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キヴォトス  作者: ととこなつ
第三部 ~ハン=シィク篇~
195/932

82話 本物のルシヤはだれだ? 1


 翌日午後、昼食を終えたあたりで、ルナはシュナイクルから借りたシャイン・カードをつかってK15区に飛んだ。

 ルシヤとは、映画館のあるデパート前で、待ちあわせの約束だ。


「あれ?」


 一瞬、人違いかと思ったのは、ルシヤがずいぶん可愛いワンピースを着ていたからだ。

 いつも着ている、じいちゃんとおそろいの軍服ではない。まるでK39区の雪原みたいな真っ白なワンピース。すそに小花柄の模様がついている。羽織ったコートは薄いベージュ色で、靴もリボン付きの茶色いブーツだ。


「あっ! ルナ!!」

 ルシヤのほうが、手を振って駆けてきた。


「可愛い! 似合うよ、ルシヤちゃん!」


 ほんとうに似合っていたので、ルナは手放しでほめた。ルシヤは顔を真っ赤にして、口をとがらせた。


「ル、ル、ルナに、失礼に、ならないようにって、じいちゃんと、ジェイクと、バンビが……」


 ようするに、みんなか。

 ルシヤはハンシックの紅一点(こういってん)だ。ほんとうは、みんな、ルシヤを着飾りたかったのかもしれない。


「ルシヤちゃん、今日、ちょっとおこづかい余分に持ってきた? 映画分だけ?」

「おやつは、買えるよ。カフェ、も入れる」

「じゃあ、映画見て、お茶して、すこし服でも見よっか」

「え? いいよ、服なんて……」

「見るだけだよ」


 ほんとうは、ルナがプレゼントしてもいいような気がしたが、誕生日でもないのにそんなことをしたら、シュナイクルがまた、ものすごく困りそうだったので。

 可愛いのが見つかったら、こっそりジェイクに情報を流しておこう。

 ここはシュナイクルではなくジェイクだと思う。それからついでに、ルシヤの誕生日も聞いておこう。

 ルナは決意した。


「ルナがいってるのは、こういう服だろ? これ、ぴったりくっついて、気持ち悪いし……」


 ルシヤは、格子柄(こうしがら)のタイツをつまんで、嫌そうな顔をした。


「冬だからねえ。それはいてないと、たぶん寒いよ?」

「じいちゃんにも言われた。足は冷やしちゃいけないって……平気なんだけどな」


 映画がはじまるまで、まだ時間がある。このあたりのカフェでお茶でも、と思ったルナは、急に後ろから飛びつかれて、つんのめりそうになった。


「ママ!!」


 相手は、一発で分かった。


「ママ!?」


 ハンシックのルシヤのまなじりが、吊り上がった。ルナに飛びついたのは、間違いなく、アンディの娘のルシヤだった。


「ママ久しぶりね! ここに来たらママに会えるかなって思ってたら会えた! うれしい! ――あなただれ?」


 ルナの右腕にしっかり抱き着きながら、ルシヤは邪気のない顔でもうひとりのルシヤを見た。

 ハンシックの黒髪ルシヤは、わなわなと震えながら――。


「おまえのママじゃない! わたしの、かあさんだ!!」

 すさまじい形相で、ルナの左腕をつかんだ。


「うえ!?」


 ハンシックのほうのルシヤは、想像以上に力が強い。ルナは腕が抜けるかと思った。


「ちがうわ! わたしのママよ!」

 ルシヤは叫んだ。


「おまえのじゃない! わたしのかあさんだ!」

 もうひとりのルシヤも負けじと叫ぶ。


「わたしの!」

「ちがうっ!!」

「わたしの!!!!」

「わたしのだ!!!!!!!」


 ルナの両腕を引っ張り合いながら、ルシヤたちの目には、大粒の涙がたまりはじめた。

 道行く人々の視線も痛いが、ルナはなにより、ふたりの涙にギョッとした。


「わ、わたしのぉ~~~~~~わたしのだもん」

「わたしのかあさんだああああ」


 ついにふたりはルナの腕にすがって泣き出した。周囲の視線が、ものすごく痛い。


「……」


 ルナはもちろん泡食ったし、言葉を失ったが、なんとなく、いう言葉は決まっている気がした。


「し、姉妹でケンカしないの!」


 ルナの言葉に、ふたりのルシヤは目をまん丸くして、ルナを見上げた。ふたりの涙と鼻水をティッシュで拭いてあげながら、ルナは言った。


「あたしがふたりのママなら、ふたりは姉妹でしょ」


 ――子どもは、ほんとうに分からない。

 ルナの言葉が、しっくりきたのかどう思ったのかは知らないが、急に泣き止んだ。

 そして、値踏みするように相手を見――「わたしは、ルシヤ」と、ハンシックのルシヤが先に言った。


「ルシヤ!? わたし、ルシヤ・L・ソルテ」


 アンディの娘のほうが、驚いて目を丸くする。


「えっ……」


 もうひとりのルシヤも同じだ。想定外だったのだろう。同じ名前だなんて。互いにまん丸くなった目をのぞきあったが、すぐに探るような細目になる。


「同じなまえだ……苗字がないとか言わないのか。バカにしないのか」

「世界には苗字のない人が、あなただけじゃなく、たくさんいるわよ?」


 ハンシックのルシヤはふたたび目をぱちくりさせ、それからようやく笑みを浮かべた。相手を探るような目つきが、ようやく和らいだ。


「おまえ、悪いやつじゃないな」

「どうしてわたしが悪いやつなのよ。あなたのものを、なにか盗んだ? あなたこそ、わたしの服が、ボロボロだとか、貧乏くさいとか思ってるんじゃないの? そのわりに、言葉がすましてるって」

「今日はルナと――か、かあさんといっしょだから、特別のおしゃれをしてきたの! わたしがいつも着てる服なんか、じいちゃんのおさがりだ。軍服だよ。みんなバカにするけど――じょうぶで、長持ちしていいんだ」

「たしかに軍服は、長持ちするわね。格好いいし」


 ルシヤとルシヤは、ニッと笑いあった。

 それから、ふんぞりかえって聞いた。どちらかは、言うまでもなく。


「ルシヤは、いくつ?」

「わたし、八歳」

「わたしが、十歳で、ルシヤが、八歳だから、わたしは、ルシヤの姉だ」

「いいわ。じゃあわたし、ルシヤの妹ね」


 なんとなく、アンディの娘のほうが年上な印象を受けるが、むかしは逆だったのだ。無理もない。


「わたしは、きょうだいが欲しかったから、ちょうどよかった」

「あら。わたしだって、もうひとり家族がいたらよかったと思ったことはあるわ」


 ふたりはそう言って、まだまだぎこちないながらも、ふたたびニッと笑った。子どものわりに、ずいぶん不敵な笑みである。

 彼女たちは、どちらともなく、手をつないだ。

 ルナは、足から体の力がぜんぶ抜けるような気がするほど、ほっとした。


 映画がはじまるまで時間があるからと、近くのカフェに入ることにした。それを言ったのはアンディの娘のルシヤで、三人は、小路にあるちいさな喫茶店に入った。


 一度は安心したものの、ルナは、一抹の不安に駆られていたのだが――ハンシックのルシヤがルチヤンベル・レジスタンスの末裔で、アンディの娘のほうは、DLを親に持つかもしれないということ――互いがそれを、知ってしまったら。


 なんのタイミングで、出身地の話が出るか分からない。


 心臓がバクバクしていたが、ほとんどそれらしい話題は出なかった。

 話のメインは、ルシヤの映画のことだ。

 あとは、ふたりにしか分からない、船内の学校のこと。

 ルナに分かったのは、ふたりとも、一度は学校に通ったこともあったが、理由があって行かなくなったということだけだった。


「ルナ」

「うん?」


 ふたりの娘(?)を微笑ましく、半分心臓を過活動させながら――見守っていたルナは、急に話を振られてびっくりした。


「わたしもルシヤで、ルシヤもルシヤだ。区別がつかないから、あだ名で呼ぼうと思う」


 それもそのとおりだと、ルナは思った。


「そうだね……じゃあ、ハンシックのルシヤちゃんは、るーちゃんで、カフェオレのルシヤちゃんは、……るっちゃんはどう?」


 アンディの娘のほうは、甘いカフェオレを頼んでいた。


「わたしはかまわない! じいちゃんもたまに、わたしのことをルーって呼ぶぞ」

「あだ名ってなんかすてきね。仲良くなった気がする。わたしもるっちゃんでいいわ。でもわたし、ルシヤのことはルシヤって呼ぶわよ」

「ああ。おまえのことは、ルシヤって呼ぶ」

「うん」

「わたし、あだ名ってはじめて」

「わたしも、はじめて! じいちゃん以外は」


 はにかんで笑いあうふたりは、ほんとうの姉妹のようだ。まるでずっと離れ離れで、やっと再会したような――。


(まちがってはいない気がするけど)


 店内の時計を見て、ルシヤが叫ぶ。


「映画が、はじまるよ! チケット、買わなきゃ」


 映画はいつもどおり、おもしろく、かっこよく、悲しく、感動的だった。

 ルナたちは、そろって涙を拭きながら映画館を出――暗くなりはじめた空を仰いで、もう一回観に来る約束をした。


「もう一回みたいなあ……もう二回くらい、三回くらい見たい」

「わたしもみたい。けど、じいちゃんが許してくれるかなあ」

「わたし、もう十回目よ」


「え!?」

 ルナとルシヤの声が被った。


「毎日来てるの。でも楽しいわよ。わたし、ルシヤのセリフもほとんど暗記しちゃった!」


 アンディの娘のルシヤが、目いっぱい身体を伸ばしながらそう言った。


「わたし、女優なんかもあっているかもしれないわね。ママは美人だったの。パパはものすごい競争を勝ち抜いて、ママをものにしたんだって!」

「そうか。ルナは美人だから、そうかもしれない」

 

 ハンシックのルシヤは、あっけらかんと言った。ルナはなにも飲んでいないのに吹き出すところだった。

 アンディの娘のほうが、目をぱちくりさせて、それから苦笑した。ルナもびっくりするほど、大人びた笑みだった。


「……ちがうの。ルナじゃなくて、わたしのほんとうのママよ」


 ハンシックのルシヤは「ええっ!」と叫び、ルナとルシヤを交互に見て、ほっとしたように肩を落とした。


「おまえ、ほんとに、ルナの子じゃないのか」


 ルシヤは、アンディの娘が、ほんとうにルナの子だと思っていたらしい。

 ルナと髪の色が同じだし、親子と行っても差し支えないくらい――知らない人が見たら勘違いするくらい、似ているのは事実だった。

 ルナはなんて答えていいか困った。「ちがうよ!」と盛大に否定するのもルシヤが傷つきそうだし、あいまいにもできない。


「ルナが、アズラエルと、結婚するまえの子かと思った……」

「そもそもアズとは、結婚してないんですよ」


 ついでに、アズとも付き合っているわけではないんですよ。

 ルナは、そう言い含めたが、ルシヤは分かっていないようだ。


「あなたこそ、ルナの子じゃないのね」


 言われて、ハンシックのルシヤは、顔を赤くして唇を引き結び、だまった。そして泣きそうな顔で謝った。


「ごめん……わたしは、ルナの子じゃない。おまえを見て、びっくりして、ウソをついた……」

「責めないわ。わたしもウソをついたもの。ルナに、ママになってほしくて」


 優しくルシヤに微笑むルシヤは、やっぱり姉のようだった。


「わたしも驚いたわ。あなたてっきり、あの軍事惑星のひとと、ママの子どもかと思った」

「軍事惑星のひとって、アズ?」


 ルナが聞くと、ルシヤは「そういうなまえなのね」とうなずいた。


「わたしは、アズラエルに似ているか?」

 ルシヤは変な顔をした。


「眉がしっかりしているところが似てるかもだけど――あなたどちらかというと、ママ似ね」

 ここでいうママとは、ルナに他ならない。


 ハンシックのルシヤは、可愛らしい刺繍の入った布製のバッグから、一枚の写真を大切そうに取り出した。


「これが、わたしの、ほんとうの、かあさん。サリヤって、いうんだって」


 ルシヤは、思い出にすらない父と母の写真を、二人に見せた。

 背の高い男性と、みつあみの女性が、赤子を抱いて微笑んでいる。

 ルナは写真を見て一瞬ヒヤリとしたが、農地であろう背景に、ルシヤが「ルチヤンベル・レジスタンス」だと示す証拠はなかった。


「……やっぱり、あなたのママも、ルナに似てるのね」


 アンディのルシヤは微笑んだ。

 ルナには分からなかったが、似ているらしい。


「わたしのママも、ルナって名前で、顔もルナに似てるの。パパがびっくりして、ものすごく困ってたわ」

「じいちゃんもそう。ルナがサリヤに似てるって。ルナを見ると、泣きたくなるし、でも、顔を見ると、安心するんだって。サリヤが生きてる気がするって」


 そう言って、ふたりはルナの顔を見た。ルナはどんな顔をしていいか、分からなかった。

 モジャ・バーガーではじめて会ったとき、シュナイクルまでルナのほうを驚いた目で見た理由が氷解した。


「おまえの――その、ほんとうのママは、どこにいるの?」


 ハンシックのルシヤがアンディの娘のルシヤに聞くと、「わたしを産んでから死んだわ」と平然と言った。


「そうか……」

 ルシヤはうつむき、

「わたしのかあさんも、わたしが乳飲み子のうちに死んだんだ」と言った。「だから、思い出がない」


「そう……」

 ルシヤが、ルシヤを見た。


「わたしたち、なんだか似てるわね」

「そうだな……! 似てるかも」

「でも、新しいママもできたし、わたし平気よ。パパは優しいし」

「わたしもじいちゃんがいるし、ジェイクやバンビもいるし、さみしくない」


 言いながらも、ルシヤは、ルナの手をぎゅっと握った。もうひとりのルシヤも、ルナの手を握った手に、力を込めた。


 ルナは困惑していた。

 どうしよう。一気にふたりの子持ちになってしまった。


「わたしの前世は盗賊ルシヤよ。どんな逆境にもめげない。生き抜くの」


 アンディの娘のほうの決然とした言葉に、ハンシックのほうのルシヤが、目を見開いた。


「なにいってるんだ。ルシヤは、わたしの、前世だ」

 ルシヤは胸を張った。

「ルシヤの名をわたしにつけてくれたのは、どんな困難な人生でも生き延びろと、父さんや母さんが、そう願ってつけてくれたんだ。ルシヤはルシヤに生まれ変わる。わたしがルシヤ!」


 もうひとりのルシヤは不敵に笑った。


「そう思うことは悪くはないわ。でも、ルシヤはわたしよ?」

「わたしがルシヤ! ルシヤの生まれ変わり!!」

「ルシヤはわたしよ」

「わたしがルシヤ!!!!!」


 そろそろルシヤがゲシュタルト崩壊しそうだったが、ふたりは互いに譲らない。ルナはふたりを連れて、すこし服でも見て回りたかったのだが、止まらなそうだった。


「まあいいわ。ふたりともルシヤだし。そのうち、あなたもわたしが、ほんとのルシヤだってことが分かるわ」

「わたしは、ルシヤとならぶくらいの、サバットの達人だぞ!?」

「わたしだって小さなころから習っていたなら、サバットくらいできたわよ!」

「わたしは誇り高き――!」

 

 そろそろ、出身地の話題も避けて通れなくなってきたあたりで、ルナは悲鳴のように口をはさんだ。


「あっ! あっ、あのさ! 夕食はどうするの? 夕食!」


 ルナの存在を忘れていたわけではないらしい。ふたりは同時にルナのほうを向いた。


「夕食?」

「そう! 夕食!」

「そのことなんだけど」

 ハンシックのルシヤが、最初から決めていたようにルシヤに言った。

「ルシヤは、ちょっぴりおそくなっても、平気か?」

「平気よ? パパに電話をすれば」


 さっきまでのケンカがなんだったのかと思うくらい、ふたりはふつうに顔を見合わせた。

 時刻は午後五時をすこし過ぎたところだ。


「じゃあ、うちにおいで。おまえは、わたしのともだちだから、今日のメシ代はタダ」

「さっきいってたけど、ごはん屋さんなのよね? そんなのダメよ。ちゃんとわたし、お金を払うわ。モジャ・バーガーよりすこし高いくらいなら、平気」

「きっと、じいちゃんは金を受け取らないよ。うちはハンシックっていって、メシを提供する店だ。じいちゃんのつくるメシは、うまいよ」

「う……ん、」


 ルシヤは困ったような――迷っているような――でもすこし、行ってみたいような――ソワソワした顔で、ルナを見た。


「あたしも行くよ。るーちゃんのおじーちゃんのごはんは、すごくおいしいよ?」


 ルナの言葉が決定打だったようだ。ルシヤはちいさく、うなずいた。ハンシックのルシヤは鼻息も荒く、先導した。


「じゃ、行こう――」

「ごめん、るーちゃん、るっちゃん、あたし、トイレ行ってくるね。ここで待ってて」

「便所なら、うちにあるぞ?」

「う、ううう~ん、もれそうかも!」

「そ、そうか! じゃあ、早くいって!」

「うん!」


 ルナはルシヤ二名がびっくりするほど低速で、すこし遠いトイレに駆けていった。本物はこっちのはずなのに、怪盗ルシヤの面影なんて、微塵(みじん)もなかった。



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