


 おとなたちもおとなげなく騒ぎ立て、ルナとアンディが見ているほうを探した。


 ハンの樹の方角ではない、もっと東のほうに、キラキラ光る七色の長い耳が、風にそよいで揺れている。

 パルキオンミミナガウサギが、こちらを見ている。

 さあっと地吹雪が吹いたかと思ったら、その姿は消えていた。


「見送りに来たな」

 シュナイクルは見つけたようだ。微笑んで、そういった。

「おまえはきっと必ず、またここへもどってくる。パルキオンミミナガウサギが待っているからな」


 アンディは目を覆った。なんでか涙が出てくるのだった。


「もちろん、俺たちも、だが」


 肩を叩くシュナイクルを背に、アンディはしばらく、パルキオンミミナガウサギがいたほうを見つめていた。真っ赤な目をだれにも見られたくなかった。

 自分を待つだれかがいるなんて、考えたこともなかったのだ。


 パルキオンミミナガウサギを見つけられなかったクラウド他約二名ほどは、しかたなくストーブのそばにもどった。

 ルシヤはふたりとも見つけたようで、テンションがマックスと化した。

 アンディも鼻をかみ、すぐ椅子にもどった。あまり泣いてばかりもいたくない。


「さっきの話だが、もし軍事惑星にもどって傭兵業をする気なら、提案がある」


 アンディが座るなり、クラウドは言った。ここからまた少し真面目な話になったので、ルシヤたちは静かになった。


白龍(パイロン)グループを知っているかい?」

「ああ。軍事惑星じゃ大手の傭兵グループだろ」


 軍事惑星で暮らしてきたアンディだ。知らないわけはない。


「白龍グループの組織の中でも紅龍幇(ホンロンパン)は、DLの脱走兵や原住民過激派グループの生き残りを受け入れているって、それも?」


「いや……」

 それは初耳だった。


「DLの脱走兵ったって、L43のほうだけどね。それに、高度サイボーグ化されたヤツ――自分を趣味でいじっちゃう連中てのは、いつの世もいるんだ。そんなフリークス部隊もある。特殊も特殊なメンバーばかりで埋まっている部隊もある――君なんて、人間の姿をしてるほうだよ」


 アンディは、自身の格好を見直した。


「もともと白龍グループはでかいだけあって軍部とも連携していてね。心理作戦部も紅龍幇との縁が深い。トップのジョンは俺も何度かあったことがあるが、信頼できる人物だ」


 クラウドはセルゲイのほうを示した。


「彼の担当役員が、チャンといって、もと傭兵専門の弁護士。ジョンは彼の祖父の兄――に当たるんだったかな。彼も実直な人柄だ。組織自体も信頼がおける。保証もある。どうだい? 紅龍幇に所属してみるってのは」

「あんたが、口を利いてくれるのか」


 アンディが身を乗り出した。クラウドはその勢いに驚きつつ、気を悪くしてはいないなと思って話をつづけた。


「フリーで傭兵家業するより、よほどいいと思ってね」

「いや――感謝しても、しきれないよ」


 アンディはおずおずと、頭を下げた。


「俺のいるメフラー商社を紹介しようと思ってたんだが、クラウドが紅龍幇のほうがいいってきかなくてな」

「ごめん、悪いけど、報酬は紅龍幇のが上だ。アンディはこれから、この宇宙船で治療するために、金を稼がなきゃならないしね」

「まぁ、そうだよな……」


 アズラエルがものすごく惜しい顔をしているのは、この際見ないふりをしたクラウドだった。


「でもうちは、自動車整備士の資格も取れるぞ。それに、アマンダって強烈なババアはいるが、比較的人間関係も穏やか。まさしく平和だ」

「アズ、引き抜きはその辺で」


 ジェイクが横で大笑いしている。


「電子装甲兵だってことも気にする必要はない。それに、」

「ああ。――おそらく、もう電子装甲兵はつくられない」

「え?」


 グレンが、アンディに新聞を渡した。軍事惑星L18のものだ。せわしなく新聞を開いたアンディの目に、わかりやすく飛び込んできた記事があった。娘のルシヤもあわてて駆け寄って、のぞきこんだ。


「――これは」


 DLの南拠点が一部、ケトウィン国とL18の連合軍に攻め落とされ、その拠点から数多くの死体が見つかったという記事だった。電子装甲兵になりそこねた者たちの白骨化した遺体が数多く発見されたと。


「ここは……」


 アンディにはすぐにわかった。ここは第一研究所があったところの裏庭だ。アンディが電子装甲兵化したあと、内陸の奥に、もっと大きな研究所が建てられた。

 アンディの口内に、ビールより苦い味が広がった。


「……ここに、オレの妻も眠っていた」

「ママが?」


 妻の遺体を、ほかの遺体と一緒に埋めたのはアンディだった。本来なら下っ端のする作業だったが、アンディはだれにも任せたくなくて、あの重労働をひとりで行った。いっしょに埋めた遺体は、何体あったろう。鍛えたアンディでも、もう腕が動かなくなるほど。


 あの日だったかもしれない。ルシヤを連れて逃げようと、決意したのは。


 一番大きな記事は、電子装甲兵をつくりだしたワヂとアルベルト博士の遺体も、少し離れたところで見つかったということだった。


 すでに記事のことを知っていたバンビは、いたましく瞑目(めいもく)するだけだ。


 あの時点で、デイジーとマシフが、必死で彼らを引き返させようとしても、もう手遅れだった。


「あいつらが死んだのか」

 いつも青白い、死んだような顔をしていたふたりをアンディは思い出す。

「なるほど……あのふたりがいなくなれば、もう電子装甲兵はつくられない」


 アンディの表情は、たとえようのないものだった。

 しばらくパチパチと、炭の弾ける音だけが聞こえた。


「それにしたってよぉ、ヒック。アンディをよう、つかまえるだけだってンなら、最初から、ヒック。俺に任せてくれりゃよかったんだよ」


 しんみりとした空気をぶっ壊してくれたのは、アンディの担当役員だった。


「おいおい、飲みすぎだぜダック」


 親子の降船が決まってしまったものの、アンディの命が救われたことにすっかり安心してしまったダックは、故郷の酒を樽ごとがぶがぶ飲んでいた。それでこの始末だ。


「どういう意味だい?」


 酔っぱらって呂律(ろれつ)の回らないダックの話をまともに聞くものはいなかったが、クラウドが言葉を拾った。


「アーず、ヒック。ア、ズラエルが戦うことなんてなかったんだよ。ヒック。お嬢も、あんな危険な真似ぁ、するこたなかった、ヒック。俺に言ってくれりゃ、ヒック」


「さ、水だ。ダック」

 クラウドは巨漢に水を渡した。巨漢は酒と一緒にゴクゴク飲んだ。


「アンディの火力は見てただろ。君は、バンビの防具なしで、アンディに触れたっていうのかい?」


「そういや……」

 アンディがハッとした顔でつぶやいた。

「ダックだけが、オレの攻撃を受けても燃えなかったな」


 そもそも、アンディの火をいつも鎮火してくれていたのはダックだ。


「なんだって!?」


 それを聞いて、全員の目がアンディに向かい、それからダックを見た。


「ン?」

 ダックはヘロヘロの半眼で、周りを見回した。


 宇宙船に乗る前、アンディ親子がL42の森でさまよっていたときだ。ダック率いる宇宙船の救助隊が助けに来た。そのとき、アンディははっきりとした敵意を持ってダックに拳を繰り出した。その時点で、通常の人間なら炎上する。だがダックは、アンディを抱きしめたうえに、焦げひとつつかなかった。

 自分の症状で手一杯で、それがなぜなのか、考えたこともなかったアンディだった。


「ったりめえだァ。俺たちマケロッタ人の甲皮は無敵だァ!! どんな火も爆弾も効かねえぞう。矢だって刺さらねえし、拳銃の弾だって貫通しねえ!!」

 ヒック、とダックはしゃっくりをした。

「でっけえ爆弾は、ちょっとやべえかもしんねえけど、」


「ええっ」

 飛び上がったのは、バンビだった。クラウドも目の色を変えた。

「ダック――もしかして――あなたの民族って――脱皮、とか、する?」


 急にダックは肩を落とした。


「する――するよ。するんだよ。するけどよ、でも、あんまいうと、おめえらみてえな種族には、気味悪がられるから、いわねえけど、」


「こ、これ! もしかして、君たちの脱皮後の体皮かい?」


 クラウドが興奮気味に、バンビが作った防具を差し出す。いつのまに室内に取りにいったのだろう。ダックはしげしげとながめて、


「ああこりゃ二十歳前後のやつの皮だな。俺たちはよう、生まれて数ヶ月と、あと十歳ころと、二十頃に脱皮する。二十で脱皮したら成人だよ。それからだいぶたって、五十頃に脱皮したら、その後は長生きだっていわれてる」


 クラウドはバンビと顔を見合わせた。


「こ、この体皮、なんとかゆずってもらうことはできる? あ、いや、ちゃんと相応の金額は支払いますから……」

「量が欲しいんだ。君の一族に、なんとか口を利いてもらうわけには……」


 ダックは困り顔をした。


「え? う~ん。それは難しんじゃねえかな。だいたい、健やかな成長の記録だってとっておきたがるからよう……でも最近の若い適当なヤツは、保管をめんどくさがって捨てちまう奴もいるからなぁ」

「ホントかい!?」

「え? あ、うん。捨てるってヤツのならもらえるかもな。それに、二十歳前後の皮より、たぶん五十のほうが強えぞ。そいで、百を超えた皮があったら、そりゃたからもんだ。手を出すなよ」

「わ、わかった! わかった!」

「光明が見えたぞ……!」


 電子装甲兵はもうつくられなくなっただろうが、脅威が去ったわけではない。生き残りが、激しい抵抗を見せている。電子装甲兵を倒すのではなく、なるべく保護することができれば。

 ほとんど膠着状態のL46の戦争に、終止符が打たれるかもしれない。


「こうしちゃいられない……!」


 クラウドはエーリヒに連絡するため、ハンシックの室内においた自分のノートパソコンに走った。


「なんなんだぁ……?」

 ダックはまるで意味が分かっていなかった。


「なるほど。ダックさんがアンディさんたちの担当役員に抜擢された意味が、分かったね」


 セルゲイが納得したようにうなずく。グレンだけは、煮え切らない顔をしていた。


「地球行き宇宙船の情報源はどうなってるんだ。どうして、マケロッタ人の甲皮が、電子装甲兵の火に効くなんてことを知ってたんだ。軍事惑星も知らない情報を……」


 情報が公開されていたら、もうすこし早く解決していたんじゃないのかというグレンの言葉に、アズラエル、ジェイク、バンビも加わって論争が始まった。


「ダックさんは、カブトムシさんだから仕方ないんですよ」


 ちょっぴり深刻化した空気は、ルナのカオスなひとことによってぶち壊しになった。

 グレンはそれ以上、なにもいわなかった。



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