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キヴォトス  作者: ととこなつ
第三部 ~ハン=シィク篇~
221/943

95話 ヨモツヒラサカ 3


 ずいぶん賑やかで、きらびやかで、目がチカチカするような光の集まりだ。ルナが目を凝らしても、果てが見えないほど向こうまで、商店街が続いている。たくさんの人――いいや、動物でにぎわっていた。


「おっと、ごめんよ」


 ラクダの親子連れが、ルナをよけて商店街へ入っていった。たっぷりの電飾でかざられた門構えには、「メルカド」と大きく書かれている。


 ルナはふたたび、メルカドの夢を見ていた。

 不思議なことに、今度は鳳凰のバッグを持っている。中身をたしかめれば、そこにはフサノスケが用意してくれた、ワインと桃缶と、(くし)が入っていた。


「ぷ?」


 いきなり暗がりになったので、バッグから顔を上げた。メルカドが暗くなったのではない。光を遮って、だれかが立っていたのだ。


 とても大きなパンダだった。黒いスーツを着て、長いコートを羽織っている。


 パンダというものは、基本的に愛らしい生き物だ。だが、めのまえのパンダはまったく可愛らしくはなかった――というより、なにかとても恐ろしいものが、パンダの着ぐるみを被っているせいで、なんとか周囲になじんでいる、そんな感じだ。


 ルナは、これが「兄」だと分かっているから特に恐ろしくはないが、パンダの皮を被っていなかったら、恐ろしくて誰も近づけないだろう――そんな迫力があった。


「ぷ?」


 ルナが顔を上げると、パンダの無表情は、すこしやわらいだ気がした。


「おいで」


 パンダはルナを手招きし、近くのベンチに腰掛けた。そして、ルナの膝に、小さな紙袋を置いた。


「つかいかたは、分かるな?」


 出てくる声も、かわいいパンダとは思えないほどの野太い声だ。ズシリと重く深く、地の底から響いてくるような声。


「うん」


 ルナはさっそく紙袋を開けた。中にはラッピングを施された小ぶりなマフィンがひとつ。リボンを解いて透明な袋から出し、ルナはぱくりと頬張った。なかなかおいしい。チーズのコクと、レモンの酸味。


 味わう余裕もなく、ごっくんと飲み下す。

 そして叫んだ。


「パルキオンミミナガウサギ!!」


 ボンっと小爆発が起こってルナの姿を煙が包み――煙が立ち消えるころ、ルナはパルキオンミミナガウサギになっていた。


 ピンクのウサギだったはずのルナは、真っ白なウサギになった。ちょっぴり背も高くなった気がするし、地面まで届きそうな七色の長い耳がふわふわと揺れている。ファンシーなワンピース姿が、黒いTシャツとスキニーなパンツスタイルになっていた。


 身体の隅々まで、力がみなぎるようだ。ルナはなんでもできそうな気がした。


「今のおまえなら、だれが襲ってきても蹴散らせるだろうが」

 パンダがおごそかに言った。

「あとが面倒だから、やめておけ。この街で目立とうとするな。まっすぐ、月のメルカドへお行き」


「うん」


 ルナはこっくりうなずいて、中央広場に向かって走り出した。


「あっ! このあいだのやつだ」

「ウサギだぞ」

「銀のビジェーテ! 銀のビジェーテ!!」


 パルキオンミミナガウサギに変身したというのに、あっというまに見つかってしまった。


 先日見た、気味の悪い動物たちが、ルナの姿を見かけて襲ってくる。


 パンダが言った通り、今のルナなら蹴散らせそうな気がしたが、かまってなどいられない。


 ただひたすら、中央広場を目指して走る。


 ルナはびゅんびゅん走った。ものすごい脚力とスピードだ。ルナはルシヤになった気がした。壁を駆けあがって、屋根を走れそう。――実行しそうになってやめる。

 兄が、目立つなといったのだ。


「待て待てーっ!」

「銀のビジェーテを寄こせ!!」


 気味の悪い動物は、どんどん増えてくる。ルナだって速いはずなのに、信じられないスピードで追いついてくると思ったら、オープンカーに乗っていたり、バイクに乗っていたりするのだった。


「ずるい!!」


 ルナは叫び、スピードを上げた。前方に、黒い漆塗りの鳥居型をした大手門が見えてくる。あの向こうが中央広場だ。


 ルナは今だと思って、次々とバッグから櫛やらワインやら桃缶やらを出して、後方に放り投げた。


「わあーっ!!!」


 雄たけびとともに、動物たちが品物に群がるのが、声だけでわかった。


「酒だ!」

「ビジェーテ! ビジェーテ! ビジェーテはどこだ」

「銀だ銀、金も寄こせ!!」


 ワインや桃缶を奪い合うにとどまらず、まだ追いかけてくる――ルナはいよいよ、最後に残った櫛を投げた。


 ――投げようとした。


 ルナが櫛を手に取ったとたん、それはキラキラと輝きだし、ルナの手を離れ、門の近くで動物の姿を映しだした。


 パンダに負けず劣らずの、大きな動物たちだ。


 ドォン!!


 腹に響くような太鼓の音。


「オルフェウスにゃ負けるが、三羽烏(さんばがらす)とウワバミの演奏もなかなかのもんだぜ。聞いていけ!!」


 続いて、鳥の鳴き声みたいな甲高い笛の音。追って、三味線がジャランとかき鳴らされる。


 門の手前で、大きなカラスが三羽と、でっかいヘビが、祭囃子(まつりばやし)を奏でているではないか。


「うわばみさん!!」

「ウサギさん、ここは俺らに任せてまっすぐ進め!!」

「うん、ありがとう!!」


 ルナが礼を言うがいなや、バッグが真っ赤に燃え始めた。


「わわわ!!!」


 あわてて手から離すと、鳳凰の姿になって、不気味な亡者たちのほうへ飛んでいく。


「わあ! 鳳凰だ」

「なんでメルカドに鳳凰が、」

「うわあっちいけ! もう追いかけたりしねえよ」


 鳳凰の、火をともなった羽ばたきを浴びて、動物たちは四散する。


「ビジェーテをよこせ!!」


 それでも、まだ追いかけてくる凶悪な獣どもを振り切り――ルナはまっすぐ駆けて――門から飛び出た。


「わああ」


 あまりのスピードだったので、自分の足に追いつけず、ルナはつまずいてひっくり返り、コロンと転がって噴水に激突した。せっかくかっこいいルシヤになったのに、オチはやっぱりルナだった。


 門の外に出て、やっと後ろを見ることができた。


 門の奥でウワバミとカラスがVサインをしている。向こうは、すさまじい有様になっていた――鳳凰に追い払われ、ぎゃあぎゃあわめく動物たちと、ビジェーテのことなどすっかり忘れて、ワインを浴びて、桃を食い、祭囃子にあわせて踊りだす動物たち。


 ルナが息を呑んでいると、どこからか現れた巨大な岩が、ゴーン――と世界に響くような音をさせて鳥居をふさいだ。


 ふっと、岩は消えた。

 夜のメルカドの門が、閉じていた。


 ルナは呆気に取られてそれを見ていたが、やがて立ち上がって砂ぼこりを払った。


 鳳凰のバッグはなくなってしまった。


 夜のメルカドに背を向けると、まっすぐ前方に、大きな満月が見えた。あれは、ハンシックのある大通りだ。ウワバミが、中央広場に行けばすぐ分かるといっていたが、ほんとうにすぐわかった。


 噴水を中央に、左右の門はかたく閉じられている。あちらは、昼しか開かない、太陽と昼のメルカドか。


 ルナは、月のメルカドに向かって、また走った。




「無事、脱出されたようです」


 真っ黒な――いや、どことなく青みがかった黒龍が、パンダにかしずいていた。サイズ的には少々ちいさく、パンダとほぼ同サイズ。でも二メートル強。


「ご苦労」

 葉巻を取り出したパンダに、すぐさまジッポーを寄せる。

「ウワバミどもめ。あんな真似をせずとも、“もう終わったのだから”いつでも出してやったのに」

「いえ、どうやら“レペティール”が働いているようでしたので」

「“レペティール”?」


 パンダはすこし顔をしかめた。覚えがある。自分も妹も、ほとんど果てしないレペティールにいたのだ。でもパンダは幸せだった。妹といっしょだったから。

 長くレペティールで転生し続けた妹だ。レペティールにいる者を放っておけないのは分かるが――。


「回り道が多すぎる」

「マ・アース・ジャ・ハーナの神さまのご意向です」

「あちこち助けて回るのはいいが、自分の役割を逸脱(いつだつ)すれば、あれの身に危険が及ぶ」

「はい」

「ルシヤのときは“直接”私が守ったが、今はあれよりさらにか弱い身なのだぞ」

「存じております」

「おまえを付ければ、真砂名の神には却下されるし」

「私の不徳といたすところでございます」

「あれに危険が及んだら、アストロスもラグ・ヴァダも吹っ飛ばすぞとそう申しておけ」

「どうか、穏便に」

「フン」


 半分ほど吸った葉巻を革靴でひねりつぶすと、金色のビジェーテを四枚、龍に預けた。


「ウワバミどもにやれ。手柄は手柄だ」

「ありがたきしあわせにございます。奴らも喜ぶことでしょう」


 龍は消えた。

 パンダは、いつまでも心配そうに中央広場のほうを見ていたが、やがて小路に消えていった。


 ルナは月のメルカドをまっすぐ進んだ。スキップしながら。


 以前は気が付かなったが、こちらは夜のメルカドとはいえ、月の光がとても明るいし、大きな動物はあまりいない。どちらかというと小鳥や小動物が多く、大きくても草食のヤギやヒツジばかり。それに、ウサギがとても多い。だから、なんとなく安心するのだろうか。


 ハンシックにつながる小路を横目で見ながら通りすぎた先に、やっと、屋台を見つけた――鮭とシャチの、サンドイッチ・トラックだ。


「みつけたあああああ!!!」


 思わず絶叫した。ずっと探していたのだ。そんなルナウサギを、怯えながら避けていくネズミやリスたち。


 店舗の前に行くと、鮭が「ひさしぶり」とルナを旧知のように歓迎した。シャチはいなかった。


「寒天のウサギさん!!」


 ルナが言うと、鮭はキョトンとしたあと、大爆笑した。腹を抱えて笑った。


「わたしは“乾為天(けんいてん)機神之兎(きしんのうさぎ)”――“()を見るはこれ、(しん)なり”」


「ぷ?」


「待っていたよ。でも、今会えたのは決して偶然じゃないんだ。すべてには“機”がある。あなたがわたしを一生懸命探したことも無駄ではないし、わたしが月のメルカドに移動したのも意味がある」


 鮭は、ルナに紙切れを手渡した。よく見ると、それはZOOカードだった。

 アンディの、「運のいいピューマ」のカードだ。


「これ……」

「“真実をもたらすトラ”さんから預かっていたんだ。はやくあなたに渡したかった」


 鮭は香ばしい匂いを漂わせながら、ルナウサギのもふもふの手を握った。


「ごめんね。あちこち移動して。でも、どうしてもこのカードを持っていることを、周囲に知られてはならなかったの」


 ZOOカードは魂の“証明書”だ。

 これを、ZOOの支配者や本人以外が持つということは、とても危険なことだった。厄介な者の手に渡ったら、魂を支配されてしまう。


「わたしがもっと強い動物だったら、もう少しあそこにいられたんだけど……」


 “彼女”は鮭に変身して、男のふりをしてまで、あの危険な夜のメルカドに潜んでいた。太陽の神の眷属であるシャチと組んで、夜のメルカドで店を開いたのも、「わざと」繁盛しないようにするため――目立たないようにしていたからだ。


 ルナにカードを渡して、マフィンを買ってあげたら、それでおしまいのはずだった。けれども、銀のトラが店を探しはじめたことで、店は急に注目を浴びだしてしまった。


 彼女にとってもルナにとっても、夜のメルカドは危険だった。店が目立ち始めたことで、彼女も気持ち悪い奴らに目を付けられはじめ――ついに、あそこを出たのだった。

 

「チーズ・マフィンは“賞味期限”がとても短くて、夜のメルカドの外には持ち出せないの」

「そうだったんだ……」


 さっきルナが食べたマフィンはまさしく「出来立て」だったのだろう。彼女は、危険を承知で、ずっと夜のメルカドにいてくれた。カードを渡し、チーズ・マフィンをルナに食べさせるために、ずっとあの恐ろしい場所に。


 ルナはごくりと息を呑んだ。


「あたしこそごめんなさい。なかなか受け取りに行けなくて……」

「いいの。こうして、無事に渡せたから」


 鮭はにっこり笑った。


「“ウワバミ”も“カラス”も、あの子たち大きいじゃない。しかもイケメンすぎて逆に目立つし。夜のメルカドのボディガードには最適なんだけど。――なかなかうまくいかないものね」


 鮭は嘆息した。ますます美味しそうな匂いがあたりに漂った。


「でもこれで、ようやくなんとかなるわ。ピューマ君はだいじょうぶだろうけど、もっと大変なことが起きそうだ」

「え!? なに?」

「あなたは、もうすこしお兄さんの機嫌を取った方がいい」


 兄? ルナに兄はいないが――そう思って、やっとさっきのパンダのことを思い出した。


「お兄さんが不機嫌になったら、アストロスとかラグ・ヴァダ惑星群がぜんぶなくなってしまうからね。やつあたりで壊されちゃう」

「ぷえ!?」


 アストロスが壊されたら、地球行き宇宙船が立ち寄れなくなってしまうではないか。それに、ラグ・ヴァダ惑星群が壊されたら、帰るおうちがなくなってしまう。


「うーんと……それどころじゃないね。すべての“計画”が台無しになるし、」

「計画?」

「なんていうか、わたしの場合は眷属がそうだけど、もう、ああいう過保護なのって、ホントめんどくさいよね」

「うん! めんどくさい!!」


 ルナはなんだか、この寒天ウサギとはとても気が合う気がしてならなかった。


「少々お兄ちゃんに甘えて、ご機嫌取っておいた方がいいよ。惑星のために」


 ずいぶん大規模な話だと思ったが、ルナはとりあえずうなずいておいた。


「あとね、あなた、助けてばっかりだから、ちょっと補充しておいた方がいい」


 そういって、銀のビジェーテを三枚と、金のビジェーテを五枚くれた。


「えっ!?」


 ルナはまだあまり価値がわからないが、とても貴重なもののはずだった。今回、おそらく、マフィンはパンダおにいちゃんが買ってくれたし、ルナはまったく懐をいためていないというのに。


「いいんだよ。情けは人の為ならずって。ちゃんと返ってくるものよ」

「あ、ありがとう……」

「こういうビジェーテは、持ってたって宝の持ち腐れみたいなやつはけっこういるけれど、あなたの場合有益に使ってくれるから」

「ほんとうにいいの?」

「うん。わたしも貯めてばっかりでね、つかいどころがない」


 鮭は困り顔で言った。


「ホントに、ありがとう。大切につかう」

「あなたなら、思ったようにつかってくれていいのよ。――じゃあまた! きっといつか。次に会うのは、おそらくずっと、もっとあとになるだろうけれど」


 鮭はいつしか、チャイナドレスを着た、とても綺麗な――というか愛らしい顔立ちをしたウサギになっていた。


 ルナはふと気になって聞いてみた。


「シャチさんは、あなたの正体を知っていたの?」


 だってぜったい、あのシャチは、鮭を好きだったと思うのだ。食欲的な意味でなく。


 ウサギは首を振った。

 彼女は、シャチにも本当の目的を告げていなかった。


「彼にはとっても悪いことをしたわ。サンドイッチはとても美味しいのに、なかなか売れない、なんて目に遭わせてしまって」


 ウサギは気の毒そうな顔をした。


「でも、もうお役目は終わったから、これからは大繁盛よ。あなたもいつか買いに行ってあげて。K12区の屋台街にいるわ」


「うん!!」

 あのサンドイッチはとてもおいしかったのだ。


「ばいばい! またね!!」


 ウサギの姿は、どんどん遠くなっていく――手を大きく振り返したところで、ルナは目が覚めた。




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