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キヴォトス  作者: ととこなつ
第三部 ~ハン=シィク篇~
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99話 アンディ親子救出大作戦 Ⅰ


 九庵とギォックが、倉庫のシャイン・システムからK33区に飛んだあと、全員で店のほうに集まった。


 なかなかシュナイクルたちは食事に手を付けなかった。ジェイクが気を利かせてお茶を汲み、「食べましょう」といってやっと、ルシヤはのろのろとスプーンを持った。


 ルシヤがジャーヤ・ライスを一口、口に運んだタイミングで、クラウドが言った。


「すまない。ほんとうは、もう少し時間を置くつもりだったが、そうもいっていられなくなった。俺の――いや、俺たちの話を聞いてほしい。これから時間をもらえるか?」

「……時間?」

「ああ。すまない。君たちには店があるのは分かっている。だが、すでにルシヤは――アンディの子が、誘拐されている」


「ルシヤが!?」

 もうひとりのルシヤが、ガタリと椅子を鳴らして立った。


「ルー、とにかく食え。食ってしまえ」

 言いながらシュナイクルは、スプーンを置いた。


「アンディは、俺たちがルシヤを誘拐したと思っているのか?」

「そんな――まさか!」


 シュナイクルの言葉に、真っ先に反論したのはバンビだった。彼はもはや顔色が真っ白で、気絶寸前だ。

 だが、クラウドがはっきりと否定した。


「ちがう。ルシヤを誘拐した犯人は見当がついている。あとで確かめるつもりだが、ほぼ確定だろう。ルシヤの居場所はすぐわかる。助けることが可能だ。それからアンディは、ルチヤンベル・レジスタンスを敵視してはいない。それははっきりしている。誘拐したのがここの連中だなんて思ってもいない。つまり、アンディが今日ここへきて、ギォックと九庵を攻撃したのは、本意ではない」


「――どういうことだ」


「アンディは、娘のルシヤを人質に、脅されている」


「脅されてる?」

 今度問うたのは、ジェイクだった。


「ルナちゃんを、連れていくために」


 クラウドの言葉に、戦慄が走った。


「標的は、ルナだったのか!?」


 ルシヤは米粒を飛ばしながら叫び、シュナイクルに小突かれた。


「おまえは少し黙って食え――ルナが標的だって?」


 孫も心配だが、娘同然になってしまったルナのことも心配なシュナイクルは、眉をしかめた。


「アンディさん、あたしにいったの……」


 セルゲイのコートを頭からかぶせられてストーブのそばにいても、まだ震えのおさまらないルナは、カチカチと鳴る歯で、途切れ跡切れにいった。


 ――おとなしくしてくれ。

 ――傷つけはしない。ついてきてほしいだけだから。

 ――バンビのグローブがあるから、あんたのことを火傷させたりはしない。


「アンディさん、泣きそうだった……」

 ルナは自分も泣きそうな顔をしてから、うつむいた。


「じゃ、ルシヤの父さんは、ルナを、傷つける気はなかったんだな……」

 ルシヤもつぶやいた。


「ギォックは、連れ去られようとしたルナちゃんをかばって大やけどを負ったんだろう」


 クラウドの推定は、明日あきらかになるが、ほぼ正解だった。


「九庵の話によると、店の裏にかくれるように、黒塗りの高級車が止まっていたそうだ。中にはルシヤくらいの年頃の少女。アンディの娘とみて間違いない。彼女を人質に取られ、アンディはルナちゃんを誘拐しようとした」


「どうして、あの親子を……」

 ジェイクは苦々し気に唸った。


「俺たちのつながりは、“犯人”に見られていた」

 クラウドは、自身の携帯電話をかざした。

「いつどこで、“犯人”に見られていたのか――俺たちは、”犯人“を避ける行動を取ってきたはずなんだ。なるべく接触しないよう、気を付けていた。そこで俺は、ここ一ヶ月の俺たちの足取りを追ってみた。追跡装置の履歴を見たんだ――その結果」

 クラウドは一度嘆息してから、遠慮がちにいった。

「接触地点は、ロッテ・コスカーテの滝だった」


「えっ……」

 ルシヤが震えた。


「俺も、ずっと追跡装置に張り付いてるわけじゃないからな……気が付かなかった。それも、俺たちが帰る少しまえだ。下流側から“犯人”たちは上がろうとして、俺たちに気づき、引き返した形跡が残っている」


 ルシヤはクラウドの予想通り、深刻な顔をしてうつむいてしまった。


「わ、わたしが、行きたいって、いったから――」


「ルシヤのせいじゃない。“犯人”だって、ロッテ・コスカーテの滝にきたのはおそらくはじめてだろう。俺たちも初めてだった。これは偶然だ」

「でも、そのせいで、」

「“犯人”は、以前もルナちゃんを宇宙船から降ろそうとして、失敗している。まあ、もとはといえば、アズのせいなんだから、ルシヤは気にしないでくれ」


「そうです……なんだか、るーちゃんたちを、あたしたちが巻き込んだみたいなかんじで、」

 るーちゃんも誘拐されかけたし。


 今度はルナがヘコみはじめたので、ハンシックの連中はそろいもそろって「ルナが悪いわけじゃないんだろう」と肩を持ってくれた。


「ああ、わかったよ。ぜんぶ俺の女グセの悪さのせいだよ」


 アズラエルはまったく開き直って、両腕を広げた。シュナイクルは高らかに笑ってから、いった。


「そうか、おまえのせいか。それでおさめておこう――で?」


 クラウドに続きを促す。


「俺たちは、ずっとグリーン・ガーデンという別荘に滞在している。あそこのセキュリティは完璧だし、ルナちゃんをさらうとしたら、ここにきているとき以外にチャンスはない。それに俺たちはシャインで移動している。ここの倉庫とグリーン・ガーデンの往復だから、店の外にルナちゃんが出てくることはまったくないといっていいだろう。もしルナちゃんが出てこなかった場合、ルシヤをつかって外に誘い出す算段はあったかもしれない」


 ジェイクが「くそっ!」と叫んで拳を(もも)に打ち付けた。


「あの親子は立場が弱い。『宇宙船を降ろすぞ』と脅されれば、アンディはルシヤのために、ルシヤは父親のために、それをせざるを得ないだろう」


「犯人は、いったいだれなんだ」


 ジェイクはものの三十秒ほどでジャーヤ・ライスを平らげ、茶を飲み、口をぬぐって叫んだ。いつものお人好しも消え失せ、ハンシックとルナの敵なら、容赦はしないという顔つきだった。


 ハンシックのルシヤを勘違いとはいえ誘拐しかけ、今また、アンディ親子を脅して、ルナを誘拐しようとしている。その目的と、正体は?


「それはあとから話す。――俺がみんなにお願いしたいのは、この件に関しての協力なんだ」

「協力?」

「ああ。分かっているとは思うが、この件が明るみに出て――つまり警察沙汰にして、ルシヤが無事に保護されたとしても、アンディとルシヤは降船だ」


「……っ」

 バンビの顔がひときわ青く、強張った。


「これだけのことを起こしているし、なにせアンディの前身はDLだ。バンビの治療を受ける間もなく、すぐさま降ろされるだろう――そうなれば」


 アンディの命は、ない。

 それはだれもが分かることだった。


「そして犯人は――おそらくはだが、今回もおとがめなしになる権力を持ち合わせている」

「なんだって」

「以前も似たようなことがあったんだ」

「ルナが狙われたというのか」


 ルチヤンベル・レジスタンスのもと首領の眼光の鋭さに、クラウドのほうがひるむところだった。


「落ち着いてくれシュナイクル。実はこの件、いろいろと複雑なんだ。説明に、時間を要する」


「聞こうじゃないか。徹夜をしてでも」

 シュナイクルはいさぎよくいった。すでに皿の中身はない。

「明日から、ハンシックを長期休みにする」


「じいちゃん!」

 ルシヤは立ち上がった。

「あたしも、起きてるよ!!」


「おまえは寝なさい。ある程度話を聞いたらな――ジェイク、明日の朝、仕入先やら関係先に電話を頼む。バンビは畑を見回ってくれ。畑は毎日見なきゃいけないが――まぁ、しばらく長期休暇だ」

「わかりました!」

「わ、わかったわ……」


 ジェイクは威勢よく。バンビは困惑気味にうなずいた。


「開店以来、ずっと休みなしでやってきたから、ひとつきくらい休みを取ってもいいだろう」


 シュナイクルは、そこでようやく笑みを浮かべた。爽快(そうかい)な性格のこの男にしては、ずいぶん悪いほうの笑みだった。


「ところで、おまえがいいたいのはクラウド――地球行き宇宙船には内密に、この件を納めるということだな? 俺たちでルシヤを奪還し、アンディたちが降船になるまえに、バンビの装置に入ってもらう――」


「……!!」

 バンビが、泣き笑いの顔でシュナイクルを見た。


「さすがだな。理解が早い」

 クラウドもシュナイクルと似たような笑みを浮かべた。

「その作戦を、立ててきたんだ」


「協力は惜しまん」


 娘と孫の危機を見逃せない、ルチヤンベル・レジスタンスのもと長だった。


「そもそも、金を突きつけてきたあいつらの態度は、目に余るものがあった。泡を吹かせてやろう」


「ルシヤはわたしが助けるし、ルナもわたしが守る!!」


 ハンシックの凍り付いた窓が割れそうな声を、ルシヤは出した。広大な雪原の一軒家でよかった。


「ルシヤちゃんは絶対無事に保護するぞ!」


 昔取った杵柄(きねづか)の警察官の血が騒ぐのか、ジェイクも興奮気味だった。眠そうな気配は微塵もない。


「もう――あたしは――電子装甲兵を助けられるなら――なんでもするわ」


 バンビは号泣していた。気絶の気配を察したルシヤが、「気絶するなよバンビ!」と怒声を送り続けた。


「いやまったく、頼もしいな」

 クラウドは手をすり合わせた。

「じゃあ、説明開始と行こうか」


 ――ハンシックの四人の目が、ギンギラに開いてしまったのは、決して威勢と興奮のためだけではなかった。


 にわかに信じがたい内容が次々出てきたために、頭のほうが先にオーバーヒートを起こしたのだ。


 バンビが気を利かせて、研究所からホワイトボードを持ち出してきたのは正解だった。バンビはともかく、ほかの皆は、ZOOカードの複雑な情報と前世の関係性をつかむのに、だいぶ難儀(なんぎ)した。


 クラウドはまず、ホワイトボードに、ひとりひとりのZOOカードもどきを貼りつけ、関係性を線で結んだ。ルナもウサ耳が立つほどびっくりしたのは、いつのまにかルナの手書きのZOOカードが、クラウドがつくった顔写真入りのカードに代わっていたということだ。


「まず――ここから行こう。シュナイクル、」

「なんだ?」

「君は、ペリドットの正体を?」


 ルシヤ奪還の計画を聞かされるはずが、謎のカードをホワイトボードに貼り付けられ――その中には自分の顔写真が貼られたカードもある――しかも、ペリドットのことを聞かれたので、シュナイクルは寸時、戸惑った。


「正体――K33区の区長ということしか知らんが」


「そうか」

 クラウドはうなずいた。

「俺たちも、君たちから聞いた以上のことは知らない。ただ、このペリドットがバンビを“贋作士のオジカ”と呼んだ。そこに意味がある」


 すでにグレンから、いくばくかの話を聞いていたバンビは、そわそわと貧乏ゆすりを始めた。


「この“贋作士のオジカ”というのは、ZOOカードという、L03の最上級占術師、サルディオーネのする占いの名称であって、ふつうでいけば、一原住民が知っているはずはないんだ」


「なんだと?」

 シュナイクルとジェイクは顔を見合わせた。


「今期、この宇宙船には、次期サルーディーバが乗っている」


 サルディオーネの次はサルーディーバだ。なにがどうつながるのか分からなくて、ジェイクが口を開けている。無理もない。


「そのサルーディーバの実妹が、サルディオーネ。ZOOカードをあつかう占術師だ。ルナちゃんの友人でもある」


「はぁ!?」


 ジェイクの叫びに、バンビが額を押さえた。バンビだって、いまだに信じられないのだ。


「おともだちってゆうか、うん」


 ルナのウサ耳はヘタレた。ハンシックの皆の驚きようが尋常でなく、ルナを見る目がなんとなく変わってきているのを見てだ。


「おともだちです……すごくえらいひとのはずなんだけども」


「ZOOカードの占術が、どんなものなのかは俺も詳しくはわからないが、調べたかぎりでは、前世に関する術が多いことは分かった」

「前世……」

「ルナちゃんは、この宇宙船に乗ってから、前世の夢を見続けている――ここまで言えばだいたいわかると思うが、今大切なのは、ルナちゃんが見た前世の夢の中でも、“ルシヤ”にまつわるものだ」


 驚くほど皆、なにもいわずに聞いていた。あまりのことに、口をはさむ気もなかったのかもしれない。


「ルナちゃんは、ルシヤの映画を観てハンシックを訪れたわけではなく、夢で見た店舗が、ほんとうにあるか、たしかめに来たんだ」


「それは――本当なのか、ルナ」


 シュナイクルの問いに、ルナはものすごく迷ったが、こくん、とうなずいた。シュナイクルは大きなため息をついて、考え込んでしまった。


 いつのまにかルシヤがいないと思ったら、ホワイトボードに顔を近づけ、カードを見ているのだった。そして、憤慨して叫んだ。


「“ルシヤ”は、わたしの前世だよ!?」


 納得いかないのはそこらしい。クラウドは遠慮がちにいった。


「ルシヤ――すまないが、おそらく君の前世は、正しくはルシヤの娘だ。難病だったほうの、妹で――」


「わたしは、病気じゃない!!」


 騒ぐルシヤをとっつかまえて、シュナイクルはいった。


「おまえは昔から病弱だった。ルシヤ本人よりかはそっちのほうがしっくりくるよ――続けてくれクラウド。とりあえず最後まで聞こう」


 クラウドは咳払いして続けた。


「いいかい? この集まりには、おそらく、ルシヤ時代の前世の縁が関わっている――細かい説明は、長くなるから省くが、先日、サルディオーネから、ルナちゃんに向けてメールが来た。内容はたったひとこと――“運命は、くりかえす(レペティール)”――」


「レペティール?」

 ハンシックの四人の声がハモった。


「くりかえすという意味だ。もっと深遠な意味が含まれているかもしれないが、俺は、ようするに、“ルシヤの時代の運命が、くりかえされる”のではないかととらえた」


「それと、今回の件とどんな関係が?」


 バンビが、急かすのではなく、不安そうに聞いた。ここから先は、バンビも知らない領域だ。


「ここにいる連中はみな、幸いなことに、ルシヤの時代の正しい“歴史”を知っている。おかげで、説明が省ける」


 クラウドはニッと笑った。


「よく見てくれ。まず“犯人”は、この孔雀だ」


 クラウドは、「羽ばたきたい孔雀」――アンジェラのカードをマーカーでつついた。


「アンジェラ・D・ヒース――」

「ああ。宇宙船の主要株主、ララという人物の同乗者だ」


 名前を復唱したシュナイクルに、クラウドはいった。


「株主か……なるほどな」


 黒服たちの正体が、すこしは納得がいったシュナイクルだった。


「孔雀は、マフィアのボスの愛人。マフィアのボスはセルゲイの前世だ」


 パンダのカードをつつく。


「さて。孔雀は、どうやって、ボスの愛人であるルシヤを死に追いやったのだっけ?」


 クラウドのわざとらしい質問に、ルシヤが「あっ!」と叫んだ。


「――ルシヤの夫を雇って――二人の娘を、人質に――」


 ルシヤでなくても、だれもが、そのあとに起きたことが分かった。

 孔雀は、ルシヤの娘を人質にして、ルシヤの夫に、ルシヤを殺せと命じたのだ。


「くりかえすって、そういうことか……!」


 ジェイクが膝を打った。

 昨夜、ルシヤの元夫で“ピューマ”であるアンディは、“孔雀”であるアンジェラに娘のルシヤを人質に取られ、ルナを捕らえに来た。


「やはり、ルナの命が狙われているのか」


 シュナイクルはますます眼光を鋭くさせていったが、クラウドは一度だまった。


「そこまでの意志はないと思っていた」


 ルナを宇宙船から降ろす気はあっても、命まで狙うことはないだろうとタカをくくっていた。

 だが。


「電子装甲兵を雇ったという時点で、軽視はできなくなったな」


 ルナのウサ耳がピーン! と伸び、それから震えだしたので、クラウドはセルゲイに睨みつけられた。とても怖い。


「いったい、なんでそこまで――まァいいや。いまはそこが重要じゃない。だけど、ルシヤちゃんたちが利用されたってのは――」

 腹が立つぜ、とジェイクはしかめっ面をした。


「実は、レペティールが予想されるのは、それだけじゃない」


 クラウドは、一冊の本を掲げた。ルシヤの娘たちのその後が書かれている本だ。


「君たちは、ルシヤの娘たちのその後を?」


 ハンシックの皆は、一様に同じ表情をした。知らないという顔だ。


「あとでこの本を読んでくれ。くわしく書かれているが、今はざっと説明する」


 クラウドはアンディの娘のカード、“賢いアナウサギ”を指した。


「難病だった妹のほうは病が治り、天寿を全うするが、姉のほうは、母と父の復讐として、“孔雀”の屋敷に爆弾を抱えて突っ込んでいって自爆するんだ」

「――!?」


 思いもよらない壮絶な最期に、シュナイクルたちでさえ絶句した。中でも、青ざめているのはルシヤだった。

 

「待て」

 ルシヤはつぶやいた。

「ルシヤは、爆弾を持っているよ?」


「なんだって!?」

 今度食いついたのは、傭兵とか軍人とかそっちのほうだった。

「ルシヤが? 前世でなくて、いまのルシヤがか」


「そ、そう。今のルシヤ。アンディが父さんの……」

 まったく、ルシヤだらけでややこしい。


「なんで爆弾なんか――」


 子どもがおいそれと持っていていいものではない。だがルシヤは真剣な顔で言った。


「見せてもらったんだ。ルシヤの、いつもつけてる、ペンダントに入ってる。小指の先っちょくらいの、ちいさな爆弾だ。でも威力はものすごいって。軍事惑星で、買ったんだって。――ルシヤは、あんな生活をしてきたから、もし、父さんのせいでだれかにつかまったら、それを、敵に投げて、逃げて来いっていわれて、いたんだ」


「マジかよ……」

 グレンが唸る。


「時限爆弾だ。ルシヤが、逃げる時間は稼げるくらいの。でも、学校くらいの大きさの建物は、吹っ飛ぶって――」


「いよいよ、最悪の予想が最悪中の最悪になってきたぞ……」


 クラウドは青ざめてはいなかったが、汗をぬぐった。特に暑くもないのに。


「誘拐されたルシヤが、思いつめて、アンジェラの屋敷でそれをつかう可能性は考えられるな」

「レペティールって、そっちも入るのか!?」

「その子爆弾持ってるから、返せっていうわけにいかないよね……」


 アズラエルも唸り、セルゲイは現実逃避をした。


「いいかい? つまり、今、運命はふたたび繰り返されようとしている――」


 ルシヤの娘が人質に取られ、やむなくルシヤの殺害に動いた夫。

 両親の復讐のため、爆弾を持って孔雀の屋敷に突っ込んだ、娘の運命。


「アンディ親子を助けるだけでなく、“レペティール”を、断ち切らなければならない」


 クラウドの言葉に、バンビが頼りない声を出した。


「でも、いったいどうやって――」

「そっちのほうは、完璧ルナちゃん任せになっちゃうんだが」


 クラウドは肩をすくめた。ルナのウサ耳がふたたびぴょこんと跳ねた。


「俺たちは、ルシヤちゃんの奪還と、アンディの捕獲、そしてアンディをすみやかに電子腺除去装置に入れる――それを、実行する」


 シュナイクルは、ルチヤンベル・レジスタンス時代、一軍を率いていた将である。ぐずぐずしてはいられない動き時があるのは分かっていた。


「クラウド。背景はだいたいわかった。残りは、すべてが終わってからだ」

「ああ」

「おまえの作戦とやらを聞かせろ。すぐにでも、動かなきゃならん」


 ルシヤを救い出しても、アンディを止めても、もはやふたりの降船は免れないだろう――だが、命を救う時間はあるはずだ。


 ルシヤが思いつめて爆弾に手を伸ばすまえに。

 アンディの命が、尽きるまえに。


 一刻の猶予(ゆうよ)も、ならなかった。




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