表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
キヴォトス  作者: ととこなつ
第三部 ~ハン=シィク篇~
193/942

81話 ハン=シィクの風 1


 車内でルナは、やっとくわしい説明を受けた。

 アズラエルはまだ、ルナの夢のことで気になることがある。だが、家に帰れば訪問客が引きも切らないので、別の場所にしばらく滞在し、落ち着いて考えたい。

 連泊型のホテルやアパートも考えたが、いいことを思いだしたのだった。


 グリーン・ガーデンだ。


 セレブの避暑地(ひしょち)で、以前クラウドとミシェルがしばらく滞在していた場所。

 クラウドだけでなく、アズラエルもつかってくれと、ムスタファからカードキーを渡されていたのを忘れていた。

 ラッキーなことに、宿泊費はタダだ。


「ただ!!」

 ルナは絶叫した。


「親父さん、あそこを長く空けておきたくねえんだと。だから、しょっちゅう友人につかわせてる。最低でも一ヶ月はいていいって話でな」


「一ヶ月!!」


「今は冬で、景色もあまりよくねえから、だれもつかいたがるヤツがいない。昨夜電話したら、だれもつかってないって。むしろバンバンつかってくれって歓迎されたよ。冬の間いていいって――さすがにそれは、無理だが」


 冬なのでプールはつかえないし、食事代は自腹だが、宿泊費は無料だ。サービスも施設も使い放題。着替えは、行ってから通販で買えばいい。

 ルナが寝たあと、ムスタファに連絡していたのか。ルナは口を開けて固まった。


「K08区からなら、ハンシックも近いしな」

 もってこいだ、とアズラエルは笑った。


 ルナが久しぶりにメールをチェックすると、ミシェルにエレナ、ルーイ、レイチェル、シナモンと大量に入っていた。そろいもそろって、「いまどこにいるの?」だ。

 ルナはグループメールで、レイチェルやエレナに、旅行で、しばらく家に帰らないというメールを送った。すぐさま、残念だけど、帰ったらすぐ連絡をちょうだいとの返事が返ってきた。


 アズラエルが返事をしなかったからだろう。めずらしく、クラウドからも、ルナにメールが入っていた。

 アズラエルが近くにいたら、電話に出ろといってくれ。


「クラウドにも昨日、電話したよ」

 ルナがそれをいうと、アズラエルが嘆息した。

「おまえの夢が“正夢”かもしれねえって、思うようなことを聞いてな」

「えっ?」

「白龍グループで、L46に行ったことがあるやつで、信頼できる傭兵はいねえかって聞かれたよ。メフラー商社がL46の管轄(かんかつ)じゃねえのはアイツも分かってるからな。どうしてもL46の情報が欲しいらしい。電子装甲兵かって聞いたら食いついてきてな」


 ルナは深刻な顔でアズラエルを見た。


「軍事惑星じゃ、ヒューマノイド禁止法と人権問題で電子装甲兵はつくれねえ。つまりは、研究も中途半端ってことだ。対処のほうも見つからねえってンで、そろそろ、ケトゥインもヤバいそうだ。軍部の機能が鈍くなってるってトコにこれだ。もしかしたら、L18の軍がL46から撤退するかもしれねえって話まで出てるそうだ」


「ふえっ!?」


「クラウドからもと職場に連絡したそうだが、心理作戦部もずいぶん忙しくしてるそうだ。クラウドが協力してくれるなら渡りに船ってやつで、いま調べる方に回ってるらしい。やっぱりあの野郎、自分の担当でもねえのに首突っ込んでたみたいだな。L46のDLとL43のDLは仲が悪いから、電子装甲兵の技術がよそに流れるってことはねえだろうが、このままじゃL46のDLの勢力が拡大するって、話が止まらなくてな……」


 ――大変なことさ。ひとつの星の勢力図が塗り替えられてしまう。


 夢の中で、クラウドライオンが言っていた言葉がよみがえる。

 しかし、ピンクのウサギは、のんきなことを言っていなかったか?


 ――考えすぎじゃないの。


「まァでも、ひとつ大事なことが分かった」

「ふえ?」

「クラウドが捜してるのは、電子腺を発明した科学者。アレクサンドル・K・フューリッチって男だ」


 ルナのウサ耳が、これでもかと――勢いよく、立った。


「まさか」

「そのまさか、かもしれねえな」


 アズラエルも、信じがたい顔をしていた。


「バンビが、“アレクサンドル”かもしれねえ」


 ――バンビが、電子腺を発明した科学者、アレクサンドル・K・フューリッチ?


「バンビが!?」

「どうも、……そうは見えねえけどな」


 だとしたら、シュナイクルたちにとって、バンビも憎しみの対象なのではないか。

 電子腺でつくられた電子装甲兵のために、家族と仲間を、失ったのだ。

 電子腺の発明者なんて、もっとも憎むべきかたきといっていいだろう。

 どうして、いっしょに暮らしているのか。

 シュナイクルたちは、バンビがアレクサンドルだということを知っているのか。

 ジェイクもなにか関係があるのか。


 ルナとアズラエルは、急に深刻になって、無言になった。それぞれ、ぜんぜんちがうことを考えていた。


 やがてスクナノ湖が見えてきて、ルナがやっとウサ耳を立たせた――今度は、ご機嫌のために。


 ちいさな脳みそを悩ませていた深刻な小難しいことを横によけて、冬のスクナノ湖に目をやった。


「冬の湖も、よいね!!」

「そうだな」


 湖の周囲をぐるりとまわり、雪深いが、ていねいに除雪された道を通って、アズラエルの車はグリーン・ガーデン敷地内に入った。大きな別荘が立ち並ぶ中、一件の、開かれた門の内側へ入っていく。


「アズラエル・E・ベッカーさまですね。お待ちしておりました」


 Pi=poが車のキーを預かって、車庫に入れる。そのあいだに、人間のコンシェルジュが玄関まで案内した。


「お仕事でご使用と伺っておりますので、サービスは最低限にさせていただきますね。お食事のほうはいかがなさいますか」

「しばらく出っ放しになるかもしれん。その日のうちに帰宅できたらする。夕食と昼食はいらない。朝食だけは頼めるか?」

「承知いたしました。なにか御用があれば、内線でお呼びくださいませ」

「ああ」

「では、ごゆっくり」


 母屋は暖かかった。


「アズ、お仕事で借りるってゆったの?」

「ああ、そのほうが、まとわりつかれなくていい」


 サービスは最低限と言ったが、部屋に入れば、テーブルに飾られた大輪の花束と、熱々のコーヒーと紅茶のサーバーが設置され、菓子と果物、宝石みたいなチョコレートの小箱がずらりと並べられていた。

 冷蔵庫にはミネラルウォーターとコーラ、ジュースにワイン、ビールなどが常備されている。


「ふえあああ」


 ルナは、はじめてここに入ったときのミシェルのように、目を輝かせて、あちこち見てまわった。

 プールには雪が積もっていて使用できないが、周りを囲む生垣と、綺麗に並んだ大小の雪だるまには、夜、イルミネーションがともされる。

 部屋からは、真冬のスクナノ湖が見える。冬でも真っ青な湖面に、ルナはウサ耳をぴょこたんさせたが、テラスは雪が積もっていて、そのまま出るのは寒そうだ。


「ねえアズ、探検してきてもいい!?」

「おう。じゃあ、おまえの日記借りてもいいか」

「よいよ!」


 ルナは勢いよく叫んだ。どうせ日記は、たいしたことは書いていないし――うん――アズラエルの悪口は――たぶん、書いていない。

 ルナはつかいすぎた脳みそをほぐすように、ぺっぺけぺと、上機嫌で、探検に出かけた。


 古びた高級ホテルのような別荘だ。ランプの薄明かりと赤いじゅうたんの廊下を駆け、ガラス戸から見える中庭を見ながら、あちこちの部屋をのぞいた。

 たくさんのゲストルーム。ルナがミシェルとクラウドとここに来ていたら、泊まるかもしれなかった部屋だ。ルナはぜんぶ見てまわった。


 外は雪が降りだしていた。


 プールサイドに向かう廊下以外は、壁のある廊下でつながっている。そこここに飾られた現代アートの値段を聞いたら、ルナはまた腰を抜かすだろう。

 シアター・ルーム、バーベキューテラス、ちいさなバーとビリヤード台が設置された部屋。


 ひとはどこにもいなかった。キッチンに一台のpi=poがいて、「なにかご用ですか、お客様」と聞いてきたのみだった。


 ルナが部屋にもどってきたのは、小一時間もたってからだった。


「アズ、お風呂すごかった!!」


 シャワーブースと浴室が両方あって、お風呂はなんだか絢爛豪華(けんらんごうか)だった。金でできていた。壁は一面ガラス張り。向こうにスクナノ湖が見えた。


 アズラエルは、広い部屋の床に、ルナが作ったZOOカードをならべ、ルナの日記を片手に、頭をひねっていた。


「ベッドもすごいぞ」

「ベッド!!」


 ルナが寝室のほうへ行くと、天蓋つきベッドに、可愛らしい白とピンクの花が敷き詰められていた。


「ひぎい」


 ルナは落ち着かなくなって、アズラエルのいる部屋にもどってきた。

 まるで鳳凰城リターンズだ。

 鳳凰城は一泊二日だったので、ホテル内を歩き回るだけで終わってしまったが、地下のグランド・ロケーションという施設に行くと、リリザ全域を上空から見られるところがある。ちょっぴり豪華なpi=poがそう言っていた。次回はたぶんないだろうが、次に行ったら、ぜったい行ってみたい場所だ。


「ルゥ、どこに行ってもいいが、別荘の外には出るなよ」

「なんで?」

「近くに、アンジェラの別荘もある」

「ぴぎ」


 ルナは、首をすくめた。


 アズラエルがカードとにらめっこして唸っているあいだに、部屋に備え付けのパソコンで、下着と着替えを注文した。パジャマなどは備え付けがあるし、クリーニングサービスもある。二、三日の分の着替えを着まわせばいいだろう。

 通販は一瞬で届く。

 ルナは部屋に現れた衣服の包装をはがし、タグを取り、クローゼットを開けて収納した。


 それからコーヒーをカップに注いでアズラエルのそばに置き、自分はメープルシロップを入れた紅茶をすすりながら、テラスに出た。


 寒いが、ストールを羽織れば平気だ。この寒さが、熱っぽい頭を冷やしてくれる気がした。


 シュナイクルやジェイクにバンビ、アンディ、ふたりのルシヤたちとの関わりを、考えていた。


 ハン=シィクの樹を中心にそろった、不思議な組み合わせだ。

 電子腺をつくった者。

 その電子腺をつかって兵器にされたアンディ。

 電子腺が作った兵器に、滅ぼされたシュナイクルたち。

 怪盗ルシヤに、まつわる者たち。

 

(今度の夢は、いったい、なんの意味があるの)


 だれかが、助けを求めてるの?


 ルナは、自分になにができるか考えた――が、ちいさなうさこたんである自分には、なにもできる気がしないのだった。


 九庵が言っていた。

 自分に出会ったものは、「愛」、「癒し」、「縁」、「革命」のいずれかをさずかると。


 ルナに今直感として分かるのは、ルシヤの名を持つ女の子たちと、ハン=シィクの樹を中心にした、不思議な「縁」だ。

 しかし、それがなにを意味するのかは分からない。


 もしかしたら自分自身かもしれない、ルシヤの前世。


 それがいったい、どんなふうに関わってくるのか、ルナにもさっぱり、わからないのだった。


 もし自分の前世がルシヤだったなら。

 あの、怪盗ルシヤだったなら。


(あなたは――あたしは――なにを望んでいるの?)


 さあ、と風が吹いた気がした。不思議な風だった。

 ひどく冷たい――ふだんのルナであれば、縮みあがるような寒さの風だが、まるで目を覚まさせるかのように澄んだ、体内の気迫と強さを奮い起こすような風だった。


(あ――これは)

 ――ハン=シィクの風だ。


 ルナはなぜかそう思った。これは、ルシヤの記憶だろうか。

 透き通るような冷たさの風を吸い込み、目を閉じる。

 ふと、L46の雪原で、ハン=シィクの樹の下に立つ、ルシヤの姿が浮かんだ。その姿が、パルキオンミミナガウサギに重なる。


(鮭サンド!)


 記憶の中のルシヤが、叫んだ気がした。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ