12話 傭兵は試験のパートナー 2
自動車は、リズンのまえを過ぎ、すぐ高速道路に入った。
ウエスト・ロードと呼ばれるひろい道路からK08区に入り、しばらく車を走らせると、大きな湖が見えてきた。さらにK23区の看板が道路向こうに見えたあたりで、アズラエルは大駐車場に車を停めた。
休憩をはさみながら、二時間以上もかかって着いたのは、宇宙船の中央区にほど近い観光地だ。K08区、K23区、K32区をまたぐ大きな湖、スクナノ湖。
周辺はサイクリングロードや遊歩道が整備され、ホテルや遊泳場、レストランなどがあり、観光地化されている。
この三区はほとんどリゾート地あつかいだった。どこも風光明媚な自然が豊かで、K23区は入り組んだ河川を船で渡る、芸術家ばかりが住んでいる区画だ。
K32区は「仕事や事業の協力者どうし」が住む区画と割り振られてはいるが、だいたい中央区付近に移住してしまう例が多く、端に位置する居住区はほとんど、隣のK29区の住民が占めている。
さいわいにも、今日はいい天気だ。観光客がポツポツと見える。
「ここ、一回来たことがあるよ」
車から飛び降りてすぐ、ルナは深呼吸をした。精いっぱいの伸びをして、湖のほうを眺めるウサギがいた。
「おまえ“も”あるのか」
「スクナノ湖のちかくで――あっちの、K23区がわのキャンプ場で、クラフトフェアがあったの」
ルナは、湖の向こうを指さした。
「クラフトフェア?」
「うん。K23区に住んでいる人の雑貨が販売されるクラフトフェアが、毎年ひらかれるんだって。えっとね、手作り雑貨市みたいなの。このバッグもそこで買ったんだよ」
ルナが肩から下げているのは、ジニーのバッグではなく、星が散りばめられている、真っ黒な小宇宙をスクエア型に閉じ込めたような、ナイロン製の小ぶりなバッグだった。
「へえ」
アズラエルは特にバッグにもクラフトフェアにも興味は示さなかった。「こっちだ」とだけ言って、スタスタ歩きはじめた。目的地にはまだ着いていないらしい。
彼の足は、観光地の街中に向かっていた。ルナはいっしょうけんめい追ったが、歩幅がまるで違う。ようやく気付いたアズラエルが、立ち止まってくれた。ルナがふうふう言いながら追いつくと、今度はゆっくり歩くようになった。
オシャレな雑貨店や土産物、カフェがならぶ、白いレンガ造りの坂道を行き、一軒のカフェのまえで立ち止まった。角のところに、ずいぶん広く取られた店舗だ。
目的地はどうやらここらしい。
「ここでクラウドは、ミシェルを見つけた」
「え?」
ルナはきょとんとして、アズラエルを仰ぎ見、それからひろいカフェを見渡した。オープン・カフェになっているが、今日は肌寒いのもあって、外に客はいない。
「入るか」
アズラエルはルナの返事を待たずに、カフェに入った。
今日のおすすめケーキを注文したら、マロンクリームがうず高く積み上がり、さらにフルーツやチョコレートがツリーの飾りのように盛り付けられた、直径十センチはあるデコレーションケーキが出てきた。
「ミシェルは、ゴテゴテ飾ったケーキが好きだって?」
ルナはクリームまみれになりながら、アズラエルの問いに首を傾げた。
「うん?」
あえてミシェルの口から聞いたことはないけれども、そういえばそうかもしれない。ルナは思い返した。ミシェルはどこへ行ってもチーズケーキを注文するとか、決まった味が好きなわけではない。どちらかというと、その店にしかない、特別なケーキを選ぶ気がした。
「ミシェルがそう言ったの?」
「いや」
アズラエルは窓の外を見ていた。
「クラウドの“プロファイリング”だ」
「プロファイリング!?」
「あってるか」
「ミ、ミシェルも、ケーキは好きだけども……」
ルナは、ごっくんと栗のかたまりを飲み干した。
「ミシェルとここで会ったの?」
ルナはメニューを見たが、ここは、ゴテゴテ飾ったケーキしかなさそうだった。しかもかなりでかい。
「会ったんじゃない。見つけたんだ。あいつは声をかけられなかった」
アズラエルはコーヒーで口を湿らせ、淡々と言った。
「ミシェルがこのカフェにいたってことは、おまえもいたのか?」
ルナは、ナプキンで口周りを拭いた。
「ううん。あたしは来るのはじめて」
「そうか」
「……あたしたちが宇宙船に乗ったばかりのころ、湖のキャンプ場で、三日間、クラフトフェアがあったの。あたし、二日目にミシェルと行く約束をしてたんだけども、ミシェルはどうしても欲しいグラスがあって、一日目も来たの」
「なるほどな」
一日目に来たミシェルは、このカフェでケーキを食べたかもしれない。表の坂道を湖のほうへ行くと、クラフトフェアの会場がある。
「ここで、クラウドさんは、ミシェルを見つけて?」
「そうだ。ひと目見ただけの女を、“運命の相手”だっていうから、とりあえず捜すだけ捜そうと思った」
ルナは目を見開いた。
「K27区に住んでんだなってとこまではわかったんだよ。……まぁ、意地になってたところもある。ミシェルって女が“実在”するかどうか。だがそこまでで、見つけて声をかけようって気はなかった。クラウドにも一回はあきらめさせた」
「……」
「そして俺は、マタドール・カフェでおまえを見かけた」
「えっ」
「スーパーで会ったのは、そのあとだ。偶然だったが――そのとき、リサが声をかけて来たんだ」
ルナはようやく納得してうなずいた。
クラウドのためにミシェルをさがしていたアズラエルは、マタドール・カフェで、ルナたちが飲んでいるところを見かけた。ルナがサイファーに連れていかれそうになったときもその場にいて、助けようと思っていたが、グレンという男に先を越されたこと。
そのあとスーパーでも見かけた。そして、ルナがかごに忘れたオリーブオイルを届けて。それを見ていたリサにアズラエルは声をかけられ――話の流れで飲み会をすることになった。
「あのオリーブオイル美味しかったよ! ごちそうさまでした!」
ルナの叫びに、アズラエルは困惑した顔をした。
「そうか。よかったな」
そして、言った。
「話を続けても?」
「どうぞ!」
「ありがとう。……ところで俺は、この宇宙船に、好きこのんで乗ったわけじゃねえんだ」
「え?」
クラウドとアズラエルは幼馴染みだ。
チケットが当選したのはクラウドで、クラウドは昔から地球に行ってみたかった。けれども、地球到達するためには難解な試験があり、その試験がどんなものかすらも謎なので、クラウドは試験対策のために、同乗者をアズラエルにしたというのだ。
乗りたくないと言ったアズラエルに、法外な、傭兵の雇い賃まで払って。
「アイツは“特殊技能”を持った頭のいいヤツで、俺は、運動能力がそれなりに高い。両方のスキルがあれば、だいたいのことには対処できるんじゃねえかって話でな」
ルナは息をのんだ。やはり、試験はそれほどまでに難しいのだろうか。
「さあ? だが、クラウドの話じゃ、地球に着いたって人間が、まるでいないのも事実だ。三万人の乗客が乗ったところで、ほとんどが落とされるのかもしれない」
「……」
ルナの沈黙を見て取って、アズラエルはつづけた。
「だからって、あまりに想定外の試験だったら、俺のスキルも役に立たねえかもしれねえし――まあ、パンフレットを見れば分かるが、一般人が到着してるわけだからな――つまり、クラウドが地球に行けるように補佐するのが俺の役目だったわけだが、」
ひといきついた。
「キラのいうことが本当なら、男女ペアで試験を受けることになるんだよな? それで、まぁ、たぶんクラウドは、ミシェルと組むことにした」
「……!」
「アイツも、試験のパートナーが欲しくて口説いたわけじゃねえぞ。キラの言ったことだって、ウワサの域を出てねえ」
ルナの戸惑い顔を見て、アズラエルは言った。
「わかった?」
「……うん」
アズラエルは、また窓の外を見た。
「知りたかったのは、そのあたりのことだろ?」
ルナは無言でうなずいた。
「おまえが一番理性的だ。俺たちを信用してない。軍人に傭兵に、探偵に――一番うさんくせえのは、俺としちゃ、探偵野郎だが」
一瞬苦笑いしたアズラエルは、笑顔でごまかすこともなく、真顔になった。
「クラウドも言っていた。おまえが正しいってな。警戒心は大切だ。俺たちのようなヤツが、好きだ惚れたと近づいてきたって、信用しない。それでいい」
ふたたびルナが困惑気味な顔をした。
「それと、もうひとつ」
アズラエルは、慎重に言った。
「おまえに、たぶん、ボディガードがついてる」
「ふえっ!?」
ルナは飛び上がるところだった。ウサギよろしく、ぴょこーん! と。
「心当たりはなさそうだな。アパートに送っていったあの日から、なんだか妙な気配がおまえを追っていた――まぁ、考えられるとしたらストーカーか何かだろうと思っていたが」
ルナは、アズラエルがなにやら険しい顔で周囲を睨んでいた理由がようやくわかった。
「こ、心当たりは、ないです……リサならまだしも」
「ああ。ストーカーじゃなかった。たぶん、おまえを“警護”してるんだ」
「け、け、けけけけ警護……?」
そっちのほうがもっと、心当たりなどない。ルナははっとした。
「もしかして、さっきのスーツの人!?」
「いや、それは分からん」
アズラエルは首を傾げた。
「ただの見回りかと思ったが、そうでもなさそうだ。“おまえ”個人についてる。――ずっとだ」
「……!?」
マタドール・カフェでの飲み会の夜、ルナをアパートに送る道すがら、「その気配」はついてきた。リズンで食事をしていたときも。ルナとスーパーに行ったときも。
殺気はなかったし、害のある気配には見えなかったので、今日、もしルナに断られたら、訪ねてきた理由のひとつにしようと思っていたくらいだ。
「ボ、ボディガードって、なんでだろう」
ルナはなんとなく不安になってきて、耳をしょんぼりと垂れさせた。
どうしてボディガードなんかが? しかも自分だけ?
あまりにも心当たりがなくて、不安要素しかない。
そんなルナの顔を見て、アズラエルが言った。
「いま、ここまでは追ってきてない」
「――へ?」
「俺がおまえのそばにいると、いつのまにか姿を消す」
「そ、そうなの……?」
ルナは、アズラエルがいてくれて、よかったと思った。アズラエルが、かわりのボディガードに思われているのだろうか。
「そういうわけだ」
アズラエルは、言いたいことは言い切ったとでもいうように、コーヒーに口をつけた。すぐに飲み干す。
「あの……」
いますぐにでも立ちそうなアズラエルに、ルナはあわてて聞いた。
「きょ、今日は、そのことを教えに来てくれたの?」
「え?」
「あの、買い物袋の中身、エルバサンタヴァの材料だよね……?」
アズラエルは、すぐには答えなかった。
「ああ……まぁ」
なんだか煮え切らない返事だった。
「もしかして、あの、勘違いだったらごめんなさいだけども、いっしょに食べようと、思って……?」
遠慮がちに聞くルナに、アズラエルは観念したように、ひとつ息を吐いてから認めた。
「――そう。ヒマだったら、誘おうと」
ルナのウサ耳が感激のためにぴーん! と立ち、目はこれでもかときらめいた。
「ほんとに!?」
「ほんとだ」
アズラエルはうなずいた。
ルナは、その言葉を聞いて、決心したかのように、テーブルに手をついて、勢いのまま立ち上がった。
「あの、あの、あの! アズラエルさん! あたしの試験のパートナーになってください! お願いします!」
たったいま、決めたことではない。この一週間、ルナもそれなりに考えていたのだった。
試験がほんとうにあるかわからないのだけども。どんな試験かもわからないというのに、なんとなく、アズラエルが一緒だったら合格できるかもしれない、と思えるのが不思議だった。
アズラエルと一緒なら、地球に行ける気がする、というのが。
――そう。アズラエルと一緒の「旅路」なら。
どうしてそう思うのだろう。ルナは不思議だった。この一週間、考えていたことは、試験がどんなものか、ということより、「だれと一緒だったら地球に行けるかな?」ということだった。
この宇宙船では運命の相手に会えるというウワサもあるし。
それが恋人だけとはかぎらなくて、もしかしたら、一緒に地球に行ける仲間とか、そういうのも入っているんじゃないかな? とルナは思っていたのだった。
アズラエルは、最初に会ったとき、怖い感じもしたけれど、懐かしい感じもした。
不思議な夢も何度も見ているし。
だから、ダメもとで。
もしかしたら、断られるかもしれないけれども、一度はお願いしてみるつもりではいたのだ。
べつに、恋人にならなくてもいいので。
試験のパートナー、でいいので。
そうしたら、相手のほうから訪ねてきてくれた、というのが今日の顛末だった。
「あ~……」
しかし、アズラエルは困った顔で腕を組んだ。
「俺は、もう降りるつもりなんだが」
「ええっ!?」
ルナは立ち上がったときと同じくらい勢いよく驚いて、それからしょんぼりとした顔で座った。
「さっき言ったろ? 俺はクラウドに頼まれて乗ったんだ。クラウドはパートナーを得た。もうこの船にいる理由はない」
「……」
とたんに、ルナの目が潤み始めた。
ヤバい。待て。こんなところで泣いてくれるな。別の意味で降船処分が下りそうだ。
アズラエルは焦ったが、ルナは泣かなかった。お目目をハンカチで拭いて、ティッシュで鼻をかみ、必死な顔で言った。
「じゃ、じゃああたし、傭兵の費用を払います……!」
「はぁ?」
L7系の小娘に、メフラー商社ナンバー3の傭兵の雇い賃が払えるわけがない。
アズラエルはそれを言おうとしたところで――ふと。
ルナの部屋の冷蔵庫に置いてきた、エルバサンタヴァの材料のことを思い出した。
(もうすこし)
エルバサンタヴァの謎を解くあいだくらいは、この宇宙船にいてもいいんじゃないか?
そんな気持ちが沸き起こった。
こんなところでメソメソと泣かれたら、まさしくアズラエルは通報だし、そんな不名誉な降り方をしなくても、いつでもこの船は降りられる。
ミシェルからの依頼も中途半端なままだし。
クラウドもきっと、いざアズラエルが降りるとなったら、めんどうくさいゴネ方をしそうだし。
マタドール・カフェに、まだ高い酒のボトルキープが残ってるし。
あれだけ降りたい降りたいと願っていたのに、いまはこんなに降りない言い訳ばかりが出てくる。
「――まぁ、いいか」
「?」
「俺がパートナーになったって、試験に受かる保証はないんだぞ」
アズラエルは念を押したが、ルナは、「それでもいいです! あたしもがんばるので!」といった。
「じゃあ、しばらくのあいだ、よろしくな」
「――!!」
アズラエルの言葉に、ルナの顔がわかりやすく輝いた。
(きっとそのうち……)
ルナにも、恋人ができるだろう。そうなれば、潔く降りられる。たぶん、今度こそ。
いまのアズラエルの心境は、だいぶ軽いもので、そんな軽い気持ちで差し出した右手を、ルナの両手が取った。
「そ、それで――雇い賃は、いくらで?」
ルナがおそるおそる聞くと、アズラエルはちょっと首をかしげてから、
「五百デルでいいよ」
といった。
――なぜか、ラガーの店長の吹きだす声が聞こえた気がした。
すっかり外も暗くなったころ、ルナとアズラエルがアパートに帰宅すると、リサが部屋からキャリーケースを引きずって出てくるところだった。
「リサ!」
「ルナ」
リサはルナと、後ろにいたアズラエルを見比べて、ちょっと驚いたあと、微笑んだ。
「ふたりで出かけてたの? なかよくやってそうでよかった」
「リサ、どこ行くの」
ルナは思わず聞いた。
「どこって、ミシェルと住むのよ」
リサは当然のように言った。
「ええ!?」
「キラとも話したけど、ここは解約しようかと思って。落ち着いたらpi=po経由で住所を送るわ」
リサは、ルナの戸惑いもかまわず、後ろに立っていたアズラエルに向かって言った。
「つまり、ここは空くわよ?」
「ン?」
アズラエルが気づかないので、リサは畳み掛けるように言った。
「だから! 空くの!!」
「俺に、ここに引っ越して来いって?」
予想外にも――アズラエルは渋面をつくった。
「この狭い部屋に?」
たしかに部屋は狭かった。
「アズラエル、ルナを守ってよ」
そばにいてあげて。
リサは最終的に、それしか言いようがなかったのかもしれないが――リサの願いを聞いたわけではなく、契約したからではなく、アズラエルはルナを守り続けることになる。
この日から、ずっと。
「それはまぁ、契約したからな」
「契約?」
「うん! あたし、アズラエルさんを雇いました!」
ルナが胸を張って言うのに、リサは呆気に取られてから、ぷっと吹きだして――「そっか」といった。
「そういや、ミシェルも引っ越すっていってたな。どこに住むんだ」
「最高の物件が見つかったの! 落ち着いたら連絡するね――あ、アズラエル、もともとこの部屋、備え付けの家具が多いの。ベッドもそのまま置いていくけど、いい?」
「しかたねえな」
「ベッドは新しく買うよね? ダブルベッド?」
「リサあ!?」
からかうように言ったリサに、抗議したのはルナだけで、アズラエルは真顔でうなずいた。
「そのうち広い部屋にうつるさ。でかいベッドも入れば、セキュリティも完璧なところ」
「セキュリティ……」
そこまでは、リサも予想外だったようだ。
アズラエルは、もうその日のうちに――さっそく、キャリーケースひとつの身軽さで引っ越してきた。
もともと、ルナたちは、ルナとリサ、ミシェルとキラのふたりずつでルームシェアという形だった。チケットの同乗者同士に、部屋が割り当てられた。
やがて、リサとキラが出かけっぱなしでなかなか帰ってこなくなったので、ルームシェアの組み合わせは、ルナとミシェル、キラとリサに変えた。
アズラエルが住むのは、キラとリサの部屋だ。
彼が今まで暮らしていたK36区のマンションは、クラウドとミシェルが暮らすことになるだろうという話だ。
それにしても、K36区の部屋にくらべたら、こちらは部屋自体がとてもせまい。
「しかし、無理だな、これは」
リサのベッドは小さすぎた。アズラエルの足は容赦なくはみ出た。
「アズラエルさんのベッド買いに行く?」
「いや。この部屋にこれ以上でかいベッドは入らねえだろ。しばらく床かソファで寝るさ――それから、」
すこし迷い顔をして、「アズでいい」と言った。
「アズ!!」
ルナは叫び、「アズ!」ともう一度叫んだ。
「うるせえ」
愛称呼びを許したくせに、容赦はなかった。
「だって、アズっては呼ぶなって……」
「アズラエル、も、さんづけも、呼びにくいだろ」
アズラエルは無表情でそう言い、いきなり「ルゥ」とルナを呼んだ。
「る、」
ルナはまた叫ぼうとしたが、アズラエルにほっぺたを両側から潰されて止まった。
「気に食わないか?」
ルナは無残な顔になったまま、首を振った。
でも、なんだか、アズラエルの口調は、愛称というよりかは――。
「……ま、そうだな。今日からウサギを一羽飼うと思うことにする」
「なんだと!?」
解放されたルナは、すぐに後ろを向いてキャリーケースを開け始めたアズラエルをぺけぺけ叩いたが、やっぱり効いてはいなかった。
「アズのほうが番犬とかゆってなかった!?」
「そんなこといったっけ」
だが、アズラエルの顔はなんだか楽しそうだった。あんまり表情はないけど、楽しそうだった。
「さぁ、エルバサンタヴァをつくるか」
「うん! あたし、鮭と根菜のサラダもつくる!」
ルナも楽しくなって腕をまくった。ひとりじゃないごはんは、久しぶりだ。
「あれ美味かったよな」
「ホント!?」
「ああ」
「あれはごはんにもあうのです! ごはんも食べる?」
「食う」
どうやら、退屈はしない生活になりそうだった。お互いに。




