74話 ルシヤ 2
「しかたないのでモジャ・バーガーにします!」
ルナはいよいよ、宣言した。今度はアズラエルの眉がしかめられる。
「モジャ……」
ルナはアズラエルを慰めるように言った。
「ハンバーガーはモジャモジャしてないよ? だいじょうぶだよ?」
モジャ・バーガーは、そこそこ混んでいたが、他に比べればすいている。なにせ、モジャ・バーガーの店舗は、船内で一番多い。バーガー店だけに限れば。
「海老天モジャセットのポテトM、ジャスミン茶のホットください! モジャ三倍で! あとボストン・クラムチャウダー」
「チーズのトリプル、海老天食ってみるか。チキンバーガー、あとナゲットでバーベキューソースとポテトL、アイスコーヒーとクラムチャウダー、チキンスティック三つ辛味トマトソース」
「アズ、海老天もだけどかきあげもおいしいよ」
「かきあげ追加」
ルナたちはあいている席に座った。やはり大きな試合があったのか、贔屓のベースボールチームのユニフォームや、帽子をかぶった人々でごった返している。
「お待たせしました」
pi=poがハンバーガーを山盛りにして運んできた。アズラエルはさっそくかきあげバーガーの包み紙を剥き、眉をしかめた。
「こいつがモジャか?」
「うんそう! もじゃ!」
ルナも威勢よく海老天バーガーにかぶりつく。
モジャ・バーガーのハンバーガーには、「モジャ」と呼ばれるスプラウトが入っている。
L77原産の野菜で、形はかいわれ大根に似ている。からまった形がもじゃもじゃなのでモジャ。味はちょっぴり辛みがあって、さまざまな風味を持っていて、とても栄養価が高い。
だいたいが、パリッと揚げて、カリカリサクサクになったモジャが入ってくるが、生のままや、マスタード風味、とうがらし、わさび味など、指定することもできる。
ちなみに、海老天とかきあげバーガーには、生のわさび味モジャが入っていた。
「もじゃ、おいしいよ? モジャにハマると、モジャの入ってないバーガーは食べられなくなります」
ルナはもっともらしく言った。ミシェルも、モジャなしのバーガーは、物足りないという。
「まあ、味は悪くない」
アズラエルは、今まで避けてきたモジャ・バーガーをちょっと見直していた。
「みんな、野球のユニフォーム着てるね」
いまさら、ルナが気づいたかのように周辺を見回す。
「そうだな」
軍事惑星のチームではないので、アズラエルは興味がない。
ルナは、野球チームファンだらけの店内で、ふと、不思議な四人組に目が引き寄せられた。
アズラエルもそちらを見た。すこし目立つ四人組だった。なぜならそろって、放出品の軍服を着ているからだ。
奥の席の、上背のある男は長い黒髪を一本に束ねていて、ひと昔前のL22の軍服ジャケット、カーキのパンツに、同じ軍のブーツスタイルだ。
隣にいるのは、同じ髪形をした年端も行かない少女だった。おそろいの、大人用の軍服がブカブカだ。大きなTシャツにスパッツ、ハイカットスニーカー。さまざまな石を編み込んだ長いネックレスをかけている。
向かいは男ふたり。
片方は、カチカチに固めて立てた前方の金髪、後方は刈り上げて茶髪、L18の迷彩ジャケットにブーツ。ガタイはいいが、どこか抜けた顔にスキがある。
もうひとりはスキンヘッドだ。顔じゅう星型だの子ジカのアニメ絵だののタトゥだらけで、L20の真っ青な軍服ジャケットにTシャツとスウェット、迷彩ブーツ。
服装も顔も妙に目立つ四人組が、せまいテーブルにハンバーガーを山積みにし、シェイク片手にもりもり食っている。
「――ルシヤの親父はあんなにでかくないぞ」
「俺が昔見たアニメじゃ……」
「あれは、かんぺき、なルシヤだったと、わたしは思う!」
「そうお? まあ、映画自体はおもしろかったわね~……」
話の内容も、席が近いので丸聞こえだ。どうやら野球の試合帰りではなく、ルナたちと同じ、ルシヤの映画鑑賞帰りのようだった。
「モジャってなんだ? ――へえ」
席に備え付けのパンフレットを読み、黒髪男がうなずく。
「うちでもこの野菜使ってみるか?」
「育てられるかな」
「いいね。サラダでも食えるってよ」
「じいちゃんは、なんでもすぐつかいたがる」
小さな女の子が隣の男をじいちゃんと呼んでいるのに、ルナもアズラエルも一瞬顎を外しかけた。
じいちゃんというにはずいぶん若い。
ジジイ発言のせいで、ルナは思わずそちらを見てしまい、少女と、目が合ってしまった。
少女は、ルナが思いもかけない反応を返した。驚いたように目を見開き、なにか言いかけて口をつぐみ、それからあわてて目をそらした。顔が真っ赤だった。
孫の様子に気づいた「じいちゃん」まで、ルナのほうを見た。
彼の反応も同じだった。
じいちゃんと呼ばれるにはあまりに若すぎる相貌を驚愕に変えたあと、ハッと気づいたように、にこりとルナに微笑んだ。小さく会釈をして、顔を真向いに戻した。
邂逅は、それきりだ。
ルナがアズラエルのほうを向いた瞬間、少女がふたたびルナのほうを見たのに、アズラエルだけが気づいていた。
「知り合いでは、ないです」
アズラエルが三つのハンバーガーとチキンスティックを片付けているあいだに、ルナはやっとハンバーガーをひとつ、食べ終わった。あとはアズラエルのナゲットをひとつ奪い、ポテトを咀嚼しているうちに、四人組は山盛りのバーガーを完食して、消えていた。
ルナはひとをじっと見るなんて、失礼なことをしてしまったとうろたえ、もうそちらを見なかったのだが、少女は、何度もルナを振り返りながら店をあとにした。
「ずいぶん懐かしそうな顔で見てたぞ。もしかして、あれがシャンパオのジジイか?」
「あの人はジジイにしては若すぎます! それから、シャンパオのおじいさんは、ほんとにおじいさんでした」
アズラエルは、肩をすくめた。
「まあ、顔見知りってンじゃなさそうだ。分かってるよ。おまえを見てるだけで、俺のほうには目もくれなかったしな」
ジジイがルナとわずかにでも関係があったなら、あの男はだれだと、アズラエルのほうも睨むはずだった。
それに。
「あいつらも、どうやらただ者じゃなさそうだし」
「ただものでない?」
「ああ。少なくとも、プロの傭兵か、警察星の特殊部隊かってとこだな。軍人じゃねえ。粗野すぎる」
「ほんとに!?」
「ガキとハゲはともかく、奥の二人は、確実に一度は人をやっ……手にかけてるな」
アズラエルは言い直した。
ルナがアズラエルのナゲットに手を伸ばしたところで、さっきまで四人が座っていた窓際の席に、今度は親子が座った。父親と娘の組み合わせだ。
こちらも、寸時、目を引くような美形だった――親子ともども。
父親は背が高く、前髪の厚い金髪碧眼。黒縁眼鏡をかけている。手をすっぽり覆うグローブは、ファッションだろうか。それにしてはずいぶんごつい造りのような気がするし、ボロボロで、古びていた。ジージャンにTシャツ、カーゴパンツにブーツの服装は、すべて量販店の安物だ。
娘は、ルナと同じ栗色の髪。さっきの四人組の少女と同い年くらいだ。
「ねえパパ、ルシヤって、ハン=シィクの子どもだったんだね! びっくり!」
「あぁ……そうだな」
こちらの親子も、野球ではなくルシヤの映画帰りか。
窓の外から目を離さない父親に、娘は熱心に話しかけている。
「お待たせしました」
pi=poがハンバーガーを運んできても、父親は窓の外を見たまま動かない。
「パパ、食べよ」
「先に食べな」
「……大丈夫よパパ。これはちゃんとお金を払って買ったの。後ろめたいことはしていないし、だれも奪わないし、襲ってこないわ」
やっと父親が娘のほうを向いた。
「……そうだったな」
ひどく疲れた顔で肩を落とし、ハンバーガーの包みに手をかけた。
ルナは盗み聞きをする気も、趣味もない。だが席が近いせいで聞こえてしまうのだ。アズラエルもそうだろう。余計なことを聞いてしまったという表情がありありと出ていた。
親子は清潔な格好をしているが、身に着けている服は相当いたんでいた。この宇宙船に乗る前は、泥棒でもしていたのかと思うような貧しさが表れている。
「おい、とっとと食って、出るぞ」
アズラエルが言った。ルナも盗み聞きをする気がないので、うなずいたが。
「あの父親はヤバい」
「へ?」
アズラエルの思いもかけない言葉に、ルナは目を見開いた。しかしアズラエルは、ここでこれ以上会話を続ける気がないらしい。ルナはあわてて、ナゲットを口に押し込んだ。
そして、ジャスミン茶で流し込むために両手で持つと、視線を感じた。
まさか、こともあろうに、斜め向かいの女の子が――栗色の髪の少女が、ルナを驚愕した目で見つめていたのだった。
さっきの、黒髪の少女と同じような目で。
あまりに見られるので、ルナも思わず見返してしまった。すると、少女の顔がぱっと輝いた。
「ねえ、あなた、わたしのママじゃない?」
「ふへ?」
ルナはジャスミン茶を吹きだすところだったし、アズラエルはむせた。
「ねえ、ママでしょ」
「へ? いや、あの、」
「だってわたしと髪と目の色が同じだし、あなた名前は?」
「――る、るなです」
「ルナ!?」
少女の顔に現れた歓喜が最高潮に達した。
「やっぱり、ママ、わたしのママ!!」
ルナの腕にしがみついて喜ぶ少女に、ルナは呆然とし――次の瞬間、少女を抱きかかえた金髪の頭頂が眼前にあった。
「すみません!」
父親が、もうどうしようもないといった焦り顔で、頭を下げていたのだった。
「すみません、うちの娘がとんだご迷惑を……!」
「パパ、ほんとのほんとに、この人はママよ!」
「ママは死んだんだ、分かってるだろ。――ほんとにすみません」
半泣きになりながら何度も頭を下げる男の顔は、情けなくゆがんでいて、イケメンが台無しだった。アズラエルも、父親の必死さに、責める気にすらなれなかったらしい。
「すみません、ほんとに、申し訳ない……」
言いながら、男はテーブルにハンバーガーを置きっぱなしで、娘を抱いたまま、逃げるように店から出た。
「お客様、お忘れ物です……!」
pi=poが、ハンバーガーのトレイを持って飛び出していった。あれは、間に合えば、持ち帰り用に包んでもらえるだろう。
「いったい、なんだったんだ」
アズラエルの言葉に返す言葉は、ルナにはなかった。
ルナだって、いったいなんだったんだと言いたかった。
ウサ耳が跳ね上がったままになるようなトラブル(?)があったあとだったが、ルナは冷静にジャスミン茶を飲み、アズラエルのナゲットを盗み損ねたので再チャレンジし、「マスタードソースがよかった」と不満を言い、ウサ耳をつかまれたので黙った。
帰宅すると、本は無事届いていた。
ルナはアズラエルに「うがいと手洗い!」と怒鳴られながら洗面所に追い立てられ、「ママはアズじゃないか!」と叫び返してふたたびウサ耳をつかみ上げられた。
筋肉ムキムキのママが洗濯物を取り込んでいるあいだに、ルナは本をソファに積み上げて、読み始めた。
映画は、ルシヤの一生を追ったドキュメンタリーにも見えたルナだった。
アクション映画だけに、アクションがメインの映画だったが、ルシヤのおさないころから、父母、出身地まで明確に描かれていた。
そもそも、ルシヤが盗賊になる前――警察時代もその前も、さらに出自を、あれほど丁寧に描いた作品は、かつて存在しなかったかもしれない。
(ルシヤは、ハン=シィク地区の出身だったの?)
警察星の出身だというのが、通説だった。ルナが昔見たアニメではそうだった。
おまけに、この映画は、ルナがかつて夢に見た内容とほぼいっしょだったのだ。
ルシヤが盗賊になった理由も、死の原因も。
ルナは目をこすりながら、夢中になって書籍を読んだ。すべて読むのに三日かかった。
そして、ハン=シィク地区の風土を調べているうちに、興味深いことが分かった。
ルナが夢で見た、「パルキオンミミナガウサギ」。
ハン=シィク地区にも生息していて、ハンの樹の使いだという伝承があった。
ハンの樹は、ハン=シィク地区のド真ん中にある古い巨木で、勢力図の境界線でもあり、ハン=シィクというのは、「ハンの樹の子どもたち」という意味だった。
あの土地で生まれたものは、皆、ハンの樹の子だ。
――もちろん、ルシヤも。
そして、ハン=シィク地区は、ルチヤンベル・レジスタンスという、地球出身の者たちと、DLという原住民の大きな組織、太古からあるケトゥイン部族の大きな国が、絶えず戦争をしている地域だということも分かった。
ルチヤンベル・レジスタンスでは、サバットという格闘技が伝承されている。
そのことも、ルシヤがルチヤンベル・レジスタンス出身だということを裏付ける証拠でもあった。
ルナは、すべての書物を読み終えたのち、電池が切れるように眠った。
そうして、不思議な夢を見た。




