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キヴォトス  作者: ととこなつ
第三部 ~ハン=シィク篇~
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102話 パルキオンミミナガウサギ 1


「なにやってんだおまえら!!」


 ジルドは怒鳴り散らしたが、後の祭りだった。


 すべてアンジェラの気まぐれで行った、計画性もない誘拐劇だ。この屋敷の人間すべてが、アンジェラの計画に加担しているわけではない。人質がいたということさえ知らない者もある。


 アレニスが指摘したように、この計画はあまりに杜撰(ずさん)で、ジルドをはじめ周囲には戸惑いと迷いも多く、そのせいで迂闊(うかつ)なことが起こりがちだった。


 アレニスがルシヤのいる倉庫にぶちこまれたところで、不運というしかなかった。アンジェラ方にとっては。

 ルシヤにとっては幸運だったが。


「まずったぜ……どうしたらいいんだ」


 アンジェラに連絡するのが先か。この際、洗いざらいシグルスにぶちまけるか。

 ジルドの決断より、アレニスの行動のほうが早かったということになる。

 屋敷を、本物の警察車両が囲んだ時点で、ジルドは観念した。


 



 ルナとルシヤ、そしてジェイクは、シャイン・システムに乗り込むと、すぐさま真砂名神社の端に出た。鳥居側――駄菓子店ハッカ堂と、町内会集会場のあいだにあるシャイン・システムだ。


 扉が開いて外に出たとたん、猛烈な横殴りの風を食らって、吹っ飛ぶところだった。


「きゃあ!」


 ルシヤは転びかけたし、ルナが「ルシヤ」でなかったなら、いつも通りコロリンと転がっていただろう。ルナはめずらしく踏ん張り、慌ててルシヤを抱きしめ、ジェイクがふたりの風よけになった。


「なんだこの風――ひでえな」


 自分のジャンパーをルナたちにかぶせるようにしてジェイクが唸る。

 まさか、こんな悪天候だとは。


 小雨のまじった暴風が、バチバチと頬に打ち付ける。


 この宇宙船は、区画によって多少天候が変わるが、それでも今日は各地で晴天だったはず。どうして、ここだけこんな暴風――。


 こんな状況で、階段を上がれるのだろうか。


 ジェイク自身はどうということもない。警察官だったころは、これ以上の過酷な環境下で訓練してきたのだから。だが、ルナやルシヤはどうだ。

 しかし、今日はやめた方がよくないか、とはいえない状況なのだった。


 階段のほうから、ルナの名を呼ぶ声が聞こえた気がした。ルナのウサ耳がぴょこんと立つ。なにやら今日のルナは、ジェイクから見てもいつものルナとは違う――どこか勇ましい気がしていたので、いつものルナが垣間(かいま)見えて、なぜだか安心した。


「ルナぁ!!」


 空耳ではなかったようだ。声の主――ウェアラブルハードのレインコートを着たアンジェリカが走ってきた。彼女の周囲だけ、くっきり空気の膜が張られ、雨が弾かれている。


「アンジェ!!」


 ルナも大きく手を振って名を呼んだが、ひさしぶり、という挨拶をする時間すら惜しい状況であるのは、ふたりとも分かっていた。


「この雨と風、なんなの?」

「今朝からこうだったみたい。あたし、さっきやっとここに着いたんだけどさ」


 アンジェリカは、三人分のレインガートを手渡した。バンビがつかっていた、目に見えないレインコートだ。ガムケースサイズの機械のボタンを押すだけ。あとは見えない膜が体表を覆い、雨から守ってくれる。

 多少の風も感じなくなるはずだが、今日は風の勢いがすごすぎて、レインガードでも防ぎきれない。 


 アンジェがこちらへ来るまで、向かい風のせいで何度か立ち止まったのを、ルナも見ていた。

 ルナは、つかいかたが分からないルシヤの分を先に起動させてやりながら、アンジェリカと話をした。

 それにしても、風が強くて、まともに話せない。


「アンジェ、えっとね、あたしたち、」

「うん。真砂名神社の階段を上がるんだ」


 風を背にしたアンジェリカは言った。それでもバサバサとコートの裾がひるがえっている。


「とりあえず、紅葉庵に行こう――ついてきて。あ、あたし、ルナの友達で、アンジェリカっていいます」

「ドモ。ジェイクです」

「ル、ルシヤ・L・ソルテです」


 ルナ以外に自己紹介を済ませたアンジェリカは、ルシヤの名を聞いて、真顔にもどった。


「あなたがルシヤ」

「は、はい……」

「パパのために、――自分のためでもあるけど、これからちょっと頑張ってもらわなきゃならない。過酷だけど、がんばれる?」


 ルシヤにはまだ、なんのことか分からない。でも、父親のためと言われて、「はい」と答えるほかはなかった。


「おお、ルナちゃん!」

「ナキジンさん!」


 紅葉庵には、L03の衣装を着た女性がひとりと、ナキジンとその母で看板娘のヒメノ、茶飲み友達のカンタロウがそろっていて、向かいの店からも店主たちが顔をのぞかせている。

 ルナのほうへ猛然と手を振っているヨシノがいたので、ルナは手を振り返した。


 風雨をしのげる店内に入れてもらったところで、ようやくひといきつけた。

 外はびょうびょうと風の音が響いて、恐ろしいくらいだった。


「朝からこんな天候じゃ。なにやらあるとは思っとったんじゃがな……見てみい、あそこ」


 ルナたちは閉めきったガラス戸の内側から、神社のほうを見た。真砂名神社のてっぺん――森のほうに見える四柱の塔に目をやると、黒い柱だけが、炎を灯していた。


 こんな暴風と雨の中、どうして火が消えないでいるのか分からない。それほどの猛々(たけだけ)しい炎だった。


「夜の神の塔じゃ」

 ナキジンは言った。

「あの塔に火がともると、こんな天候になるんや。そろそろ雷も鳴るぞ」


 カンタロウの言葉とともに、ピカッと大路が真白くなり、時間をおいて、ゴロゴロと空が鳴った。


「雨がやむのを待っているわけにいかない。今上がってもらわなきゃ。ルナ、いける?」

「うん!」


 ルナは勇ましく返事をした。


「いいかい、ルシヤ」


 アンジェリカは、ルシヤに向き直った。


「今、長い説明をすることはできない。そんな時間はない。ZOOカードのことは、ルナから聞いてる?」

「ZOOカード?」

「そ、そこからか……」


 アンジェリカの口元がヒクつく。


「う、うん、まぁいいや。……えっとね、ルシヤ。この階段は、真砂名神社の階段は、前世の罪を許してくれる階段なんだ」


「前世の……罪を、許してくれる……階段」


 ルシヤもまた、アンジェリカ以上に、真剣な顔で聞いていた。


「あの階段を、上まで上がると、マ・アース・ジャ・ハーナの神が、罪を消してくださる。でもそれは、かなり過酷な道だ」

「う、うん」

「あなたは、あなたの罪を背負って、階段を上がらなければならない」


 ルシヤは、うなずいた。


「あなたのパパ――アンディの罪は、ルナが背負って、上がる」

「えっ……!?」


 ルシヤの大きな目が、これでもかと見開かれた。


「残念なことを――非情なことをいうようだけれど、あなたのパパは、おそらく今日中に、寿命が尽きる」


 それを聞いて顔色が変わったのは、ルシヤだけではない。ルナとジェイクもだった。


「でも、この階段を、あなたと、ルナが上がり切れば、パパは」

 アンジェリカは、ルシヤから目をそらさず告げた。

「パパの命は、助かるかもしれない」


 ――ルシヤの目が潤んでいくのを、皆がハラハラと見守っていた。けれどルシヤは、大声で泣いたりはしなかった。ただ眉を吊り上げ、ぐっとこらえる顔をして、唇を引き結んだ。

 アンジェリカは無言で、ルシヤに一枚のカードを渡した。


 “運のいいピューマ”


 カードを見つめて、ルシヤがつぶやいた。


「これがパパなの?」

「そう、そしてこれが、あなた」


 ルシヤの“賢いアナウサギ”のカードも見せてやった。ルシヤはカードを交互に見つめ――それから、二枚のカードを抱きしめた。


「パパって……ほんとうに運がいいのね」


 その言葉は、ルシヤが父親の生を、もはやあきらめかけていたことを示していた。


「パパが死ぬ前に会えたらいいなって、ちょっぴり、そう思っていたから……」


 ルシヤの言葉に、ユハラムは眉を寄せ、ナキジンとカンタロウは痛ましい顔をして、ジェイクは鼻をすすった。

 ルシヤは決意を表情に秘めて、いった。


「パパが生きていられるかもしれないなら、わたし、がんばる」


 アンジェリカは今、ややこしいことをいうつもりはなかったが、今朝からのこの状況といい、夜の神が、アンディの命運を変えるために現れているのは違いなかった。


 そして、月の女神の生まれ変わりであるルナが、アンディのカードを持って階段を上がる。


 夜の神の助力は、おそらくルナを助けるためだ。


 “地獄の審判”までいかずとも、過酷な試練になるだろうことは見えていたから、こうして“お人好しのオオカミ”も連れてこられたのだろう。


 だが。

 アンジェリカには一抹(いちまつ)の不安があった。


 月の女神の石板(タブラ)に、ルナの前世である「ルシヤ」が現れ、その前世がよみがえったことは事実だが、ルナはまだ、月の女神として覚醒(かくせい)していない。自覚もない。


 この時点で、どのくらい月の女神の力を引き出せるのかは未知だった。


 他人の、しかも過酷な生を生き抜く人間の人生を、階段を上がるあいだだけでも肩代わりするなんて、ふつうの人間にはできないことだ。


 神か、およそ神に近いほど輪廻転生を繰り返した魂でなければ、不可能。


 けれどルナはまだ、月の女神の魂である自覚がない。この様子を見ていると、「ルシヤ」の前世は蘇っているようだが。


 夜の神の助力だけで、どこまでいけるか。いくら夜の神の力が強くても、彼の神の上役である、マ・アース・ジャ・ハーナの神の火が、まだ灯っていない。


 つまり、すべての人間の運命をつかさどる真砂名の神が、許していないということだ。


 ZOOカードにはまだ、なんの象意も現れていない。

 月の女神の塔も、火が灯っていない。


 アンジェリカにも、どうなるか、分からないままなのだった。

 ただ、これだけは確かだ。


 ルナはかつて、「レペティール」にいた。

 とても果てしない、レペティールに。

 夜の神もだ。


「この階段、ルシヤちゃんに死の危険はないんだよな?」


 ZOOカードが何なのかはこのあいだ知ったが、階段のことはまったく知らないジェイクが、アンジェリカに聞いた。


「死の危険なんかないよ。彼女が自分の罪を背負って上がりきれば、それで終了だ。今世はすべてがうまくいくようになるよ」

「……逃げる生活をしなくてもよくなる?」


 ルシヤが不安そうに聞いた。大人たちはふたたび、いたわしげな顔でルシヤを見たが、アンジェリカは強くうなずいた。


「うん、そうだよ」

「……わたし、がんばるわ」


 ルシヤはぎゅっと、二枚のカードを胸のあたりで抱きしめた。



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