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キヴォトス  作者: ととこなつ
第三部 ~ハン=シィク篇~
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84話 仕事中毒のサルディオーネと、美味しそうな鮭 Ⅱ 1


 アンジェリカは、床に、だだっ広いデスクほどもありそうなⅬ46の地図を広げて、唸っていた。


 やはり紙の地図はいい。全体像が見渡せる。これを買いに行った本屋の店員の、「十年前からあったⅬ46の地図が今月で二冊も売れた。売り切れた。映画効果すごい」というつぶやきを片耳でひろいつつ――。


 アンジェリカ以外にも、あんなマイナーな地図を買う人間がいるとは。


 アプリから展開するデジタル画像の地図も、全体が見えるが、ずいぶんおおざっぱだった。なにより、紙の地図とくらべると、圧倒的に地名が少ない。だが、アプリのほうは最先端だ。勢力図が十年前と今では変わっている場合があるので、アンジェリカは両方つかっていた。


 アプリをアップデートすると、二日前と名前が変わっている土地がある。気味が悪いほど、激戦区はしょっちゅう地名が変わる。支配者が変わる。


 アンジェリカは、一ヶ月前新聞で見たハン=シィク地区の勢力図が一変しているのを見て、嘆息した。


 ルチヤンベル・レジスタンスが居住していた地域は、完全にDLの支配区域になっている。


 アンジェリカは、先日、現在公開中のルシヤの映画を観に行き――VIP待遇で貸し切り状態――王宮護衛官三名と、侍女二人をつれて――の映画鑑賞をすませ、ZOOカードの遊園地にある、「月の女神の石板(タブラ)」を見に行った。


 月の女神のタブラを、第三者であるアンジェリカが見るには、幸運の黄金(ブエナ・スエルテ)切符(・ビジェーテ)が必要だ。

 アンジェリカは惜しげもなく一枚つかい、タブラを観察した。


「月を眺める子ウサギ」の足跡を見ると、ここに来たあと、メルカドに移動している。


「英知ある灰ネズミ」であり、ZOOカードの世界を創作し、あやつる「ZOOの支配者」であるアンジェリカは、配下のネズミたちに、メルカドでのルナの足跡を追うよう指令し、購入した地図を開いたところだった。


(確信した)


 ルシヤの映画を観に行ってよかった。Ⅼ46の背景にしろ、ルシヤの伝説にしろ、分かることがとても多かった。


(今回の、ルナを取り巻く縁は、“怪盗ルシヤ”を中心とする前世の縁であることはまちがいない)

 

 ZOOカードでも、人の過去生を見られるシステムがある。

映画(シーネ)」と呼ばれるものだ。ZOOカードの遊園地にある。


 短い映画(シーネ)で、ルナの前世のひとつであるルシヤの人生を、おおまかに追ったアンジェリカだったが、現実の映画館で観てきた映画と大差ないものだった。


 公開中の映画は、ルシヤの真実に、かぎりなく近い。


 アンジェリカは、ZOOカードの記録帳を開き、ZOOカードボックスを展開してカードを出し、地図を二種類広げて、床の上に座り込んでうなっていた。


「おそらくは、ルナの前世、ルシヤの“リハビリ”とともに、救済する人物があるということかもしれない」


 そう思って縁の糸を出すと、ルナのカードから銀色の救済の糸が伸びた。それは、二羽のウサギや、グリズリー、オオカミ、シカ、ピューマに向かって伸びていく。


「んん!?」


 ルナの魂である「月を眺める子ウサギ」が、今回結ばれた縁すべてを救済しようとして動いているのか。

 おまけに、ZOOカードとは連携していない、デジタルの地図まで輝くものだから、アンジェリカは戸惑った。


地図(マパ)! バトルジャーヤ、ハン=シィク地区!」


 アンジェリカが唱えると、今度はZOOカードの箱から地図が飛び出し、展開した。

 こちらははっきりとわかる。

 ハン=シィク地区が、白銀色に輝いている。


「どういうこと……ハン=シィク地区そのものが、“救済”される? 月の女神の加護があるってことなの?」


 アンジェリカは、ZOOカードの記録帳を数冊、持ち出してきてめくった。


 Ⅼ46は、ラグ・ヴァダ語で「バトルジャーヤ」という。ラグ・ヴァダの神話の、武の神の名を冠した星だ。


 Ⅼ46もひとつの大惑星である。ハン=シィク地区しか土地がないわけではなく、赤道直下、南、大小さまざまな島と民族が多数存在する。


 ハン=シィク地区は、一番広大な北の土地をそう呼ぶ。先年までは、ケトゥインの巨大国家、DL、ルチヤンベル・レジスタンス、の順に居住区が大きく、三つ巴の争いが繰り広げられていた。


 電子装甲兵(でんしそうこうへい)が現れるまでは、ルチヤンベル・レジスタンスのほうが、居住区が広かった。それが、逆転した。ケトゥイン大帝国は、多少支配地域が減ったものの、あまり影響がない。


 星全体としては、圧倒的に北の大陸が広く、勢力も大きいものの、赤道直下と南のほうにも、北には及ばないまでの大きな大陸があり、五大国家とふたつの国がにらみあっている。独立したちいさな島々は、数千を数えるだろうか。


 赤道直下のノス島はじめ、周囲の大国家の侵略を受けない島々はたくさんある。


 なにせ「バトルジャーヤ」神のおわす星だ。

 武に長けた民族が、とても多かった。


 大国家の侵略を受けないというのは、個々の部族の強さのせいだけでなく、自然的な理由も多い。


 たとえば、ルチヤンベル・レジスタンスのもとになったアノール族と同じ民族の子孫が暮らすノス島は、巨大なシャチ、パコが生息するため、軍艦は近づけなかった。クジラよりも巨大なシャチに、船が丸のみにされ、砕かれるのである。尾のひと振りで数十隻が海に沈み、シャチのお遊びで、数百人を乗せる軍艦が高々と空中に放り投げられる。


 シャチのために、だれも島に近づけない。

 それゆえ、他国の侵略から免れていた。


 ヴァジラ島は、島の周囲を巨大な渦潮(うずしお)が囲み、レビモン諸島は、幽鬼の乗った船が行き来を(はば)むという。

 そういった島々が実に多い。だから、Ⅼ46は、生態系が不明な謎の国と島ばかりなのだった。


 しかしアンジェリカは、軍事惑星が知らないⅬ46を知っている。


 何度か降り立ったことがあるのだ――無論、サルディオーネとしての仕事で。入星は容易だった。それは、アンジェリカが「サルディオーネ」という高名な占術師だからではなく、辺境惑星群L03の民だからである。


 ほぼ原住民に近い辺境惑星群、L8系、L4系には、だいぶ航路がひらかれている。


 一方、軍事惑星が着陸できるのは、ハン=シィク地区のケトゥイン国家の宇宙港、それから南のフカ大陸の一ヶ所のみ。


 なぜなら軍事惑星は、Ⅼ46の星の民からすると「地球人(アースロイド)」という意識が強いからだ。


「地球人ったって、もう移住してきて三千年もたってるんだから、ほぼ混血状態だよね」


 そういうアンジェリカも、自分が地球人(アースロイド)L系惑星人(エルミネイシュ)かと尋ねられたら、「ラグ・ヴァダ人」だと答えるだろう。L系惑星、というくくりも、地球人がつけたものだ。


 L系惑星群の住人は通称「エルミネイシュ」と呼ばれ、S系惑星群の住人は「エスシネイシュ」と呼ばれる。リリザはL系惑星群の領域内だが、特別に「リリシュ」という通称がある。


 地球行き宇宙船が立ち寄るマルカとE353も、L系惑星群管轄下なので、住民は「エルミネイシュ=マルカ」などの表記になる。


 アストロス人は「アストロイ」か「アストロイド」。

 地球人は「アースロイド」になる。


 アンジェリカがこの宇宙船に乗るときも、改札で、「エルミネイシュ=タイプ・ラグ・ヴァダL03」と登録されている。


「同じエルミネイシュなのに、原住民は民族の名前、地球から来た人たちはタイプ・アースに分類されるのも、よくないと思うんだよな……」

 アンジェリカはぶつくさ言った。

「おんなじエルミネイシュでいいじゃん……」


 ルナたち一般居住星の住民も、リリザへ行けば「L77から来ました」とか「L系惑星群から来ました」と答えるが、なに人かと問われたら、「L系惑星群(エルミネイシュ・)の地球人(タイプ・アース)」と答える。

 一般居住星のほうが、混血でない人間はいないのに。


 それでもやはり、L46の民に共通するのは、「地球人は敵だ」という意識なのだろう。もちろん、そうではない民族も多くある。地球人だの、民族だのの区別すらしていない民もある。だが、全体的な意識は、三千年前からほとんど変化していないのである。

 

「ええと――バトルジャーヤは、武の神、だから」

 アンジェリカは脱線した思考をもとにもどした。

「ルシヤはじめ、L46の星の民は、バトルジャーヤの加護を受けているはず」


 ノートに書きとめながら、アンジェリカは考えた。かたわらには、映画館で買った「ハン=シィクの娘」のパンフレットもある。ルナも買ったものだ。

 ペラペラめくって、アンジェリカは気になる語句をノートに書きつけていく。


「ハン=シィク――ハンの樹の子どもたち、か。L23にしか生息していないはずの、パルキオンミミナガウサギは、なぜL46に? ――ちょっと待てよ?」


 過去のノートを開く。


「ルチヤンベル・レジスタンスは、アラン・B・ルチヤンベルとその一族が移住してきてつくった集落と組織だ。つまり、地球人。これがおよそ三千年まえ。ケトゥインもDLももっとあとだ。アラン一族と、アノールの混血が、ルチヤンベル・レジスタンス……」


 アンジェリカは万年筆を止めた。


「アノール……」


 アノール族とは、L系惑星群で三番目に多い原住民だ。武の民族で、誇り高いが、民族全体としては、柔軟な思考回路の持ち主が多く、地球人との共存、共栄がもっとも多い。

 地球人の文明を、(おく)することなく一番早く取り入れた民族だ。

 そのアノールは、水辺を好む。大きな川があったり、海沿いだったり、湖のほとりだったり、そういった場所に住み家を求める。ちいさな島に住むことも多い。

 だから、アノール族のZOOカードは、海の生物が多かった。それも、イルカやシャチ、クジラ、あるいは魚類。


「不思議なんだけど」

 アンジェリカは首を傾げた。

「ZOOカードの世界では、イルカやクジラみたいな海洋生物は、太陽の神の支配下のはずなのに、あたしのいうこと、けっこう聞いてくれるんだよなあ……」


 アンジェリカの、いまだ解決していないZOOカード七不思議のひとつだった。


 アンジェリカのZOOカードはネズミである。「英知ある灰ネズミ」という。

 ネズミは隠れ住むゆえに象意は陰、すなわち、夜の世界をつかさどる「夜の神」の支配下にある。


 いくらアンジェリカが「ZOOの支配者」でも、管轄する神が違うと、なかなかいうことを聞いてくれないときがある。相手にもしてもらえなかったり、バカにされたり、からかわれたりすることが、まま、あるのだ。


 トラなど、生意気の最前線である。ネズミみたいにちいさな生き物のいうことなど聞いていられるかと、鼻であしらわれる。


 つまり、夜の神属性のネズミや、深海生物、夜の虫――たとえばホタルなどはアンジェリカの頼みを無条件で引き受けてくれるが、太陽の神の眷属となるとそうはいかない。いちいち太陽の神にお伺いを立て、「ZOOの支配者のいうことを聞きなさい券」とやらをもらってこないと、事が進まないときがある。


 それなのに、なぜか「太陽の神」の眷属であるはずの海洋生物――おもにシャチ、イルカ、クジラ、魚類の一部は、アンジェリカに協力的だった。下手をすれば、太陽の神より、アンジェリカの願いを優先することもある。


 アンジェリカは夜の神の配下であるネズミ。

 縁もゆかりもないのに。


 不思議に思ったアンジェリカが調べた結果、わかったことは、どうもそれが「アノール族」に限られる、という事実だった。


 イルカやシャチはアノール族ばかりではない。しかし、アノール族のシャチやイルカなどは、アンジェリカに優しい――というか、じつに忠実だ。


 その理由は、まだわからない。


「たぶん、ハン=シィク地区では、アノールが一番古い民族だ」


 そう思ってアノール族の方面から調べてみたが、ハン=シィク地区と月の女神の関係がわからない。

 ハン=シィク地区に、月の女神をまつる神殿でもあればべつだが、それもない。

 アノール族も、どちらかといえば武の民族であることが強調されている。月の女神の加護というよりか、男神の加護だ。

 つまり、ハン=シィク地区そのものを月の女神が救済する――それはどうしてなのかという理由には、たどりつけなかった。


「アノールは、この際関係ないってことかな」


 アンジェリカは、見知ったイルカを呼びだそうとしてやめた。まだひとりで考える余地はある。


「もういっこ、気になるのはここだ。ハンの樹と、パルキオンミミナガウサギ」


 L23にしか生息しないはずのウサギが、なぜL46に。


 アンジェリカは、L23の地図をアプリで開いた。目をすがめてあちこちの地名を追う。

 L23は、ラグバダ名「マリタニトゥ・アラ」――地図の神の名である。


 マ・アース・ジャ・ハーナの神話において、かつて、マ・アース・ジャ・ハーナの神直属の配下である、セパイロー神(鍛冶(かじ)、創造、ものを生み出す神)が世界をつくったとき、常にそのかたわらに控え、地図を書いた神である。


 しかし星そのものは、原始に近い。いまだ火山地帯も多く、気温が高い。人が居住できない星であり、警察星のレスキュー隊や特殊部隊の訓練地になっている。


 やはりこの星も、月の女神とは関係なさそう――だが。



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