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キヴォトス  作者: ととこなつ
第三部 ~ハン=シィク篇~
219/950

95話 ヨモツヒラサカ 1


「こりゃあ、もう手遅れじゃ。――気の毒だが」


 ナキジンは、差し出されたZOOカードを見るなり突き返した。


 “運のいいピューマ”。

 今度ばかりは、運が尽きたか。


「そう……」

 アンジェリカはカードを受け取った。


 真砂名神社の階段は、ただの階段ではない。

 前世の罪を浄化してくれる――そうアンジェリカが聞いたのは、この宇宙船に乗って、すぐのことだった。


 前世がある程度浄化されると、今世積み重ねた罪もすこしずつ浄化してくれるらしい。


 アンジェリカはZOOカードの専門家ではあっても、真砂名神社の階段については素人(しろうと)だ。だから、むかしからここに住んでいるナキジンに、相談しにきたのだった。


「寿命がもう尽きとるしの。このまま楽にしてやった方がええんとちゃうか。“レペティール”におったんじゃろ」

 

 そばであんみつを食っていたカンタロウも言った。

 アンジェリカは真砂名神社の階段についてそれほどくわしくはないが、ナキジンやカンタロウは、ZOOカードについて、それはそれはくわしかった。なぜかは知らない。


「あたしがカードを持って、代わりに階段を上がるっていうのもダメかな?」

「おまえさん、こないだまで入院しとったんじゃろ?」


 ナキジンが論外だという顔をした。ヒラヒラ、手を振る。


「ふつうの人間ひとり背負っていくのも困難なのに、こんな運命持った人間を背負っていくのはぜったい無理じゃ」


 理解はできる。アンジェリカもはじめてこの階段を上がったとき、すさまじくつらかったのを覚えている。


「おまえさんは、ZOOの支配者じゃろ」


 カンタロウが厳しい目でアンジェリカを見つめていた。思わず、背筋が伸びるような視線だった。


「じゃったら、大樹にならないかん。いちいち他人の人生に振り回されよったら、大局が見れんぞ」


 ――真砂名神社の階段は、前世の罪を、浄化してくれる。

 階段を上がって、拝殿までいくだけで、それは成し遂げられる。


 ただ、簡単に、とはいかない。

 前世の徳と罪が、見えない天秤にかけられるのだ。


 徳が多ければ、階段は楽々、上がることができる。だが、罪のほうが多ければ、それはまるで大岩でも背負って階段を上がるような負荷となる。それでも、その負荷に耐えて階段を上がり切れば、罪はことごとく浄化される。


 古い魂で、多くの前世があるものなどは、一回ではすまず、二度、三度、と上がらなければ、すべてが浄化されることはない。


 だが、ほとんどは、そんなおおげさなことは知らずにこの階段を上がる。


 観光客が、「なんだかつらいわねえ」といいながらふうふう上がって、上に着けば罪がすっきり消えて、後ろを振り返りながら、「そんな急こう配だったかしら」と首をかしげ、涼やかな風が吹いてくれば、「あら、なんだかいい気分ね」と空を見上げて、「じゃあお参りでもしてこようかしら」と拝殿へ向かい、「いいところだったわねえ」と観光の思い出のひとつで終わるのが、おおよそのパターンである。


 アンジェリカがかつて、紅葉庵で占いをしたとき、「ただで」占いを受ける条件は、真砂名神社の階段を上がって参拝してくること――といったのは、そのせいだ。


 前世の罪がなくなれば、それだけ運命も良いほうに変わるから。

 階段を上がるまえとあとでは、運命があきらかにちがう者が多くいる。


 中には、あまりに大きな罪を背負っていて、階段を上がり切れない者もいる。だが、そこまで罪が重い人間は、真砂名神社にくることすらできないものだ。たどりつけない。


 そもそも、この神社が、なぜ「地球行き宇宙船」に存在するのか?


 地球行き宇宙船に乗らなければ、たどり着けない場所なのだ。


 しかも、しょっちゅう宇宙船を出入りする人間も、船内役員であっても、船内に別荘を持っている人間も、船内の観光地へ年に一度、レジャーのためだけに遊びに来る人間も、ここに来られない人間は多くいる。


 たとえ来ることができても――そこまで罪が重くなくても、上がり切れない人間もいる。


 上がる気のない、人間もいる。


「同情で、代わりに上がってやろうっていうんじゃなくてさ」

 アンジェリカは「運のいいピューマ」のカードを見つめながら、考え込むような顔をしていった。

「なんか気になるんだ」


 ナキジンとカンタロウは顔を見合わせた。


「でもなあ、階段は、基本的に、自分で上がらないかん」

「他人の罪の肩代わりは、よほどの事情がないと、できんよ」

「――まあ、そう、だよね」

「本人が来るわけにはいかんのか」

「おまえ、来たって……」


 カンタロウの肩を、ナキジンが肘でつつく。本人が来たところで、きっと自力で上がるような力は残されていないだろうといいたいのだろう。それはアンジェリカにもわかった。


「……うん。ありがとう。こっちでももう一回考えてみるよ」


 アンジェリカは、こっそり病院を抜け出してきたのだ。まだ、退院許可は出ていない。

 ナキジンのいうことももっともだし、離れたところでユハラムがにらみを利かせているので、今日はもどるしかなかった。





 さて。こちら、ハンシックチーム。


 クラウドも、始終探索機をチェックしているわけではない――ミシェルの動向は、ストーカーよろしくチェックをかかさないクラウドではあったが、よりによって、あの時間は見ていなかった。


 つまり、アンジェラに、自分たちの姿を見られていたことは、クラウドも――だれも、気づかなかった。


 荷物を片付け、ごみをまとめ、来た道を歩いて帰る。

 次はきっと、パパもダックも一緒だとはしゃぐルシヤに、これからくる車酔いにすでに顔を青ざめさせているバンビが、すこしだけ微笑んだ。


 ――夏のバーベキューには、きっとふたりも加わる。

 皆がそう思っていた。疑わなかった。


 これから起きる事件のことも、知らずに。


 車に乗って、もう薄暗くなりつつある、ぐねぐねの山道を降り下り、「オエエ」というバンビのうめきを聞きながら――心配してくれたのはアンディの娘だけだ――遊んで疲れたルナとハンシックのルシヤは、それぞれの保護者の膝で寝ていた。


 帰りの運転はジェイクで、助手席はセルゲイ。道をよく知っているのだろう。ナビもつかわず、K05区のふもとにある旅館に到着した。


 旅館とはいうものの、ずいぶん大きな建物で、ホテルと変わらない。ついたとたん、すぐに起きたウサギ二羽とずっと元気だったウサギ一羽は――やはり三羽が一丸となってはしゃいだ。


 はしゃぎつつも、一応はおとなであるルナが、「あんまりうるさくしちゃだめだよ、ホテルだし」といったものの、子ども連れの家族客も多く、ロビーはにぎやかだった。


 部屋は、男たちがまとめてつめこまれた座敷部屋と、ルナたち三羽の部屋に分かれていた。


「すまんな、急だったから、ここしか取れなくて」


 朝食と夕食は大広間でビュッフェスタイルだ。半日飲み食いしていた彼らは、あまり空腹ではなかったし、バンビは部屋で絶命していたので、皆は彼を置いて大浴場に向かった。


 ルナたちのテンションは沈むことがなかったし、風呂に入ったせいで腹が減ったと言い出したルシヤ二羽につきそい、ルナは、ビュッフェに行くことにした。

 アズラエルもウサギ三羽で行動させるのが不安でついてきて、なんだか心配だからとシュナイクルがついてきて、彼らはほとんど食べなかったが、そばにいた。


 おなかがいっぱいになって、お風呂も入った子どもたちは、目をこすり始めた。ルナもそうだった。


 結果、シュナイクルがウサギ二羽、アズラエルが一羽を背負って部屋にもどり、布団に押し込むという始末になった。


 翌日、皆で朝食ビュッフェを食べ終え、バンビは食べ損ねた。どうもヘロヘロになっているので、ひとり、シャインでハンシックへ帰った。


 ルナたちは、ふたたびジェイクの運転で帰路につく。ハンシックに到着して、解散だ。


 楽しいピクニックは、ひとまずおしまい。

 ルシヤは、ダックが迎えに来ていた。


 名残惜しくバイバイをしながら、ルナはどうも、ルシヤが冷え切っているんじゃないかと心配して――アンディの娘のほうだ。ひっきりなしに額に手を当てていたが、彼女は元気だった。


「平気よママ。わたし、むかしから、身体だけはじょうぶなの」

「ぷ?」

「それより、ママの体温のほうが高いんじゃない?」

「ぷ?」


 帰ってからわかった。ルシヤが冷えていたのでなくて、ルナが熱を出していたのだ。ついでに、ハンシックのルシヤも。妙にハイテンションだと思ったら、熱を出していた。

 昨晩からヘロヘロだったバンビもだ。

 

 グリーン・ガーデンに帰ってすぐ、セルゲイに熱を測られたルナは、「37.5度」と診断され、安静を言い渡された。やっぱり風邪をひいたらしい。

 シュナイクルの平謝りに、アズラエルが「なんともねえよ」と電話で言っているのを聞いたが、ルナは休んでなどいられないのだった。


「ちょっと、フサノスケ君のところに行ってくる」


 セルゲイとグレンが一度帰ったのを見計らい、ルナは起きだしてきて言った。


「ダメだよルナちゃん。安静にしていなきゃ」

 クラウドがコートを着込んで言った。「今、薬を買ってくるから」


「薬ならフロントに聞けばいいんじゃねえのか」

「あ、そうか」


 そもそも、この別荘街にドラッグストアなどない。医者を呼びつけるか、常備薬をもらうかだ。


「急がなきゃいけないの。はやく寒天のウサギに会わなきゃ……」


 グレンはルシアンのバイト、セルゲイも約束があるとかで、一度家に帰った。なんとなく、セルゲイがいない今しか、チャンスはない気がしたのだ。


「ルシヤとバンビも風邪ひいたってよ……アンディのほうのルシヤは元気らしいが。あれ? 帰ったのか、あいつら」


 セルゲイとグレンの姿がないので、アズラエルは聞いた。


「ああ」

「またこっちに来ることはあっても、エレナたちには言うなよっていっといたよな?」

「言ったよ。これ以上、電子腺のことを知られるのは困るし、アズ、それより、」


 クラウドの視線の先から、ルナが座った目でこちらを見ている。


「風邪のときくらい寝てろよ」


 アズラエルは呆れ声でいったが、ルナはすでに用意をしていた。鳳凰柄のバッグをさげて、シャインのカードを寄こせと手を出している。


「わかった。じゃあ、俺もついて……」

「ひとりで行くのです」

「それはダメだ」


 断固として言ったアズラエルに、ルナは目を座らせ、「アズは防犯用のpi=poよりウザイ!」と言い放った。「うっ!」とうめいて胸を押さえたのはクラウドだった。


「アズ、ルナちゃんにカードを渡すんだ……!」


 苦悩にまみれた顔で、クラウドはアズラエルに迫った。ルナもだが、こいつもどうかしている。


「熱があるんだぞ」

「君は分からないだけだ! その台詞にはこうつづく――pi=poだったら電源が切れるんだけどね、そんなにいうなら、あたしとクラウドの関係を電源みたいに切ってやるしかないかも――」


 クラウドは自分で言いながら致命傷を食らって沈没した。アズラエルは冷めた目で、床に沈んだ幼馴染みを睨んでいたが、やがて、嘆息交じりにカードを出した。

 心配なだけだ。熱があるし。しかしひとりで行かなければいけない、なんらかの理由があるのだろう。

 アズラエルは電源を切られたくないのではなく、ただ、投げた。

 人外関連は、考えても始まらない。


「あまり遅くなるな。一時間で帰ってこなきゃ、迎えに行く」

「うん」


 ルナはぺっぺけと部屋を出て行った。



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