85話 贋作士のオジカ Ⅰ 2
バンビを追い、厨房に入る。そこでは、だれかがふたり、皿洗いをしていた。
従業員だろうか。でも、ルナは一度も見たことがない人たちだった。。
ひとりはエプロンをつけ、金の髪をみつあみにした女性。ひとりは初老の男性の後ろ姿だ。ルナは「こんにちは」と声をかけたが、返事は返ってこない。水の音で聞こえないのか。
「無理よ。彼ら、聞こえないし、しゃべれないから」
「へ?」
「しゃべる機能つけてない。ヒューマノイドなの。あたしがつくった」
「!?」
「女の子のほうが、デイジー。おじいさんのほうが、マシフ。よろしくね」
ルナのウサ耳がシャキーン! と伸びる。
ルナでもわかる、小学生でもわかる。現在、人型を取ったヒューマノイドの製造は、違法なのだ。
しかしバンビは悪びれることもなく厨房を過ぎ、カーテンを開けると、ワイン蔵に入った。さらに奥まった壁に扉がある。開けると、地下につながる階段があった。
ひやりとしたコンクリート製の階段を降りていくと、鉄扉。
ルナは目を見張った。バンビが扉の前に立つと、バンビの姿形が鏡のように扉に映り、生体認証を全身スキャンしはじめたのである。
『おかえり、アレク』
女性の声がして、重厚な扉が横にスライドして開いた。
目の前に現れたのは、最先端の研究所だ。
「ちなみにいまの、“デイジー”の声ね。……入って」
バンビにうながされて、ルナはおそるおそる室内に足を踏み入れた。
広い。
コの字型の机に何台ものコンピューターが置かれ、壁面や空中には、さまざまなデータの画像が映し出されている。奥には乱雑に積み重なった書籍と紙の束。
この中で、ルナが唯一、正体がわかる機械は、ちいさな冷蔵庫だけだった。のみさしのコーヒーカップとポット。そこだけが日常的だ。
机と反対側の壁には――巨大なガラスの向こうには、ひとがひとり入れるほどの、巨大な筒形の培養装置と、CT検査をする機械のような装置があった。
「あっちのコップ型が、電子腺培養機器システム。またの名を、血管培養機器システム。電子腺って名称は、つかわれなくなっちゃったの。電子装甲兵のせいで」
ルナは、ガラスの向こうの機械を見つめた。
バンビは、本置き場になっていた、ちいさな椅子を引っ張り出してきて、ルナにすすめた。
「ガラスの向こうは、あたししか入れないの。ごめんね」
「ううん」
ルナは言葉を失ったままだった。
「ルナあんた、変わった子っていわれない?」
「え?」
「ああいや、気を悪くしたらごめん。嫌な意味じゃないのよ。あたしもじゅうぶん変わり者で通ってきたからね。ただ、L77出身の子のくせに、傭兵の恋人やってられるなんて、じゅうぶん変わってると思ってさ」
「そうかも」
バンビの言葉にはまったく悪意がなく――それどころか、親しみを感じているふうだったので、ルナは素直にうなずいた。
この研究室に入れてもらったことだけでも、信頼されている証だ。
「ああうん――ホントにね。L3系じゃ、変わり者って、どっちかいうとほめ言葉なのよ。気を悪くしたらごめん」
しゅんとするバンビは、なんだかとても落ち込んでいるようだったので、ルナは「気にしてないよ」といった。バンビは微笑んだ。
「パルキオンミミナガウサギなんかも知ってるしね」
「うん」
バンビはひと息ついたあと、
「専門的なことはいってもわからないだろうから省くけど、この培養機器で、アンディの不調は治せると思う――いや、治るわ」
確信をこめた声で告げた。
「となりのCTスキャンみたいなのが、ダイロン型電磁波装甲帯除去装置――つまり、電子装甲兵に施されたロボトミー手術を解除する機械。それから、こっちの培養機器が、新しく電子腺を、身体や外部に害のない通常の血管として、作り直す機械なの」
ルナはバンビの説明を、真剣に聞いた。
「今、病院で使われてるほうは、十年くらいかけて、何度も培養装置に入って、生まれつきの血管を電子腺に変えていく治療なんだけど、あたしがつくったやつは一週間で電子腺と血管の入れ替わりが可能」
「ええっ!?」
バンビが腕をさすったのを見て、ルナは「まさか」といった。
「そうよ。あたしの血管も、ぜんぶ電子腺。今のところ、異常はなし」
ニヤッと笑った。
「必ず治す――治せるわ。だけど、アンディに信じてもらえるかは、別問題なのよね」
「ゆっくりしてたら、手遅れになったりする?」
ルナは不安に思って聞いた。バンビはすこし考えたあと、
「……手遅れっていうなら、もうだいぶ、よくないところまで来ているんじゃないかしら」
ダイロン型電磁波装甲帯を体内に入れて、何年たっているか。それも心配どころだ。
「最初の予測では、寿命が持って五年だった」
「五年……」
ルナは息をのんだ。
「でも、五年生きた電子装甲兵はいないのよ。さっきもいったとおり、みんな早世する。アンディが五年以上生きているとしたら、DLにとったら、特別な被検体だわ。追われるのも分かる」
「……」
「ねえルナ、あんた、お嬢といっしょに、アンディをここに連れてこれる?」
ルナのウサ耳がぴょこんと立った。
「無茶はいけないわ。アンディとルシヤにも担当役員はいるはずだし、そっちからも説得してもらって、徐々にでも、あたしたちのことを信じてもらうほかない。あんたとお嬢がルシヤちゃんと仲良くなれば、可能性も出てくるかもしれない」
「……うん!」
ルナは元気よくうなずいた。
「この研究、本来なら違法だから、逮捕案件なのよ……。アンディの担当役員が、どれだけ目をつむってくれるか。そこにもかかっていると思う」
「うん……」
ルナも、悩ましげなバンビに寄り添うように返事をし、それから、すこしためらいがちに聞いた。
「バンビさんは――」
「うん」
「――どうやって、宇宙船に、乗ったの?」
聞いてはいけないことではないかと、多少ためらいながら、ルナは、小声で聞いた。
思いのほか、バンビは穏やかな顔で、「聞いてくれるの?」といった。
ルナがうなずくと、
「少し長くなるわよ。あたし話好きだから、ホントは」
そういって、話しはじめた。
バンビ――アレクサンドル・K・フューリッチが生まれたのは科学の惑星群のひとつであるL32。
父親は自然科学博士で、母親は、L32にはめずらしい、専業主婦だった。
大らかな父と母だった。幼いころに勉強を詰め込まれた記憶はない。よく母が作ってくれた菓子や弁当を持って公園へ行ったり、父母とさまざまな星に旅行した記憶ばかりが残っている。父親の仕事のせいもあったが、星々ごとに違う自然に触れることが多かった。
L3系の星に生まれる人間は、総じてIQが高い。
父母はそこまで高くはなかったが、アレクサンドルは抜群だった。
十一歳で博士号取得、十二歳で世界最高峰のアルビレオ大学へ留学し、十三歳のときに「電子腺」について書いた論文を書いた。発表まえにそれを見たワヂ・H・ロベルト博士が、アレクサンドルと父母を説得し、研究チームを発足した。
アレクサンドルが提案した「電子腺」は、もとはといえば、血管の病に苦しむ人たちを救うための研究だった。培養機器で、全身の血管そのものを、電子腺と呼ばれる新たな組織につくりかえる。
その際、血液型がE型という特殊なものになり、人工血液しか輸血ができないという欠点はあったが、血管そのものが強化され、自浄作用があるため、脳梗塞などの血管が詰まる病も治癒できる。寿命が延び、血管の病にかかる確率は抜群に減るという作用があった。
E型血液は、かぎりなく人工血液である。しかし、人間のA型血液とO型血液からつくりだされた、天然由来ではあった。
電子腺の人間が増えれば、輸血も可能になる――研究は、前向きで、希望的だ。
研究チームはワヂ・H・ロベルト博士が発足し、アレクサンドルと、アルベルト・D・ダーチ博士、マシフ・Y・レオポルド博士、その娘のデイジー・M・レオポルド博士の五名が関わった。
アレクサンドルとデイジー以外は皆壮年で、いずれも権威ある博士たちだ。
しかし、そのE型血液が一番の問題になるとは、だれも思っていなかった。
アレクサンドル十八歳のとき、電子腺研究がほぼ完成の形を成した、そのとき。
電子腺研究が、「ヒューマノイド法」に触れ、五名全員が逮捕されたのである。
原因は、E型血液であった。
「血管を新しく作り出す」という概念に含め、かぎりなく人工物に近いその血液が、ヒューマノイド法の「人間、またはそれにつながる細胞を生み出してはならない」という部分に抵触した。
裁判でも必死に戦ったが、アレクサンドルたちは負け、研究は中止、懲役まで科せられた。
どうしてこんなことになったのか、だれも分からなかった。
ただ、チームを発足したワヂが、「ライバル社にはめられた」と悔しげにつぶやいた。アレクサンドルもデイジーも若く、研究ひとすじで来ていたために、スポンサーである会社の利害には疎かったのだ。
L3系の企業でなく、L6系の企業がスポンサーについていたことがよくなかったとワヂがわめいていたのを、アレクサンドルは覚えている。L3系の企業ならば、ある程度研究者側の事情も分かっていて、味方してくれるものの、星外の企業は、ほとんど利害にしか関心がない。
背景は、いくつもの企業の利権が絡んで、相当ややこしくなっていた。
ただ、自分たちの続けてきた研究が、完成一歩手前で、ライバル社に奪われようとしていることだけはわかった。
「あいつらに渡すくらいなら」
ワヂの声を、アレクサンドルは今でも忘れない。
あの運命の夜、アレクサンドルは、暗い研究室で、ワヂとアルベルトとマシフが言い争っていたのを覚えている。
止めるマシフ、怒鳴るワヂとアルベルト。
生まれて初めてやけ酒を食らい、デイジーに支えられながらもどってきた研究室で――自宅などなかった、研究室が家だった――老人たちの争う声を聞き、酔っていたアレクサンドルは荒れた心で仮眠室に倒れ込んだ。
だから、その後なにがあったのか、わからない。
朝になったら、「四人全員」消えていた。
デイジーもだ。
だれのゆくえも、知れなかった。
アレクサンドルはひとり、服役することになった。
罰金を支払えば懲役を免れることもできたが、アレクサンドルは刑務所に入る方を選んだ。突如失踪した四人のゆくえも気がかりだったが、なにか恐ろしいことに巻き込まれたのではないかと思ったためだ。
刑務所のほうが、逆に安全だ。アレクサンドルの両親も、そう判断した。L3系では、行き過ぎた研究がもとで法に触れ、服役する人間はめずらしくなかった。殺人を犯したわけでもなく、たった二年の服役だ。面会も許されている。
アレクサンドルは自ら、監獄星L11に収監された。
刑務所生活はのんきなものだった。重犯罪者ではないため、多少の社会復帰のための労働はあっても、まるでアパートのようなバストイレ付きの個室、三食がつき、検閲はあるが、書籍の類も購入が許されていた。
研究が他社に横取りされ、自分は服役した挙句に、行方不明になった四人の仲間。
絶望の淵に沈んでもいいはずのアレクサンドルの気持ちは、奇妙に落ち着いていた――正直、仲間のことが心配で、それどころでなかったというほうが正しい。
電子腺研究は、形を変えて実現化されていく。それに携われないのはいささか寂しいが、アレクサンドルにはあまり堪えていなかった。
彼がほんとうにやりたかった研究が、違法とされているヒューマノイド研究だからということもあったろう――アレクサンドルにはいくつもの夢と、やりたい研究があった。電子腺研究はその長い道程の第一歩にすぎず、さほど執着していなかったのも理由のひとつだ。
そんなことより、デイジーやマシフ、仲間の安否ばかりが気になっていた。
あの研究に残りの人生をささげ、執着していたのは、老齢に近かったワヂやアルベルト、マシフたちだ。
アレクサンドルが生真面目に服役して半年もしたころ。
デイジーが訪ねてきた。
もちろんアレクサンドルは仰天したが、それ以上に、彼女が生きていたことが嬉しかった。
ほかの三人の消息を尋ねると、デイジーは暗い顔で、「父は生きているわ」とだけいった。
「父は」。
ということは、あとのふたりは亡くなったのか?
アレクサンドルの問いに、デイジーは答えず、アレクサンドルの近況ばかりを聞いた。
そして最後に、
「ここを出所したら、できれば名を変えて、べつの生き方をして。あなたならできるわ」
といった。
電子腺のことを忘れろというのでなく、べつの生き方や名の変更まですすめられたアレクサンドルは、想像以上の事態になっていることを知った。
「どうして」
「いずれ、いやでも分かるわ」
デイジーはそう言って姿を消した。生きたデイジーと会ったのは、それが最後だ。
彼女がいった意味は翌年、わかった。
L46に、電子装甲兵と呼ばれるものが現れたからだ。
大々的なニュースは、もちろん刑務所の食堂にあるテレビにも流れた。
「いやでも分かるわ」
デイジーの言葉が脳裏に響いた。ニュースで語られる電子装甲兵は、全身火のかたまりになったヒューマノイド兵器といった取り扱いをされていた。けれど、アレクサンドルにはわかった。
あれは電子腺だ。電子腺をもとにしてつくった兵器だ。
ヒューマノイドでなく、サイボーグ技術。
ほどなく、両親の訪問があり、ふたりはデイジーからだといって、手紙を差し出した。
その手紙を読んだアレクサンドルは、悪い予感が当たったことを知った。
L46の電子装甲兵は、電子腺研究をサイボーグ技術に移行したものであり、DLにそれを売ったのは、ワヂ・H・ロベルト博士と、アルベルト・D・ダーチ博士であると。
そして、彼らは自らL46のDLに残り、電子装甲兵をつくりだしたと。
マシフとデイジーは必死で彼らを止めた。だが止めきれなかった。その無念と、後悔が、便せん十枚以上にわたってつづられていた。
ふたりは、隠れながら生活を続け、なんとかワヂとアルベルトに接触する機会をうかがっている。
デイジーの言い分はこうだ。
アレクサンドルは、いったん電子腺のことは忘れて、研究から離れてほしい。自分たちのことも捜してはならない。なぜなら、あの電子腺を実質ほとんどつくりあげたのはアレクサンドルで、あなたに生きてもらわねば、わたしたちになにかあったとき、電子腺を理解するものがいなくなるから。
そしてできれば、現在の混乱が落ち着き、ほとぼりが冷めたら、電子装甲兵をもとの身体にもどす装置をつくってほしい。
正しい電子腺の研究を、つづけてほしい。本来の目的に沿った――。
アレクサンドルは、壁に頭を打ち付けて号泣した。
なんのために、電子腺をつくったのか、わからないではないか。
人を助けるためだ。
殺すためではない。
この奇行のために、一ヶ月、出所が先延ばしされたくらいだ。頭に大怪我を負ったアレクサンドルは、髪を刈り上げられる羽目になった。アレクサンドルはついでに、ぜんぶ剃った。この行動で、ふたたび一ヶ月出所が遠ざかった。
電子装甲兵によって、ルチヤンベル・レジスタンスが圧倒的劣勢に追い込まれている最中、出所したアレクサンドルは、自ら軍におもむいた。予想通り、軍は電子装甲兵に手を焼いていて、アレクサンドルの協力をありがたがった。
軍の保護下のもと、デイジーとマシフの願いである、電子装甲兵にほどこされたサイボーグ手術を解除する方法の研究をはじめた。
それと同時に、ふたりの保護も、軍に願い出た。
ワヂとアルベルトは、DLに研究資料を売った張本人であり、もはやDL内部の重要人物となって、救出は不可能だろうが、デイジーとマシフは別だ。
軍も電子装甲兵のことがわかる研究者が二人も増えれば心強い。しかし、ふたりはなかなか見つからなかった。
軍にこもって四年目。アレクサンドルが二十七歳になった日、マシフが死体となって発見された。
L46のケトゥイン国で。
蒼白になったアレクサンドルは、すぐデイジーの捜索に動いた。
そのとき頼ったのが心理作戦部であり、クラウドだった。
L46のケトゥインは大国家のプライドがあり、L18に協力は求めていても、閉鎖的なのに変わりはなかった。国内を、よその軍に勝手に捜索されるのは困る。さまざまな国と星の利害が絡んで、マシフたちの捜索が困難を極めたのは事実だった。
クラウドが、アレクサンドルとともに現地へ直接おもむく決断をしたときには遅かった。
アレクサンドルは単身、L46に向かっていたのだ。
軍を離れたら、身の保証はできないといわれていたにも関わらず。
デイジーからの電話が原因だった。
それは、アレクサンドルに、自分たちが独自に調査しまとめた、DLと電子装甲兵の資料を渡したいという電話だ。アレクサンドルはなんとなく、その電話に不吉を覚えたのだった。
ずっと音信不通だった彼女が、いきなり電話をしてきたわけは。
すべてを調査し終えたわけではないとデイジーはいった――なのに、いますぐ調査資料をアレクサンドルに渡したがっている理由は?
デイジーに危険が迫っているのか。
アレクサンドルの脳裏に、マシフの遺体が浮かんだ。
一刻の猶予もならない。
L46を出られるか分からないといったデイジーに、アレクサンドルはそちらへ向かうと言った。
しかし、L46のケトゥインに着くまえに――中継地である軍事惑星窓口L22の首都スタリッツァで、アレクサンドルが対面したのは、デイジーの遺体だった。
雨の中、空港に駆け込もうとしたアレクサンドルの背に、声がかかった。
「アレク!!」
デイジーとは、L46のケトゥインの空港で合流するはずだった。なぜこんなところにいるのか。
逃げてえ!
悲鳴のような声が聞こえたあと、数発の銃声。雨と闇で、どこにデイジーがいるのか分からない。
撃たれたのはデイジーか。どこだ、どこにいる。
やっと見つけて駆け寄った先で、デイジーが絶命していた。
ひとけのない場所と時刻で、ずいぶん経ってから、やっとひとが気づいて集まってきた。アレクサンドルはあまりのことに立ち上がれず、そのまま気絶していた。
目覚めたら、デイジー殺害の犯人として、捕まっていた。
護身用に持っていた銃が、デイジーを撃った弾と一致した。なにせ一番出回っている、オーソドックスな短銃だった。
銃に込められた弾の残量を見れば、犯人でないことなど分かりそうなものだが、警察はどうやら、背後におおがかりな組織があると見て、捜査をずさんに終わらせた。めんどうなことになりそうだと思ったのだろう。もしくは、軍から圧力がかかったか。
なにせ、L46のDLの案件は、複雑だった。警察星にとっても、軍事惑星が絡んでいる以上、あまり関わりたくはない。
しかし、奇妙なことに、デイジーが持っていた資料は、一部の欠けもなく、アレクサンドルに手渡された。
そしてアレクサンドルは、今度も自分の罪を認めた。
どちらにしろ、デイジーを殺したのは自分だ。
自分がもっと真剣に、捜し出して保護していれば。
マシフが死ぬ前に、自分もL46にわたって、二人を捜していればよかった。
ちゃんと裁判をすれば無実を証明できますよ、あなたはほんとうに無罪でしょうと弁護士は言ったが、アレクサンドルは服役した。今回もその方が安全だった。
デイジーの「逃げて」という言葉は、自分をかばったものかもしれない。
今度は殺人犯としてべつの刑務所に入れられ、そのとき、ジェイクと出会った。
三十二歳の春、いよいよ出所というときに、両親が、「最後の誕生日プレゼントよ」といって、地球行き宇宙船のチケットを持ってきた。
どうやら、知人のツテをたどって、地球行き宇宙船の会社の株主に、破格の値段でチケットを購入してもらったらしい。
出所後、アレクサンドルが安全に、研究に従事できる生活をするにはどうすればいいか、両親なりに考えた結果だという。
父母にも、心労をかけた。
アレクサンドルにとって、父母が元気なのだけが救いだった。
残りの全財産をはたいて父母の分も買い、いっしょに乗ろうとしたアレクサンドルだったが、父母は故郷にいたいということで、断られた。
ほぼ同時期に出所したジェイクを誘い、地球行き宇宙船に乗った――。




