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キヴォトス  作者: ととこなつ
第三部 ~ハン=シィク篇~
190/950

80話 ルナの夢と鮭サンドと、クラウドが捜している誰か  1


「ルナ」


 めのまえには、ルナの日記帳を人質に取ったアズラエルが仁王立ちしていた。ルナの目も完全に座っていたが、身長的にも力づくでも、取り返せそうになかった。


「ぜんぶ、話してもらうぞ」


 翌日、すこやかに目覚めたルナは、ふたたびお店で朝食をいただいた。

 けっこうな種類のパンに、手製のジャム、近くの牧場のバター、チーズ、牛乳。新鮮な卵をゆでたまごと目玉焼きにしたものがあって、サラダはハンシックのサラダだ。


 昨夜言ったとおり、ルシヤは手ずから、エラドラシスのちいさな腸詰めと大きなハムを切った。ちいさな卓上コンロでこんがり焼き、焼けたそばから皿に放り込んでくれる。


 シュナイクルは、牧場の牛乳とコーヒーでカフェオレをつくり、大きなマグカップに注いで、ルナとアズラエルに手渡した。


「これおいしい」


 ルナはアノールのパンが気に入った。昨夜、ルシヤがエビをたっぷり乗せて食べていたものだ。薄く切ったものにベーコンとゆで卵をのせたり、ラズベリージャムとクリームチーズを塗ってもおいしい。


 バンビは、きのうの絶望的な顔などかけらも残していない顔で、のんきに大あくびをしながら階段を降りてきた。あれは、ルナの錯覚だったかと思うくらい。


「おはよお」

「おそようだぞ、バンビ!」


 ルシヤが怒鳴る。バンビは気にもしていない。

 なにごともなかったように、いつも通り食卓に着いて、サラダにフォークを突っ込んだ。


「じいちゃん、わたし、またルシヤの映画がみたい」

「うん?」


 人数分焼き終えたルシヤは、自身も腸詰肉(ソーセージ)にフォークを突き刺しながら言った。


「一度見ただろ? もう十分だ。それに、おまえをひとりで行かせられんよ」

「わたしは、だいじょうぶ! もう十歳だよ」

「まだ、十歳だ」


 シュナイクルはそうそう何度も店を空けられない。定休日もあることはあるが、昨日もほとんどビニールハウスにいたように、野菜の世話や収穫、ワインの仕込みやパンの仕入れの手配など、なかなか忙しいのだ。

 バンビとジェイクも、居候(いそうろう)だとは言っているが、この店の立派な従業員だ。シュナイクルの手が回らないところをフォローしなくてはならない。


「じゃ、じゃあ、ルナと行っちゃ、ダメ?」


 ルナのウサ耳がぴょこたんと立った。本音はそれか。シュナイクルは苦虫をかみつぶした顔でため息を吐く。


「――ルナにちゃんと聞いたのか。いっしょに行けるかどうか」

 ルナにも予定があるんだぞ。


 じいちゃんの言葉に、みるみるしゅんとなっていくルシヤを見かねたわけではないが――ルナは「い、いいよ。いっしょに行こう!」とパンをあわてて飲み込んで、言った。


「あたしももう一回見たかったの!」


 おまえもう三回目だぞというセリフを、アズラエルも飲み込んだ。ルシヤがキラッキラの笑顔で、ルナを見たからだ。


「ルシヤさんの分まで俺が働きますから、行かせてあげてくださいよ、シュンさん」


 ジェイクまで、人のいい笑みを浮かべて言うのでは、シュナイクルももう反対しなかった。


「しかたないな……いいのかルナ? こいつは手がかかるぞ」

「じいちゃん! わたしは、ちゃんと、道もおぼえたよ!」

「そうじゃねえ。わがままを言ってルナを困らせるなよ。……すまんな。自由に育てすぎたんだ。あんたらの常識とはかけ離れた行動をするときもあるかもしれんが、遠慮なく叱ってやってくれ」


 シュナイクルに頭を下げられ、ルナはあわてて、「だいじょうぶです!」と叫んだ。


「やった! ルナ、いつ、いつ行く?」

 ルシヤは身を乗り出して叫んだ。


 あさって、ルシヤと一緒に映画を観に行くことにした。K12区の映画館は、しばらく混んでいそうなので、K15区に。K39区からは遠いが、ルシヤはシャイン・システムで来ることができるので平気だろう。

 帰りは、ルシヤを送りついでに、ハンシックに直行。アズラエルと合流してご飯を食べていくという計画にし、ルナたちはお礼を言って店を後にした。


 シュナイクルは、ルナといっしょとはいえ、ルシヤをひとりで送り出すのにずっと心配顔をしていて、ジェイクやバンビにまで「だいじょうぶ」となだめられる始末だった。


 一時、学校に通わせていた以外は、ひとりでよその区画まで行かせたことはないそうだ。そのあたりがやっぱり「おじいちゃん」だなあと思いながら、ルナは責任もってルシヤを引率しなければならないなとひそかに鼻息を荒くした。


 しかし、若すぎる好々爺(こうこうや)は、ルナとルシヤが並んでいるところを見ると、幸せそうな顔をするのは終始変わっていなかった。


「じゃあな! ルナ、あさってだぞ!」

「うん、またね、ルシヤちゃん!」


 四人の見送りを受けてK39区を去り――12区に近づいたあたりで、アズラエルは重かった口を開いた。


「ルゥ、話がある」

「ぷ?」


 アズラエルはK12区内のホテルに一泊の宿を取った。なにごとかと思ったルナだったが、家に帰るとまた来客の訪問があるので、ゆっくり話ができないと思ったらしい。


 ――そして、冒頭(ぼうとう)にもどる。


「おまえ、またなんかおかしな夢を見てやしないか?」

「……」


 ホテルについて、荷物をひっくり返し、「下着とか、どうしよう?」とアズラエルに聞いた矢先のことだった。思いもかけず、二泊になってしまった。K12区はファッションビルもたくさんあるし、タオルやアメニティはそなえつけのものが十分あるが。

 アズラエルは、ベッドに置かれたルナの日記帳を取って人質ならぬ物質にした。


「あっ!」


 ルナはぴょこたんしたが、手が届かない。


「たとえば、ルシヤの夢とか」

「……」


 ルナは目を座らせたが、アズラエルの、「バカにしねえから、俺にも説明しろ」のセリフに、困ったように眉をへの字にした。それから、ぽすんとベッドに腰かけ、観念したようにためいきをひとつ吐き、

「……まず、下着とくつしたを買いに行きます」

 といった。


「おう。ついでにブーツとワンピースの一枚も買ってやるよ」

「それは嬉しいけども……あと、名刺カードも買いに行きます」

「名刺カード?」

「うん。このあいだから考えていたんだけども。そのほうが分かりやすいかと思って」


 ルナとアズラエルは、ホテル続きのファッションビルに入り、下着と靴下を買い、ルナはブーツとワンピースを買ってもらった。それから雑貨店で、名刺カード――無地の名刺サイズのカードが五十枚入ったプラスチックケースと、青と緑、二色の細ペンを買った。


 その足でホテルにもどる。


 ホテルにもどったルナは、アズラエルに返してもらった日記帳をふたたび手渡し、「あたしが準備をするまえに、アズはここを読んでおいてくれる?」といってページを指定した。

 ブックマーカーが挟まれたそこには、「ルシヤの夢」とシンプルに記されている。

 アズラエルは日付を見て驚いた。


「これ、俺たちが出会ってまもなくのころか?」


 ずいぶん前だ。


「そうです。ずいぶん前に見た夢だよ。そいで、次の日、ルシヤのことを調べにサンダリオ図書館に行ったのだけども、そこでセルゲイに会って、サバットをさがしにスポーツビルに行ったら、グレンに会ったんです」


 アズラエルは、ルナの奇行の意味が分かってあきれた。なぜいきなり格闘技に興味を持ったのか、さっぱりだったからだ。

 最初は、傭兵の自分に合わせようと思ったのだと認識していたが、まさか、夢のせいだったとは。


 ルナは、カードに二色のペンでなにか書いている。

 青は名前。アズラエル、ルナ、ミシェル、クラウド。見知った名前だ。

 名前の隣に、緑のペンで書いているのは――。


「月を眺める子ウサギ、傭兵のライオン、ガラスで遊ぶ……なんだこりゃ?」

「アズはまず、日記を読むのです」


 ルナはおごそかに言って、作業をつづけた。


 アズラエルは言われた通り、日記を読んだ。

 読むごとに、不思議な感覚にとらわれてきた。


 内容は、先日見た映画とほとんど同じだ。ルシヤが生まれてから、警察星に来るまでのエピソードが足りないくらい。登場人物は動物ばかりだが、だれがだれか、すぐにわかった。


 先日の映画は、書籍や漫画が映画になったわけではなく、監督がシナリオをゼロから起こしたもので、史実に忠実にすることを心掛けたとパンフレットにあった。そして、映画は一週間ほど前が初公開で、それ以前に見る機会などない。


 ルナが夢を見た――日記に記入した時点で、この映画の存在はない。製作中であろうが、ルナが見る機会はない。

 なのに、なぜ、こんなにも内容が似ているのだ。


 ルナがたくさんの本を読んで結論付けたことは、いままで、ルシヤの「完璧な」歴史を書いた書物や漫画、映画はなかったということだ。映画監督もそれを分かっていて、一からルシヤという存在を調べ直した。七年温めてきた作品だと語っていた。


 アズラエルも分かる。

 ルシヤが「ルチヤンベル・レジスタンス」だとしたなら、正確な歴史を追うことは困難だ。あそこは今でも、謎が多い地域だから。閉鎖的で軍の介入もほとんど寄せ付けない。


 シュナイクルが言っていたように、ルチヤンベル・レジスタンスは軍事惑星を――ロナウド家が筆頭だが、ひっくるめて憎んでいる。地球人は彼らにとって敵だ。つまり、安全に渡航できる場所ではないから、現地調査がほとんどできない。


 ルシヤの生誕から警察星に行くまでは、当時の歴史資料を鑑みて、想像で書いた部分が多いとのことだったが、シュナイクルたちが、「よく調べている」といったくらいだから、相当調査したのだろう。


 シュナイクルから聞いた、DLの男と駆け落ちというのは想像で書いたと監督は書いていたが、事実だった。まさかの。


 ルナがこの内容を夢で見たにしても、あまりにも史実に即している――ということだ。


 ルシヤの映画を予知夢で見た――その可能性もなくはない。


 いや、ルナが見るのは、なぜか「過去」の夢だ。アズラエルやグレンの過去然り。


 だとしたら、これはルナの過去の夢か? 


 アズラエルはあまりにバカげた妄想が飛来して、自分を殴りそうになった。


 ルナの前世が、「ルシヤ」本人、だなんて――。

 この運動音痴のボケウサギが?


「アズ、よいですか。ちょっと日記帳貸して」


 アズラエルはさまざまな思いのこもった無言のまま、ルナに渡した。ルナは別のページを開いて、唇を尖らせ、カードになにか書き足した。それから言った。


「よいです」


 ルナは、ベッドに広げたカードを示した。


「これね、ZOOカードの代わり。こうしたほうが分かりやすいかなと思って」


「ZOOカード?」


 ルナは、かつて真砂名神社のふもとでZOOカードという占術をつかうサルディオーネと出会ったことを、一から説明した。アズラエルはようやく思い出した。


「これね、あたしとアズ」

「これが俺か。――傭兵のライオンって、そのままじゃねえか」


ルナ……「月を眺める子ウサギ」

アズ……「傭兵のライオン」

ミシェル……「ガラスで遊ぶ子猫」

クラウド……「真実をもたらすライオン」

リサ……「美容師の子猫」

ミシェル……「裏切られた探偵」

キラ……「エキセントリックな子猫」

ロイド……「裏切られた保育士」

グレン……「孤高のトラ」

セルゲイ……「パンダのお医者さん」

ルーイ……「泳ぐ大型犬」

カレン……「孤高のキリン」

??? ……「羽ばたきたい椋鳥」

エレナさん……「色町の黒い猫」

ジュリさん……「色町の野良猫」

ナターシャ、ブレア……「双子の姉妹」

ケヴィン、アルフレッド……「双子のきょうだい」

アントニオ……「高僧のトラ」

アンジェリカ……「ZOOの支配者」

サルーディーバさん……「迷える子羊」

黒いタカさん……「???」

アンジェラ……「羽ばたきたい孔雀」


「こっちはね、今、関係ない人もいるからしまうね」


 ルナは大半のカードをまとめた。アズラエルはアンジェラのカードに目を止めたが、ルナがしまうのを黙って見ていた。


「こっちが重要」


八歳のルシヤちゃん……「賢いアナウサギ」

アンディさん…… ピューマ?

ハンシックのルシヤちゃん…… ウサギ

シュナイクルさん……「親分肌(おやぶんはだ)のグリズリー」

バンビさん……「贋作士(がんさくし)のオジカ」?

ジェイクさん……「お人好しのオオカミ」?


 クエスチョンマークがついているということは、正確な名前ではないということだろうか。ZOOカード名が空欄の者もいる。あとは「鮭」だの「シャチ」だの「カブトムシ」だの書かれたカードが――。


 アズラエルは脳みそがひっくり返りそうだったが、恐るべき忍耐力で、だまっていた。


「そいでアズ、このページ読んで」


 今度ルナが指定したのは、先日見た夢のページだ。


「なんだこりゃ?」

「メルカドで鮭――鮭――鮭――ええと、鮭でなく、鮭・サンドイッチを食って、ハンシックに行った夢です!」


 なんでか鮭がまとわりつく。鮭シンドローム。



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