表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
キヴォトス  作者: ととこなつ
第三部 ~ハン=シィク篇~
220/946

95話 ヨモツヒラサカ 2


 シャインで真砂名神社の階段下に出たルナは、大路を突っ切り、紅葉庵の裏に入る小路を抜け、キョロキョロしながら「シオミ酒造」を探した。


 キキョウマルの店の前を過ぎ、すし店や、カフェ、美容室などを横目にまっすぐ――やがて、広い駐車場を併設した、シオミ酒造の大きな蔵が見えてくる。


 ルナはあっと叫びかけた。シオミ酒造の駐車場に、シャインの建物があるではないか。しかも、ここは鳥居側から来たほうが、近かった。

 熱でフラフラだっていうのに、余分に時間をつかってしまった。


「こ、こんにちは……フサノスケくんは、いらっしゃいますか」


 開け放たれた扉から蔵に入ると、ひやりとした空気がルナの汗ばんだ皮膚を冷やした。すでにヘロヘロのルナは、いつもよりだいぶ小さな声であいさつをした。


「あれま、ルナちゃんだべ!」


 ルナは知らない――フサノスケそっくりの、背の高い美人が、店舗のほうから顔を出した。


「おめ、知らねえべ。あたし、フサノスケの母ちゃん! フサ! フサ坊! ルナちゃんだよ!!」


 ドスドスと、店舗奥の廊下から、だれかが大股でやってくる気配がした。


「おっ、来たが!」


 作務衣(さむえ)を着たフサノスケが、身をかがめて暖簾(のれん)を上げ、顔を出す。成人の姿だった。廊下から店舗に出てくるうちに、みるみる、幼児の姿になる。

 ルナは相変わらず口を開けることで、驚きを表現した。


「ちょっとででくる」

「あいよ。父ちゃん帰ってくるまえに、帰ってくんだよ!」


 母親の声も半分に、フサノスケはルナの手を握って、店を飛び出た。


「ガキの姿じゃねえと、カラスどもになにいわれっか、わがんねえからよ……ずいぶんあっぢいな!?」


 店を出て数歩――ルナの手の熱さに、フサノスケは驚いた顔でルナを見上げた。


「じつは、お熱が出ちゃったんです……」


 ルナはウサギ口をした。「ええっ」とフサノスケは怒鳴り、それからふたたび、大人の姿になった。服はどうなってるんだろう。伸び縮み自由か。


「最初に言えよう」

 そういって、ルナをおんぶしてくれた。

「寒ぐはねえが? ……つらぐなっだら、すぐ言えよ?」

「うん、ありがとう」


 フサノスケの足は迷いなく、大路のほうに出た。鳥居から入って、「和菓子屋・(さわやか)」と看板を掲げた店舗にまっすぐ入っていく。


「いだが?」

「おう、フサ坊」


 ここは和菓子屋さんだ――冷蔵ケースにお団子や練り切り、籠におまんじゅうがたくさん積まれている。しかし店のもう半分は、なんと新鮮なフルーツが山積みになっているのだった。


 和菓子屋兼、くだものやさん? ルナは首を傾げた。看板には、くだものとは書いていなかった。


 店の名と家紋がついた作務衣を着たおじいさんは、ルナを見て破顔した。


「ルナちゃんじゃねえか。久しぶりだな!」

「こんにちはです」


 ルナは知らなかったが、ここで宴会をしたときにいた人なのだろう。なぜか、大路の人たちは、どこへいってもルナのことを知っている。


「いちご大福食うか。みかん大福もうめえぞ。茶ァ出そうか」


 新鮮なフルーツ店のくだもの大福はおいしそうだった。だが今日のルナは、まったく食欲がない。


(そう)さん、今日は時間ねえんだ――桃ねえか? あと、ぶどう」


 フサノスケの言葉に、和菓子屋の主人は目を丸くして、「バカいうない」と怒鳴った。


「おめえ、今何月だと思ってる。桃は夏、ぶどうは秋だ。大路(おおじ)に住んでてそんなこともわかんねえのか」


 今は二月、冬である。ルナもびっくりした。


「今はハウスもんで、冬だろうがなんだろうがあるとこにはあるだろ……」

 フサノスケは不貞腐(ふてくさ)れ、チッと舌打ちした。

「ねえのか」


「うちは季節ものしか置かねえの!!」


 主人は怒鳴ったあと、口をとがらせているフサノスケに向かって呆れ声を放った。


「なんでえ。桃にぶどうって。黄泉(よみ)の国から逃げ出す算段でもしてンのかい」


 よみ? 

 ルナは首を傾げた。

 よみってなんだ?


 聞き直そうとしたが、だんだん熱が上がってきているのか、口を開くのもだるかった。


「似たようなモンだ――ああ、(くし)買ってこなきゃ」


 その言葉で、からかい気味だった店主は、真剣な面差しになった。


「桃缶ならあるぞ」

「それでいい! くれ!」


 店主は店内でなく、母屋の方に行って、桃缶を持ってきた。


「お金……」

 ルナが財布を出そうとするのを止めて、

「いい。うちのもんだから。賞味期限切れてるけど、亡者どもに投げてやんのはこれでちょうどよかろ――フサ坊。生のぶどうはこの辺じゃ見当たらんが、おまえさんとこにワインあんじゃねえのか」


「――あ」

 フサノスケは、そうだったという顔をした。灯台下暗(とうだいもとくら)し。


「爽さん、あんがとな!」

「おう、無事に脱出しろよ!」


 ルナがお礼をいうまえに、フサノスケの足は店の外に出ていた。


「フシャノシュケくん……よみって、なに?」

「あとで説明すっから」


 向かいの土産物屋で櫛を買い――それも、フサノスケが「加護を付ける」という理由で買ってくれ、いつのまにかオニチヨとキスケが合流していて、フサノスケがなにかブツブツ怒鳴っていた。


 シオミ酒造にもどるまえにキキョウマルに見つかり、フサノスケが「ついてくんなカラスども!」と怒鳴っていたのだけは聞こえた。


 シオミ酒造にもどるなり、ルナをキスケの膝に預け、店舗の棚からワインを選んで持ってきたフサノスケは、さっき買った櫛と桃缶、ワインを、ルナの持っていた鳳凰バッグにつめこんだ。

 そしていった。


「いいが? ルナちゃん、ちゃあんと覚えろよ?」


 ルナはうなずくのがいっぱいいっぱいだった。


「今夜、メルカドの夢を見たら、たぶん夜の神――が待ちかまえでる。チーズ・マフィンは、夜の神が買ってくれるべ。んで、チーズ・マフィンを食ったら、なりたい動物を叫ぶんだ。なんだっけ?」


「パルキオンミミナガウサギ」


「んだ。んで、パルキオンミミナガウサギになったら、まっすぐ、中央広場にむがって走れ。気味の悪ィやづらが、銀のビジェーテ狙って追ってきたら、桃缶と、ワインと、櫛を投げろ。後ろは振り向いちゃいけねえ。中央広場につくまで、全力で走れ」


 ルナは、目があいてきた。真剣な顔で聞き――「うん」といった。


「月の女神のメルカドは?」

「無事に中央広場まで抜けきれば、すぐわがる」

「わ、わかった――ありがとう、フサノスケくん」

「いいが? ぜったい、振り返っちゃいげねえぞ?」

「うん」


 よみ――よみとは、黄泉の国のことか。

 むかし、ツキヨおばあちゃんがしてくれたお話に、そんな話があったのをルナは思い出した。

 神様が、黄泉の国から逃げるとき、亡者に追いかけられて、持っていた櫛を投げたら桃になり、ぶどうになったりした、大昔のお話し。


 ルナはやっと、キスケとオニチヨと、キキョウマルがいたのに気づいた。


「こんにちは!」


 ルナは無駄に元気よくあいさつをした。そして立った。


「さようなら! ――ぴぎっ!」


 バッグを持ち、よろよろと店を出て行き――段差でつまずいて、べしょっと顔面から倒れ込んだ。


「ルナちゃーん!!!」

 野太い男たちの声がこだました。





 アズラエルとクラウドは、ルナが時間通りに帰ってきたことにはほっとしたが――そのルナを背負ったウワバミさまと、カラス三羽の存在は、予想外だった。


「おうおうでっかいニャンコが二匹もおるー!!」

「俺ニャンコ大好きじゃけえ」

「撫でたろかい」

「――!?」


 図体のでかい男三人にもみくちゃにされる経験は、アズラエルにもクラウドにもなかった。ウワバミさまが勝手にルナをベッドに運んでいるあいだ、素性の知らない男たちは、アズラエルとクラウドの頭をぐりぐり撫で、去っていった。

 嵐のようだった。


「あの鳳凰のカバンのことだけどよ」


 最後に残ったウワバミさまが言った。


「ルナちゃんのそばに置いでおぐんだ。なにがあっても、取り上げちゃいげねえぞ。あれはルナちゃんの命綱(いのちづな)だ」


 そう忠告して帰っていった。

 あとには呆然とするでかニャンコ二頭と、こんこんと眠るウサギ一羽が残された。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ