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キヴォトス  作者: ととこなつ
第三部 ~ハン=シィク篇~
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75話 夢 Ⅲ


 ルナがいたのは、くっきり半円形にとられた庭の前だった。


 夜闇だったが、庭にそびえたつ大きな石板から、光が漏れていて明るかった。


 近づいてみると、石板には、月の満ち欠けの図が、円を描くように彫られている。


 一番上には満月、一番下が新月。

 光を放っているのは月齢19と呼ばれる更待月(ふけまちづき)のみで、そのほかの月の形からは、光は漏れていない。


 一番上の満月から右回りに、十三夜の月、上弦の月、三日月、新月、有明月(ありあけづき)、下弦の月、更待月。


 さらに石板の真上には、「LUNA」の文字が刻印されている。


 ルナが呆気に取られていると、満ち欠けのひとつに光が集まり始めた。

 白い光はみるみる一番上の月に吸い込まれていく。キィン――と固いピースがはめ込まれるような音がして、更待月の形の中に、ルナの顔があった。


「ふへ!?」


 ルナのウサ耳がびよん! と伸びた。

 更待月の形の中に浮かび上がるのは、どう見てもルナの顔だ。


「これは、タブラ。石板よ」

 どこからか声がした。

「あなたはわたし、わたしはあなた」

 ピンク色のちっちゃなウサギが、ルナを見上げていた。

「はじまるわよ」


 遊園地を、突っ切っていくわよ。

 まずは、ここから。


 ルナの眼前に遊具が現れた。

 どこかで見た光景の気がする――視界の端に一瞬だけ映ったのは、小さな「自動車」?


 


 ――一瞬で、ルナは、夜の街に移動していた。

 さっきの自動車も、どこかでみた遊具の姿も、消えていた。


 ずいぶん(にぎ)やかで、きらびやかで、目がチカチカするような光の集まりだ。ルナが目を凝らしても、果てが見えないほど向こうまで、商店街が続いている。たくさんの人――いいや、動物でにぎわっていた。


 と、いうことは。


「おっと、ごめんよ」


 ラクダの親子連れが、ルナをよけて商店街へ入っていった。たっぷりの電飾でかざられた門構えには、「市場(メルカド)」と大きく書かれている。


「めるかど?」


 ルナは後ろを振り返った。夜の闇の向こうには、観覧車やジェットコースターが見えたので、やはりここは遊園地の中なのだった。

 例の、動物ばかりの遊園地の夢。


「ちょっと! 気を付けてよ」


 ちいさなモグラの三姉妹を乗せた、イワシが運転手のタクシーが、ルナの足元をすり抜けていく。


「いわし!!」

 ルナは思わず叫んだ。


 ルナがぽっかり口を開けているあいだにも、動物たちがどんどん、ルナを追い越してメルカドに入っていく。ルナも背を押されるようにして、足を踏み入れた。


「星の結晶パウダーがかかったジェラートだよ! こんなのはここだけ!」

「焼きたてのシュレビレハレ・パンケーキはどうだい?」

「揚げたてのコロッケはいかが」

「ジャスミンが入ったレモネードだよ。土星が浮いてる。ほらごらん!」


 立ち並ぶ店の表には、屋台が出て客引きをしている。食べ物の店ばかりではない。服にアクセサリー、雑貨、占いの店や、なんの店かも分からない、怪しげな外観の店までたくさん。


 ルナはキョロキョロ、辺りを見回しながら歩いた。


 ふいに、肩を叩かれて止められる。見れば、巨大なカブトムシだった。ルナよりずっとでかい。クマくらいあるのではないだろうか。


「ウサギさん、この店を知らないか」


 彼が持っている地図(マパ)には、「ハンシック」と書かれている。ルナはどこかでそれを聞いた気がしたが、思い出せなかった。


「ごめんね、分からないの」

「そうか、ありがとう」


 カブトムシは礼を言って、人混みに消えていった。


 ルナは歩き続ける。人波に押されて、左側に寄せられていった。

 店はけっこうぎゅう詰めに建てられているが、あちこちに小路もあった。小路をのぞくと、不思議な店が立ち並んでいる。


「スナック・(もや)」、「あなたの歴史、売ります、買います」、「眠りたい人募集中。起きれなくなっても知りません」などなど。怪しい看板がつらなっている。


「あっちは危険だよ、お嬢さん」

 かっちりしたスーツを着たカラスが、ルナの手を引っ張っていた。

「見なくていいものもある」

「う、うん……」

「それはそうと、この店を知りませんか」


 おそらく女の子であろうカラスが広げたチラシには、「ハンシック」と書かれていた。

 さっきも聞かれた。


「えっ、あ、ごめんね、分からないんだけど」

「そう……あなたに聞けば、分かると思ったんだけど」


 カラスは「じゃあ、またね」と手を振って去っていった。


 みんながハンシックのことを、ルナに聞いてくる。

 でもルナは、そのお店が何だったか、どこにあるのかも知らないのだ。


「ウサギさん、そこのウサギさん、味見くらいしていってよ」


 鮭とシャチに呼び止められて引っ張り込まれたのは、ちいさな屋台だった。


「さけとしゃち!!」

 ルナは絶叫した。


 等身大のサーモンとシャチが、Tシャツとジーンズを着て、立っている。縦に。


「そうだよ、俺たち、鮭とシャチだ」

「君だってウサギじゃないか」


 ルナはいつのまにかもふもふの毛皮になっていた両手を見て「ウサギだ!」と叫んだ。


「俺たち、心配しなくても仲はいいよ」

 鮭は自慢げに言った。

「そう。僕、鮭のことをおいしそうだなんて思ったりしないよ」

 そう言いつつも、シャチは(よだれ)をぬぐった。


「どうぞ。おいしいよ」


 ルナもさすがになにか突っ込まずにはいられなかったが、鮭を見て涎を流していることをのぞけば、人のよさそうなシャチがサンドイッチを差し出してきた。


 黒パンに焼いたサーモンと野菜を挟み、二つ折りにしたサンドイッチだ。油紙に包んである。鮭はどことなくスモーキーで、マスタードがきいたマヨネーズソースが美味しい。ゆでたジャガイモも入っている。


「とっても美味しい!」


 ルナはそう言ったが、やっぱりシャチは鮭を見て涎をぬぐっている。大丈夫かなとルナは思った。食べられるのも時間の問題な気がした。


「僕、鮭のことを食べたりしないよ。鮭が好きなのは、こいつだよ」


 ルナの視線に気づいたのか、シャチが慌てて言った。


「シャチのやつが好きなのは、俺じゃなくてカルビ・サンドさ。鮭だって、美味しいと思うのに……」


 鮭が思いつめた顔でうつむくので、シャチは困って、鮭の肩らしき部分にヒレを置いた。


「うちのサンドイッチが、なかなか売れないわけは?」

「イクラが足りないのかもしれない」


 そう言って、やがて気を取り直した鮭が、

「コーヒーもどうぞ」

 紙コップでくれた熱々のコーヒーもおいしかった。


「美味しい!」

「今日のところは、お金はいいよ。また来てくれたり、宣伝してくれれば」


 鮭のサンドイッチを作った鮭は言った。


「カルビ・サンドは、ワインも合うんだ」


 シャチもそういい、店のチラシをルナに渡した。鮭だけでなく、たくさんの種類のサンドイッチがある。


「うんわかった。ごちそうさま」

 ルナはチラシを折り畳み、ポケットにしまった。


 数々のお誘いを受けながら、ルナは人混みをてくてく歩いた。


 彗星(すいせい)にトリップできるサイダーとか、一度だけほかの動物に変身できるチーズのお菓子とか。水星の波の音が聞こえる電子の貝殻とか、みんなが差し出してくるのは変わったものばかり。


 心を()かれつつも、これ以上の寄り道は無用とルナが歩いていくと、急に開けた場所に出た。


 メルカドの真ん中にある中央広場だ。ルナはマパを見なくても分かった。


 噴水の近くで休憩しようとすると、ライオンが走ってきた。眼鏡をかけたライオンで、ルナはそれがクラウドだと、なんとなくわかった。


「月を眺める子ウサギ! やっと見つけた」


 クラウドライオンは、ぜいぜいと息を切らしながらルナのもとにやってきて、チラシを突きつけた。


「この店を――この店を――知らないか」


 息を整えもせず、クラウドライオンが開いたチラシは、やっぱり「ハンシック」だった。


「あたし、さっきから聞かれてるけど、分からないんだってば」

「ええ? ウソだろ――君が知らないなんて」


 クラウドライオンはがっくりきて、地面に座り込んだ。


贋作士(がんさくし)のオジカはどこへ行ったんだ……」

「“贋作士のオジカ”?」

「そうさ、彼を一刻も早く探さないと……」

「探さないとどうなるの」

「大変なことさ。ひとつの星の勢力図が塗り替えられてしまう」

「考えすぎじゃないの」

「君は! 君はいつも俺を考えすぎっていうけれど、――」


 クラウドライオンは少し怒ったが、やがて肩を落とした。


「まあいい。君とはいつだって考えが合わないんだ」

「おなかがすくから焦るのよ。さっきチラシをもらったけれど、ここのサンドイッチ美味しかったわよ」


 ルナがさっきの「鮭とシャチのサンドイッチ店」のチラシをクラウドライオンに渡すと、「鮭だ……」と彼はつぶやいた。


「そうよ。鮭」

「鮭だ」

「鮭のサンドイッチをミシェルの手土産に渡したら? なにかいいアイデアが浮かぶかも」

「俺はカルビ・サンド、ガラスで遊ぶ子ネコには、鮭サンドを……」


 ぶつぶつ言いながら、クラウドライオンは、ルナが来た方向へもどっていった。


「コーヒーも忘れちゃだめよ!」


 力なく、クラウドライオンが手を振り返した。


「うん?」


 ルナは、さっきまでクラウドと会話していた内容を忘れた。どうも、ルナではないだれかが、クラウドと会話していたようだった。


 ルナはクラウドが戻ってきたら困るので、足早に、西メルカドのほうへ歩いて行った。


「やあ」


 西メルカドの入り口に、ピューマとウサギの親子が待っていた。ルナはどうやら、待ち合わせをしていたらしい。


「――久しぶりだね」


 なぜだかとても――とても感慨深く、いとおしく、ピューマがルナを見つめてきた。ルナは、アズラエルがここにいたら絶対威嚇しそうだな、と考えながら、「うん、久しぶり」と言った。


 ピューマが手をつないでいる小さなウサギは、ベージュ色だったが、とてつもなくピンクに近いベージュで、ルナウサギの毛色に似ていた。


「ママ」


 ルナは目をぱちくりさせたが、やがてちいさなウサギの子を抱きしめた。


「パパのところに、また娘として生まれ変わったのね」

「うん。わたし、今度は“パパ”をひとりにしないわ」

「――ありがとう」


 ルナは言った。ピューマと二羽のウサギの“家族”は、三人で手をつないだ。


「ハンシックでなに食べる?」

「わたし、メトの焼きそば!」

「オレはジャーヤ・ライスかな」

「あたしアノールのきのこシチューかな。トワエのサラダも頼んで、みんなで分けようよ」

「賛成!」


 ハンシックは、あっけなく見つかった。ルナはやっぱり、その場所を知っていた。さっきまで忘れていただけだ。

 西メルカドを入ってすぐ、右の小路を通り抜けると、小さな森があって、さらに進めば、ぽっかり空いた空間。小ぢんまりした庭に囲まれて、ハンシックはあった。


「よお、いらっしゃい」


 巨大なグリズリー熊がドアを開けて迎え入れてくれた。中はたくさんの客で埋まっている。

 さっきルナに道を聞いたカラスが奥の席に座っていて、ルナに手を振った。どうやら自力でハンシックを見つけたらしい。ルナも振り返した。


「外は寒かったろ。アノールのはちみつ酒か、エラド・ワインをあっためるか」

「じゃあ、エラド・ワインを」

 ピューマがそう言ったので、ルナは「あたしも」と言った。

「“賢いアナウサギ”には、あったけえミルクを出してやる」

「ありがとう! グリズリーおじさん」


「そういや、“真実をもたらすライオン”があなたを捜していたわよ」


 ルナはさっきから、ピンク色のウサギが席に座って話すのを見つめているだけになった。

 ピューマとベージュウサギと一緒にいるのは、ルナではなく、ピンクのウサギだ。


「ええ? ほんとぉ?」

 カウンターでワインを飲んでいたオジカが振り返った。

「あたしがいる場所、教えなかったでしょうね?」

 女言葉だが、オジカの声は男だった。


「教えてないわ。一応、忠告したわよ」


 ルナであったはずのピンクウサギがそう言った。

 ルナは一幕の芝居でも見るように、まったく別の場所から、その光景を眺めていた。


「さあさあ、お待たせ! ジャーヤ・ライスにメトの焼きそば、アノールのきのこシチューだ。パンはアノールのだったな」


 先ほどのシャチに輪をかけて人のよさそうなオオカミが、にこにこ顔で料理を運んでくる。


「エラド・ワインに、ミルクははちみつ入り! トワエのサラダはおまけだよ。ごひいきにしてもらっているから――」

「おいおい。“お人好しのオオカミ”さん、また大盤振る舞いしすぎだぜ」


 ピューマがあわてて止めるほどだ。彼のサービス精神はちょっとだけ度が過ぎているらしい。オオカミは眉をへの字にして苦笑した。


「“親分肌のグリズリー”がいいって言ったんだよ」


 カウンターの奥で、クマが眉を上げていた。ほんとうに、彼のおごりらしい。


「オーナーのおごりなら、ありがたくいただきましょうか」


 ピンクウサギは取り皿四つに――四枚に、料理を取り分けた。席に座っているのは三匹。もう一皿分は――。


「ママ!」


 もう一羽の、ルナウサギそっくりの色をしたウサギが、カウンターから飛びだしてきた。


「おかえり、ルシヤ。ごはん食べよう」


 ルナであるはずのピンクウサギに並んで、ベージュウサギが二羽。三羽そろうと、グリズリー熊が笑った。


「おまえら、ほんとうにそっくりだな」


 ――ルナは、目が覚めた。




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