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キヴォトス  作者: ととこなつ
第一部 ~再会篇~
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11話 エルバサンタヴァとふしぎなおばけ 2


 ルナは、リズンに向かう車の中で、もやもやと考え続けていた。


(もしかして、あたしはすっかり、このひとの彼女位置?)


 昨夜の飲み会で、どさくさまぎれに、ルナとアズラエルはくっついてしまったことになったのだろうか。

 というよりも、今日のパーティーは、なにがなんでもルナとアズラエルをくっつけるために、リサが画策(かくさく)したのか?


(お、おともだちならともかく――いきなり、恋人は)


 困るなあ、とルナは思った。

 一気に憂鬱(ゆううつ)になる。

 ルナはちらりと、運転席のアズラエルの顔を見た。

 怖い。感想は以上です。


 そもそも、ルナは感情の読めない相手は苦手だ。男性でも女性でも。

 特に、腹に一物ありそうな人間は――。

 なぜ、今日、来ることを断らなかったのだろう。断ってほしかった、できれば。

 趣味は女漁りと言っていたし、女だったらだれでもいいのだろうか。

 ルナは、クリスマスを乗り切るための、一時的な彼女? 


(このひとは、かっこいいけど、怖すぎて、じつはモテないとか? だから、女の子ならなんでもいいとか?)

 昨夜彼は、宇宙船に乗ってから女運が悪い、とも言っていた。

(だから、あたしで妥協(だきょう)したとか?)


 その思考は卑屈(ひくつ)に過ぎる。なんだかどうにも、思考回路が悪いほうに行く。

 リサが、アズラエルに飛びつかなかったのが不思議。ぜったいに、リサのタイプはこっちだ。ミシェルには悪いが、リサのタイプはアズラエルだ。

 でもリサは、ミシェルとくっついてしまった。


(もしかして、いっかいつきあって、もう、別れたとか?)

 その可能性もある。

(昨日の様子では、アズラエルさんはリサに未練があるかんじ?)


 でも、リサ狙いは否定されたらしいし――。

 アズラエルとは、かつてスーパーで出会った。だとしたら、昨夜の飲み会は計画的犯行?

 でもアズラエルは、ミシェルのことをルナに聞こうとしていた。

 ほんとうは、ミシェルを狙っていた? リサでなく?


(混乱してきた)


 ルナの頭に次々と浮かぶのは、信憑(しんぴょう)性のない妄想だ――しかたない。ルナは昨夜から、この男のことを、これっぽっちも分かっていないのだ。

 軍事惑星群のL18出身で、趣味は女あさりだということくらいしか。


(そう。クラウドさんも、ミシェルさんも、ロイドさんも)

 あの中で、あやしい感じがしないのは、ロイドくらいのものだった。

(よく考えたら、みんな、正体不明なんですけども?)


 ルナがぐるぐる考えているあいだに、リズンについた。さいわいというかなんというか、アズラエルはひとことも発しなかったし、リズン近くの公園前に車を停めると、さっさと降りて、ルナの助手席のドアを開けてくれた。


「!?」

「なんだ?」


 ルナがあまりにも驚いた顔をしたからだろう。アズラエルが不審(ふしん)な顔をした。まさか、ドアを開けてくれるとは思わなかったのだ。

 けれど、ルナがゆっくり驚いている暇はなかった。アズラエルはいつのまにかオープン・カフェの一席に着席していた。


「!?」


 たしかに混み始めていたので、アズラエルの行動は正しかった。のんびりしていたら席がなくなっていたところだ。

 ルナはあわてて向かいに座り、メニューを眺めた。

 メニューを眺めても、頭の中をめぐるのは、アズラエルの行動の謎ばかり。

 あちこち目移りした結果、今日のランチプレートに決めたルナは、アズラエルが「同じものを」といったので、思わず言った。


「足りるかな?」

 すると、アズラエルは肩をすくめた。

「俺は二日酔いなんでな。あまり食欲がない」

 

 ランチプレートが来るまでのわずかな時間――ミシェルといっしょなら、数秒にも感じられるような時間が、今日は数時間に感じられた。

 すでにルナは精魂尽(せいこんつ)きかけていた――これから買い物をして、パーティー料理を作らなくてはならない。

 この、コワモテ男とふたりきりで!

 なんの拷問だろう。

 用事があるってゆって、逃げちゃおうかな?

 ルナはそんなことを考え始めた。めのまえの、怖そうな顔で周囲を威嚇(いかく)している大男だって、そのほうがほっとするかもしれない。


(それにしても)


 ファンシーなカフェに、アズラエルの姿は浮いていた。ランチのカラフルで乙女なパンケーキセットが気の毒になるくらいだった。彼自身も、居心地の悪そうな顔をしている。

 たしかにミシェルに勧められた場所だったし、ルナがいつも来ているカフェだけれど、別の場所にすればよかったかな、とルナはまたしょんもりと考えた。

 ますます、相性の悪さだけが目立つのではないか。

 アズラエルと自分がお似合いだとは――しかも、運命の相手なんて、どうしても思えない。


 ルナは、アズラエルの考えていることなど分からないが、アズラエルにとっても同様だった。ルナは珍種(ちんしゅ)過ぎて、行動や考え方が読めず、さっぱりわからないので、ルナの好みだけでも知りたいという考えがあることを、珍種のウサギは知る由もない。

 アズラエルは特に話しかけてこなかったし、ルナも話題がなかった。やっと食事を運んできたウェイトレスが天使に見えるほどだった。


「お待たせしました。こちら、本日のランチです」


 アズラエルは、きのこのキッシュとサラダ、パンケーキにクリームとフルーツがてんこもりのモーニング・プレートを、異世界の食べ物でも見るような目でにらんでいた――ように、ルナには見えた。

 しかし彼は、特にケチをつけるわけでもなく、ナイフとフォークを取ると、食事を始めた。


(ぷえ)


 アズラエルが食事を始めて数分――ルナは、自分がぽっかり口を開け、食べるのも忘れてアズラエルを見つめることになるとは思いもしなかった。


「なんだ?」


 めのまえの女がいきなり食事をやめ、まばたきもせずこちらをじっと見始めれば、だれだって不審な顔はするだろう。アズラエルの困惑顔は無理もなかった。


「食べるのキレイ!!」

「は?」

「――えっと、アズ、アズラエルさんは、とってもじょうずに、おしょくじを、します……」


 共通語を習いたての原住民かとルナは自分で突っ込みそうになった。アズラエルはしばらく無言だったが、やがて言った。


「そうか? マナー違反でもしたかと思ったぜ」

「ううん!? ぜんぜん!? そうじゃなくて……」

 ルナはやっと、まともな言語を話した。

「びっくりしたの。食べ方が、とってもキレイだったから」


 ルナは気づいたのだった。

 たしかにアズラエルはコワモテだし、無表情だしどちらかというと顔は険しいし、ものすごく怖そうに見えるのに、リサたちがあまり怖がらない理由。

 所作(しょさ)が、ものすごく美しいからだ。

 ものすごくは大げさ――荒っぽいところもあるので――しかし、なぜかあの四人のなかで一番、“育ちがよさそう”に見えるのだ。

 そう、お嬢様のレイチェルなみに一挙一動が優雅なのだった。特に食事作法。

 ルナが小学校のころ、同じクラスにいたお坊ちゃまと同じくらい“行儀が良い”。

 ニコリともしないムキムキのお貴族様、と自己紹介されていたら信じていたかもしれない。


(え? アズラエルさんは傭兵(ようへい)ってゆってたよね?)


 こんなに品格のある傭兵なんているものだろうか。ヘタをしたらL5系のミシェルやロイドより、お育ちがよさそうに見える。


「――なので、びっくり、した、だけ、でしゅ……」


 言ってから、またよけいなことを言ってしまったかと思ってうつむきかけたが、アズラエルは怒っていなかった。


「……まぁ、俺はレアケースのほうかもな」

 自分がマナー違反をしたからというわけではないと知って安心したからか、肩をすくめつつ、彼は言った。

「傭兵ってのは、どんな環境にも溶け込めなきゃならねえってのが両親の口グセでな。場末(ばすえ)の居酒屋に飛び込んでも、上流階級のパーティーに忍び込んでも違和感がない、そういうふうに育てられてんだ、俺は」


 そうなんだ。

 ルナはアホ面でスプーンを口に突っ込んだまま、うなずいた。

 アズラエルがふいに、横を見た。


「あいつらだれだ。おまえのこと見てるぞ」


 ルナがアズラエルに(うなが)された方を見ると、先日、ナンパしてきた男の子ふたりがこっちを見ていた。ルナに手を振っている。知らない女の子二人と一緒だ。  

 ルナも手を振り返すと、彼らは席を立った。


「だれだ?」

「んと、名前は、わかんない。このあいだ、ミシェルとこのカフェにいたとき、声、かけられたの」


 さっきまで穏やかなアズラエルだったが、また急に表情が読めなくなった。


「あれはまだ、気があるな」

「まさか」

 ルナは驚いていった。

「すぐ行っちゃったよ。待ち合わせしてるっていったら」

 それに、あっちも女の子を連れているし、とルナは付け足すと。


「……ま、あいつらではなさそうだな……」

 アズラエルのつぶやきは、ルナには聞き取れなかった。


 アズラエルはまた無言になった。もともと、あまりしゃべるタイプではないのかもしれないが、さっきの優しい笑顔はどこへやらというレベルの無表情にもどってしまった。

 妙にマメで、態度は優しいところはあるのだけど。

 車のドアを開けてくれたり、バッグを持ってくれたり。リズンの会計もアズラエルがすませた。ルナが財布を出そうとすると、バッグごと取り上げられたのだった。


 そして、昨日のマタドール・カフェでの会計も、みんなアズラエルほか男性陣が支払ってくれたのだと、ルナはやっと知った。ルナがキラに預けたお金は、あとでもどってきた。今のところ、アズラエルはルナに財布の影すら出させない。

 これではますます、「用事があるから!」と抜けられなくなったではないか。

 不機嫌そうにも見えるのに――あまりに表情がないから――でも、別に、機嫌が悪いわけではないのだろうか。


 ミシェルがさっきこっそり、「ふたりとも、レディファーストのレベルが最高クラス」とか言っていた。ミシェルの困惑はそれが原因だ。

 ひと晩の短い間に、なにがあったというのだミシェル? 


 アズラエルも、このコワモテ顔の無表情で自然にそれをやってのける。なにやら不気味だった。

 不気味だけど、顔はイケメンだった。

 これでは、ルナのような平和な星からきた世間知らずはコロリと参ってしまうかもしれない。たしかに不用心だ。


 ルナはますます、どうしてアズラエルが、今自分と一緒にいるのか分からなくなってきた。

 ルナが物珍しいだけだろうか。

 キラが、めずらしいチョウチョを見つけて、「ナントカアゲハだー!」と大切にしているのと大差ないように見受けられた。

 ルナがまた思考回路をカオスあたりにぐるぐるさせていると、普通にアズラエルが聞いてきた。

 ずっと無言だったのに、ずっと会話が続いていたような錯覚(さっかく)を起こす自然さで。


「そういや、デザートはどうする。さっきのレシピの中に、菓子らしいものはなかったな」


 アズラエルの口からデザートとかいう単語が飛び出すとは思わなかった。

 家を出る前に、適当にレシピは決めてきた。それもほとんど、アズラエルは口出しせず、ルナとミシェルが決めたものだが。


「あ、うん。みんな、お酒飲むだろうから、おつまみみたいなものは考えたけど。ケーキを買っていったほうがいいかな。多分ね、キラやミシェルは、ケーキも食べると思う」

「ロイドやクラウドも食うぞ。……菓子は作れねえのか」

「うん。本を見れば作れるけど、あんまり得意じゃないかも」

「そうか。じゃあ俺が作る」

「は?」


 ルナはでかい声を上げてしまい、思わず口を押さえた。アズラエルが目を細めた。


「なにか文句があるのか?」

「いいいいいいええええ。あ、ありません……」


 このお顔でケーキを手づくりされる――いや、顔は関係ないが。あまりにも似合わなくて、ルナは吹き出したいのか動揺したいのか分からなかった。ちょっと可愛いとも思ったが、それをいったら殺されそうだ。


「似合わねえと思ってんだろ。でも俺の趣味は菓子作りなんだ。ハロウィンだから、かぼちゃのケーキかパイにするか」


 アズラエルが作るカボチャのケーキ。

 このコワモテ顔で、想像以上にカワイイケーキが出てきたらどうしよう。


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