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キヴォトス  作者: ととこなつ
第三部 ~ハン=シィク篇~
200/930

84話 仕事中毒のサルディオーネと、美味しそうな鮭 Ⅱ 2


「ああっ!!」


 アンジェリカは思わず大声を上げてしまった。


 L23の北地区に――ハンの樹が、あるではないか。

 しかも、群生林(ぐんせいりん)が。


 このハンの樹は極寒の土地にしか育たないのにと思って調べてみると、理由が分かる。この星は、おそろしく自転がおそい。自転しているのかさえ危うい速度で――つまり、二十四時間で一回自転する星ではない。太陽に向いた側は灼熱で、裏側の一部は数百年、極寒のままなのだ。


「ちょっと待った。ハンの樹のあるところに、パルキオンミミナガウサギが生息するってことなの」


 アンジェリカは動物辞書のアプリを開く。


「パルキオンミミナガウサギは、もとからL23にいたマリタニ・ネズミと、地球から来たユキウサギの交配――ネズミと、ウサギの、交配?」


 アンジェリカは真顔になった。


「は?」


 アンジェリカは、おそろしくくだらないことを思い出した。アントニオとした会話だ。


『このあいだ、うちの近くの桜の木、あるでしょ。雪がつもってウサ耳みたいにぴょこんって耳が生えてたんだけど、ルナちゃんが、それを見て、大きなウサギの木ですって。真剣な顔でいうもんだから、吹き出しそうになってさ』


 アンジェリカはなんて答えたのだっけ。


『へえ……やっぱルナは、月の女神なんだな。無意識で、桜が月の女神の加護があるってわかってるんだ』

『いやたぶん、なにも考えてなかったと思うよ』


 アンジェリカは、過去のノートをさらに数冊引っ張り出し、同時に開いて探した。


「……あった!」


 そこには、四柱の神が降りる木の種類が書かれていた。

 月の女神は桜、そして夜の神が――。


「ハンの樹!!」

 

 そのまま床にあおむけになり、しばし呆然としたあと。

 がばっという勢いで起き上がった。


「パルキオンミミナガウサギは、ネズミとウサギの交配、そして生息地区は、ハンの樹があるところ」


 アンジェリカはふと思いついて、地球行き宇宙船の地図も広げた。


「K39区に、ハンの樹がある――ハンシック!?」

 近くに、ハンシックという店舗まである。

「ハンシック、ハンシック、たぶんハン=シィクのラグバダ読みだな。もしかしたら近くにパルキオンミミナガウサギがいるかもしれない。明日行ってみよう」

 アンジェリカはせわしなく、ノートにペンを走らせた。

「ハンの樹は、夜の神が降りる木、すなわち夜の神の支配下だ。その樹の下に、パルキオンミミナガウサギはいる――まさか」


 嫌な予感に、アンジェリカは顔を上げた。それからあわただしく、ZOOカードで、「生き字引(い じびき)の白ネズミ」を呼びつけ、二、三会話した。

 彼の答えは、アンジェリカの嫌な予感を、決定づけた。

 頭を抱えたアンジェリカを慰めるように、ネズミの長老は彼女の膝をぽんぽんと撫ぜて、去った。


「パルキオンミミナガウサギは、厳密には、ウサギじゃない」


 アンジェリカは困惑顔で、ルナの「月を眺める子ウサギ」のカードを見つめた。


「ただのウサギじゃない。ウサギとネズミの交配――つまり、どちらでもない。でも、夜の神の支配下にある。ネズミ寄りってこと?」


 ずきずきするこめかみを押さえる。


「分かるのは、ルナのもとの魂とは別物だってことだ。いや、別物っていうか、変化した形だ。どうやって、“リハビリ”したらいいんだ?」


 アンジェリカは、ルナの、どう見てもウサギにしか見えないカードのウサギを見つめた。


「どうやって、ルナの魂は、ウサギから、パルキオンミミナガウサギになったの?」


 ルシヤの人生のときは、ルナの魂が「パルキオンミミナガウサギ」化している。

 どうして――どうやって。

 それが分からなければ、ルシヤのリハビリができない。


 リハビリとは「前世の浄化」だ。ルナの魂である「ウサギ」が「パルキオンミミナガウサギ」になってしまっては、リハビリをしたら、どんな作用が現れるかわからない。

 そもそも、通常通りの「リハビリ」ができるのだろうか。


 今までにない状況に、アンジェリカは唸った。

 ハン=シィク地区と月の女神の縁をさがしていたら、とんでもない事実に行きあたってしまった。


「つまり、ルナの前世のなかでも、“怪盗ルシヤ”は、ルナの元の神である月の女神だけでなく、夜の神の加護もつよく受けているってことなの……?」


 ルナは神の生まれ変わりなので、ふつうの人間とはちがうパターンが多く存在することは分かっていたが、これは。


「月の女神との関わりばっかり考えていたけど、ちょっと視点を変えてみよう」


 アンジェリカは膝の上に、ノートを持ち直した。


「ルナが行ったのは、夜のメルカド――夜の神が支配する地域だ」


 アンジェリカはふたたび、思考のためにペンを走らせる。


「やっぱり、今回の件は夜の神の力がつよい。夜の神は月の女神の兄神。縁は深いけど――やっぱり、月の女神じゃなく夜の神が動いているのか? ハンの樹に、武の民族の星。ルチヤンベル・レジスタンスは完璧、その民族的思考回路からも、夜の神の影響を受けている」


 アンジェリカは「夜のメルカド」とつぶやいた。


「あそこにきっと、謎を解くカギがある。月を眺める子ウサギは、メルカドでなにをさがしている? でも、ウサギのままじゃ、きっと全部は回れない――あそこは危険だ。夜の神の眷属である動物を連れて行かないと。カブトムシ、ネズミでもいい。だれかルナにつけさせて、道案内を――いっそ、夜の神本体による警護――そっか、夜の神が、まだだれかわからないんだった」


 アンジェリカはうなだれた。そのあいだに、つぎつぎ、指令したネズミたちからの報告がもたらされる。


「いっそ、シャチとかに頼んでみるか――強そうだもんな。シャチ? 鮭いなかったっけ。鮭――サケ、あ!!」


 アンジェリカは、ウサギに見えた鮭を思い出した。

 あの不思議な鮭は、いったい何者だったのか。


 すかさず鮭のカードを出せば、まえのめりに突っ伏しそうになった。

 なんだこのカードは。

 このあいだはちゃんと丸ごと鮭が描かれていたのに、切り身になっている。周囲には、サンドイッチだのムニエルだのの料理の絵がずらりと――。


「ZOOカード名“おいしそうな鮭”って――なにこれふざけてんの。たしかにうまそうだよ!! この鮭、名前負けしてない。すごくうまそう」


 カードから、鮭の香ばしい匂いでもただよってくるようだ。

 アンジェリカはおなかが減ってきて困った。鮭の料理が食べたくなってくるじゃないか。


「待てよ。夜の街は、ウサギには危険だ。だからこのウサギは、鮭にチェンジして、店を開いてるのか? 相棒はシャチだったよね? そりゃ魚類同士だから二匹の相性はいいけど。太陽の神の眷属が、夜の神の支配下で店を開くって? うまくいかないんじゃない?」


 しゃべりつづけるアンジェリカを、心配そうにドアの外から伺う侍女たちにも気づかず、うなりつづけた。


「でもどうして、あえてウサギが鮭になって、シャチを連れて夜の街にいるの。どうして? それ以上に、ZOOカードは魂の世界だぞ! 魂を、一時的にでも、変化させるなんて――」


 アンジェリカの知識には、そんな方法はない。知らない。


「ううううん、メルカド、メルカド、夜のメルカド、夜のメルカドってのに意味があるんだ。メルカドの店舗表なかったっけ――そうだ、マパ!」


 広い部屋に、所狭しと地図がならぶ。アンジェリカは、夜のメルカドの地図をひらいた。

 目を皿のようにして店をたどっていく。


『ZOOの支配者さま、なにかお探しですか』


 報告に来た、いかめしい鎧を着たネズミが聞いた。全長五センチほどのちいさなネズミのぬいぐるみだ。アンジェリカは地図から目を離さず、つぶやいた。


「うん――なんかね、魂っていうか――カードの動物を変化させるのに、どうしたらいいか考えてるんだけど――」

『と、申しますと』

「うん――えっとね――そう――そうだな。ウサギが鮭になるとすれば、どうすればいいと思う?」


『ウサギが鮭になるのですか!?』


 ネズミは目を白黒させたあと、『そういえば』と手を打った。


『ネズミがやっている店で、……あまりまっとうな商売ではありませんが、短期間なら、他の動物に変身できる菓子を売っていると聞いたことがあります』


「なんだって?」

 アンジェリカははじめて地図から目を上げた。


『ここです』


 ネズミは、アンジェリカの肩にひょいと乗っかって、地図にある店の場所を指した。それは、入り組んだ小路にある。一見して、ふつうのケーキ店だが――。


『ここにあるチーズ・マフィンが、そうだとか』

「でかした!!」


 アンジェリカがほめると、ネズミは誇らしげに胸を張った。


『お役に立てて、光栄です』


 アンジェリカはすぐに思案した。


「でも、あの店はたぶんウサギには危険だ。小路に入っているし――だとしたら、だとしたらどうする――ううううん!!」

『ZOOの支配者さま、あなたのお客様でしたら、わたしがご案内しましょうか』

「あんたはここに行けるの。だいじょうぶ?」

『おまかせください』


「じゃあ、あんたに――」

 言いかけたところで、視界がぐらりと揺れた。


『ZOOの支配者さま!!』


 小さなネズミの悲鳴とともに、ZOOカードの世界が閉じていく。ネズミも箱に飲み込まれていった。アンジェリカの意識がなくなれば、自動的にZOOカードも終了してしまうのだ。


「はれ?」


 アンジェリカは、そのまま、真横に倒れた。

 ネズミならず、侍女たちの悲鳴が、耳の奥でこだました。


 目覚めたのは翌日で、病室だった。点滴を受けながら、アンジェリカは周囲を見た。ものすごく恐ろしい顔のユハラムと、大泣きのナバ。そして。


「ねえさ、」


 青ざめた顔の姉、サルーディーバ。

 声まで出なかった。サルーディーバは、深刻な顔で告げた。


「すこし、おやすみなさい」


 やがて医者がやってきて、絶対安静を言い渡された。

 病名は、「過労」。

 ZOOカードボックスをさがしたが、取り上げられてしまったらしく、周囲にはない。


「ユハラム、ZOOカードを、」

「お仕事は、なさいませんように」

「いや、仕事じゃなく、ルナの、」

「なんであろうと、アンジェリカさまにあの箱はお渡しできません――お元気になるまでは!!」


 ぴしゃりといわれて、アンジェリカは手を引っ込めた。

 せっかくネズミにボディガードを頼もうと思ったのに、ZOOカードをつかえなくなってしまった。これでは頼めない。

 かすれ声しか出せなくなっていたアンジェリカは、サルーディーバやユハラムがいなくなったすきに、こっそり侍女のナバにメモ帳を持ってこさせ、伝言を持たせた。


「ルナに伝えて。一言一句、正確に」

 

 ――鮭はウサギだ。鮭をつかまえて、店の場所を聞き、いっしょに、一度だけほかの動物に変身できるチーズ・マフィンを買いに行け。値段はおそらく、銀のビジェーテ五枚。





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