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キヴォトス  作者: ととこなつ
第三部 ~ハン=シィク篇~
182/913

74話 ルシヤ 2


「しかたないのでモジャ・バーガーにします!」

 ルナはいよいよ、宣言した。今度はアズラエルの眉がしかめられる。

「モジャ……」

 ルナはアズラエルを慰めるように言った。

「ハンバーガーはモジャモジャしてないよ? だいじょうぶだよ?」


 モジャ・バーガーは、そこそこ混んでいたが、他に比べればすいている。なにせ、モジャ・バーガーの店舗は、船内で一番多い。バーガー店だけに限れば。


「海老天モジャセットのポテトM、ジャスミン茶のホットください! モジャ三倍で! あとボストン・クラムチャウダー」

「チーズのトリプル、海老天食ってみるか。チキンバーガー、あとナゲットでバーベキューソースとポテトL、アイスコーヒーとクラムチャウダー、チキンスティック三つ辛味トマトソース」

「アズ、海老天もだけどかきあげもおいしいよ」

「かきあげ追加」


 ルナたちはあいている席に座った。やはり大きな試合があったのか、贔屓(ひいき)のベースボールチームのユニフォームや、帽子をかぶった人々でごった返している。


「お待たせしました」


 pi=poがハンバーガーを山盛りにして運んできた。アズラエルはさっそくかきあげバーガーの包み紙を剥き、眉をしかめた。


「こいつがモジャか?」

「うんそう! もじゃ!」


 ルナも威勢よく海老天バーガーにかぶりつく。


 モジャ・バーガーのハンバーガーには、「モジャ」と呼ばれるスプラウトが入っている。

 L77原産の野菜で、形はかいわれ大根に似ている。からまった形がもじゃもじゃなのでモジャ。味はちょっぴり辛みがあって、さまざまな風味を持っていて、とても栄養価が高い。

 だいたいが、パリッと揚げて、カリカリサクサクになったモジャが入ってくるが、生のままや、マスタード風味、とうがらし、わさび味など、指定することもできる。

 ちなみに、海老天とかきあげバーガーには、生のわさび味モジャが入っていた。


「もじゃ、おいしいよ? モジャにハマると、モジャの入ってないバーガーは食べられなくなります」


 ルナはもっともらしく言った。ミシェルも、モジャなしのバーガーは、物足りないという。


「まあ、味は悪くない」


 アズラエルは、今まで避けてきたモジャ・バーガーをちょっと見直していた。


「みんな、野球のユニフォーム着てるね」

 いまさら、ルナが気づいたかのように周辺を見回す。

「そうだな」

 軍事惑星のチームではないので、アズラエルは興味がない。


 ルナは、野球チームファンだらけの店内で、ふと、不思議な四人組に目が引き寄せられた。


 アズラエルもそちらを見た。すこし目立つ四人組だった。なぜならそろって、放出品の軍服を着ているからだ。


 奥の席の、上背のある男は長い黒髪を一本に束ねていて、ひと昔前のL22の軍服ジャケット、カーキのパンツに、同じ軍のブーツスタイルだ。


 隣にいるのは、同じ髪形をした年端も行かない少女だった。おそろいの、大人用の軍服がブカブカだ。大きなTシャツにスパッツ、ハイカットスニーカー。さまざまな石を編み込んだ長いネックレスをかけている。


 向かいは男ふたり。


 片方は、カチカチに固めて立てた前方の金髪、後方は刈り上げて茶髪、L18の迷彩ジャケットにブーツ。ガタイはいいが、どこか抜けた顔にスキがある。


 もうひとりはスキンヘッドだ。顔じゅう星型だの子ジカのアニメ絵だののタトゥだらけで、L20の真っ青な軍服ジャケットにTシャツとスウェット、迷彩ブーツ。


 服装も顔も妙に目立つ四人組が、せまいテーブルにハンバーガーを山積みにし、シェイク片手にもりもり食っている。


「――ルシヤの親父はあんなにでかくないぞ」

「俺が昔見たアニメじゃ……」

「あれは、かんぺき、なルシヤだったと、わたしは思う!」

「そうお? まあ、映画自体はおもしろかったわね~……」


 話の内容も、席が近いので丸聞こえだ。どうやら野球の試合帰りではなく、ルナたちと同じ、ルシヤの映画鑑賞帰りのようだった。


「モジャってなんだ? ――へえ」

 席に備え付けのパンフレットを読み、黒髪男がうなずく。

「うちでもこの野菜使ってみるか?」

「育てられるかな」

「いいね。サラダでも食えるってよ」

「じいちゃんは、なんでもすぐつかいたがる」


 小さな女の子が隣の男をじいちゃんと呼んでいるのに、ルナもアズラエルも一瞬顎を外しかけた。

 じいちゃんというにはずいぶん若い。


 ジジイ発言のせいで、ルナは思わずそちらを見てしまい、少女と、目が合ってしまった。


 少女は、ルナが思いもかけない反応を返した。驚いたように目を見開き、なにか言いかけて口をつぐみ、それからあわてて目をそらした。顔が真っ赤だった。


 孫の様子に気づいた「じいちゃん」まで、ルナのほうを見た。

 彼の反応も同じだった。


 じいちゃんと呼ばれるにはあまりに若すぎる相貌(そうぼう)驚愕(きょうがく)に変えたあと、ハッと気づいたように、にこりとルナに微笑んだ。小さく会釈をして、顔を真向いに戻した。


 邂逅(かいこう)は、それきりだ。


 ルナがアズラエルのほうを向いた瞬間、少女がふたたびルナのほうを見たのに、アズラエルだけが気づいていた。


「知り合いでは、ないです」


 アズラエルが三つのハンバーガーとチキンスティックを片付けているあいだに、ルナはやっとハンバーガーをひとつ、食べ終わった。あとはアズラエルのナゲットをひとつ奪い、ポテトを咀嚼(そしゃく)しているうちに、四人組は山盛りのバーガーを完食して、消えていた。


 ルナはひとをじっと見るなんて、失礼なことをしてしまったとうろたえ、もうそちらを見なかったのだが、少女は、何度もルナを振り返りながら店をあとにした。


「ずいぶん懐かしそうな顔で見てたぞ。もしかして、あれがシャンパオのジジイか?」

「あの人はジジイにしては若すぎます! それから、シャンパオのおじいさんは、ほんとにおじいさんでした」


 アズラエルは、肩をすくめた。


「まあ、顔見知りってンじゃなさそうだ。分かってるよ。おまえを見てるだけで、俺のほうには目もくれなかったしな」


 ジジイがルナとわずかにでも関係があったなら、あの男はだれだと、アズラエルのほうも睨むはずだった。

 それに。


「あいつらも、どうやらただ者じゃなさそうだし」

「ただものでない?」

「ああ。少なくとも、プロの傭兵か、警察星の特殊部隊かってとこだな。軍人じゃねえ。粗野すぎる」

「ほんとに!?」

「ガキとハゲはともかく、奥の二人は、確実に一度は人をやっ……手にかけてるな」

 アズラエルは言い直した。


 ルナがアズラエルのナゲットに手を伸ばしたところで、さっきまで四人が座っていた窓際の席に、今度は親子が座った。父親と娘の組み合わせだ。


 こちらも、寸時、目を引くような美形だった――親子ともども。


 父親は背が高く、前髪の厚い金髪碧眼。黒縁眼鏡をかけている。手をすっぽり覆うグローブは、ファッションだろうか。それにしてはずいぶんごつい造りのような気がするし、ボロボロで、古びていた。ジージャンにTシャツ、カーゴパンツにブーツの服装は、すべて量販店の安物だ。


 娘は、ルナと同じ栗色の髪。さっきの四人組の少女と同い年くらいだ。


「ねえパパ、ルシヤって、ハン=シィクの子どもだったんだね! びっくり!」

「あぁ……そうだな」


 こちらの親子も、野球ではなくルシヤの映画帰りか。

 窓の外から目を離さない父親に、娘は熱心に話しかけている。


「お待たせしました」


 pi=poがハンバーガーを運んできても、父親は窓の外を見たまま動かない。


「パパ、食べよ」

「先に食べな」

「……大丈夫よパパ。これはちゃんとお金を払って買ったの。後ろめたいことはしていないし、だれも奪わないし、襲ってこないわ」


 やっと父親が娘のほうを向いた。

「……そうだったな」

 ひどく疲れた顔で肩を落とし、ハンバーガーの包みに手をかけた。


 ルナは盗み聞きをする気も、趣味もない。だが席が近いせいで聞こえてしまうのだ。アズラエルもそうだろう。余計なことを聞いてしまったという表情がありありと出ていた。


 親子は清潔な格好をしているが、身に着けている服は相当いたんでいた。この宇宙船に乗る前は、泥棒でもしていたのかと思うような貧しさが表れている。


「おい、とっとと食って、出るぞ」


 アズラエルが言った。ルナも盗み聞きをする気がないので、うなずいたが。


「あの父親はヤバい」

「へ?」


 アズラエルの思いもかけない言葉に、ルナは目を見開いた。しかしアズラエルは、ここでこれ以上会話を続ける気がないらしい。ルナはあわてて、ナゲットを口に押し込んだ。


 そして、ジャスミン茶で流し込むために両手で持つと、視線を感じた。


 まさか、こともあろうに、斜め向かいの女の子が――栗色の髪の少女が、ルナを驚愕した目で見つめていたのだった。

 さっきの、黒髪の少女と同じような目で。


 あまりに見られるので、ルナも思わず見返してしまった。すると、少女の顔がぱっと輝いた。


「ねえ、あなた、わたしのママじゃない?」

「ふへ?」


 ルナはジャスミン茶を吹きだすところだったし、アズラエルはむせた。


「ねえ、ママでしょ」

「へ? いや、あの、」

「だってわたしと髪と目の色が同じだし、あなた名前は?」

「――る、るなです」


「ルナ!?」

 少女の顔に現れた歓喜が最高潮に達した。

「やっぱり、ママ、わたしのママ!!」


 ルナの腕にしがみついて喜ぶ少女に、ルナは呆然とし――次の瞬間、少女を抱きかかえた金髪の頭頂が眼前にあった。


「すみません!」

 父親が、もうどうしようもないといった焦り顔で、頭を下げていたのだった。

「すみません、うちの娘がとんだご迷惑を……!」


「パパ、ほんとのほんとに、この人はママよ!」

「ママは死んだんだ、分かってるだろ。――ほんとにすみません」


 半泣きになりながら何度も頭を下げる男の顔は、情けなくゆがんでいて、イケメンが台無しだった。アズラエルも、父親の必死さに、責める気にすらなれなかったらしい。


「すみません、ほんとに、申し訳ない……」


 言いながら、男はテーブルにハンバーガーを置きっぱなしで、娘を抱いたまま、逃げるように店から出た。


「お客様、お忘れ物です……!」


 pi=poが、ハンバーガーのトレイを持って飛び出していった。あれは、間に合えば、持ち帰り用に包んでもらえるだろう。


「いったい、なんだったんだ」


 アズラエルの言葉に返す言葉は、ルナにはなかった。

 ルナだって、いったいなんだったんだと言いたかった。




 ウサ耳が跳ね上がったままになるようなトラブル(?)があったあとだったが、ルナは冷静にジャスミン茶を飲み、アズラエルのナゲットを盗み損ねたので再チャレンジし、「マスタードソースがよかった」と不満を言い、ウサ耳をつかまれたので黙った。


 帰宅すると、本は無事届いていた。


 ルナはアズラエルに「うがいと手洗い!」と怒鳴られながら洗面所に追い立てられ、「ママはアズじゃないか!」と叫び返してふたたびウサ耳をつかみ上げられた。

 筋肉ムキムキのママが洗濯物を取り込んでいるあいだに、ルナは本をソファに積み上げて、読み始めた。


 映画は、ルシヤの一生を追ったドキュメンタリーにも見えたルナだった。

 アクション映画だけに、アクションがメインの映画だったが、ルシヤのおさないころから、父母、出身地まで明確に描かれていた。

 そもそも、ルシヤが盗賊になる前――警察時代もその前も、さらに出自を、あれほど丁寧に描いた作品は、かつて存在しなかったかもしれない。


(ルシヤは、ハン=シィク地区の出身だったの?)


 警察星の出身だというのが、通説だった。ルナが昔見たアニメではそうだった。

 おまけに、この映画は、ルナがかつて夢に見た内容とほぼいっしょだったのだ。

 ルシヤが盗賊になった理由も、死の原因も。


 ルナは目をこすりながら、夢中になって書籍を読んだ。すべて読むのに三日かかった。


 そして、ハン=シィク地区の風土を調べているうちに、興味深いことが分かった。

 ルナが夢で見た、「パルキオンミミナガウサギ」。

 ハン=シィク地区にも生息していて、ハンの樹の使いだという伝承があった。

 ハンの樹は、ハン=シィク地区のド真ん中にある古い巨木で、勢力図の境界線でもあり、ハン=シィクというのは、「ハンの樹の子どもたち」という意味だった。

 あの土地で生まれたものは、皆、ハンの樹の子だ。


 ――もちろん、ルシヤも。


 そして、ハン=シィク地区は、ルチヤンベル・レジスタンスという、地球出身の者たちと、DL(ダイロン)という原住民の大きな組織、太古からあるケトゥイン部族の大きな国が、絶えず戦争をしている地域だということも分かった。


 ルチヤンベル・レジスタンスでは、サバットという格闘技が伝承されている。


 そのことも、ルシヤがルチヤンベル・レジスタンス出身だということを裏付ける証拠でもあった。


 ルナは、すべての書物を読み終えたのち、電池が切れるように眠った。

 そうして、不思議な夢を見た。





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