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キヴォトス  作者: ととこなつ
第三部 ~ハン=シィク篇~
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78話 ルチヤンベル・レジスタンス 1


 シュナイクルは、L46で、ルチヤンベル・レジスタンスの地――その北方を守る部隊の長の子として産まれた。


 L46といっても広い。ルチヤンベル・レジスタンスと、ケトゥインの大きな国家と、DLだけがいるわけではない。L系惑星原住民の、ルナなど名前も知らない少数民族も住んでいて、独立しているところもあれば、ケトゥイン国家に保護されている民もあった。


 シュナイクルが生まれた当時は、まだおだやかな日々があった。

 巨木、ハンの樹を境界とし、三国の平穏は、物騒ながらも保たれていた。


 ルチヤンベル・レジスタンスは基本、平和主義である。


 ケトゥインは大国の鷹揚さがあった。ルチヤンベル・レジスタンスも、DLも、自国の傘下に入るのなら滅ぼさないという姿勢だった。


 積極的に小競り合いを起こすのはいつもDLであった。


 しかし、ケトゥイン国家の大規模さと、ルチヤンベル・レジスタンスの少数ながら精鋭ばかりの軍隊に、一度も勝てたためしはなかった。


 ルチヤンベル・レジスタンスは、一番小規模な――国家ともいえない集団でありながら、ケトゥイン国家とDLの侵略を許さない、強力な軍隊であった。


 長年にわたって代々受け継がれたサバットは、おそらくルチヤンベル・レジスタンスたちのDNAを進化させていた。強力すぎる足技――その足の骨は、敵兵の銃剣や武器を容赦なく砕いた。


 ゲリラ戦、近代戦にもたけていたが、接近戦ともなれば、どこもルチヤンベル・レジスタンスの敵ではない。個々の力が圧倒的に強い。だから、ケトゥインもDLも、なかなかルチヤンベル・レジスタンスに勝てなかった。


 ルチヤンベル・レジスタンスは太古の昔――地球から来た地球人と、当時L46を広く支配していたアノール族との混血である。

 さらに時代が進むうち、あまたの民族との交配があったが、おおまかな民族構成は、そう記録されている。


 実際、L歴がはじまったのは1500年まえだが、地球人がラグバダ惑星群にやってきたのはおよそ3000年前。


 つまり、他の星から追い出されてL46に逃げてきて、国家を築いたケトゥイン国家よりも、ルチヤンベル・レジスタンスのほうが圧倒的に古いのだった。


 そこも、彼らの頑丈な誇りの源であった。


 地球から軍事惑星に、そしてL46にやってきて、もともと星にいたアノールの民族と共存した。サバットという武術を持ち込んだのは地球人だったが、争いはなかった。共存ができた。


 祖は軍人であったと言われる。

 長の名は、アラン・B・ルチヤンベル。


 文武両道、サバットの達人で、かつて大きな軍隊を率いて、アストロスで大戦の指揮を執った。

 互いに武の民族であるというところが、共感できたのかもしれない――争いなく、ふたつの民族は結ばれた。


 地球人とアノール人は、ハンの樹の子――ハン=シィクという、同じ民族となった。


 L46にやってきたアラン率いる一族と、おなじく地球から来たロナウド一族――軍事惑星L19のトップをつとめる一族――のあいだで、諍いがあったのはたしかである。


 ルチヤンベル・レジスタンスの祖、アランとその親族は、ロナウド家と争い、追い出されるようにL46に逃げてきた。


 それゆえ、ルチヤンベル・レジスタンスは、軍事惑星とはぜったいに関わらないという伝統を守り続けてきた。


 DLや、ケトゥインの国家と争っても、軍事惑星には頼らない。

 独自に、自力で対応していく。

 それがサバットという武術を強化させた。彼らをますます強靭(きょうじん)にした。

 武術も、精神も、肉体も。


 同化したアノールの民もまた、武の民であった――それゆえに、誇りというものが最優先された、厳しく、勇ましい集団となっていった。


 しかしそれが、滅びてしまった所以(ゆえん)だと、シュナイクルは感じている。

 ルチヤンベル・レジスタンスは、あまりに誇り高かった。


 いつから彼らが、「ルチヤンベル・レジスタンス」と名乗り始めたのか、はっきりとした記述はない。


 最初は平和だった。地球人とアノール人がハン=シィクとして共存をはじめた矢先、その平和を最初にかき乱したのが、他の星からやってきたケトゥインだ。


 ケトゥインは圧倒的人数の武力で持って、土地を奪おうとした。

 一時期は劣勢に追い込まれ、弱体化したことによって、はじめてルチヤンベル・レジスタンスは、レジスタンスと名乗り、抵抗を始めた。


 そして――ここ数十年のことではあるが、地球人すべてをL系惑星から追い出そうという、原住民の過激派ばかりが集まった、DLダイロンという組織が仲間割れを起こし、一部がL46に逃げてきて、三つ巴状態になった。


 シュナイクルが生まれたのは、DLがL46の第三勢力と呼ばれるまでになったころである。


 前述したとおり、ルチヤンベル・レジスタンスは強く、三つ巴ということもあって、ハンの樹を土地の境界線とし、にらみ合いが続いていた。


 シュナイクルも北方を守る長の子として生誕し、ちいさなころからサバットを叩きこまれ、妻を迎え、子をなし、息子と娘の結婚を見届けた。

 代々ハン=シィクの民がなしてきた生活を、シュナイクルもしていた。

 小競り合いはたまさかあったが、おだやかな日々が続いていくものと思われた。


 忘れもしない、シュナイクルが二十九歳のときだ。


 いきなり、ルチヤンベル・レジスタンスの南隊が壊滅した。


 明け方叩き起こされたシュナイクルは、昨夜のうちに、南隊が全滅したのを、東隊の報告で知った。


 皆の動揺を、いまでもはっきり覚えている。


 壊滅したのはルチヤンベル・レジスタンスだけではない。ケトゥイン国家の砦も、ひと夜のうちに落とされたと。


 なにが起こったか分からなかった。


 たった三人の男に、砦は落とされ、千人いた南隊が壊滅した。

 逃げてきた女子ども、老人たちは、戦士のむごたらしい死にざまに号泣した。

 遺体を回収できない――なぜなら皆焼け焦げてしまって、だれがだれだか、分からない。

 コミュニティーも焼かれ、南の町はすでに廃墟だ。


 意味が分からない。火器をつかわれたのか、それとも爆弾か。化学兵器か。

 DLは地球人の科学技術を憎んでいるし、L43の本隊に邪魔されて、強力な武器はなかなか手に入れられない。ケトゥインも似たり寄ったりだ。L46の自然を破壊することを恐れ、化学兵器を使うことは、ハンの樹の祟りを呼ぶと恐れている。


 生き延びた者たちは、どれも違うと言った。

 攻めてきた三人の男は、おそらくDLの戦士。

 彼らの腕から火が出たと。


 ――なにを言っているか、分からなかった。


 だが、ケトゥインの使者もそう言った。同じことを言った。

 男たちの腕から火が出て、弓も銃もきかず、そのあたりに火をつけて回ったと。

 男たちに殴られた者は――否、触れられただけで体が発火し、燃えて死んだのだと。

 サバットの達人である戦士が、敵にひと蹴りもあびせることができず、燃えて死んだ。


 シュナイクルも寸時、理解できなかった。

 だが、言葉通りであったのだ。現実、砦は落とされた。


 一時的に、ケトゥインの国と同盟を結んでかまえたが、不思議なことに、それからおよそ三年の間、ふたたびDLが攻めてくることはなかったのだ。


 そのあいだに、皆が必死で、あれは――あの燃える人間兵器たちが何だったのか、模索した。


 あるものは、ハンの樹がこの世にもたらした滅びの使者だと言った。

 あるものは、兵器として加工されたヒューマノイドだと言った。

 あるものは、DLの戦士が身体に火をつけて特攻したのだと言った。


 どれもちがった。


 三年後、ふたたびDLが攻めてきた。今度は女も含めて五人だった。

 前回のように、わけも分からないまま滅ぼされるわけにはいかない。ルチヤンベル・レジスタンスは、奮闘した。


 鉄の盾も、石の盾も、砦も、爆薬も、火矢も、水攻めも雪攻めも効かない。

 彼らは皆、燃やしていく。溶かしていく。

 そしてだれも、死なない。


 ケトゥインの国家は、砦のふたつめを落とされ、ついに軍事惑星に頼ることを決めた。


 ルチヤンベル・レジスタンスは、そうしなかった。

 軍事惑星には、ぜったいに頼らない。

 それが、我らの伝統であり、ハンの樹へたてた誓いだからだ。


 軍事惑星の介入が入って、はじめてDLの兵士たちが、「電子装甲兵」というものだと知った。


 あろうことか、あれはヒューマノイドでも機械でもなく、人間だったのだ。

 いったいどうして。

 地球人の科学を忌み嫌うDLが、地球人の科学者を招き入れたのか。


 軍事惑星も防衛はできるが、電子装甲兵を捕らえることも、滅ぼすこともできない。

 それでも軍事惑星が味方に付いたおかげで、ケトゥインはそれ以上侵略されなかった。


 DLは、完全に矛先を、ルチヤンベル・レジスタンスに向けた。


 ルチヤンベル・レジスタンスは、ただただ、逃げるしかなかった。


 そこから、一ヶ月ごとに、DLの電子装甲兵が攻め込んでくる戦がはじまった。


 ルチヤンベル・レジスタンスは、徐々に勢力をそがれていった。


 北に、北に――もっと北へ。

 雪深い地に逃げ延びるよりほかはない。


 長老たちは、祖先の土地が奪われていくのを泣き、惜しみ、それでも言い伝えにより、ルチヤンベル・レジスタンスの誇りによって、絶対に軍事惑星には頼らないと言い張った。


 逃げるばかりになった。


 シュナイクルの父と、息子ジヴと、娘婿だったガドーは、皆を逃がすために戦死した。


 戦えない。誇りある戦いなどあったものではない。みな燃えて消える。息子が身をもってシュナイクルを逃がし、彼の目の前で燃え尽きた。


 逃げるしかない。ただ逃げるしかない。


 息子の嫁と子は、息子が死んだ日、自害した。

 シュナイクルは止めることもできなかった。


 食糧が尽きていく。

 祖父母は、口減らしだと言ってみずから毒を飲んだ。

 翌日、シュナイクルの母が、起きなかった。

 つめたくなって、死んでいた。


 シュナイクルは救援信号を軍へ送ろうとした。仲間たちに止められ、殴られ、コミュニティーを追い出された。


 仲間とはぐれ、雪原を逃げ回った。真っ先に、妻が死んだ。

 シュナイクルの母と妻は、娘のサリヤに、自分の食べ物を分け与えていた。

 生まれたばかりのルシヤに飲ませる乳が足りない。

 シュナイクルの食べ物も、すべてサリヤに渡した。サリヤは泣きながら、謝りながら食べた。それも尽きた。もうなにもない。


 ついに、娘のサリヤが息絶えた。

 サリヤはルシヤを抱いたまま、眠るように息絶えた。


 干からびるように死んだサリヤを抱きしめ、シュナイクルは涙を流した。


 泣く力は尽きても、自身も干からびていても、声すら出なくても、涙だけはなぜか出た。


 サリヤが死んだその日、シュナイクルは最後の力を振り絞って仲間の元へもどり、彼らに奪われた救援信号機を取り返そうとした。しかしそれは、もう破壊されていた。


 シュナイクルは発煙筒をつかった。

 これをつかえばDLに居場所を気づかれるかもしれない。

 賭けだった。

 だが、もうシュナイクルも虫の息だ。


 敵が来ても黙っていても、死ぬ。

 生きるか、死ぬか。

 マ・アース・ジャ・ハーナとハン=シィクの神にすべてをゆだねた。

 

 一日もたたずに、軍の救援部隊のほうが来た。

 シュナイクルは助かった。

 まだ生きていた仲間も、救助された。

 担架で運ばれていく死に損なった者たちは、燃えるような目で、シュナイクルを睨んだ。

 そうして、乾いた口でつぶやいた。


 ――裏切り者め、と。


「なんで……」

 ルナはそこまで聞いて、絶句した。


「俺たちが、あまりにも誇り高い部族だったからだ」

 シュナイクルは、なにもない表情でつぶやいた。


 先祖がL46に移住してきたのは、軍事惑星のロナウド家と諍いを起こしたからだ。

 だから、ルチヤンベル・レジスタンスは、軍事惑星を憎んでいる。長きにわたって。


 戦の功労者だった祖を、ロナウド家は軍事惑星から追い出した。彼の功績を自らの功績にして、祖を更迭したのだ。


 もし、この事件がなければ、軍事惑星をつくった代表四家は「ドーソン」、「ロナウド」、「マッケラン」、「アーズガルド」の四家ではなく、ロナウドの代わりに「ルチヤンベル」となっていたかもしれないというほどの功績だったという。


 その憎しみが、ルチヤンベル・レジスタンスをつくったが、その誇り高さゆえに、滅びてしまった。

 シュナイクルは、いまでもそう思っている。


「祖、アラン・B・ルチヤンベルは、温厚な人物だったとじいさんから聞いている。彼は自分の境遇も、ロナウド家も憎んでいなかった。怒りと憎しみだけ持って移住してきたなら、義侠の部族アノールと共存できるはずがなかった」

 シュナイクルは言った。

「だが、アランの親族はどう思ったろうな? 本人に憎しみはなくても、アランとともに辺境へ飛ばされた親族、アランの妻の親族――彼らは、恨んだのじゃないか。権力も、裕福な暮らしもすべて奪われたんだ。ルチヤンベル・レジスタンスの教えは、アランではなく、彼らが作ったのではないか。特に、軍事惑星に対する異常なまでの対抗心は」


 ――おお! ハン=シィク ハンの樹の子どもらよ。

 祝福されよ マ・アース・ジャ・ハーナの神の子。

 おお! ハン=シィク 我らはともにハンに見守られし神の子。

 争わず 和を尊び 永遠の祝福を受けるべし。


 シュナイクルは、小さな声で歌った。

 彼の低く重量感のある声音で歌うと、おごそかな感じがした。ルシヤが目を見開き、すこしうれしそうに言った。


「久しぶりに聞いたな。ルチヤンベル・レジスタンス賛歌だ」


「この歌を作ったのは、アノールの詩人だったと聞いている。この歌ができて二年目――L46に移住してから五年目、アランは死した。俺は、こうも思っている。歌にあることが、ハン=シィクのすべてだ。平和の象徴であるハン=シィクをつくったのが祖アランで、戦いの象徴であるルチヤンベル・レジスタンスをつくったのが、親族だったのではないかと」



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