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キヴォトス  作者: ととこなつ
第三部 ~ハン=シィク篇~
184/918

76話 ルシヤ Ⅱ


「くまだ!」

 ルナは飛び起きて叫んだ。

「くまだー!!」


 叫んだところで、ルナを小突く隣人はいなかった。


「げーっ!!」


 代わりにルナは、いともめずらしい悲鳴を上げた。時刻は、午前十一時を過ぎていた。


「また寝坊したよ!」


 キッチンに向かえば、やはりアズラエルはおらず、本日はウサギのエサもなかった。顔を洗ったり着替えたりしていればあっというまにお昼だろう。


 この三日間、朝、昼、夜と、ウサギのエサを用意してくれたのはアズラエルだったので、ルナは気合いを入れてエプロンを装着し、二人分のお昼の用意に取りかかった。


 しかし、pi=poのちこたんが、

「アズラエルさんは、ボディガードのお仕事です。夜までお帰りになりません」

 といった。


 pi=poの指示通り冷蔵庫を開けると、あとは焼くだけのホットサンドが出てきたので、ルナはしずしずとエプロンを外した。


 食事の用意をしなくてよくなったルナは、コーヒーをマグに注ぎ、ホットサンドをオーブントースターに入れ、日記帳を出してきて、さっきの夢を覚えているかぎり書き留める作業に入った。


(ラクダにイワシにカラスにカブトムシ、サケにシャチ……)


 ルナはなるべく、夢で見た動物を書き留めようとしたが、あそこは市場(メルカド)だ。とてつもなく人――動物――が多かった。キリがない。

 分かった分だけ、ZOOカードの名前を並べていく。


(親分肌のグリズリー、お人好しのオオカミ、贋作士(がんさくし)のオジカ……)


 親分肌のグリズリーは、かつてルナが見たルシヤの夢に出てきた。ルシヤの死後、娘二人を預かってくれたひとだ。


 ルシヤの長女のほうは、ZOOカード名が分かった。

「賢いアナウサギ」だ。


 パパのところに、娘として生まれ変わったと言っていたけど――あの、ピューマは。

 おそらく、夢でルシヤを殺した、元夫。

 となると、ルシヤの長女は、ふたたびピューマを父親として、生まれ変わっている。


 そして、クラウドがおそらく、「贋作士のオジカ」を捜している。

 鮭がつくった鮭サンドはとてもおいしかった。


 現在、ルナが分かったことはこれだけだ。


「う~ん」


 ルナは、この宇宙船に乗ってから、不思議な夢を見続けてきた。

 いまいち、意味不明なものもあれば、過去につながるものもあるし、現実へ引っかかる夢もある。


 エレナの夢などがそうだった。

 ルナがもう少し、あの夢を真剣に考えていたなら――リリザに降りたときに見た、妊娠した黒猫がおそいかかってくる夢――のこともちゃんと日記に記し、考えていたなら、エレナはもっと早く助かったかもしれない、と思ってしまうのだった。


 でも、あのタイミングで、イハナ親子と九庵が飛び込んできてくれたから、エレナに信じてもらえたのだ。ルナの説得だけでは、エレナは信じてくれなかったかもしれない。


 それに、イハナが抱いていた赤ちゃん。あの子のおかげだ。あの子の存在そのものが、エレナにルナの言葉を信じてもらえた決定打だった。


 ルナは、クラウドほど頭がよくないし、アズラエルみたいに筋肉ムキムキではないし、ミシェルみたいに器用ではない。

 ルナ自身がじたばたしたところで、どうにもならないことのほうが多いが、それでも、見た夢にはなにか意味があることは、分かりかけてきた。


 それに、「はじまるわよ」といっていた、ピンクのウサギの言葉――。

 あれは、どういう意味なのだろう。

 なにが、はじまるのだろう。


「……」


 ルナは考えてみたが、分かるわけなんてなかった。

 なにもできないうさこたんだが、夢を覚えているかぎり、書き留めておく作業くらいはできるのだ。

 鮭サンドがおいしかったこととか。


 ルナは気難しい顔で、考えてみた。

 

 この夢だけを見れば、もしかしたら、「ハンシック」という店と、「鮭とシャチのサンドイッチ店」が、キーワードになるのでは?


 夢の中で、みんながハンシックを探していた。

 ルナは、コートのポケットから出し、日記に挟んでおいたチラシを開いて眺めた。

 ハンシックという店は、どうやら、実在するのだ。

 ちょっと遠いし、夢の中の店と同じかどうかは分からないが、行ってみる価値はある。

 ルナは宇宙船のパンフレットを持ち出してきて、店舗を調べたが、「鮭とシャチのサンドイッチ店」というのはなさそうだ。


「夢で鮭とシャチでも、げんじつには、きっとふつうの人間だからね……」


 サーモンサンドイッチは、もう一回食べたいと思うくらいおいしかった。カルビ・サンドも食べたい。

 あの店は、本当にあるのだろうか。


 そもそも、メルカド自体、地球行き宇宙船にはない。一番近いのは、K15区にある広大な市場だと思うが、あれも夢の中のメルカドとは違う気がした。

 もう一度、チラシを見る。


「ハンシックと、ハン=シィクは、違うよねえ……」


 ルナは、アンジェリカに相談してみようと携帯電話を手に取ったが、以前取り次ぎの人間が出て、あっさり切られてしまったのを思い出した。アンジェリカに言伝てを頼もうと思ったのに、ルナが話している最中にブッツリ切られたのだ。アンジェリカからの返信もないので、おそらく伝わっていないのだろう。


 そういえば、アンジェはとてつもなく偉い人だったのだ。

 ルナは電話するのをやめた。それから、小さな頭を抱えて悩んだ。


 さっきから、鮭サンドのことばかり頭をよぎる。ルナのちっぽけな脳みそなんて、それが限界だ。

 すべては鮭サンドに帰結する。


 ――しかし、ことごとくが終わったのち、まことに、実際、それは言葉通りだったのだが、今のルナには「食い意地が張ってるなあ、あたしは」という困惑しかなかった。


 そういえば、ホットサンドを温めたのだった。


 やっとホットサンドをもふり、「辛い!」と叫びながら食事を終えた。アズラエルが作るものはたいていトマトとチーズとチキンが入っていて、もれなく辛い。このホットサンドもそうだった。バジルがおまけに入っていたくらいの違いだ。


 この三日間、流し読みにも近い形で読み切った本が、寝室の隅に積み上げられている。

 大昔の映画のDVDはまだ見ていないし、L46の地図帳や辞書はろくに開いていない。

 本で読んだ場所などを一致させるためや、分からない語句があった場合に調べるため、購入したものだ。


 船内に、自宅の本は一冊も持ってきていないが、増える一方だ。本棚が必要かなとルナは考えた。

 宇宙船に乗ってから買った本が、クローゼットの中にごっそり眠っている。


 L77にいたころは、ツキヨおばあちゃんのお店で読めたし、図書館も近くにあった。今は図書館もけっこう遠いし――まあ、K27区にもあるといえばあるが、学生の勉強場所につかわれるような、カフェメインのちいさな図書館だった。蔵書の量は、中央区のサンダリオ図書館には負ける。


 それにしても、部屋が狭い。アズラエルはもっと、そう感じているだろう。

 まさか、本のせいで狭く感じるようになるとは。

 いままでは、収入もそんなになかったし、なかなか本を買うことはできなくて、図書館通いの日々だったから。

 収入が増えた今、本を買えることはうれしいが、今度は置き場に困ることになるとは思わなかったルナだった。


 本棚のことは、あとでアズラエルと相談しよう。


 ルナは一番上にあった本をめくった。この本は、ルシヤの伝承だけでなく、ラグバダやケトゥイン、エラドラシスなどのL系惑星原住民の民話と、地球時代の民話が、いくつかピックアップされて載っている書籍で、とてもおもしろかった。

 ルナは中でも、タカとライオン、アリに変身できる男が、王女様を助けに行く話が好きだ。


「ん?」

 ルナは思い出して、日記のページを開いた。


 そういえばメルカドで、「一度だけ、どんな動物にも変身できるお菓子」とやらが売っていたような……?

 たしかに売っていた。売り場は思い出せないけれど。

 ルナは喧騒(けんそう)と、客引きの声の中から、たしかにその声をひろった。


「ん?」

 日記には、記していなかった。

「えっと、なんだっけ……」


 ほかにも、飛んでいけるサイダーとか、なんとか……。


「どこに飛んでいくんだっけ?」


 ルナはふたたび小さな頭を抱え込んだが、さっぱり思い出せなかった。


「……」


 数秒のアホ面ののち、ジニーのバッグに財布とハンカチを入れ、外に出た。





 タクシーで向かった先は、宇宙船玄関口のK15区の映画館だ。

 ルシヤの映画は口コミで評判が広がったのか、K12区の映画館はすでに満席だった。

 ルナはルシヤの映画がもう一度見たかった。できれば何度でも見たかった。

 二度、三度とは言わずに。


 映画は、不思議なことに、やっとふつうに映画として観られた。

 センチメンタルなエンディングが流れ出したころ、ルナはようやく泣いていることに気づいた。あまり化粧を濃くしなくてよかった。ハンカチで目を押さえたあと、鼻をぐずぐずさせながら映画館を出た。

 外はすっかり、夕暮れだ。

 

「あっ! ママ!!」


 いい映画だった――とルナが感動をかみしめながら帰ろうとすると、聞き覚えのある声。驚いて振り返ると、このあいだモジャ・バーガーで出会った少女が――栗色の髪のほうが――ルナめがけて突進してきた。

 少女が出てきたのは映画館内だ。ルナと同じく、もう一度映画を観に来ていたのだろうか。


「うわあ!」

 少女が遠慮なく飛びついてきたので、ルナは思わずよろけた。


「ウソ! 信じられない――またママに会えた!!」

「……」


 ルナはとっさに訂正する言葉も思いつかず、少女の肩を撫でてなだめて、降ろした。


「あの――あのね、あたし、あなたのママじゃないよ」

 ルナは仕方なさそうな声で言った。

「あなたのパパとも、このあいだが初対面だし、子どもを産んだ覚えもないし」


「分かってるわ」

 思いもかけず、少女はあっさりうなずいた。

「でもあなた、きっといつか、わたしのママだったわ」


 ルナは困ったような笑みを浮かべて――それから、はたと気づいた。

 今朝の夢で見た、ルナそっくりの、ベージュのウサギたちのことを。

 まさか。


「わたしルシヤ! ルシヤ・L・ソルテ。盗賊ルシヤと同じ名前よ!」


「六時までに帰ればいいの。いっしょにご飯を食べましょう、ママ!」とルシヤに強引に手を引かれて来た先は、やっぱりモジャ・バーガーだった。


 ルシヤは先日と同じ、トリプルのチーズバーガー――チーズが三種類入っているバーガーセット。ルナはホットドッグのセットを注文した。


 今日、ルシヤはひとりきりだった。パパが一緒ではないらしい。

 それにしても、ルシヤはなぜ、ルナをママだと言ったのだろう。「ほんとうのママ」ではないと分かっているならなぜ。


 ルシヤも、ルナと同じ夢を見たのだろうか。


 ――この子は、かつて「ルシヤの長女」だった子?

 ふたたびパパの娘として生まれ変わったといっていたから――彼女の父親は、まさか。


「わたしのパパはアンディ・F・ソルテ。かっこいいでしょ? ママの恋人もイケメンだけど、パパに乗り換えてもいいわよ」

「ははは……」


 ルナは笑おうか笑うまいか、へんな顔をした。

 ピューマの現世での名前はアンディか。


「ねえ、わたしね、きっと、前世はルシヤだったと思うの!」


 ルシヤは身を乗り出して、目を輝かせ、声を押さえ――それでも、いままでずっと秘密にしてきた言葉を、やっと打ち明けるように、言った。


「ルシヤと同じ出身地だし、名前がルシヤだし、サバットは物心ついたときから興味があったわ! 教えてくれる人はいなかったけど! それにルシヤが好きなの、なによりも!」


 ルナはルシヤのあまりの興奮に、「うん」とうなずくしかできなかった。


「きっと、あなたはね、そのころの、ママだったわ! 髪の色がおんなじだもの」

 ルシヤはようやく座った。

「わたしの故郷では、生まれ変わりを信じるの。かつて親しかった人は、みんな近くに生まれ変わるのよ」

 鼻息も荒く、彼女は言った。


 要するに、ルシヤの言い分では、怪盗ルシヤは生まれ変わって、ルシヤ・L・ソルテになって、ルナは怪盗ルシヤのママだったのではないか、ということだった。


(でもたぶん、ルシヤちゃんは、ルシヤの娘で――長女のほうだったと思うよ)


 ルナは思ったが、言わなかった。ルシヤがそう思っているのだし、前世がだれでも関係ないとルナは思う。どんな前世でも、彼女がそれでいいと思っているなら――。

 それに、ルナが見た夢だって、真実だとはかぎらないのだ。


「地球行き宇宙船は運命の人に会えるって――ほんとうに、そうだった!」


 ルシヤはうれしげにそう言った。そして、しゃべり続けた。ルナが口をはさむ暇もないくらい。


「わたしのママもルナっていうの。わたしを生んだママね。ルナ・B・ガルシエ。わたしを生んでから死んだの。よく分からないけど、でんし? せんが、“てきごう”しなかったんだって。パパがそう言ってた。だから顔は分からない。パパが写真を持っているけど、わたしに見せてくれないの。でもわたしの髪の色はママと同じ。このあいだは結局ハンバーガー食べ損ねちゃった。パパがあんまり食べようとしないから、食べるときに食べておかないと、いつも食いっぱぐれるの。ねえ、三食食べるのよね? ふつうのひとって」


 ルナが「うん」というと、ルシヤは安心したように肩をすくめた。


「そうよね、おなかが減ると頭のほうもおかしくなっちゃう! ごめんね、わたしいつも、パパと担当役員さんしかしゃべる相手がいないし、わたししゃべりすぎ? しゃべりすぎかな。ママごめんね。でもパパ、昔はわたしの話を聞いてくれていたのに、この宇宙船に乗ってからはちっともなの! だから話したいことがいっぱいあって、口が止まらなくなっちゃう!」


 ルシヤの話を聞いていると、ルナが先日思ったことは、どうやら当てはまっているような気がした。少なくとも、一般居住星から来た子ではなさそうな。

 映画のルシヤと同じように、泥棒をしていたかどうかは、知らないけれども。

 かといって、原住民にしては、共通語がペラペラだとアズラエルなら言ったかもしれない。ルナにはまだ、そこまでの判断力はなかった。 


 ルシヤはやっと、冷めたハンバーガーを口にした。そして、幸せそうに、頬をゆるませる。


「わたし、モジャ・バーガーは久しぶりに食べたわ。美味しいよね。でもどっちかというと、インビスが好きよ。スープが美味しいでしょ? パパは軍事惑星を思い出すから嫌いだっていうけど」


 ルシヤ親子は、軍事惑星にいたこともあったのだろうか。


「ルシヤちゃんは、どこから乗ったの?」


 ルシヤのおしゃべりが途切れたので、ルナは聞いた。だが急にルシヤは押し黙り、それから、大人びた無表情でうつむいた。


「……ごめんなさい。パパが言っちゃ、ダメだって」

「え? あ、いいの。言いたくなきゃそれで」


 ルナは慌てて言った。ルシヤの白くなった顔色が、すこしもどる。


「……出身星を言えないっていうのは、やっぱりあまり、よくないこと?」


 ルナは少し考えてから言った。


「ううん……だれだって、言いたくないことはあるし。あたしも秘密はあるし」


 ルシヤの顔に、笑顔が戻る。


「そう――そうよね! 言いたくないことは、だれだって、ある……」


「あたしの出身星は、L77です」

 人に聞いてばかりではなく、自己紹介もしなくては。


 ルシヤは「L77……」とつぶやき、少し考えるような顔をした。

「年齢なら言えるわ! わたしは八歳よ!」

 と胸を張った。


「八歳!?」


 ルナは仰天した。八歳にしては、ずいぶん大人びている気がする。それに、一人で行動するには、まだ幼すぎるのではないだろうか。


「だあいじょうぶよ! この宇宙船は安全なところだし、わたしたち、なにも悪いことはしてないし! 携帯電話もあるし。タクシーに乗れば連れて行ってくれるから、道に迷うこともないしね。でもね、わたし、パパを説得するのも、それはそれは苦労したのよ……」


 ふたたびルシヤのおしゃべりが始まった。しかしまもなく午後六時になる。おはなしを聞いてあげたいところだけれども、時間通りに帰らねば、父親が心配するだろう。

 出身星を聞いても答えられなかったルシヤだ。住み家を聞いても教えないかもしれない。


「ルシヤちゃんがどこに住んでるか分からないけども、もうすぐ六時だよ?」

 ルナは、ジニーの腕時計をルシヤに見せた。


「あっ!」

 やはりおしゃべりに夢中で、時間を失念していたらしい。

「どうしよう……K16区って、今から帰ってまにあう?」


 K16区は、K15区の隣だ。さすがに今からでは六時ちょうどには間に合わないかもしれないが、すこし遅れるだけですむだろう。


「ルシヤちゃん、パパに電話して、今から帰るから、ちょっと遅れるねってゆって。それから、今どこにいるかもちゃんというのよ?」


「うん……」

 ルシヤは素直に電話をした。


「――パパ? あのね、今から帰るね。うん、K15区の映画館のそばのモジャ・バーガー。――あのね、びっくりしないでね。ママといっしょなのよ」


 ルナの肩に、力が入った。


「うん、うんそう! このあいだモジャ・バーガーで会ったママ! ――え? ううん。ママといっしょだった男の人はいないよ? そう――うん、だいじょうぶ。ママが電話しなさいっていったの。パパを心配させちゃいけないからって。――うんそう。少し遅れるけど今から帰ります。おみやげ買って帰るね。モジャ・バーガーでいい? そう? うん、じゃあね」


 ルシヤは電話を切り、ものすごく小声で、ルナに言った。


「このあいだ、ママと一緒にいた男の人、軍人か傭兵だってパパが言ってたけど、ほんとう?」


 ルナは一瞬どうしようかと迷ったが、「そうだよ」と肯定した。


「だったら、パパは逃げちゃうかも」

 ルシヤは肩をすくめた。

「軍事惑星のひとは、パパの天敵なの」


 ルナはルシヤを、自宅近くの公園まで送った。モジャ・バーガーで、パパの分の夕食も買って。本当なら家まで送って、ちゃんとパパにも挨拶したかったのだが、ルシヤが首を振った。

「きっと、ママが家に来たら、パパがびっくりしちゃうから」と。

 でも、ルシヤとはメールアドレスや電話番号の交換もしたし、メールアプリでグループも作った。


「きっと、きっとね、パパも、ママがいっしょに暮らしてる男の人が傭兵でも、仲良くなれると思う。パパはまだ、この宇宙船になれてないだけなの」

 ルシヤは熱心に言った。

「この宇宙船は奇跡が起こるところで、それから、どんなひともどんな星から来た人でも分け隔てなくお金をくれるし、仲良く暮らしていけるところなの! そうパンフレットに書いてあったわ」


「……うん」


「ついでにいっぱい勉強ができる! わたし、この宇宙船に乗るまで字が読めなかったのよ」

「ええっ!?」

「でも、もうパンフレットはすみからすみまで読めるし、もっとたくさん勉強をして科学者になるの。そうして、パパのメンテナンスを――」


 そこまで言って、言いすぎたとでもいうように、口を手で押さえた。


「なんでもないの! わたし、毎日サンダリオ図書館にいるから、ママもヒマだったら来て! ただで本が読めるって最高ね! こんなぜいたくなことってないわ。じゃあまた!」


 いうだけ言って、ルシヤは公園近くのアパートに駆け込んでいった。


 ルナは、あっというまに消えたルシヤを見送りながら思った。

 ルシヤは、去年の七月に宇宙船に乗ったと言っていた。もうすっかり、L系惑星群の共通語は話せるし、読めるし書ける。ラグバダ語とケトゥインの言語まで勉強中だそうだ。

 ずいぶん賢い子なのに、学校には行っていない。パパが、行かせたがらないのだと言っていた。


(どうして)


 彼ら親子には、イハナ親子とはまた違う、学校に行けない理由があるのだと、ルナは薄々感じていた。

 ルナは、彼女のZOOカードが、間違っていなければ――「賢いアナウサギ」だったことを思い出した。だとしたら、基本的に、頭はいいのだろう。


(それに、パパのメンテナンスって――)


 ツッコミどころは満載だ。ルナはタクシーから、ルシヤが住んでいるはずのアパートを眺めた。


「アイツはやばい。さっきの四人組の比じゃねえ。おまえは絶対、関わるなよ」


 アズラエルが、ルシヤの父親のことをそう言っていた。

 まさか、ピューマの職業は、前世と同じ、暗殺者なのだろうか。

 それとも、ヒューマノイド?

 ピューマだけに。


 ルナはクラウドみたいな親父ギャグだと思って唇を尖らせた。

 ひとり憤慨(ふんがい)し、「K27区のリズンまで行ってください!」とpi=poタクシーに叫んだ。




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