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キヴォトス  作者: ととこなつ
第三部 ~ハン=シィク篇~
234/944

101話 賢いアナウサギ 2


 アンジェラ邸に入ると、ふたりはまっすぐ廊下を突き進んだ。探るような動作をしながら二階へ。


 赤い点滅は、ルシヤの位置である。けっして、爆発物のありかではない。警備員はまんまと騙されたわけである。


 ルシヤが爆弾を持っているというのを、この際利用させてもらったクラウドだった。


 最初の計画では、ルシヤの位置を特定し、こっそり忍び込んで救出、をアズラエルに任せるつもりだった。だが、どちらかというと危険性の高い――見つかったら確実に降船――なので、別の方法も考えてはいた。


 アズラエルは、アンジェラの周囲の人間には面が割れすぎているし。


 今回の方法のほうが、危険は少ない。真正面から入っていける――だが、こんなにもあっさりいくとは、さすがのクラウドも思っていなかった。


「――マジで?」


 ジェイクも同じ気持ちだった。ルシヤの存在が確認された倉庫まえには、見張りすらいない。


「なにか罠があるとか?」

「……かも?」


 あまりの無防備ぶりに、裏を疑ってしまうくらいだった。


「お、おい――ちょっと待った!」

 黒服二名が、慌てふためいて走ってきた。

「その部屋は困る!」


 やっとか。クラウドもジェイクも苦笑いした。トランシーバーで連絡しあってただろ。人質の移動なんてすぐやるもんだ。

 ふたりは、この屋敷の警備を他人事ながら心配した。


「いやでも、反応が、この部屋なんですよね」

「なっ……!」

「この屋敷には、爆発物なんか置いてませんよ!」

「弾薬ならありますけど。誤反応起こしてるんじゃないですか」


 ボディガードは拳銃を所持するので、そちらの弾薬は、認可が下りている。

 ジェイクは首を傾げた。


「いやでも、L18製の、時限爆弾ですよ。この屋敷が吹っ飛んじまうくらいの」

「あぁ!?」


 さすがに予想外だったのか、黒服たちは絶叫した。


「そんなバカな」

「バカなって。弾薬程度で調べさせてくださいなんていいませんよ」


 危険があるからわざわざ来たのだということを強調すると、ふたりはうろたえた。


「爆弾て――なんで」

「おい」


 黒服のひとりが、仲間の袖を引っ張って距離を取り、こそこそ話を始めた。


「あのガキ、たしか電子装甲兵ってテロリストの娘だって――」

「あ!? あのガキが仕掛けたってのか」

「テロリストのガキだぞ? 爆弾持ってたっておかしくねえ」

「いや、だっておまえ……」

「下手したら屋敷が吹っ飛ぶぞ」


 ひときわ大きな唸り声が聞こえて――結果、黒服たちは、身の安全を選んだようだった。

 ここまではクラウドの計画通りだ。


「ちょ、ちょっと、待ってください」


 いきなり気持ち悪い笑顔を見せ始めたサングラスたちに、ジェイクはとどめを刺した。


「なんでもいいスけど、早く開けて。俺たちも吹っ飛びたくないんでね」

「は、はい!!」


 いきなり神妙な態度になったのには、クラウドも吹き出しそうだった。

 

 次に男たちがすることといえば、「ちょっと待っててください」といって倉庫に入り、ルシヤから持っているものを剥いでくる気だろう――警察の目に、ルシヤを触れさせないようにするはずだ。そうはいかない。ふたりが倉庫に入ったら、倉庫内で気絶させ、ルシヤを救出する。


 ジェイクと目配せしあったクラウドは、周囲を確認した。

 ほかの人間が、やってくる気配はない。監視カメラもない。オーケー。


 黒服たちは哀れなまでに震えていた。自分たちだって吹っ飛びたくないだろう。当然だ。


 カチャカチャ無駄な音をさせながら、カードキーをさしてドアを開けたとたん――頭から血を流した男が立っていれば、だれだって驚く。


 ギャッという情けない悲鳴が、黒服のひとりから出た。


「ア――アレニス!?」

 黒服は叫んだ。

「なんだおまえ、なんでこんなとこに……」


「あなたがたは、再就職先の手はずを整えなさい」


 アレニスは吐き捨てるように告げた。そして、クラウドたちを見ていった。


「警察ですか。ちょうどいい。救急車を呼んでくださいますか」

「あ、ええ――」


 あっけにとられたクラウドが、思わず答えた。侵入して男二人を気絶、ルシヤ奪還のシミュレーションは泡と消えた。

 離れた場所まで行って、携帯電話で救急車を呼ぶ。


 アレニスは、ルシヤを連れていた――黒服たちの表情が、とたんに強張る。


「この子は?」


 しれっとジェイクは聞いた。


 黒服たちは、泡食(あわく)ったまま答えない。アレニスはそんなふたりを一瞥(いちべつ)し、「保護してください」とだけいった。


 おかげで暴力を振るわずに撤退できそうだ。なにはともあれジェイクはルシヤの安全を目でたしかめ、目配せした。ルシヤにだけわかるように。

 ルシヤはジェイクを見てはっとした顔をしたが、ジェイクのウィンクで、黙った。


「その頭、どうされました」

「病院で話しますよ。それよりこの子を、すぐに安全なところへ」


 アレニスはルシヤをジェイクに押し付け、自分はまっすぐ玄関のほうへ歩いて行った。


「あの、応急処置、」

 ジェイクが声をかけたが、振り返らなかった。


「えーっと、君」


 まったく見知らぬ者のように話しかけられたので、ルシヤは自分も知らないふりをしようと、唇を引き結んで気難しい顔をした。

 助けに来てくれた喜びで、今にも泣きそうだったけれども。


「爆弾、持ってるよね」


 ルシヤはドキリとし、黒服たちは、三歩くらい後ずさった。


 いったい、どこでバレたのだろうと思ったが、そういえばハンシックのルシヤに爆弾の話をしたことを思い出した。ルシヤはおそるおそる、ペンダントに手をやった。ジェイクが目配せするので、しかたなく、ロケットを開けて、ちいさなカプセルを取り出した。


 ますます、黒服たちが距離を取る。


 ジェイクがカプセルを手に取って、ためつすがめつ眺めて――やがて、肩をふっと落として、一瞬だけ苦笑いをした。


「なぁんだ……」


 そばにいたルシヤにわかるくらいの声で、そうつぶやいた。


「回収しました。こちらで処理します。この子もこちらで保護しますんで――」


 ジェイクは立った。

 救急車の音が聞こえる。窓から覗くと、アレニスを運んで走り去るところだった。


 自分たちも早く撤退だ。ジェイクがルシヤの肩を抱いて退出しようとしたそのとき。

 ジルドが、黒服たちの後ろから駆けてきた。


「なにやってんだおまえら!!」

「ジルドさん!」


 ジルドはそばまで来て、警察官の姿に怯んだが、すぐに見破って叫んだ――


「クラウド!?」


「ヤベ」

 舌を出したのはジェイクだ。


「クラウド、なにやってんだてめえ」


「逃げるぞ」


 クラウドは反応もしなかった。ジェイクはルシヤを抱きかかえ、クラウドとともに走った。


「なにやってんだ捕まえろ!!」


 いつになくもたつく警備員たちに苛立って、ジルドは怒鳴った。


「いやでもジルドさん、あのガキ、爆弾持ってるンスよ!」

「はぁ!?」


 足早に廊下を過ぎ、階段を駆け下りる。黒服が二、三人追ってきたが、「爆弾を持ってるぞ!」と叫べば、ギョッとして止まった。

 庭に出れば、防犯用pi=poとドーベルマンが放たれていた――ジェイクの銃さばきはさすがだった。立て続けにpi=poを五基撃ち落とし、退路をつくる。


「お見事!」

「いやぁ、腕落ちたぜ」


 もう二度と、銃なんて手にすることはないと思っていたジェイクだったが、いつどこでつかうことになるかわからないものだ。これから定期的に射撃場へ通うことを誓った。


 そろそろpi=poに銃撃の許可が出るタイミングだが、クラウドとジェイクはプロだ。pi=poが銃を出す前に、門の手前にいた。


 門を出る瞬間、ジェイクは、ひょいとルシヤが持っていたカプセルを後方に放り投げる。


「あっ!!」


 叫んだのはルシヤだ。


 爆発は起こらなかった。代わりに、バチバチとカラフルな火花が散り、pi=poはことごとく小爆発を起こして地面に落下。犬たちはキャウンと可愛らしい鳴き声をあげて逃げていった。


 ルシヤが瞬きをしたのを、クラウドは見た。


 門を出て、ひた走り、離れたところに停めてあった、待機している車に乗り込む。

 全員が乗り込んだ時点で、ルナは車を発進させた。ジルドが門から飛び出してくる。


「ひいちゃうぞ!!!!!」


 ルナは窓を開けて絶叫した。道路は広く、まったく対向車はなかったので、ルナはぎゅおんと白線を飛び出してよけた。ジルドはその勢いに、飛び退って尻もちをついた。

 ジルドの姿を見て、クラウドもジェイクも、ルナも大笑いをした。


「お帰りルシヤ!」

 ルナは叫んだ。


「みんなおつかれさま! うまくいったね!」

「いやあ、ジルドたちがバカで助かったよ」


 クラウドが言うとほとんど嫌みだが、ジェイクまで笑いながら言った。


「マジであいつらがアホで助かった」


 こんな楽な人質奪還ははじめてだと笑い声をあげた。


「ルシヤのアレは――爆弾じゃなかったのか?」


 さんざん笑ったあと、クラウドが涙を拭きながら聞いた。ルシヤも不思議そうにいった。


「パパは爆弾だっていってたわ。学校も消えてなくなるくらいの。だから、つかうタイミングを間違えるなって」


 ジェイクは爆笑を苦笑いに変えた。


「パパが正解だ。あれはL25で売ってる防犯グッズだよ」

「防犯グッズ!?」

「痴漢やスリ対策くらいには効くよ。でも、爆弾ではないな」


 ジェイクがアレを見た瞬間、「なぁんだ」といったわけが、ようやくルシヤにもわかった。


「パパがルシヤをだましたわけじゃないと思うよ。あれもけっこう強烈な作用があるからね。見たろ?」

「うん……」


 防犯用pi=poが、一瞬にしてつかいものにならなくなったのだ。


「人間相手なら気絶する」

「このあいだ、俺が“ちこたん”に食らった電撃を軽く超えてたな」


 クラウドは肩をすくめた。


「おかしいと思ったんだ。地球行き宇宙船に乗る時点で、重火器はぜんぶ取り上げられるだろ。でかい建物が吹っ飛ぶレベルの爆弾なんて、許可がないと持ち込めないはずだし」

「あれくらいなら、防犯グッズとして許可なしでいけるからな」


 ルナがウサ耳をすっかり垂らして、ほっと息をついているのが、後部座席から見えた。


「よかった……」


 なんにせよ、爆弾でなくて、ほんとうによかった。

 アンディが、L25の防犯グッズとわかっていて、ルシヤにそれを渡したのか、彼も建物が吹っ飛ぶレベルの爆弾だと思っているのかは定かではないが、ルナはほっとしていた。


 クラウドもジェイクも、そうだろう。


 アンジェラの留守を狙って行ったのだけれども――もちろん、事前に、そういう状況をつくった。クラウドがムスタファに頼んで、アンジェラをパーティーに呼んだ。

 アンジェラが屋敷にいると、ルシヤが爆弾をつかう率が高くなってしまうかもしれなかったからだ。


 これで、ルシヤの「レペティール」は断ち切ったことになるのだろうか。


「ママ」

 ルシヤが顔を大洪水にしていた。

「ママ――助けに来てくれたのね?」

 

 皆の笑いは、急に静まった。

 ルナは運転しているので、娘を抱きしめることはかなわなかったが、「うん!」と元気よく返事をして、いった。


「アンディさんは、アズとバンビと、シュナイクルさんと――うんもうみんなで、助けるからね!!」


 その言葉に、ルシヤは吠えるように泣いた。

 ジェイクが、ルシヤの頭をそっと撫ぜた。ルシヤがジェイクに飛びつく。ジェイクはびっくりしたが、しっかりルシヤを抱きとめた。


「ありがとう――ジェイクさん、ありがとう」

「無事でよかったよ」

 クラウドも言った。

「みんな、君を心配していた。はやく元気な顔を見せてやらなきゃ」

「ああ。シュンさんのメシが恋しいだろ?」

「クラウドさん、ありがとう……!!」


 ルシヤはそのまま、クラウドにも抱き着いた。ジェイクとクラウドは顔を見合わせて苦笑し、懸命に耐えてきた、ちいさな子どもの背を撫でてやった。


 K11区を北側に出て、K08区に入ったあたりで、ルナはスクナノ湖畔の駐車場に車を停めた。

 ここからは別行動だ。

 警察官の衣装を脱いで、ルナは黒いTシャツとジーンズ、ロングコートの姿に戻った。


「ママ――その恰好、ルシヤみたい」

「うん。気合い入ってます!」


 ルナは鼻息荒く言ったあと、急に眉をへの字にした。そして、ルシヤの顔色を見ながら、あらためて元気そうなことを確認した。


「るっちゃん、おなかすいてない? のどは乾いてない?」

「だいじょうぶよ。ママ」


 実際のところ、食事は定期的に与えられていたので、飢えてはいなかったのだった。扱いは最低だったけれども。


「やせた気がするよ?」

「ごはんはもらってたの。ちゃんと食べたよ」

「そう? でも、一応、おなかがすいてたらご飯を食べて。これからもうちょっと、がんばらなきゃいけないから」


 ルナは、朝アズラエルが作ってくれたサンドイッチと、水のペットボトルをルシヤに差し出した。


「あたしたちは、これから真砂名神社に行きます」

「まさなじんじゃ?」

「うん。パパを助けるために行きます。パパの“レペティール”を断ち切るために」

「レペ、ティール?」

「うん」


 ルシヤには分からなかったが、ルナたちが、アンディとルシヤを助けようとしていることだけは分かる。ルシヤはうなずいた。


「うん。わたしに、できることはある?」

「あるよ。いっしょに頑張ろう」


 ルナはそっと、ポケットに入れてある、「運のいいピューマ」のカードに触れた。


 あの日。


 計画をみんなで話し合ったあと、バンビだけが、「レペティールって、どうやって断ち切るの?」と聞いてきた。


 ルナは答えられなかった。だって、ルナにもわからなかったからだ。

 真砂名神社に行ってみなければ分からない。それだって、レペティールが断ち切られると、確信があるものではなかった。


 つまってしまったルナに代わって、クラウドが言ったのだ。


『今は、俺たちがいる』


 バンビは不思議そうな顔でクラウドを見つめた。


『ルシヤに、ルシヤの夫、ふたりの娘たち、マフィアのボス、孔雀、ボディガード、暗殺家業の親分に、ルシヤの同僚だった刑事――彼らだけだったら、レペティールが繰り返されていたかもしれない。だけど今は違う。俺たちがいる』


 クラウドは、バンビとジェイク、自身を指さした。


『あのとき、運命に関わってなかった俺たちがいる。ということは、運命をひっかきまわすことは可能だろ?』


 不敵に笑った。


『どんな運命の繰り返しだって、まったく同じものはきっとない。俺はそう思う。必ず、悲劇は(くつがえ)せる』


 その言葉で、バンビは腑に落ちたようだった。ずっと迷いがちだった表情に、覚悟が現れたのは、そのときだった。


 ほんとうにレペティールが断ち切れたかはまだわからないが、少なくとも、ルシヤがアンジェラとともに屋敷ごと爆発する――かもしれないレペティールの可能性は、なくなった。


 ルシヤは無事、救出できた。

 ――あとは。


「じゃ、クラウド。あとは頼んだぞ」

「ああ。君たちも気を付けて」


 本作戦の指揮はクラウドだ。このままハンシックにもどって、アンディ捕獲の指揮を執る。


 ジェイクはルナとルシヤと一緒に、真砂名神社へ。

 自動車は駐車場に置いたまま、クラウドはバンビのシャイン・カードでハンシックに。

 ルナたちはジェイクのカードで真砂名神社に向かった。


 そのころ、L18の心理作戦部執務室では。

 エーリヒが、注目していたL46のニュースに変化があったのを見て、その細い目をますます細めていた。


 DLと、ケトゥインを守っているL18の軍との間で小規模な戦闘があり――電子装甲兵の火が、ハンの樹に燃え移って、炎上したという。枯れかけていたハンの樹はいよいよ燃え尽き、消滅した。


 それとは対照的なほど華やかなニュース。ケトゥイン国の桜の木々が、季節外れの満開になったという記事。


「ふむ」


 それが、ハン=シィク地区の守護神だった夜の神の権限が、ついに月の女神に移譲された――という証であることは、エーリヒは知らない。


 彼にはZOOカードとか運命とかサルディオーネとかいうものは、専門外だ。


 だが、ひとつの終焉(しゅうえん)とはじまりを意味することだけは、なんとなく感じていた。




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