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キヴォトス  作者: ととこなつ
第三部 ~ハン=シィク篇~
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82話 本物のルシヤはだれだ? 2


「どどどどどうしようアズ、ルシヤちゃんふたりが出会っちゃった!」

『なんだと』


 いつかこんな日が来るとは思っていた。ルシヤとルシヤが顔を合わせる日は、どうしたって来てしまうだろう――そう思っていたが、まさか、こんなに早いとは。

 ルナはトイレの個室で、声を潜め、アズラエルに訴えた。


『それで。どうなったんだ』


 アズラエルは、なにごともなかったとは、思っていないようだ。


「まだ、出身地は話題に出てないの。っていうか、けっこう気が合って、すぐ仲良くなっちゃって。だから逆に――」


 怖い。もしふたりが、互いの出身地を知ったなら。


『そうか。まだ互いに踏み込んだ話はしてねえのか。今、来るんだな? ハンシックに』

「うん。……たぶん、るっちゃんは賢い子だから、ハンシックに来たら、知っちゃうかも。るーちゃんがルチヤンベル・レジスタンスの末裔(まつえい)だって」


 さっきも、ルナが無理やり口を挟まなかったら、「ルチヤンベル・レジスタンスの末裔!」という語句が、ルシヤの口から飛び出していたはずだった。


『しかたがねえ。早いか遅いかの違いだ。おまえが両方と仲がいい以上、どこかでツラは合わせてただろうし――わかった。とにかく。俺のほうも報告があったんだが、それは後々だな。ちなみに今回も、親父のほうはいねえんだな?』


 ルシヤの父親であるアンディは、今日も一緒ではない。


 それをいうと、

『わかった。なら、まだなんとかなるだろ』

 通話は切れた。


 ここで長く電話をしているわけにもいかない。ルナは腹を決めて、トイレから出た。


 ふたりの元にもどったルナは、

「ママ、おなか平気?」

「ちゃんと、朝出した?」

 と心配される始末だった。





 ハンシックのルシヤのカードで、ハンシック倉庫内のシャイン・システムへ飛ぶ。


「ただいまあ!!」


 ハンシックのルシヤが声を張り上げると、遠くから、ジェイクの「おかえりなさーい!」が聞こえてきた。


「ルシヤはルナと来て! わたしは、じいちゃんに、ともだち連れてきたって言ってくる! じいちゃん、じーいちゃーん!!」


 とてもはしゃいでいるのが、ルナにも伝わってくる。きっと、ともだちを家に連れてくるのがはじめてなのだろう。

 ルナもともだちといえばそうかもしれないが、ルシヤは、年が近いともだちだ。


(自分が不安そうな顔してちゃ、いけないよね……)


 残されたルシヤは、まだ戸惑いのほうが強い顔をしていた。ルナの手をキュッと握って離さない。


「どうしよう……わたし、お金足りなかったら。ここ、高い?」


 高くはない。むしろ激安のほうだ。ルシヤの緊張の意味が分かって、ルナは安心させるように言った。


「安いよ。モジャ・バーガーでセットを頼むのとおんなじくらいのお値段が多いよ。でも、もしるっちゃんのお金が足りなかったら、あたしと半分ずつ出して、半分こしよ。ここ、ものすごく量が多いの」

「ほんと!? ママ」

「うん」


 ルシヤの顔が明るくなった。


 ルナとルシヤは、広い倉庫を過ぎて、調理場があるほうから、店に入った。

 店内は人でいっぱいだった。開店は午後五時半からで、まだ半になってもいないのに、すでに大勢の客でテーブルが埋め尽くされている。

 ほとんどが、Ⅼ系惑星の原住民で、聞いたこともない異星の言語が飛び交っている。

 カーテン越しにちらりと見た調理場では、シュナイクルが忙しそうに動き回っていて、ルナたちには気づかない。


「おっルナちゃん、いらっしゃい」

 店内にいたジェイクのほうが先に気づいてくれた。

「そっちがルシヤさんのともだちか。同じ名前なんだって?」


 ルシヤは小さくうなずいた。


「俺はジェイク。よろしくな」

 ジェイクの両手は料理の皿で埋まっていて、握手はできなかった。

「んじゃごゆっくり」

 ルシヤのちいさな会釈にウィンクで返して、ジェイクは店内の喧騒に紛れ込んでいった。


「ルナ」

 シュナイクルがカウンターから顔を出していた。

「すまなかったな、今日は」


「ううん! 楽しかったです」

 シュナイクルはにこりと笑って、それから真顔になった。

「どうした? なにかあったか」

「え?」

「顔が固まってるぞ」


 ルナは条件反射で顔を両手ではさんだが、どんな顔をしているかなんて、自分でわかるわけもなく。緊張が、顔に出ていたらしい。


「心配ごとでもあったのか」

「へっ……、ううん……」


 首を振ったが、シュナイクルのほうが心配そうな顔になった。ジェイクの大声が、注文が入ったことを告げ、一度そちらに目をやると、ルナの頭を撫で、ルシヤに視線を移した。


「――おまえさんがルシヤか。いらっしゃい。ここは変わったもんが多いが、味は保証する。座ってくれ。あとでうちのルーを行かせるからな」


 ルシヤは、ルナに飛びついてきたときの元気がウソのようにはにかんで、ルナの後ろに引っ込みながら、ちいさくうなずいた。


「すまんな、またあとで」

 シュナイクルは厨房に引っ込んだ。


「アズラエル、あっちよ」

 バンビが入れ替わりに、厨房から首を出して教えてくれた――席を見て、ルナは絶叫しそうになった。

「ごめんね、はじっこで。でもこのとおり、席埋まっちゃってさ」


 だれにも罪はない。だが、アズラエルが座っている席は、よりにもよって、シュナイクルの、ルチヤンベル・レジスタンス時代の写真が一面に貼ってある壁の真正面だった。


(よりにもよって!!)

 ルナのウサ耳が人知れず立つ。

(よりにもよって!!)


「……アズ、待った?」

「いや、さっき来たばっかりだ」


 おかげで席を取り損ねた。アズラエルも分かっていた。この席が大変にまずい位置であることを。ルナの座った目が怖い。

 すくなくとも、反対側のはしっこだったら、写真は見ずにすんだかもしれない。しかし広いはずの店内は、すっかり満席だった。入り口の向こうに、まだまだ来る客の姿が見える。


「こ……こんにちは。わたし、ルシヤ・Ⅼ・ソルテ」


 ルシヤは、やっと声が出せたといったくらいの小さな声で、アズラエルを見上げて、ちょこんと会釈した。


「あのときはびっくりしたぜ。俺はアズラエル・E・ベッカーだ」


 アズラエルはまず初対面の女子どもには確実に怯えられる顔を、精一杯ゆるめてあいさつをした。

 べつに、威嚇(いかく)してまわりたいわけではない。


「ご、ごめんなさい、あの」

「いいんだ。座れよ」


 アズラエルはあえて立って、写真が見える方の席に移動した。ルナとルシヤは、写真を背にして座った。とりあえずこれで、ルシヤの視界から写真をなくした。アズラエルに集中していたルシヤは、緊張もあって写真には気づいていない。

 ルナの肩から思い切り力が抜けるのを見て、アズラエルも嘆息したい気持ちだった。


「さあ、なにを頼む? 今日は混んでるから、早めに頼まねえと、なかなか料理が来ねえぞ」


 アズラエルはルシヤにメニューを渡した。


「そういや、るっちゃんパパに電話した?」

「え? ううん。でも、七時までに帰ればいいの。ルシヤがシャインで送ってくれるっていったから」


 メニューを見て、ルシヤは目を見開いた。


「すごい! ママここ、安いのね!」

「でしょでしょ?」


 ルシヤのママ呼びに、アズラエルは相変わらずおとなげなく眉を上げたが、ルシヤは気づかない。


「わたし、ここならひとり分を注文できそう――これにするわ。メトの焼きそば!」


 花がキラキラしていてキレイ、とルシヤは嬉しそうに言った。

 L83(メト・ロケリヤ)の地方料理で、焼いた麺の上に甘辛い肉そぼろと緑の野菜、入りとりどりの花が散らされている。華やかで、いわゆるSNS映えしそうな料理だ。リサやキラなら即頼んでアップだろう。しめて八百デル。


「るっちゃん、これ、辛いって。平気?」

「平気よ! わたし、激辛モジャのハンバーガーが食べられるもの」


 あれがいけるななら、たいていの辛いのは平気だ。


「じゃああたし、ディナーセットにしよ。フィフィのエビソテーと、アノールのパンつけて、ダルダ・ソーダと、デザートは焼きリンゴアイス……」


「注文どうする?」


 ジェイクが注文を取りに来た。水を人数分置いてから、「あっちのお茶はセルフサービスで飲み放題。今日はケトゥインの発酵茶。クセはあんまりなくて、飲みやすいぞ」と付け足した。


「ルシヤは、メトの焼きそば、ルナはディナーセットで、……」


 アズラエルはディナーセットの、シシム牛ステーキ四百グラムだ。ルナはこっそり、ルシヤの分にソーダとアイスをつけてもらおうと思ったが、アズラエルが先に実行した。


「オーケー。ちょっと待っててな」

 ジェイクは、厨房にもどっていく。


「あの――ねえ――アズラエル、さん」


 三人だけになると、ルシヤが思い切ったように、アズラエルに話しかけた。


「なんだ?」

「アズラエルさんは、そのう――傭兵って聞いたけど、人は手にかけたことがある?」


 ルナは水を吹きかけた。ものすごい質問だ。


「あるよ」


 DLの娘かもしれないルシヤ相手だ。アズラエルは平然と言った。


「じゃあ――その――人殺しをどう思う?」

「どう思うって、いわれてもなあ――好きでそれをしたわけじゃ、」

「ごめんなさい、そういう意味じゃなくて――あの――えっと、じゃあ、そういうひとでも、ともだちになれる?」


 今度はアズラエルが真顔になる番だった。


「そりゃ、……相手によるな」

 アズラエルは後頭部をかきながら、困り顔で言った。

「気があうか、あわねえかにもよるだろ。仕事仲間ってのはどこに所属してもできるだろうが、そもそも俺は、ともだちってくくりで人間関係を考えたことはねえ」


 ルナは目をぱちくりした。


「クラウドは?」

「あいつは幼なじみだ」

「――じゃあ、ミシェルとか、ロイドは?」

「飲み仲間?」

「ラガーの店長さんは? ロビンさんは? バーガスさんとかは」

「行きつけの飲み屋の店長と仕事仲間だ」

「じゃあアズ、ともだちいない?」

「いねえな」


 そもそもアズラエルは、ともだちだのなんだのいう、べったりした関係が好きではない。ともだちとかいう語句におぞけが走るタチだ。

 しかしルシヤは――思いのほか真剣に聞いていた。


「そうね……ともだちなんて、いなくたっていいのよね」

 なんだか、悟りきった顔でいった。

「でも、パパには、きっとともだちが必要な気がするの……」


 すこし悲しい目で手元のメニューの表紙を見てから、ルシヤは顔を上げた。


「あの、」

「ルシヤ、ルシヤ!」


 ハンシックのルシヤが、跳ねるようにやってきた。


「今日はわたしがリンゴを焼くからね! デザートだ!」

「ほんとう!? リンゴ好きなの」

「アイスものせるよ! リンゴを火にかけたら、わたしも、ここで食べる……」


 叫びながらルシヤは厨房に帰っていく。


「お嬢、今日も元気だな!」

「可愛いかっこうをしてるわねえ」

「よう看板娘、なにかいいことあったのか」


 原住民に話しかけられては「急いでるんだ!」とつれない返事を返して走っていく。気のいい彼らは、「今日も元気だ」と笑って見送った。


 ルシヤの話が断ち切られてしまったので、急に沈黙がおとずれた。ルシヤはもう一度、話しかけたことの続きを話そうとはしなかった。

 なんとなく、予想はできたけれども。


 ルシヤはメニューをテーブルのわきに片付け、背後の写真を、やっと気づいたように見た。顔が輝いている。


「写真がいっぱい!」


 ルナとアズラエルの顔に、緊張が走った。


「ステキ! わたし、写真を一枚も持っていないから――」


「る、るっちゃん、待って、」

「ルシヤ、どこかに映ってるかな。――あれ? これ、ルシヤのおじいちゃん?」


 席を離れ、写真を眺めはじめたルシヤを、ルナは止めようとしたが、アズラエルが制した。

 いまさらだ。

 ルシヤをハンシックに連れてきてしまった。その時点で、こうなる可能性は見えていた。

 ルシヤがまだおさない子どもで、アンディはルシヤに出身地のことをなにも話していなくて、「ルチヤンベル・レジスタンス」なんて言葉を知らない――そういう可能性だってあるのだ。

 ルナはわずかな希望を持ってルシヤを見たが。


 ルシヤが一枚の写真の前で止まった。

 どこか浮足立っていた足取りも、ピタリと止まり、釘付けになった。

 ひとの顔色が、あんなにも一気に白くなるのを――ルナははじめて見た。

 それも、子どもの顔が。


「――ママ」

 

 ルシヤは知っている。

 ルチヤンベル・レジスタンスを、知っている。

 ルナは、すぐさまルシヤを抱きしめたかった。だが、こんなに人が大勢いる中でそれをしたら、ひどく目立ってしまう。

 でも、ルシヤが、飛び出して行ってしまうかもしれない。

 

「ママ――もしかして、ルシヤのおじいちゃんって――ルシヤって、」


 ルナは言葉が出なかった。なんていったらいいか。

 ただ、そばに寄ることしかできなかった。

 ルシヤは分かっている。

 自分の親がDLで、自分はDLの娘で。

 そしてそのDLが、ルチヤンベル・レジスタンスになにをしたか。

 L46では、敵同士だった――。


「そう! じいちゃんは、ルチヤンベル・レジスタンスだよ!」


 あろうことか、胸を張ってそれを肯定したのはハンシックのルシヤ、本人だった。


「誇り高き、ハン=シィクの末裔だ!」


 いつのまにか、四人分の食事がテーブルの上で湯気を立てていた。ジェイクとルシヤで持ってきたのだろう。ハンシックのルシヤが自分の分として持ってきたのはメトの焼きそば。妹と同じ。

 ルシヤの目から、大粒の涙がこぼれ落ちた。


「――なさい」

「え?」

「――ご、――なさい。わたし、――ここにはいられない」


 ルシヤは駆け出した。


「ルシヤ!?」


 あわてたのは、ハンシックのルシヤと、ジェイクだ。


「待て! どうしたんだ――ルシヤ!!」


 すかさず追おうとしたルシヤを止めたのは、アズラエルだった。


「あれの父親は、おそらくDLの電子装甲兵だ」


 ルシヤが息をのんで固まるのが、ルナにもわかった。


「は!? どういうことだそれ!?」


 ジェイクも思わず叫んだ。店内が、喧騒でやかましかったのだけが救いだ。しかも原住民だらけ。共通語で交わされる会話は、ほとんど彼らの耳には入らない。


「確証はない。ちゃんと確かめたわけじゃねえからな。だが、今の反応だとおそらくは――」


 そこまで聞いたルシヤが、今度は迷いもなく妹の後を追っていったことに、ルナは驚いた。




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