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キヴォトス  作者: ととこなつ
第三部 ~ハン=シィク篇~
230/943

100話 アンディ親子救出大作戦 Ⅱ 1


 アンジェリカは、いよいよ決意をした。

 ルナにたったひとことだけのメールを送ってから、まもなく返信があったのだ。


『ありがとうアンジェ。じつは、昨夜、夜のメルカドから脱出して、寒天ウサギさんに会いました。そこで、運のいいピューマのカードをもらったの。どうしたらいいと思う?』


 ルナが「運のいいピューマ」のカードを手にした。

 寒天ウサギが何者かは知らないが、おそらくは夜のメルカドで兄神と接触し、カードを受け取ったのかもしれない。

 だが、どうすればいいかの指示は、なかったのか。


 アンジェリカがそのメールを見ることができたのは、だいぶたってからだ。あれからなにも状況は変わっていず、携帯電話はあいかわらずユハラムが握っていて、一日に一度だけしか、メールも着歴も見られなかった。


 どう返信しようか散々に悩んで、アンジェリカはついに決意したのだ。


『ルナ、そのカードを持って、真砂名神社に来て』


 アンジェリカは、自身も行くつもりだった。

「運のいいピューマ」のカードがルナの手にあるということは、おそらくは、ルナがそのカードを持って、階段を上がることになるのだろう。


 そばには心配そうな顔のユハラム。先ほど、歴代最高の大ゲンカをしたのだった。もう治ったと主張するアンジェリカと、まだいけませんと目を光らせるユハラムとで。


 挟まれたナバには気の毒だったが、もう退()いてはいられない。


「これはわたしの仕事だユハラム!!」


 アンジェリカは絶叫した。ここが病院ということも忘れて――。


「控えよ!!」


 アンジェリカが命令を出したのは初めてだった。この命には、サルディオーネ以下の位の者は、絶対に従わねばならない。ユハラムは、ただの侍女長なのだ。

 こんな上から目線の命令は出したくなかった。アンジェリカはL03の教義も常識も大嫌いだ。


 しかし、今動かなければ。

 ルナが知恵を求めている。そして、助かるかもしれない命が、あるのだ。


 ZOOの支配者として大樹にならなくてはいけない――大局からものを見て、ひとりの人生に揺さぶられていてはやっていけないと分かっていても、今、自分が動けば救えるかもしれない命を、見逃すことはできない。


 それをすれば、大樹になる以前に、人として大切ななにかを失う気がする。

 アンジェリカは、ひとだ。

 神ではない。


「まあなんです。そんな大きな声を出して」


 涙を流し、膝をついて控えたユハラムに、息を喘がせたアンジェリカ。

 ZOOカードボックスを持って入ってきたサルーディーバは、起こっていることをすぐさま悟った。

 彼女はナバをはじめ、侍女たちを下がらせた。


「ここは、賓客(ひんきゃく)用のフロアとはいえ、病院です。大声を出してはなりません」


 サルーディーバはアンジェリカにZOOカードボックスを渡した。巻き付いていた鎖はあとかたもない。


「ね、姉さん、これ――」

「マ・アース・ジャ・ハーナの神の封印が解けておりましたので、持ってきました。やらねばならぬことがあるのでしょう――お行きなさい」

「ありがとう、姉さん!」


 アンジェリカの顔が輝いた。姉がそういってくれたこともだが、真砂名の神の封印が解けたということは、アンジェリカも動いてよいという許可が出たということだ。


「ユハラム、そういうことです。アンジェリカを行かせなさい」

「はい……」


 ユハラムは、ただただ、アンジェリカの身が心配なのだった。

 サルディオーネとなる修業のため、早くから両親と離されたアンジェリカは、このユハラムが母親のようなものだった。それは、サルーディーバも十分に分かっている。


「ユハラム、おまえもお行きなさい」

「よろしいのですか」


 てっきり、サルーディーバが同行するものと思っていた。サル―ディーバの微笑みに、ユハラムは、涙をぬぐって礼の姿勢を取った。


「ありがとうございます、サルーディーバさま……!」


 病院の外へ出ると、すでに専用の高級車が待機していた。

 ユハラムが必死で追ってくるのを見て、アンジェリカは迷ったが、待った。先ほどはあんな命令を下してしまったが、ユハラムがアンジェリカを心配してというのは分かっている。

 自分も、無理をしすぎることは多いし。


「ついてきてもいいけど、口出しはしないでね」


 ユハラムはいつもの、厳しくも鷹揚(おうよう)な微笑みを見せた。


(おそ)れ多くも、サルーディーバさまにお慈悲をいただきました。今日かぎりは、アンジェリカさまのお仕事に口を出すことは致しません」

「今日を限りに、じゃなく、今日限りね……」


 のんびりしてはいられない。せかせかと車に乗り込むと、ユハラムがすかさず「真砂名神社まで向かいます」といった。

 アンジェリカは指示をユハラムにまかせ、車内で箱を展開する。


「やっぱり……!」


 運のいいピューマの寿命が、尽きようとしている。ゴールまであと、百メートルもない。


「これじゃ……」


 おそらく今日中に、寿命が尽きる。


「急いで!」

「かしこまりました!」


 運転手はあわてて発進させた。


「あーあ、もう……ララに頼んで、シャインのカード発行してもらおうかな……」


 中央区の病院からとはいえ、真砂名神社は遠い。


 ――そう。アンジェリカは神ではない。人だ。

 神ならひとっ飛びに真砂名神社に行けるかもしれない。しかし、アンジェリカはひとだった。


 一度しか会ったことはないが、宇宙儀の占術をするサルディオーネさまは、瞬間移動もできるという。けれど、王宮から出てはならない身の上で、そんな能力があっても特に意味はない、と苦笑されていたのを思い出す。


 アンジェリカは、自身を、中取次ぎをする者だと認識している。そう、宇宙儀のサルディオーネにも、水盆のサルディオーネにも教えられてきた。


 神の意をひとに伝える者であり、それと同時に、人の意を神に伝える者でもある。


 アンジェリカはあくまで取り次ぎの者。

 神であってはならないし、ひとに偏り過ぎてもいけない。なるべく「私」をなくし、水鏡のように、双方の意を届ける。


 ――ルナは、それを呼吸でもするようにやってのけている気が、アンジェリカにはした。


 いや、違う。

 ルナは取次ぎ者であり、神でもあり、人でもある。

 神がいて、人がいて、共存している。


 それでいて、だれよりも、普通の子だった。


 たまに常軌(じょうき)(いっ)していることもあるが――以前、緑色のワンピースを着たルナが、黄色いマフラーを頭からかぶって、「とうもろこし!」と自撮り写真を送ってきたときは「だいじょうぶかな」と思ったが――たまにそういうことがある以外は、普通の子だ。


 特別な能力が、あるわけでもない――。


(ルナ)


 ルナが、サルーディーバを助けてくれるというのは、本当のことかもしれない。

 なんとなく、アンジェリカは、実感が湧き始めていた。




 さて。

 ハンシックでは、計画が始動されたところだった。


 作戦を煮詰め、夜明けがきてから、男たちは一時間の仮眠を取って、動き始めた。

 ルナとルシヤは、三時間ほどの仮眠を取った――ふたりの出番はまだ先だ。


 アズラエルがハンシックの厨房をつかってつくったチキン・サンドと豆乳のコーンスープを、シュナイクルたちは「うまい」といって食った。バンビは、スープくらいしか喉を通らなかったのだ。


「……優しい味ね」


 思わずいったら、「アズのスープはママの味だからね」のクラウドの言葉に、一気にしらけ顔になった。

 クラウドの冗談ともいえない言葉が、本来の彼にもどしたようだ。


「電子腺の装置は、いつアンディが来てもいいように、毎日メンテナンスとチェックは欠かしてない。いつでも運んできて――それで、一応、これを、」


 バンビがラボ――研究室から持ち出してきたのは、防弾チョッキのようなものと、ずいぶん大きめのブーツ、グローブ付きのアームカバー、ヘルメットだった。


「ボディスーツにするにはその――予算が足りなかった」

 バンビは言い訳しつつ、説明した。

「これは、対電子装甲兵用の戦闘スーツ。二着しかないんだけど」


 おそらく、アンディと対峙する可能性が一番高いアズラエルに、バンビは渡した。


「おお。すげえなこれは」


 特殊な素材を使った――感触は皮に似ている――アームカバーを腕にはめると、アズラエルの腕にぴったりフィットするように、シュン、としぼんで装着された。伸縮自在の防具だ。防弾チョッキも、本物ほどの重さがなく、ずいぶん軽い。


「一見もろそうに見えるんだけどね。高温の火を浴びれば浴びるほど硬化する、不思議な素材をつかってるの」


「素材はなんだい?」

 やはり興味を持ったのはクラウドだ。


「……あまり声を大にしてはいえないんだけど、とある原住民の体皮なのよ。費用が足りないもんだからね……闇オークションも探したの」


「体皮……」

 アズラエルはなんとも言えない顔でブーツを見つめた。


「金さえあれば、世界最強硬度の鉄かなんかで強化ボディスーツができるんだけど」


「一億が手に入っただろ」

 シュナイクルがいうと、バンビは情けない顔で苦笑した。

「たぶん、一億あっても、ボディスーツの材料代くらいにしかならないかも――」


 店長は、ポカンと口を開けた。研究費用というものは、いつでも原住民の金銭感覚を超えてくる。


「世界最強硬度の鉱石と鉄をつかったボディスーツも、電子装甲兵の火には負けたぞ」


 クラウドは嘆息した。「マジかよ」ジェイクのつぶやき。


「そんなものが効いているなら、もうL46のDLは存在してないよ。爆撃にも耐える戦車が炎上するんだからな。……原住民の体皮か。考えたな。どの原住民だい」

「だからいったでしょう。闇オークションだったって。どの民族のだとかなにも書いてなかったわよ。そのころあたしは、手当たり次第に材料をさがしてた。その中でこれを見つけて、迷ったけど、購入したの。とにかく火に強い。燃えさかる業火の中に一日おいても燃えないんだって――盗品だったけど、非人道的なことをして奪ったものじゃないことははっきりしてたから――」


「え? いやでも、体皮だろ?」

 アズラエルのツッコミ。


「抜け殻だって書いてあったの」

「抜け殻ァ?」

「脱皮する種族は、L系にもS系にも存在するよ――なるほど、抜け殻か」


「カブトムシさんです」


 寝ていたはずのルナがいきなり叫んだ。全員がびっくりして長椅子のほうを注視したが、やっぱりルナもルシヤも、寝ていた。


「カブトムシさんの、抜け殻があります」


 ルナは寝ていた。すやすやと寝ていた。アズラエルがそばにいって、鼻をつまんだから間違いない。プピーとマヌケな音が聞こえた。

 シュナイクルがおもしろそうな顔で、ルナの寝顔を覗き込んだ。


「不思議な夢を見るという話だったが」

「カブトムシが脱皮した夢か?」

「カブトムシって、脱皮するっけ」


 ジェイクまで奇妙な顔で聞いた。アズラエルはいつものことだと呆れ果てていたが、クラウドだけは、なにかひらめいた顔をしていた。


「――ルナちゃんのZOOカードに、カブトムシがいたよな?」


 横道にそれて、ルナのカードケースをひっくり返し始めたクラウドをしり目に、バンビは続けた。


「――それで、これは、まあ、電子装甲兵の攻撃を、何度かは防げる。理論上はね。何度も攻撃されれば耐えられないかもしれないけれど」

「十分だ。最初の攻撃で火だるまになる心配はなくなったってだけで、上出来だ」


 アズラエルは、指先まで覆われたグローブの拳を、握ったり開いたりしながらいった。


「あたしの研究は、とにかく電子装甲兵を救うためのものだから――戦うためのものじゃないんだけど。これだって、捕獲するときのためにつくったのよ。どんな状態で現れるかわからないからさ」


「大人用しかないのか」

 シュナイクルが聞いた。


「ううん。これはお嬢でも装着できるわ」


 寝ているルシヤの足に、ブーツをはかせてやると、アズラエルサイズだった大きさが、シュン、と縮んで、ルシヤの足のサイズに落ち着いた。


「念のため、お嬢にも着せておいた方がいいかもしれないわね」


 ルシヤに着せるのは、万が一の安全のためだ。


「誘い込むのは俺がやる」


 アズラエルははっきりいった。



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